41 朝の広場にて(ファラーテ視点)
「みんな、よくやってくれたわ! 魔物は討伐よ!」
薄らいでいく霧と朝日の交わる町の広場で、輝く聖剣を堂々と掲げて、タビア・オル・ハロが領兵達に勝利を宣言します。
領兵達の雄叫びが朝の町に響き渡りました。
わたくし、ファラーテ・ディ・オスタルは、その騒ぎから少し離れた場所で、乱れたままの息をどうにか整えていました。
わたくしは一晩、戦い続けることができましたが――。
以前と比べて、まるで力は出ませんでした。
わたくしは自らの愚かさによって、何もかもを失ったのです。
それは当然のことでしょうが――。
それでも、わたくしは戦えました。
わたくしはそのことを、複雑な胸中ながらも誇りに感じていました。
わたくしの手には未だに、聖剣の刻印がありましたし。
そう――。
わたくしはすべてを失いながらも――。
すべてを失ったわけではなかったのです――。
――最大の感謝を捧げねば、なりませんね。
眩しい朝日に目を細めて、わたくしは心の中でつぶやきました。
一体、『彼女』は何者なのか。
わたくしの手に未だに刻印があることは、有り得ない話です。
なぜならわたくしの刻印は、人工のものでした。
そして昨夜、わたくしはそれを無くしたのです。
わたくしの中には、もう魔石の力はありません。
すべて吸い取られて、良くも悪くも、破裂するような圧力は消えています。
でも、わたくしは力を感じています。
今までよりは弱くとも、それは刻印の力です。
それはきっと、『彼女』が何をしてくれたお陰なのでしょう……。
彼女……。
正直なところ、心当たりは一人しかいません。
でも、どうして彼女が、あれほどまでの力を持っているのか――。
どうしてわたくしを救ったのか。
いえ――。
後者については、答えは知っていますね――。
町に大きな被害はありませんでした。
わたくしの愚かな儀式によって、夜空に異常な輝きが生まれていたことで、町の大半の人間が起きていたことが幸いしました。
魔物は早期に発見され、すぐさま領兵が動いたようです。
昨日、わたくしは馬鹿にしましたが、彼らは訓練された本物の兵士だったわけです。
それなりに息の整ったところで、わたくしはタビアの元に歩きました。
タビアはすぐに、近づくわたくしに気づきました。
「見事な手際でしたの。感服しましたわ」
わたくしは自分から話しかけます。
「こちらこそ、ご協力感謝します。使者殿はお疲れのご様子でしたが、ご助力でなんとか大きな被害は食い止められました」
「ファラーテ・ディ・オスタルですの」
「なんとお呼びすれば?」
「お好きに」
「では、ファラーテさん。あらためて感謝するわ! 本当に助かったわ!」
タビアの笑顔はまるで太陽のようです。
今のわたくしには眩しく、直視するには辛いものでした。
「当然のことをしたまでですの。貴女こそ、立派なものでしたわ」
それでもわたくしは、タビアに微笑みを返します。
「ねえ、聞いていい? 名乗ってくれたことと合わせて、それって、私のことを認めてくれたってことでいいのかしら?」
「ええ」
「それは嬉しいわね! 私、貴女とは仲良くしたかったの!」
タビアはハッキリとものを言う。
わたくしは、その言葉に何を返せばいいのか――。
「貴女は本当にタフですの」
もはや彼女に思うところは何もありませんが、すでにすべてを失くしたわたくしには苦笑しかできませんでした。
そう――。
いくらこの手に刻印が残っているとは言っても――。
わたくしは責任を取らねばなりません。
まずは王都に帰って、お父様に真実を告げる必要があります。
シアンのことを――。
星の塔という秘密結社の実在を――。
「ねえ、ファラーテさん。握手してくれる?」
「――ええ」
差し出されたタビアの手を、わたくしは握り返しました。
すると歓声が起きます。
いつの間にか広場には、多くの領民がいました。
早くも彼らは、通りに散らばった魔物の死体を片付けるようです。
魔物には大別して二種類がいます。
倒せば魔石だけを残して消えてしまうタイプと、魔石と共に死体も残るタイプです。
前者は、悪魔を始めとした異界の存在や幻想の生物であり、並の戦士では手に負えない強敵であることが大半です。
聖剣士たる者が討伐すべき敵でもあります。
後者は、ゴブリンやグレートボアといった、この世界に住む一般的な魔物です。
町に襲撃してきたのは、すべてこれらの魔物でした。
――わたくしは思い出します。
湖畔にて、『彼女』が一刀のもとに斬り捨てた二名の魔人は、死体を残すことなく魔石となって消えました。
あの魔人は、シアンと共に星の塔より来た者達です。
わたくしとは長く一緒にいましたが――。
彼らはつまり、異界の存在だったのでしょう。
それにしても、シアンはどこに行ったのか。
タビアと共に領民の歓声を受けつつ、わたくしは周囲を目を巡らせますが――。
シアンの姿はどこにもありません。
シアンはわたくしの従者。
クセはありましたが、メイドとしての仕事もこなしてくれていました。
同時に星の塔の賢者であり、大賢者アシラーテ様と共に、わたくしに人工の刻印を与えてくれた恩人でもあります。
わたくしは、親しい間柄のつもりでいました。
でも、わたくしはどうやら、邪悪な実験に使われていただけのようでしたが。
ヒトに魔石の力を与え続け――。
飽和させて――。
その結果、ヒトを別の何かに変えるという――。
星の女神の祝福と言っていましたが――。
「それにしても、湖岸の悪魔は強かったわね」
タビアが言います。
湖岸の悪魔とは、わたくしの騎士であった二人のことですね。
「――ええ。そうですね」
「でも、あの女の子の方が圧倒的だったけど。ねえ、ファラーテさんは、あの女の子が何処の誰なのかを知っているのかしら?」
「いいえ。存じませんの」
「んー。この町――の子のはずはないかぁ。どこか近くの町から、お祭りに合わせて商売で来ていた子なのかなぁ。あんな強い子がいるなんて聞いたこともないけど」
「背格好で言えば、貴女の妹さんと同じくらいですね」
「そうね。ホント、どこの誰なのかなぁ。お礼は言いたいよねえ。あとできれば、剣の稽古をつけてもらいたいなぁ。姿隠しの魔導具を持っているくらいだから、絶対にお金持ちよね。調べればすぐにわかるかなぁ」
タビアには、まったく『彼女』についての心当たりはなさそうです。
首をひねるばかりでした。
「恩人を調べるなど、無粋ですの。せっかくの徳を失いますよ」
「それはそっか。失礼よね。また会うこともあるだろうし、次に会った時にお礼を言って、いろいろと話を聞けばいいわよね!」
タビアは、あっさりと追求を諦めました。
本当に、さっぱりとした子です。
タビアとそのように話していると、領兵の一人がこちらに来ました。




