74 宴会2
「でもアニス様を見てると、やっぱりリムネーの噂は本当だったんだなーって思うよ」
「噂なんてあるんだ?」
リタの言葉に興味を持って、私はたずねた。
「自然が豊かで、キノコが一年中採れて、聖剣士様に率いられた領兵は強くて、冒険者に頼らなくても平和だって噂だけど――。そういえば、聖剣士のタビア様って、」
「うん。私のお姉様だよ」
「やっぱりかあ! 姉妹揃って強いんだねえ」
「私なんて、お姉様と比べれば全然だけどね」
「ひゃあ! タビア様は、アニス様より強いってこと?」
リタが声を上げると、男の子達がぼやいた。
「いいよなあ、お貴族様は。金があって力もあって。なんでも好きにできてさ。俺もなんか刻印がもらえてればなぁ」
「だよなぁ」
「おまえんとこはいいだろ。妹が刻印持ちで、今年からご領主様の支援で王都の学院に通わせてもらっているんだから。将来は士官なんだろ」
「妹がな。俺じゃねーだろ」
「ま、それはそうか」
「俺はミアが出世したら、余裕で従卒に志願するけどな!」
「あ、俺も俺も!」
わははは!
広場に笑いが起きた。
「ねえ、リタ。ミアさんってどんな子なの?」
「真面目な子だよ。真面目一直線。小さな頃から王都の学院に行くのが夢な子でね、戦士の刻印を精霊様からいただいても、いい気にならずに必死に勉強を続けて、ついにはご領主様のお眼鏡に叶ったんだからさ」
「学院に入るのって難しいんだよね? 入試とか」
「そりゃそうさ。国で一番のトコだからね。ミアは、よく合格したもんだよ」
「だよねえー」
「アニス様は学院には行かなかったの?」
「私は、これから行くところだよ。実は王都の学院に向かう旅の途中なんだ」
「途中から入るんだ?」
「うん。いろいろあってね」
正確には、公爵家から謎の推薦を受けてねえ……。
「へえー。ねえ、ならさ、学院でミアに会ったら仲良くしてあげてよ。貴族って、アニス様みたいにボク達と普通に話してくれる人間ばかりじゃないよね。力になってあげてよ」
「うん。わかった」
「やったー! ありがとうね! ミアは友達なんだー!」
友達はいいよね。
私もコリーが困っていたら力になってあげたい。
私がうなずくと、お兄さん達もお願いしてきた。
みんな、王都に一人で行った妹さんのことを心配していたようだ。
「ふふーん。皆さんは本当に運が良いですよ。ご主人様ならば、どんな困り事でも立ちどころに解決してしまうのです。何故ならば、最強で無敵で、頼りになるお方だからです。私もご主人様に仕えることができて、本当に幸せなのです」
ラズが胸に手を当てて、まるで本気のように言った。
「私単体は、ヨワヨワだけどね」
うん、ホントに。
カメさまがいての最強無敵な私なのだ。
「またまたー。さすがに謙遜が過ぎますよー」
ラズはまるで取り合ってくれないけど。
リタ達にも、完全に冗談と取られて大いに同意された。
ラズはどうも未だに、見ているはずなのに……。
私とカメさまのことをよくわかっていないみたいだ。
今夜にでも、ちゃんと説明しよう。
いざって時には守ってもらえないと困るしねっ!
私は確かに強くなったけど、さすがにカメさまやラズほどではないし。
さっきもあっさり負けちゃったしね……。
「でも、この町の領主さんも、才能のある子にお金を出してあげるってすごいね」
私は話題を変えた。
「その代わり、学院を卒業したら仕えなくちゃいけないからさ。将来は決まっちゃうけどね。ボクはそんなのはまっぴらごめんだなー」
「リタにはやりたいことがあるの?」
「ボクは外に出たい! 冒険者か商人か、どっちかでさ!」
「へー。いいねー」
「ねえ、アニス様。旅って面白いよね?」
「面白いよー。知らないことばかりだし」
「だよねー!」
私の旅の経験なんて、まだ、たったの二日だけど……。
それでも色々なことがあった。
リムネーにいるだけでは、絶対になかったことだ。
ここにいる悪党達は、冒険者か商人になりたい子が多いようだった。
将来はみんなでパーティーを組んで頑張ろう、と話に花を咲かせた。
私はその話を聞きつつ、思った。
みんな、将来のこと、ちゃんと考えているんだなぁ……。
と。
私はなんにも考えていない。
宴会は、夕暮れの鐘を合図にしておわった。
この町では、昼間なら裏通りでもそれなりに平和だけど、日が暮れてから騒ぐとタチの悪い大人に絡まれて危険なのだという。
鍋や道具を担いで、悪党だったみんなが家路に着いていく。
私は最後にリタと言葉を交わす。
「アニス様、今日はありがとね! また会えたらいいねー!」
「うん。そうだねー」
「……あのお、アニス様」
「どうしたの?」
「えっとね……。あのね……。お願いなんだけど……。さっきはミアのことをお願いしたんだけどね……。ボクとも友達になってもらえないかなぁ?」
「いいよー」
「ホント?」
「うん」
「やったー! ありがとう! アニス様!」
手を取ってブンブンされた。
ただ、それは長い時間ではなくて、リタは手を離すと身を返して、
「じゃあ、またね! アニス様!」
「うん。またー」
元気よく走って悪党仲間達に追いついて、みんなと一緒に路地の奥に消えた。
「ねえ、カメさま。私、新しい友達が出来ちゃった」
「困ったものである」
「どうしたの?」
「アレはしたたかな娘なのである。ちゃっかり後ろ盾を得て、金貨もせしめたのである」
「後ろ盾はよくわかんないけど、金貨と言ったらカメさまだよね? カメさまは五枚あげちゃったし」
「むむ」
「むむ、じゃなくてね? 金貨は、もう残り二枚しかないよ?」
「しかし、ゴールデンボンバーは最高だったのである。その価値はあったのである。我は大いに満足したのである」
「ならいいけど」
「うむ。良いのである」
カメさまが私の頭の上で、うむうむ、とうなずく。
見えないけど、きっとうなずいている。
そんな様子だった。
「あのお、ご主人様にカメさま……。日が暮れると悪い人が出ると言いますし、それはあまりにも恐ろしいことなので……。私達も急いで宿に戻った方が……」
「あ、うん。そうだね」
「急ぎましょう! さあ、早くです!」
ラズに急かされて私達は表通りに戻ると、小走りで宿に向かった。




