77 ベヒモスくん
「紹介するのである。先程知り合った土の精霊ベヒモスくんである」
カメだぁぁぁ!
という叫びを頑張って我慢して、私は礼儀正しく頭を下げた。
なにしろ相手は精霊様なのだ。
見た目は、うん……。
カメさまを頭の上に乗せた、大きな陸ガメだけど……。
間違いなく本当の姿は別で、カメさまが登場前に陸ガメにさせたのだろう。
湖の精霊ウイルーン様の時もそうだったしね……。
というわけで……。
こんにちは、私、アニスです。
私たちは今、交易都市チュアムから離れた岩肌の荒野にいます。
どちらを見ても荒野。
人里からは、すっかり離れた場所です。
馬サイズの竜に変化したラズの背中に乗せてもらって、空を飛んで見つけた、土の精霊様の住まう聖なる土地です。
「私はアニスと言います。すみません、いきなり……」
私は挨拶しつつ、同時に謝った。
だって、ね。
さすがにいきなりだし。
ベヒモス様は、カメさまがまるで溶けるみたいに土の中に潜って連れてきた。
カメさまは、いくらカメでも、実は神様。
精霊様には一目でそれがわかるようで、いきなり現れたカメさまにベヒモス様は快く協力してくれることになったのだ。
「偉大なるカメさまのお力になれるのは光栄なことなのです。このベヒモスくん、今日は精一杯に努めさせていただくのです」
陸カメことベヒモス様の声は、中性的で若く感じられた。
私より年下の子のもののように聞こえる。
「あの、ベヒモス様。今のお姿って、本当のお姿ではないですよね? できれば私、本当のお姿でお話させていただきたいなぁと思うんですけれども……。カメさまもいいよね?」
「まあ、良いのである」
「では、自然な姿に戻るのです」
カメさまが了承すると、大きな陸ガメが砂のように崩れた。
中から現れたのは……。
「うわああああ!?」
私は驚いて、尻餅をついた!
「あいたぁ……」
お尻を岩に打ち付けたぁぁぁぁ……。
現れたのは、大きな陸ガメよりもさらにさらに巨大な四足の獣だった。
頭には長い角があって、立派なたてがみがあって、尻尾もあって、金属よりも硬そうな紫色の肌をしていた。
私なんて、前足だけで簡単に踏み潰されそうだ。
「あらためて、こんにちはなのです。ベヒモスくんなのです」
あ、声は同じなんだね。
見た目と違いすぎて困惑するけど、中性的な若い感じの声だった。
「こんにちは、よろしくお願いします」
ともかく私もあらためて挨拶をする。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「あ、うん。ありがと……」
私はラズに支えられつつ、のろのろと立ち上がった。
カメさまが私の頭の上に戻ってくる。
「アニスよ、さすがに本来の姿では大きすぎて、いろいろ不便だと思うのであるが」
「そうだね……。あのお、ベヒモス様、できれば私と同じくらいの人間の姿になってもらえるとありがたいのですが……」
「わかったのです」
巨大な獣のベヒモス様の姿が、再び砂のように崩れた。
私は思いっきり身構えたけど……。
現れたのは、鍛冶屋のような服を着て、ショートカットの茶髪がさらさらで綺麗な、同年代に見える子だった。
性別は、わからない。
声と同じで、とっても中性的だった。
「これで良いですか?」
「はい。バッチリです。これならちゃんと話せそうです。ありがとうございます」
「さあ、訓練開始なのである。アニスとラズは体をほぐすのである」
「えー。いきなりー? まずは、仲良くしようよー」
昨日の裏路地でのキノコ鍋は楽しかった。
話してみれば、みんな、いいヒトだった。
リタとは友達になれた。
今の私は、知らないヒトと、おしゃべりとかしてみたい気持ちなのだ。
「そんなことをして情が移ったら訓練に支障が出るのである」
「あのお、カメさま?」
「なんであるか」
「楽しい訓練なんだよね……?」
「で、ある」
「なら別に、情が移ってもいいと思うんだけど……」
「ふむ」
「ふむ、じゃなくてね?」
「さあ、ベヒモスくんよ。始めるのである」
カメさまが私の頭からふわりと浮き上がって、ベヒモス様の頭の上に移った。
「はーい。わかりましたー」
カメさまに言われて、ベヒモスさまは両手を軽く動かした。
すると地面から、もこもこと……。
まるでタケノコが生えるみたいに、土の人形がせり上がってきた。
けっこう大きな人形だ。
人間の大人の男性くらいの背丈がある。
しかも手に剣を持っている。
剣も土だけど。
土の人形は、ぐるりと、私達のまわりを取り込むように――。
見れば二十体くらいは生まれていた。
「ご主人様ぁ……。私達、なんだか魔法生物みたいなのに囲まれてますよお」
怯えたラズが私に寄り添ってくる。
「カメさま、楽しい訓練なんだよね……?」
私は念のために確認した。
「で、ある」
カメさまは堂々とうなずいて、続けてこう言った。
「ゴーレム撃滅ゴッコなのである。これからゴーレムが襲いかかってくるので、アニスは冷静に倒していくのである」
「あのお、カメさま……。私の手足、拘束されちゃったんですけれども……」
ホントだ。
ふと見れば、ラズは両方の手首を岩の輪でガッチリと固定されていた。
視線を下げれば、足首も同じように岩の輪で拘束されてしまっている。
「ラズは、岩の輪を砕いたら失格なのである。ゴーレムへの攻撃も禁止である。そのままでひたすら逃げるのである」
「そんなー!」
「ラズは冷静に判断し、動けるようになるための訓練なのである。冷静ささえあれば、ラズはそれだけで一人前になれるのである」
「一人前って……。私が……?」
「うむ。で、ある」
「わかりました……。私、頑張ります……!」




