38 湖岸の戦い(ファラーテ視点)
これはまさに、因果報応というものなのでしょう……。
わたくし、ファラーテ・ディ・オスタルは、星に包まれた湖岸で、消えゆく意識の中、自らのこれまでを顧みました。
わたくしは力を得るために、今まで多くの魔石の力を取り込んできました。
魔石とは、魔物の心臓――。
わたくしの力は、まさに魔によるものでした。
故に、最後は魔と果てて消えるのは、当然なのでしょう――。
今までは、悪夢を見ながらも――。
最後など考えないようにしてきましたが――。
ええ、でも……。
後悔はありません。
わたくしは、星の塔の賢者シアンの、体の良い実験材料にされただけなのかも知れませんが、それでも聖剣士とはなれたのです。
その意味では、シアンはわたくしとの約束は守ってくれました。
おかげでわたくしは、お母様に喜ばれ、お父様に認めてもらうことができたのです。
失望される前に、死ねてよかった……。
いえ――。
わたくしは、死ねなかったのですね……。
いっそ、あのまま……。
魔と化して消えてしまった方が、幸せだった気もします……。
精霊様に認められることなく、精霊様を裏切り、魔に染まったわたくしの魂は、きっと天上には行けないでしょうが……。
わたくしの手からは、刻印が消えてしまいました。
次に目覚めた時、わたくしは元の無印者として、生きることになる……。
生きる術は、ありませんね……。
絶望の中、わたくしは意識を失い――。
そして……。
激しい剣撃の音の中、意識を取り戻しました。
凝縮された星の光は、さらに眩しさを増しています。
湖岸では、謎の少女が天を両腕を掲げて――。
スカーフをなびかせ――。
その姿はまるで――。
降りて来ようとする星々を、単身で受け止めて、押し返しているようでした。
剣撃は、聖剣士の少女タビアと、二人の騎士によるものでした。
二人の騎士は、わたくしの同行者。
星の塔の人間です。
いえ……。
どうやら人間ではなかったようですね……。
二人は、悪魔――。
いえ、シアンの言葉を借りるのならば、魔人だったのですね。
人外の姿をしていました。
戦いは、タビアが防戦一方であり、必死に二人の猛攻に耐えている様子でした。
聖剣士の力は魔に特攻があります。
対魔防御にも優れています。
故になんとか、負けずに済んでいるようですが……。
時間の問題でしょう。
刻印の力を失って尚、わたくしには高速の戦いを見て取ることができました。
わたくしは、のろのろと身を起こします。
するとタビアがこちらに目を向けて、叫びました。
「目覚めたなら来て! 一人じゃ無理!」
それは、わたくしへの救援要請でした。
無理ですの……。
わたくしは惨めに思います。
だって、わたくしの手には、もう――。
え。
絶望の中、わたくしは自らの左手を見つめて、呆然としました。
だってわたくしの手には――。
消えたはずの――。
聖剣の刻印が、しっかりと刻まれているのです。
「もう少し頑張るのである! 扉を閉じるには、まだ時間がかかるのである!」
謎の少女が叫びます。
「扉……。扉とは……」
わたくしは、まさに割れようとしているかのような、渦巻く星空に目を向けます。
「異世界への扉である! 開いてしまえば、中から侵略者共が大量に現れて、世界は大変なことになるかも知れないのである!」
「そんな――」
それもまた、わたくしのせい、なのでしょうか……。
おそらくは、そうなのでしょう……。
「早く来て!」
タビアが再び叫びます。
あ。
わたくしの見る前で、ついにタビアが剣を弾かれて――。
バランスを崩してしまいました。
「くっ!」
タビアの闘志は消えていませんが――。
次の一撃をかわすことは――。
無理そうです――。
わたくしは――。
動きました。
「聖剣よ――。いでよ――」
何百何千と繰り返してきた聖剣の呼び出しを、怯えながらも行います。
聖剣は――。
わたくしの手の中に現れてくれました。
力が漲るのがわかります。
不思議な感覚でした。
それは、今までの魔の力と比べれば、ずっと小さくて弱い力でしたが、まるで清流のように体に染み渡ります。
すぐに感覚を掴むことはできました。
わたくしは――。
まだ――!
タビアに振り下ろされた、魔の力に満ちた剣――魔剣を、わたくしは横から飛び込んで受け止めました。
「くっ……!」
それは、下手をすれば押しつぶされそうに重い一撃でした。
今までのわたくしでしたら、楽々と返せるはずなのに――。
でも――。
わたくしには、まだ聖剣がある。
それだけでわたくしは、戦うことができました。
「聖剣技、ホーリー・サークル!」
円状に広がる衝撃波の剣技を使います。
魔人はそれを避けて、距離を取ります。
「立てる?」
わたくしはタビアを声をかけました。
「来るのが遅い……! おかげで死にかけたでしょ……!」
タビアは立ち上がります。
すでに足腰には相当な疲れがありそうですが、わたくしと戦った時もそうでしたが、根性だけは相当なものですね。
それでも戦う意欲に衰えは、まるでない様子です。
「御嬢様、逆」「御嬢様、逆」
魔人達が言います。
「そうね――。でも、逆ではありませんの」
わたくしは彼に聖剣を構えます。
「扉、開ク。我ラガ悲願。世界ヲ魔ニ染メテ、滅スル」
「扉、開ク。我ラガ悲願。世界ヲ魔ニ染メテ、滅スル」
「わたくしは確かに、魔に身を落とした愚か者ですが――。それでも、それは、この世界を壊したいからではありませんでしたの」
わたくしは精霊様に認められなかった者です。
世界を恨むこともありましたが――。
でも、聖剣士として各地を巡回し、強力な魔物を討伐し、魔石を手に入れ、より魔へと身を染めていく中で――。
多くの人々の生きる姿を見てきました。
刻印を持たないのは、わたくしだけではありません。
平民の大半はそうです。
わたくしは、たとえ偽りとはいえ選ばれし聖剣士として、そんな彼らの生活を守ることにも誇りを感じていた。
それは事実です。
そして、それを捨てるつもりはありません。
故に、わたくしは――。
「――ねえ、どういうこと? アンタは、誰の味方ってワケ?」
「見ての通りですの」
「それはそうか。頼むわよ!」




