66 閑話・少女ジョセフィンは父の帰還を出迎える
「どうだった?」
「申し訳ありません、お嬢様。町中の宿屋を当たりましたが、該当する人物はおりませんでした」
「そっかぁ。残念。そんな気はしていたけど」
私はため息をついて、ソファーの上で大きく背伸びをした。
一緒に夕食が取れればなーと思って使用人に探してもらったけど、無理みたいだ。
仕方がないので、今夜の夕食は一人で取ることにした。
普通ならケレス家の皆さんと取るところだけど、今日はもう断っちゃったのよね。
私はジョセフィン・ゼル・ウェイガー。
十一歳。
今は父である王国十剣『轟撃』のウェイガーと共に、王国北方の町に来ている。
偶然に訪れた町だけど、なんと近くの山に竜が居着いていて……。
お父様は迷わず討伐協力を申し出て……。
すぐに討伐隊は結成されて、今は山に入っている。
お父様のことは心配していない。
だって、最強だし。
それに――。
夜。
食事を取りおわって、夜着にも着替えて、のんびりとくつろいでいる中、紅茶を注いでくれながらメイドのデイジーが言った。
「しかし……。お嬢様はどう思われますか? 町の人間の噂では、アニス様が光線を放って町から山頂の竜を落ち落とした、とのことですが」
そう。
どうやら竜は討伐されたようなのだ。
しかも町から。
残念ながら私とデイジーは、その時、領主邸の中にいて……。
それを見ることはできなかったけど……。
町では多くの人が光線を見ていて、ただの噂というわけではなさそうだった。
そして……。
その光線を放ったのは、十代前半の謎の少女だという話だった。
不思議なことに、誰も正確に顔を覚えていなくて、探しようがないみたいだけど。
スカーフを巻いていたので……。
スカーフの少女、と呼ばれているみたいだけど。
名前としては、カメの子。
現場に居合わせたAランク冒険者レックに、彼女はそう名乗ったそうだ。
うん。
アニスが頭にカメを乗せていたことは、よく覚えている。
間違いなく、同一人物よね。
デイジーもそう思っているようだ。
アニスもスカーフを巻いていたし。
「どうかしらね。ただ、アニスというのは偽名だったみたいだし、とりあえず、私達が騒ぎ立てするのはやめておきましょう」
「かしこまりました」
言いつつも私は、アニスは偽名でなく本名だと思っている。
なので、きっと……。
リムネーのアニス。
それで調べれば、すぐにわかるだろう。
ただ、それを誰かに言うつもりはない。
本人が隠したがっていることを暴き立てるなんて、さすがに友人の行為ではない。
「でも残念。せっかく手に入ったのに」
私はテーブルの木箱に目を向ける。
大きな木箱だ。
蓋を開ければ、中には、みっしりと黄色いキノコが詰まっている。
咲き誇る花のように傘の開いたキノコだ。
そう。
それこそが、私の探していたゴールデンボンバーだった。
町の商人が私が探しているという噂を聞きつけて、ぜひ竜討伐の祝勝会に使ってほしいと持ってきてくれたのだ。
祝勝会の前に、アニスに見せてあげたかった。
そんなことを話していると、屋敷のメイドが部屋にやってきた。
「大変です! お嬢様!」
「どうしたの、慌ただしい」
「それが――。討伐隊の皆様が町にお戻りになられまして!」
「こんな夜に?」
「はい! 強行軍で戻られたそうで! 急ぎ、迎えの支度を!」
「ええ。わかったわ」
私は急いで着替え直して、屋敷のホールに向かった。
ケレス男爵家の方々としばらく待っていると、男爵とお父様が帰ってきた。
男爵とお父様は、すでに鎧を脱いでいた。
汚れた姿ではあるけど、見たところ、大きな怪我はなさそうだ。
「おかえりなさい! お父様!」
私は走って、お父様に抱きついた。
「うむ。ジョーは言いつけ通り、ちゃんと大人しくしていたか?」
「もちろんよ!」
「そうか。おまえも大人になってきたな」
お父様が私の頭に軽く触れる。
大きくて温かい手だった。
無事に帰ってくることはわかっていたけど――、お父様は最強だし。
でも、無事に帰ってきてくれた本当によかった。
ちなみに私のことは、うん。
いつものことなので、みんな知らぬ顔をしてくれているわね!
ごめんね、ありがとう!
今度からは、ちゃんと大人しくしているから!
