42 彼女達の帰還(ファラーテ視点)
「タビア様、よろしいでしょうか?」
「うん。何?」
「実は至急の報告がありまして。魔物の騒ぎに乗じて、オトースとワレールの二人がこの町から逃亡したようです。馬車を盗む二人の姿を町の人間が目撃したのですが……。その際、アニス様に見える少女を肩に担いでいたと――」
「なんですって!?」
「はい……。おそらく他人の空似だとは思いますが……。アニス様が、夜にお屋敷から出てくることはありませんよね……?」
「それは――。そうね。でも、誰かがさらわれたのよね!?」
「はい。その可能性が高いかと」
「その者達はどちらに向かったのですか?」
わたくしは、会話に割って入ってたずねました。
「馬車で南へ向かったと」
「わかりました。わたくしが追いましょう。急いで馬を貸していただけるかしら」
「私も行くわ!」
当然のようにタビアが言いますが、それをわたくしは制しました。
「貴女には、町の人達をまとめる義務があるでしょう? 失礼ですが、貴女のお父様にそれが務まるとは思えませんし」
「それは――。そうだけど――。お願いしてもいいの?」
「ええ。全力を尽くすことはお約束しますの」
「わかった。お願いするわ」
わたくしは馬を借りて、朝の街道を飛ばしました。
そして、見ました。
「ぎゃー!」「うおーん!」
街道で止まっていた馬車から、二人の男が宙に放り出されました。
オトースとワレールです。
二人は地面に落ちて、そのまま目を回しました。
「愚か者め、である! カエルだのカエレナイだの、我はカエルではないのである! 貴様らこそがカエルなのである! オタマジャクシから出直して来いなのである!」
馬車の荷台に立ってそれを見下ろすのは、アニスさんですね。
彼女が二人を放り投げたようです。
拉致された様子などない堂々たる態度でした。
わたくしは馬を返しました。
少し離れた場所で待っていると……。
アニスさんが一人で歩いてきます。
平和な様子でした。
その頭には、ペットの小さなカメの子供がいます。
「ごきげんよう、アニスさん」
「え。あ、どうも、ファラーテ様。どうしてこんなところに……?」
「それはこちらの台詞ですの。アニスさんは、何をしていらっしゃったのかしら」
「私ですか? えっと、あの、その……。散歩です……けど……?」
「そう。それは良いことですの。今日は天気も良いですし」
わたくしは空を見上げました。
空は快晴です。
春の暖かな空気が、昼前の世界には満ちていました。
「そうですよねー。あははー」
「でも、ご家族は心配していますよ。どうぞ、お乗りになって下さい」
「あ、はい……」
わたくしが誘うと、アニスさんは素直に馬に乗りました。
わたくしのうしろです。
わたくしは馬を町へと向かわせました。
彼女には、たくさん聞きたいことはありますが……。
わたくしはその気持ちを、ぐっと堪えました。
「アニスさん、ありがとうございました」
「え。あの。何がでしょうか……」
「お陰様で、タビアさんとは仲良くできましたの」
「それは良かったです! 私、お二人は絶対に仲良くなれると思っていたんですよー! だって二人は同い年で、聖剣士で、頑張ってて――」
アニスさんの明るい声を聞きつつ、わたくしは自分の未来を想います。
わたくしの未来は、暗いものでしょう。
ですが……。
王都に帰って、わたくしが経験したことを――。
『彼女』に関することだけは、精霊様に入れ替えてしまいましたが――。
お父様に報告したところ――。
「――では、おまえはしばらく、刻印の確認も兼ねて王都で静かにしていろ。新しい従者は好きに選ぶと良い」
お父様は、わたくしに罰を与えるどころか不問にすると言いました。
「しかし、お父様……。わたくしは罪を……」
「それは何の罪かね? 何ひとつ我が家に曇りはない。我が家こそ王国の法と呼ばれるオスタル公爵家である。おまえも聖剣士として変わらず在れば良い」
「……はい。お父様」
わたくしには、頭を垂れることしかできませんでした。
お父様は、シアン達に対して言及すらしませんでした。
あるいは――。
わたくしは暗い気持ちで思います。
お父様は、わたくしのことなど、知っていたのかも知れませんね……。
わたくしは陰鬱な気持ちで、お父様の部屋から出ました。
自室に戻ります。
わたくしはこれから、どうすればいいのか……。
鏡に映る自分に問いかけますが、答えは何も出てきませんでした。
でも、決意することはあります。
わたくしは、ただ認められたいから、ここまで頑張ってきました。
ですが、それだけではないことに気づきました。
この世界のために――。
人々のために――。
のうのうと生き残ったわたくしに、何ができるのか――。
それはわかりませんが――。
精一杯、力を奮いましょう。
わたくしを救ってくれた、『彼女』への恩返しのためにも。




