53 アニス、初めての戦闘!
女の子は、運がなかったのだろう。
丘と森に挟まれた街道は丘の形に合わせてカーブになっていて――。
町からそれなりに近いのに、町からは死角になっている場所だった。
しかも今、他に人通りはなかった。
居るのは私と女の子と、四体のゴブリンだけだった。
いや、うん……。
他に誰もいないからこそ、ゴブリンは襲いかかってきたのかも知れない。
ゴブリンって、低級の魔物なのに知能があって――。
奇襲をかけてくることも多い厄介な魔物だって、お姉様から聞いたことがある。
今もいきなり現れた私に警戒して、すぐには襲ってこず、威嚇するような声を漏らしつつ私の様子を見ていた。
――ねえ、カメさま! どうしよう!
私はカメさまに助けたを求めた。
しかし、返事はなかった。
何故かと言えば……。
カメさまは、私の頭から離れて、道端に生えていたキノコに食らいついていた!
――うほおおおお。キノコである。キノコは最高なのである。
カメさまあああああああ!
私が念話で叫ぶと、カメさまが私のことを思い出してくれた。
――ん? どうしたのであるか、アニス?
――どうしたのか、じゃなくてええええ! 魔物! 魔物が目の前にいるよー!
――で、ある。
カメさまは気にせず、キノコに戻った!
――助けてよおおお!
私は再び叫んだ!
今、大ピンチなのに、どうしてキノコを食べているのおお!
――相手はたかだかゴブリンなのである。アニスが好きにすればいいのである。
――できるわけないよね!?
私、普通どころか無印の女の子だよ!?
――その腰の剣は飾りではないのである。
――と言ってもおお!
確かに私の腰には剣がついている。
私の手にも馴染む、ぴったりサイズの剣だ。
旅立ちの前にお姉様がくれた。
でも、私は剣の練習なんてしたことはない。
腰の剣だって、お試しで、たった一度、抜いてみたことがあるだけだった。
――とにかく剣を抜くのである。
――う、うん……。
私は剣を抜いた。
ゴブリンを威嚇するためにも、とにかく前に構えた。
――我が憑依していたとはいえ、アニスはすでにもっと強い敵を斬っているのである。その時の感覚を思い出すのである。
――ねえ、カメさま。ホントにやってくれないの?
――我はキノコを食しているのである。
カメさまは本当にキノコをむしゃむしゃしている。
他人のキノコなのにね……。
――カメさまああああ! 助けてくれないと、私、死んじゃうよ!
――やってみればわかるのである。マナの力を取り込んで、思いきり飛び込んで、思いきり剣を振り回すのである。
――ううう……。
ゴブリン達が、じりじりと左右に分かれていく。
私は気づいた。
ゴブリン達がわずかに視線を送りあった。
次の瞬間だった。
奇声を上げて、一斉に襲いかかってきたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
狙いは私だぁぁぁぁぁぁぁ!
「ひいいいいいいいいいいい! やああああああ!」
私は目を瞑って、メチャクチャに剣を振り回した。
肌に風を感じる。
我ながら突風のような勢いだった。
奇声だか悲鳴だか怒号だか……。
よくわからない声と共に、粘土に包丁を入れたような手応えも感じる。
…………。
……。
しばらく振り回した後……。
私はおそるおそる、目を開けた。
「ひいい……!」
私は尻餅をついて倒れた。
だって、目の前にあったのは……。
無惨に斬られた、四体のゴブリンの死体だったから……。
手から落ちた剣が、からんからん、と、音を立てて、街道に転がった。
剣には血が付いていた。
あと、私の手袋や、体にも……。
ゴブリンの返り血だ。
――うむ。よくやったのである。さすがはアニスなのである。
カメさまが誇らしげに言った。
「ね、ねえ。カメさま、私……」
――体の力を抜くのである。少し憑依するのである。
――う、うん。
私はカメさまに言われるままにした。
カメさまが私に憑依する。
カメさまは剣を拾い上げると、軽く気合を入れて、マナを発揮させた。
すると、べったり付着していた血が水泡になって弾け飛んだ。