この後は、お父様達のお着替えを待って、すぐに祝勝会を――。
と思ったのだけど――。
それは明日、墜落した竜の死亡をちゃんと確認してから、ということになった。
お父様達は、けっこう危ないところだったらしい。
竜のねぐらで竜と決する計画だったのに、竜は幻影の魔術で姿を誤魔化していて、ねぐらから逃げられてしまったのだ。
「あの光がなければ、あるいは、どうなっていたことか……」
「そっかぁ。でも、勝ちは勝ちよね!」
「そうだな」
お父様が小さく微笑む。
それは、いつでも自信に満ち溢れたお父様にしては珍しい、自虐的な笑みだった。
なので、うん……。
きっと本当のことなのだろう……。
アニスには、感謝しないといけないわね……。
脇では熊みたいに大柄なケレス男爵が、家族の人達と話していた。
「うーむ。では、やはり、その話は本当なのか」
男爵が、顎髭に手を当てながらうなる。
「私も直にAランク冒険者パーティー『夜明けの雫』のメンバー達に確かめましたが、間違いはないそうです」
次期当主たる長男が男爵に伝える。
「スカーフを巻いた謎の少女が、カメの力で光を放った、か」
「正確には、カメと叫んで、ですね。カメカメ、と言っていたそうです」
「意味がわからんな」
「そうですね……。すべてが意味不明ですが……」
その話を横から聞いて私は思った。
カメカメって……。
アニスは本当に、正体を隠す気があるのかしら。
「ジョー」
「はい。何ですか、お父様」
「おまえはどうだ? おまえと同年代の少女らしいが、心当たりはあるか?」
「えっとお……」
私は目をそらした。
「ジョー。怒らないから言ってみなさい」
「ホントに怒らない?」
「ああ」
「……実は、外に出たところをゴブリンに襲われて、殺されかけていたところをその子に助けてもらいました」
てへ。
「あいたあぁぁぁぁぁ!」
次の瞬間には頭にげんこつが落ちてきたんですけどおおおお!
「おまえという子は。また抜け出して。まあ、正直に言ったことだけは褒めてやる」
「ううう」
私は頭を押さえた。
かなり痛い!
「――それで、どんな子だった?」
「それは、えっと……。よくわからないわ。認識阻害のアイテムを使っていたみたいで、思い出せないのよ」
「そうか」
お父様は追求してこなかった。
他の人達も、みんな、そう言ったからだろう。
私はほんの少しだけ迷ったけど……。
結局……。
アニスの正体を知る手がかりを持っていることは言わなかった。
次の日、朝から竜の死体の捜索が行われた。
墜落した場所はすぐに特定されたけど……。
そこはまさかの神殿で、封印石という大切なものの保管されている場所だった。
封印石は、破壊されていたそうだ。
ただ、異変はなかったらしい。
魔物達も、すっかり落ち着いていたそうだ。
なのでおそらく、竜は死んで、消えてしまったのだろう。
上位の魔物は、死ぬと消えて魔石だけになるという。
ただ、いくら探しても、魔石はなかったそうだけど。
協議の結果……。
あまりに強力な攻撃を受けたため、魔石すら残らず消えたのでは……。
竜の消滅の影響を受けて、封じられていた魔の力も消えたのでは……。
という結論に落ち着いた。
かくして竜の事件は、結末のぼんやりしたままおわった。
ゴールデンボンバーは、男爵家の料理人がそれはもう見事に調理してくれた。
祝勝会では真ん中に置かれて、私は鼻高々だった。
味も絶品だった。
大きな野菜やキノコは大味になりがちだけど、そんなことはなくて、焼いたゴールデンボンバーの傘の一部を口の中に入れて噛めば――。
綿のような柔らかさと共に、新鮮な自然の香りが広がる。
「んー! おいしー!」
思わず声に出してしまうくらいだった。
普段な怒られるところだ。
この時は幸いにも祝勝会だったので、まわりは大騒ぎの最中で……。
気にされることもなかったけど。
「確かに絶品だ」
私に続いてキノコを食べて、お父様が言った。
「でしょー! 私が手に入れたのよ! お父様のために!」
「そうか」
「ええ!」
「だが、冒険は大概にしなさい。おまえは魔術師だ。戦士ではない」
「はーい」
私は仕方なくうなずいた。
確かに私は魔術師。
腕には自信があるけど、急に襲われた時、私は何もできなかった。
冒険するなら前衛がほしいところだ。
それこそ、アニスみたいな。
学院に入ったら、いい人がいないか探してみよう!
案外、アニスがいるかも知れないしね!




