58 必殺のカメさま!
「おい! みんな、急いで町の防壁へ行くぞ! 魔物の群れが押し寄せるぞ!」
冒険者パーティー『夜明けの渚』のリーダーが叫んだ。
それは勇ましい姿だったけど……。
「で、でもよ……。銀狐の連中は半殺しにされちまってるし、領軍の主力は山の中だし、俺等だけではキツくないか……?」
「ここは逃げた方が……」
「そうよね……。割に合わない依頼は、受けるべきじゃないと思うけど……」
他の冒険者達からは、弱気な声がもれた。
状況は私にもなんとなく理解できる。
竜の咆哮に森の魔物達が驚いて、暴走して逃げてくるのだろう。
「あれ、見ろよ!」
冒険者の一人が山の頂上の空に浮かんだ竜を指差す。
竜の体が黒い光に包まれていた。
そして、十分に「タメ」を作ってから放たれたのは、黒い光線だった。
山頂付近に直撃する。
「轟撃と大熊が、戦っているのか……?」
「どうすんだ、あれ……。空に飛ばれちゃ、剣も届かねぇよな……」
「動揺の必要はないのである。あれはただの闇属性の攻撃ブレスなのである。聖剣士の防御技で十分に防げるのである。それに飛ばれたなら、叩き落とせば良いのである」
腕組みした私が、それはもう偉そうに言った。
我ながら堂々たる態度だ。
「叩き落とすって……。どうするんだよ……。魔術も弓も、効くのか……?」
「気合である」
「気合って……。なんだよ、それ」
思いっきり失笑された。
まあ、うん、だよね。
わかる。
「まったく。冒険者とは魔物退治のプロであろうに、情けない奴らなのである。とはいえ、貴様等では無理であるか。我がやってやるのである」
「何をだよ……?」
「決まっているのである。気合で竜を叩き落とすのである」
「は?」
思いっきり変な顔をされた。
まあ、うん、だよね。
わかる。
私は腰を少しかがめ、体の脇に腕を回して、両方の手のひらで空気を包んで、空気を溜め込むかのような体勢を取った。
私にはわかる。
マナの力を、その手のひらの間に凝縮させているのだ。
「カメ――。カメ――」
カメさまの声に合わせて……。
マナの密度がどんどん高まる。
そして……。
最大限に凝縮させたところで……。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
気合一閃。
カメさまが、手のひらの間に凝縮させたマナの力を解き放った!
それはまさに光の槍となって――。
一直線に飛んでいって――。
遥か彼方、ザレース山の上にいた竜に直撃したぁぁぁぁぁぁ!
でも、カメさまの顔は晴れなかった。
「むむ。さすがに遠かったか。ちと浅かったのである」
カメさまが言う通り、竜は墜落しなかった。
ただ、うん。
あきらかに大ダメージは受けたようで、大きくよろめいたけど……。
竜は逃げるように空高く舞って……。
でも力尽きたのか、まるで木の葉のように……。
ザレース山の麓に広がる深い森の中に、墜落していった……。
「い、今のは……?」
冒険者の一人が、本気でおそるおそるの様子でカメさまこと私にたずねた。
「今のが気合である」
カメさまは堂々と答えた。
「そ、そっかぁ」
冒険者の人は、まるで私みたいに答えた。
うん、わかる。
そうなるよね!
「さあ、これで憂いはないのである。貴様等はさっさと防衛につくのである。この町での貴様等の最後の仕事なのである」
「お、おう……。だよな……」
リーダーの人が、動揺したままながらもうなずいた。
「魔法をくれてやるのである。頑張るのである。――フルポテンシャル・マジック」
カメさまが魔法を使った。
冒険者達の体が、きらきらとした輝きに包まれる。
「これは……」
「力が漲る?」
「身体強化か! でも、なんて作用だ!」
「うおおおおおおお! 俺は今、まさに人間火山ぁぁぁぁぁぁ!」
驚きの声が上がった。
どうやら、誰かが言ったように身体強化の魔法らしい。
「行くのである」
カメさまこと私が、リーダーの人の背中を叩いた。
「おう……。しかし、君はホントにすげぇな……。正直、ここまで差があるとは……」
「自信を無くす必要はないのである。我は武神なり。貴様等ニンゲンとは、そもそも存在の次元が違うのである」
「ははは! 言うねえ! まあ、いいさ。わかったよ。おい、みんな! ウェイガー家の方がここまで力を貸してくれたんだ――」
「誤解のないように訂正しておくが、我はウェイガー家とは無関係なのである」
「そうなのか? じゃあ、一体――」
「我はカメ。流浪のカメの子である」
「カメの子……?」
「うむ。それが我である」
さすがはカメさま、私の名前を出さないでくれてありがとう!
と思ったら……。
「じゃあ、カメの子アニスか。ありがとな」
――ねえ、カメさま。リーダーの人、なんか普通に私の名前を言ってるけど?
――検問所で名前は聞かれているのである。
――あー、そっかー。
ジョーが普通に呼んでたかぁ……。
「カメの子だけで良いのである。アニスとは、ただの偽名である」
「わかった。じゃあ、カメの子。ありがとな。俺はレック。これでも一流って呼ばれるAランクの冒険者なんだぜ」
私はリーダーの人ことレックさんと、固い握手を交わした。
恐ろしいことに、私の方が偉そうな態度だった。
握手の後、レックさんの号令で、冒険者の人達は町の防衛の為に駆けていった。
私は一人になった。
わけではなくて、まわりには町の人達が大勢いた。
なので私も、一旦、場を離れた。
屋根の上に飛び乗って、ぴょんぴょんぴょん、と、人気のない郊外に移動する。
「ねえ、カメさま。これからどうしよっか」
私は私に話しかける。
カメさまは、まだ憑依したままだ。
「まずは竜にトドメを刺すのである。それからキノコ探しである」
「まだ憑依してても大丈夫?」
「アニスはどうであるか?」
「私は全然へーき。まったく辛くないよー」
体はものすごく軽い。
息も上がっていない。
まだまだ大暴れできちゃいそうだ。
「で、ある。実は我も平気である。アニスが訓練によって強くなった分、我との親和性が大きく向上しているのである」
「そっかー。なら、このまま行っちゃおっか」
「どうするであるか? 訓練を兼ねて、アニスが動いても良いのである」
「私?」
私が首をひねると、ポンと、カメさまが憑依を解いた。
「で、ある。アニスが走って現場に向かうのである」
「大丈夫かなぁ……? 森、怯えた魔物が大暴れしているんだよね……?」
「だからこその訓練である。危なくなれば、我が替わるのである」
「そっか。なら平気だね」
やってみることにした。
なんか面白そうだし。
私も、すっかり強くなった体で、もっと楽しんでみたいしねっ!
森の中なら目立たないし!
……まあ、うん。
もう今更すぎるくらいに目立っちゃったけどね……。