犬が雨水を弾くみたいだった。
同時に、高まるばかりだった鼓動が、すうーっと静まるのを感じた。
緊張が解けて、私の心は穏やかになった。
「これでよし。なのである。血の付いたままでは、さすがに怪しいのである。あと、心は常に穏やかに、である。でないとマナが暴走して大変なのである」
「うん。ありがとー」
カメさまは私から離れると、再びキノコに貪り付いた。
カメさまは食欲旺盛だ。
小さな体なのに、よく食べる。
ぐるるる……。
「あー。お腹空いたー」
そういえば私も空腹なのだった。
「ね、ねえ……。それならお礼にご馳走しよっか……?」
お腹に手を当てていると――。
下から声がかかった。
そういえばそうだった。
ゴブリンに襲われて倒れていた女の子のことを、私は失念していた。
私は剣を鞘にしまって、女の子に手を伸ばした。
「大丈夫? 立てる?」
「うん。ありがと」
私の手を取って女の子が立ち上がる。
その時に気づいた。
女の子の手の甲には、刻印があった。
「あ、これ? 私って、実は風の属性刻印持ちなのよね。でもダメね。練習ではちゃんと使えていたはずなのに、いざとなると震えちゃって、魔術を使う余裕なんてなかったわ。実戦と練習って本当に違うものね」
私の視線に気づいた女の子が、恥ずかしそうに笑う。
――アニスは刻印持ちと縁があるのである。
――うん。だねえ……。
ファラーテ様に続いて、またも出会うなんて。
少し前までの私なら、きっと劣等感を覚えて、目をそらしていたことだろう。
でも私も強くなった。
ちょうど今、自分でもびっくりするほどそれを実感しているところだった。
なので私は余裕を持って笑いかけることができた。
「こんな町の近くでゴブリンに襲われるなんて災難だったねえ」
「本当よ。いきなりで腰を抜かしちゃった。街道側なら平気かなって思ったけど、そんなことは全然なかったわね。ありがと! 助かったわ! アナタ、私と同じくらいの年なのに魔物と戦えるなんて強いのね! もしかして冒険者? どんな刻印持ちなの?」
「ううん……。私は、あのね……」
「秘密なんだ?」
「えっとぉ……。そういうわけでもないんだけど……」
「あ、冒険者って手の内は明かさないものよね。ごめん。私はジョゼフィン! よろしくね!」
「私はアニス。リムネーから来たの」
「リムネーって、あの湖の?」
「うん。そう」
「一人で? 空から?」
「一人でだけど、空からではないかなぁ」
「でも、空から来たわよね?」
ジョゼフィンさんに、上から下までマジマジと見られた。
「あはは」
私は笑って誤魔化した!
「笑っていないで、どういうことか教えてよ」
だけど通じなかった!
「それはね、えっと……。丘から滑り下りてきたんだよお。最後にジャンプしたら、勢いがつきすぎて飛んだみたいになっちゃってねえ」
「すごい身体能力なのね。風の魔術が使えるわけでもないのに」
「自然の中で育ったから丈夫なの!」
「へえ……。すごいのね……。しかも、一人で来たのよね?」
「まあね!」
本当は秘密にしたかったけど、もう言っちゃったので……。
私は自棄気味にうなずいた。
「もしかして、家出?」
「え。あ。そういうのとは違うけどねっ! でも、あの、リムネーから来たことは秘密にしておいてもらえると……」
「わかったわ。とにかく町へ行きましょ! お礼をさせて!」
ジョセフィンさんが私の手を取って、歩き始めようとする。
――ちなみにアニス、認識阻害のスカーフをつけたまま名乗っているのである。
――あ。どうしよ。
――気にすることもないのであるが、一応、伝えただけである。
カメさまが、ふわりと私の頭に戻った。
ジョセフィンさんは前を向いていて、浮いたカメさまには気づいていない。
私は迷いつつ、まあ、うん。
今更スカーフを外すのもおかしなことになりそうだし……。
このままおしゃべりしちゃうことにした。
「さあ、早く!」
ジョセフィンさんが振り返って言う。
タフな子のようだ。
殺されそうになったのに、その笑顔は明るかった。
私は誘われるまま、ジョセフィンさんと並んで町へと行くことにした。




