51 旅の始まり!
ついに私は旅に出た。
しかも、一人で。
正確にはカメさまも一緒だけど、人間としては一人旅だ。
今まで十一年、一度も旅なんてしたことのない私が、いきなり一人旅なんて、本気でとんでもなく無謀で大胆だけど……。
やっぱりカメさまが一緒なのは心強い。
不安はあんまりなくて、ワクワクの方が強かった。
この先には何があるのだう。
キタイして、思わずマッスルポーズを決めたくなってしまうくらいだ。
「何をしているのであるか?」
「あ、うん。なんでも」
不覚です。
思わずポーズを決めてしまった。
恥ずかし。
私は身だしなみを整えて、ふうと息をついた。
ただ幸いにも、まわりに人はいなかった。
私一人だ。
「ねえ、カメさま。そろそろいいかな?」
私は気を取り直して言った。
「で、あるな」
リムネーの町から出て、すでにそれなりに時間は過ぎていた。
リムネーの町からは、西側に一本だけ街道が出ている。
東側には湖が広がっていて北と南には森があるからだ。
リムネーからどこか別の町に行く時は、なので、必ずその街道を通ることになる。
まっすぐに進めば、二日で中都市チュアムに到着する。
さらにチュアムから大きな街道に沿って進めば、八日で王都に行ける。
王都は、私の旅のゴール地点。
なぜなら私は、よくわからないまま、王都の学院に入学することになったからだ。
すでに魔人だとバレているシアンさんがわざわざ通達に来たことからして、学院入学には怪しさしかないのだけど……。
まあ、そのシアンさんは、また空の彼方にぶっ飛ばしちゃったけど……。
しかも問答無用でね……。
ともかく公爵家からの推薦では、断ることもできなかった。
カメさまからは逃げることも提案されたけど、それでは家に迷惑がかかる。
なので私は、とりあえず行くことにしたのだった。
とはいえ、すぐに王都には行かない。
最初の目的は竜退治だ。
チュアムには向かわず、私は最初の分岐を北に向かった。
目的地のザレース山はリムネーから歩いて二日。
北の方にある。
場所については、お姉様から地図でよく教えてもらった。
地図も持たせてもらえたので、問題なくたどり着くことはできるはずだ。
街道を進むだけだしね。
北の方は向かう人も少なくて、ゆっくり歩いていたら、いつの間にか一人になっていた。
腰のポーチからスカーフを取り出して巻いた。
これでよし!
スカーフには認識阻害の魔法が付与されている。
スカーフを巻いておけば、私はなんとなく普通の女の子にしか見えない。
少なくとも、私がアニスだとは認識されてなくなる。
つまり、だ。
何をやってもバレなくなるのだ!
「じゃあ、行くね……。マナの力を吸い込みます」
「うむ。地上でやるのは初めて故、勝手はやや違うかも知れぬが、やることは同じである。まずは体の力を抜いて落ち着くのである」
「うん。わかった」
そう。
これから私はマナの力を取り込んで――。
その力を励起させることで身体を強化し、全力で走ってみようと思うのだ。
今まではずっと水の中で、しかもウイルーン様の加護を受けていた。
加護の力とは、すなわち自然の力。
すなわちマナの力なので、マナを取り込むのは簡単だった。
でも、今、ウイルーン様の加護はない。
カメさまもウイルーン様も、私はとっくに自力で出来るようになっているというけど、実際に試すのはこれが初なのだ。
緊張はするよね。
とはいえ、緊張していては上手くマナの力を取り込むことはできない。
私は青空を見上げた。
今日もいい天気だ。
空は、どこまでもどこまでも続いている。
風も暖かかった。
今は五月の始め。
季節は、春。
新しい息吹がどんどん芽吹いている。
私は目を閉じた。
目を閉じると、景色は消えて、世界には光と闇しかなくなるけど――。
かわりに自然の息吹は鮮明になる。
その息吹を、私は深呼吸と共に体の中に吸い込む。
ぎゅっと凝縮して――。
「カメェェェェェェ!」
気合と共に、一気に体中に解放する!
体に力が漲る!
「やった! カメさま、成功したよ!」
「成功したのは良いが、変な掛け声なのである」
「えー。なんでー!?」
カメなのに!
「アニスはカメではないのである。カメは我なのである」
「でも、私とカメさまって一心同体なんだよね?」
契約しているって話だし。
「うむ。で、ある」
「なら、私がカメって叫んでも、別におかしくないよね?」
「ふむ。言われてみればそうである」
「だよねー」
あっはっはー。
「なら、必殺技もカメにするのである。カメの一撃、カメの連撃、そして必殺の、」
「昇亀拳?」
「で、ある」
「私にできるかなぁ?」
普通のパンチすら、私、したことないけど……。
「そこは練習するのである。練習によって、アニスはマナの力を身体強化限定とはいえ、使えるようになったのである。技くらいあっという間なのである」
「おおー。私、すごいね!」
「さあ、走るのである。身体強化の感覚を、まずは陸上でもしっかりと掴むのである。それがすべての第一歩である」
「はーい!」
私は俄然やる気になって、位置について、の構えを取った。
そして……。
「カメのお……。全力疾走!」
掛け声と共に駆けた。
「ひゃあああああ!?」
私は悲鳴を上げた!
だって、うん。
全力で駆けたのは自分だし、動いているのも間違いなく自分の足なんだけど……。
その速度があまりに予想外だったからだ。
馬車よりずっと早い!
下手すると、駆けている馬より早いかも知れない!
そんな速度で私は、ほとんど人のいない街道を駆け抜けていった。
ほとんど……。
つまり、少しはいるので、思いっきり驚かれもしたけど、気にしている余裕はなかった。
なにしろ止まれない。
体の内側に蓄えて解放させたマナの力が、どんどん湧き出て、動き始めた私の体を容赦なく押し進めていくのだ。
「カメさまあああああ! 止めてええええ!」
私は頭の上にいるカメさまに助けを求めた。
「何を言っているのである。走っているのは我ではないのである」
「私だけどおおお! 勝手に動いてるのおおおお!」
「動揺するからである。心を落ち着ければ、自然に制御は取り戻せるのである」
「あー! そっかー! そうだったねー!」
ひーひーはーはー。
ひーひーはーはー。
私は必死に呼吸にリズムをつけて、同時に気持ちも整えた。
するとようやく手足に感覚が戻った。
少しペースを落として、無理のないように走る。
それでも十分に早い。
景色は、いつの間にか広々としていた。
街道は、草原のような丘陵の麓を抜けて北へと続いた。
リムネーの周辺は森ばかりなので、それは私にとって実に新鮮な光景だった。




