63 竜の子2
「ちなみにだけど、竜の姿にはなれるの?」
いくらか落ち着いたところで、私はラズにたずねた。
「はい。一応……。分体とはいえ、竜なので……」
「危険なのである」
「あ、でも、とっても小さいので! 無害ですからああああ!」
試しに変身してもらうことにした。
私は、カメさまくらいの手のひらサイズを想像していたんだけど……。
ポンッと化けた姿は、それなりに大きくて馬くらいあった。
「ほら、この程度なので!」
と、ラズは言うけど……。
「けっこう大きいね」
「危険なのである」
とてもじゃないけど、連れて歩けそうにはない。
「小さいのがお望みでしたらなれますので!」
ポンっと、鳥くらいの大きさになった。
「ほら! こんな感じです!」
小さな黒い竜が、ぱたぱた翼を動かして、私の顔のあたりにまで浮かんだ。
「うわあ。可愛いねー!」
寄ってきたので、つい私は抱きしめてしまった。
竜は爬虫類なのでもふもふではないけど、鱗は思ったよりも硬くなくて……。
魚みたいにぬめってもいなくて……。
ひんやりした体温も含めて……。
硬めのクッションを抱いているみたいで心地よかった。
「ご主人様、温かいですぅ」
ラズも気持ちよさそうにしていた。
「むむむ!」
と、次の瞬間、なぜかカメさまがラズに雷撃を放った!
バチン!
雷撃がラズに直撃する!
「あいたっ!」
というかむしろ私の手に当たったんですけど!
思わずラズを落としてしまった!
「ぎゃふ!」
変な声を出して、小さな黒竜のラズが地面に落っこちた。
「ざまあなのである」
私から離れたカメさまが、ラズをあざ笑って見下す。
「もー! カメさま! いきなりどうしたの! 痛かったよ! ……もしかして、この子が何かしようとしていたの?」
「私、何もしていませんー!」
メイドな女の子の姿に戻って、ラズは涙目で訴えた。
「甘えたのである! たかがトカゲの分際でアニスに甘えるなど一万年早いのである!」
カメさまは、今度は怒り出した。
「ひいいい! お許しをおおお!」
「許さんのであるー!」
私の目の前で、カメさまとラズの追いかけっ子が始まった。
雷をバチバチさせて、カメさまがラズを追いかける構図だ。
雷が何度もラズの背中に当たる。
ラズは、その度に「イタッ!」と跳ねるけど……。
たいしてダメージを受けている様子はなくて……。
その様子は、ものすごくコミカルで……。
本当は止めなきゃいけないのに、思わず私は笑ってしまった。
「アニス様ー! お助けをー!」
「あ、うん。だよね。もーカメさま! やめなさいっ! どうしたのー!?」
私はカメさまをひょいとつまんで、手のひらに乗せた。
「どうしたもこうしたもないのである」
「もー。なにー?」
「我は牛ではないのである」
たずねると、ぷいとそっぽを向かれた。
「もー。それは知ってるよー。カメさまはカメだよねー」
ザルでもあるけど……。
私が困っていると……。
「あ、私、わかりました。そちらのカメさまは、私がアニス様に可愛がられて嫉妬しちゃったんですよ」
「あははー。それはないよー。だって、カメさまはカメさまなんだしー。……でも、そうだったの?」
まさか武神たるカメさまが、可愛がられて嫉妬とかないよね。
と思いつつも、一応、念のために私は聞いてみた。
「ちちちち! 違うのである! 我は危機管理をしていただけなのである!」
「だよねー。ならもういいんじゃない? ラズは無害そうだし」
見ている限り、いい子に見えるし。
年上に見える女の子に、いい子という表現はおかしいかもだけど。
「アニスはラズも飼うのであるか?」
「んー」
それはどうなのか。
大変なことになるのは確実だよね。
ラズのことは、可哀想だとは思うけど、さすがに遠慮したい。
「ぜひお願いします! 私を飼って下さい、ご主人様!」
「えー」
ご主人様と迫られて、思わず私はひらりとかわした。
だって、うん。
どう考えても私はご主人様じゃないし。
「くははは! 断られたのである! やはり処分なのである! さあ、アニス! 今こそ憑依して始末するのである!」
「それはダメー。悪いことしてないのに、乱暴すぎるよー」
浮かんだカメさまを私はあらためてつまんだ。
手のひらに上に戻す。
「では、飼うのであるか?」
「町に連れて行って、町の人に渡すとか」
「それは良い考えなのである。それなら我も賛成するのである」
「じゃあ、そうしよっかー」
「あのお……。私、売られてしまうんでしょうか……?」
「ううん。違うよ。保護をお願いするだけ。異世界から来た無害な竜さんですって言えば悪いことにはされないよ、多分」
「でも私、襲われてブレスを吐いちゃいましたけど……」
「あー。そっかー」
町の人にとっては、もう無害ではないのかぁ。
「あのお……。できれば、アニス様にお仕えさせていただけると……」
「私?」
「はい。私もどうせなら、強くて優しいお方がいいなぁ、と……」
「私、ただの女の子だよ? 強くないからね?」
「私、こう見えて炊事洗濯掃除すべて得意ですし、お役に立ちますので何卒おおおお! 下僕の一人にお加え下さいいいい!」
「と、言われても……」
「くふふ。やはり処分なのである。ざまぁなのである」
「あとはあとはっ! そうだ!」
ラズは再び馬サイズの黒竜になると、低くしゃがんで、
「騎竜にもなれますので! アニス様くらいなら乗せて飛べますので!」
とアピールしてきた。
「それって、空に?」
「はい!」
「おお……」
うなずかれて、思わず私は声をもらした。
それって、すごいよね。
うん。
かなりすごいことではなかろうか。
「よかったら試しにどうぞ!」
「カメさま、いい?」
「ふむ。ダメ、と言いたいところではあるが……。今の提案は魅力的なのである。竜よ、試しに我らを空へと誘うのである」
「わかりましたー!」
「さあ、アニス。乗るのである」
そう言いつつ、カメさまは私の頭の上に乗った。
いつもの定位置だ。
「う、うん……」
カメさまにも促されて、私はおそるおそる黒竜の背中にまたがった。




