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作者: 雉白書屋

 地球から環境が改善されたとの通信が入ったので、おれは現地調査に向かった。いや、向かわされた。エプロ星のニコリ国の田舎の役所の新人の仕事だと言えば、今の我々人類が地球に対してまったく興味を抱いていないことを如実に示されるだろう。

 確かに地球は我々人類にとって母なる惑星だが、ワープ航法をもってしてもたどり着くまでにかなり時間がかかる。そして、現代では二百六十以上もの惑星が開拓植民地となり、レジャー化しているのだ。もはや地球など墓地の候補にもなりえない。

 先祖たちには困ったものだ。史料を見返すと、その身勝手ぶりが浮かび上がってきて、地球という惑星に対して申し訳ない気持ちすら湧いてくる。先祖たちは環境破壊に勤しみ、住めなくなったら『いつか必ず戻るから』と言い残し、ロボットに地球環境の改善を任せて他の惑星へ移住したのだ。しかし、今の人類は地球に戻る気などないだろう。嫌悪感すら抱くかもしれない。少なくとも、おれはそうだ。


「……ほーう」


 そう思っていたが、ようやくたどり着いた地球を前にすると、おれは思わず声を漏らした。なるほど。人類が地球を捨てた頃、大気汚染でその青さは失われたと聞いていたが、どうやらかつての美しさを取り戻したらしい。もっとも、ここより美しい惑星は掃いて捨てるほどあるのだが。

 おれはさっそく大気圏に突入し、上空から地上を見て回った。ロボットたちは問題なくやっているようだ。彼らは増えすぎず、減りすぎず、生産も廃棄も自ら行うようにプログラムされている。他にも必要な機器の開発、修理、操作など、ロボットたちは地球環境の改善および保全活動に忠実に取り組んでいたのだろう。人類が帰ってくると信じて。なんと哀れな……。しかし、星の次はロボットに感情移入しようなど、おれは意外にも繊細なんだな。


「……え」


 おかしいぞ。今、下を歩いていたのは人間に見えたが……まさか、いや、調査員はおれしかいないはずだ。それにあれは……。


「あ!」


 おれは思い出した。史料よれば、新惑星への移住を拒否し、地球に残った連中がいたようなのだ。彼らは自身を取り巻く環境の変化を拒み、また、地球に愛着があると主張をした。主に老人らしいが、それにしてもそれから数千年経って生きているとは驚きを通り越して畏怖の念すらある。確かに人工関節や臓器、さらには脳みそまで生きながら保存溶液に漬け込むなど、あの時点で科学技術は人類に不死をもたらしたと言っても過言ではない。しかし、ずっとこの星で生き続けるなど、まともな精神状態とは思えない。姿は手術でどうとでもなるが、精神を若返らせることはできないはずだ。脳が劣化し、単調な毎日でも苦痛にならないというのか。もはや植物の域だろう。

 悍ましい想像に震えたおれは、早く仕事を済ませようと思い、見物をそこそこにして着陸予定地点に向かった。宇宙船の発着場にはロボットたちが出迎えに並んでおり、人間の姿もあった。それも大勢いた。

 おれはまともな会話などできないと思い、肌が粟立った。しかし、今さら帰るわけにはいかない。着陸後、防護服を念入りにチェックし、宇宙船の扉を開けた。

 酸素の量や汚染具合などを測定し、出た数値によると人間が活動することに問題はなく、本来の地球の姿を取り戻したと言っていいだろう。しかし、例えるなら人が出たばかりのトイレの中のようなもので、今の我々の基準では空気が澄んでいると言い難い。やはり、わざわざ地球に戻り、生活することなどあり得な――


「いっ!?」


 宇宙船の外に出た瞬間、おれは地面に膝をついた。いや、つかざるを得なかった。何者かによる攻撃か、汚染物質を吸い込んだことによる体の不調か……いや、違う。防護服は問題なく機能してい――


「重……力……か……」


 おれは見落としていた。地球の重力は、今我々が暮らす星よりもずっと強いのだ。

 おれはなんとか立ち上がろうとしたが、それは無理だった。できたのは、地面に両手をついて体を支えることしか……。


「はははははっ」

「えらいえらい」

「ははははっ!」

「ああ、えらいなぁ。ちゃんと地球にごめんなさいができて」

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