49 今後のこと
私達はリビングに戻った。
「それでアニスのことは、これからどうしようねえ」
お父様が言う。
「どうするも何も、推薦されてしまった以上、行くしかないのよね……?」
お母様が言う。
「そうだねえ……。公爵様から推薦されてお断りするというのも怖い話だよねえ……。でも、アニスの意思が一番に大切だよねえ……。最悪、病気になってしまったことにするとか……。アニスはどうしたいんだい?」
「まずは訓練ね! 付き合ってもらうわよ!」
お父様が私に問うと、お姉様が勢い良く答えた。
――ねえ、カメさま。どうするー?
――また其方は、そんな他人事のように。
――だってえ。
そう言われても困る。
何しろ今、私の頭の中は真っ白なのだ。
カメさまの言う通りにしとこうかなーという気持ちなのだ。
――とりあえず、相手は権力者なのである。アニスが逃げ隠れすれば家族に迷惑がかかるのであるからして、行くしかないのである。
――うん。わかったー。
――あと、被害が出る前に、ついでに竜も退治するのである。
――うん。わかったー。
――どうして其方は、他人事なのであるか。
――だって、カメさまが全部やってくれるんだよね?
私、なんにもしなくていいよね?
楽々だよね?
「アニスはどうしたいのかな?」
お父様が私にたずねた。
「カメさま、お願いね」
私は笑顔でカメさまに丸投げした。
「まったく、其方と来たら。では、父よ。我が代わりに言うのである。まず、申し訳ないが姉の訓練には付き合えぬのである。我らは明日にでも出立して、まずは竜の居座ったという最寄りの町へ行くのである。その後、そのまま王都に行くのである」
「ケレス叔父様のところに? 何しをに行くの?」
お姉様がたずねた。
「もちろん竜退治である」
「本気……?」
「我なら一撃なのである。被害が出る前におわらせるのである」
「それは……。そうなのね」
お姉様は、カメさまの言葉を否定しなかった。
それどころか一緒に行くと言い始めたけど、それはカメさまが邪魔にしかならないからダメと一蹴した。
「ねえ、カメさま。私、本当に行くんだ?」
「で、ある」
「そっかー。大変だねー」
あははー。私は笑った。
「……アニス、それは笑って済ませてもいいことなのかい?」
お父様には言われたけど……。
「平気だよー。あははー」
うん、もうアレだよね。
星の扉の時だって大変だったけど、カメさまは最強だったし。
修行だって、なんだかんだすごかったし。
私はもう、あんまり深く考えないことにしたのだ。
それに真面目な話……。
町に被害が出てからでは遅いよね。
カメさまなら一撃というなら、やっつけた方がいいと思う。
――ねえ、カメさま。シアンさんたちの本当のことは、やっぱり言わなくていいのかな?
――世の中には、知らぬ方が無事で済むこともあるのである。
――ねえ、カメさま。私は知っちゃってるけど、無事で済まないのかな?
――わからんのである。アニスの場合は、王都に行った結果、捕まって実験の材料にされる可能性もあるのである。
――ううう。それはヤだなぁ……。
――いっそ、旅の途中で盗賊にでも襲わて、行方不明になるのも手なのである。
――それって、もっとヤだよお。
住む場所がなくなっちゃうってことだよね。
とはいえ、断れば家族に迷惑がかかる。
家族に迷惑をかけるのは嫌だ。
だから私は、ともかく言われるままに行くしかないのだろう。
「カメさま、アニスのことをよろしくお願いします」
カメさまの小さな前足に指で触れて、お母様が頭を下げる。
「うむ。任せるのである」
「ま、どうせすぐに夏休みで帰ってくるわけだしね。アニスにカメさま、その時に、たっぷりと武勇伝は聞かせてね」
お姉様はあっけらかんとしたものだった。
「うむ。で、ある」
「帰ってきたら、修行にも付き合ってね!」
「ああああ……。本当に、とんでもないことになってしまったねえ……。でもアニス、学院にはノイルもいるのだから何より先に会いに行くんだよ。あの子は賢いし優秀だから、きっとアニスの力になってくれるよ」
「うん。そうする」
そういえば、王都にはすでにノイルお姉様がいるのだった。
ノイルお姉様は私よりも二つ年上で、水の魔術刻印を持っていて、ものすごく賢い。
「でも、まさかとは思っていたけど……。カメさまって本当に精霊様だったのねえ……。ねえ、アニスに憑依する以外には、どんなことができるの?」
「姉よ、我の力を見たいのであるか?」
「ええ。見たいわっ!」
「では、見せてやるのである! これこそが奥義、カメの大回転である!」
テーブルの上に浮き上がったカメさまが、くるくると回った。
「すっごい! カメさま、早いのね!」
お姉様は大いに喜んだ。
お父様とお母様も「カメが浮かんで回るなんてすごいねえ」と感心した。
こうして私の旅立ちは、あっさりと決まった。
出立は、なんと明日。
いろいろ考える暇もなく、私の人生は本当に動き始めたのだった。




