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7 クマったね





 私は、ぼんやりと土くれの空き地を眺めた。

 空き地には、割れた大きな岩が、先程と変わらず倒れている。

 脇には小川が流れていた。

 水のせせらぎが聞こえる。

 魔王との戦いの痕跡は、残っている。


 なぎ倒された木々に……。

 まあ、うん、それだけ見ると、すごい大きな魔物でも暴れたようにも見えるけど……。

 実際にはカメさまの一撃の余波なだけですが……。


 加えて、広場に転がっている、両手で抱えるほどの大きな魔石……。


 死体はない。

 霧のように散って、消えてしまった。


「ねえ、カメさま。クマったね」

「む。我はカメであるが?」

「あ、うん。だよねー」


 あっはっはー。


「困ったね、これからどうしようね」


 私は言い直した。


「このことを、其方の親に伝えるのではなかったか?」

「うん……。最初はそう思ったんだけどさ……。どう考えても変だよね」

「何がである?」

「私が、魔王を倒したって」


 無印者なのに。


「で、あるか? 事実であると思うのだが」

「カメさまのこと、言ってもいいの?」

「むむ。それは考えどころなのである。今の我は卑小なる身。表に出ることは最大限に避けたいのである」

「私も同じだよー。目立ちたくないよお。そもそも魔王ってよくわかんないよね?」

「で、あるか?」

「うん」


 魔王のことは、私も知っている。

 ずっと大昔に、魔物の軍勢を従えて世界を闇に染めようとした悪の権化だ。

 だけどそれは物語としてだ。

 うん。

 魔王って、物語に出てくる敵でしかないのだ。

 少なくとも私はそう思っていたし、世間でもきっとそうだろう。


「ならば黙っておくのである」

「いいのかな……?」

「すでに魔王は討伐したのである。問題はないのである」

「そっかー。ならいっかー」


 うん。

 黙っていようかな。


「しかし、そこの魔石は持ち帰ると良いのである。その大きさならば、国同士が争うほどの価値があるのである」

「へー。これって、そんなにすごいものなんだ?」


 私は大きな魔石に目を向けた。


「うむ。一生遊んで暮らせるはずなのである」

「へー。すごいんだねー。ってさ……」

「どうしたのであるか?」

「私がそんなのを持って帰ったら、それこそ大変だよね!? とんでもないことになる気がするんだけど!」

「で、ある」

「簡単にうなずかれてもー! クマるからー!」

「アニスよ。先程からどうしてクマが出てくるのである? アニスはカメよりもクマが好きなのであるか?」

「言葉のアヤだよー! 私はカメ派だから安心してー!」

「で、あるか。うむ」


 カメさまは満足げにうなずいた。


「……とにかくもう、大丈夫なんだよね? クマが出たりもしないよね?」


 私は念のため、繰り返してたずねた。


「クマを出しているのはアニスなのである。そもそも我には、野生動物のことまではわからぬのである」


 まあ、うん。

 うちの裏庭の森に、クマがいたという話はない。

 とっても平和な森なのだ。


 闇の力は封じられていたみたいだけど……。

 そんな話、聞いたこともなかったけど……。


「なら行こっか。見つかると嫌だし」


 私は言った。


「で、ある」


 カメさまが、私の頭の上に乗った。

 重さはない。

 カメさまは、小さいし。


「ここはアレだよね。なんか地面が揺れて、なんか岩が倒れて、なんか魔石が出てきちゃった的な? そういうことなんだよね」

「すべては偶然ということにするのであるな」

「うん。いいよね?」

「我もその方が良いのである」

「じゃあ、決まりだね! 私たちは知らない! 平和ってことで!」

「うむ。で、ある」


 放っておいてもお姉様が巡回で見つけてくれるよね。

 お姉様が魔石を持ち帰るのなら、問題なんて起こらないだろうし。

 だって、お姉様はすごいし。


 私はカメさまを乗せて、森の中を歩いた。

 すっかり深い場所に来てしまって、方向感覚はなくなっているけど……。

 小川沿いに歩けば、自然に湖岸には出られるはずだ。

 裏庭の森には谷も崖もないしね。


「ねーねー、カメさま。ところで、さっきの剣って何? すごかったよね。カメさまが生み出した聖剣なの?」

「アレは、オドの力によって作られる聖剣とは別のものである。アレはこの世界に実在する本当の剣、我の愛剣、神刀ヨミである。かつて開闢の時代、絶対にして唯一なる創造神アシスシェーラ様のお力が結晶化して生まれた神話武器の一つなのである。平時は我の保存領域に収納してあるのである。先程は取り出したのである」

「へー。よくわかんないけど、すごいんだねー」

「うむ。最上位の竜でさえ、我が剣の前には紙くず同然なのである」

「へー。へー」

「また其方はそのように適当に」

「あはは」


 だって、本当によくわからないし。

 すごいことだけはわかるけど。


「しかし、アニスもすごいのである」

「私?」

「短時間かつ僅かなものとはいえ、我の力を受け入れておいて、ケロケロと歩いているのである」

「ケロケロって、私はカエルじゃないよー」

「うむ。カメである」

「私はカメでもないけどね?」


 人間だからね?







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