62 竜の子
女の子は、ぴくりと動いたと思ったら……。
カッと目を見開いて……。
「お待ちをおおお! どうかお待ちをおおお! お願いしますううう! なんでもするので許して下さいいい!」
なんといきなり深々と土下座をした。
「あの、えっと……」
私は戸惑った。
「先程の御力、とくと拝見しましたぁぁぁ! 貴女様こそが私を半殺したした強き御方であることは十分に理解しておりますのでえええ! 歯向かいませんのでえええ! どうか、どうかお許し下さいませええええ!」
「見ていたということは、死んだフリでもしていたのであるか?」
「だってしょうがないじゃないですかー! 魔石は奪われちゃって、見つかれば私も食われるだけなんですからそれ以外にどうしろとー!」
「……ねえ、カメさま。どうしよう?」
「竜の分体よ、まずは頭を上げるのである」
「ははーっ!」
女の子が頭を上げる。
「良いか、その姿勢からしばらく動くな、である」
「承知しましたあああ!」
「では、あとはアニスに任せるのである」
「え。私?」
いきなり振られて私は戸惑った。
――ねえ、カメさま。念のため、憑依しておいた方がよくない?
――安心するのである。分体には、大した力などないのである。今のアニスであれば攻撃されても簡単にあしらえるのである。
――ホントに?
カメさまって、たまにザルだから不安だ。
怒るから言わないけど……。
――本当である。アニスも自分で対処することを覚えるのである。そもそも殺さないと言ったのアニスである。
――うん、だよね……。わかった。
それはそうかぁ。
私は頑張ってみることにした。
「えっと、私はアニスと言います。貴女の名前はなんと言いますか?」
「エンデュロ生まれの黒竜ラズベールと申しますううう! 強き御方! どうぞお気軽にラズとお呼び下さいいい!」
「では、ラズさん」
「私ごときゴミクズ雑魚に敬称は不要ですううう! どうぞお気軽にお見下しをおおお! ゴミと呼んでくれてもいいのでえええ!」
は、話しにくい……。
「あの、ラズ。もう少し普通にお願いします。落ち着いて? 一緒に深呼吸しよ」
すーすー、はーはー。
すーすー、はーはー。
「どう?」
「は、はい……。少し落ち着きました」
「よかった。じゃあ、ラズ、貴女は異世界から来た竜なんだよね?」
「はい。そうです」
「ラズの世界にもメイドさんっているんだね」
「はい……。いました……。私もですが……」
何故かラズは口ごもった。
「竜がメイド? 怪しいのである」
カメさまが言うと、ラズは慌てて言葉を続けた。
「ほほほ、本当ですう!」
「どもっているのである」
「いえ、あの……。正確には、女神様の眷属たる魔人様方の奴隷でしたが……」
「竜なのにであるか?」
「私の里は、魔人の皆様に襲撃されて滅びてしまったのですが……。私だけ、必死に命乞いして助けていただきまして……。私、人型に変身することもできたので、魔城で雑用をやらせていただいていたのです……」
「情けない竜なのである」
私の頭の上で、カメさまが息をついた。
「しょうがないじゃないですかー! 私、死にたくなかったんですー!」
「それで、どうしてこっちに来たの?」
私はたずねた。
「私、竜だから丁度いいってことで、若い方々の狩りの獲物に選ばれたんです……。それで逃げていたら異世界の扉が開いて……。扉は狭かったけど必死に潜り込んで……。それでやっと抜けることができて……。やったー! 異世界! って思ったら、いきなり攻撃を受けて……。あの攻撃も貴方様方なのですよね?」
「で、ある。逃げられたので其方を始末しに来たのである」
「どうかどうか! お許しをおおおお! 私は無害な子なんですううう! ただのゴミクズ雑魚竜なんですううう!」
「山の上では攻撃していたようであるが?」
「正当防衛ですううう! 私は隠れていただけですよー!」
「それはそうであるな」
カメさまが納得した。
――アニス、すまないのである。ついしゃべってしまったのである。
――どうせなら全部お任せしてもいいけど?
――それなら始末……。
――あ、私がしゃべります。
さすがにこの状況で始末なんて酷いよね。
カメさまと念話していると、ラズがまた叫んだ。
「私、いきなり大怪我して、ここがどこかもわからず、ブルブル震えながら傷の回復を待っていただけなんですよー! この世界では、狩りのひとつもしていませんー! うえーん! お腹空いたよーおうちに帰りたいよー! 助けてえええ!」
あー、泣いちゃった……。
どうしよう……。
どうすればいいんだろう、この子……。
私はけっこう、途方に暮れてしまった。




