29 ファラーテ様と湖岸で
ファラーテ様と湖岸に出た。
お祈りを捧げる人達から少し離れた場所で、二人で並んで湖岸に立つ。
うしろには従者のシアンさんもいたけど……。
近づいてくることはなかった。
私達はキノコの串焼きを食べた。
「なかなかに美味しかったですの」
食べ終えて、ファラーテ様は言った。
串はシアンさんが受け取って、またうしろに下がった。
「ファラーテ様は、庶民の料理でも普通に食べられるんですね」
「あら。意外?」
「はい……。なんとなくイメージ的に」
常に優雅に、最高のものしか食べていない雰囲気があるし。
「わたくしは聖剣士として、各地の魔物討伐の仕事をしておりますの。食べ物に贅沢を言っていては務まりませんわ」
「そうでしたよね。すみません」
私の手には、まだキノコの串焼きがあった。
正直、私は、もうお腹は一杯なのだ。
なので、あまり進まない。
とはいえ、食べないわけにはいかない。
ぱくぱく……。
――あああああ。
カメさまの断末魔みたいな声は、とりあえずスルーした。
カメさまはしばらく静かにしててね。
「――アニスさんは、領主家の娘で無印者なのに、穏やかな暮らしをしているのですね」
「はい。お陰様で」
「家族から嫌なことは言われませんの?」
「お父様もお母様も、お姉様も、みんな優しいです」
「そうですか」
キラキラと揺らめく湖面を眺めながら、ファラーテ様と静かに会話する。
「将来のことを考えると、ちょっと憂鬱ですけど」
「そうですわよね……。よくわかりますの。ねえ、アニスさん」
「はい」
え。あ。
なぜかいきなり、光り輝く聖剣を首元に突きつけられた。
あまりに突然すぎて――。
「あの。えっと……。これは……」
私は驚くこともできずに、ただ呆然としてしまった。
「ごめんなさい。ちょっとした遊びですの」
「はぁ……」
ファラーテ様はすぐに聖剣を消してくれた。
何の遊びだったんだろう……。
謎すぎる。
――というかカメさま、危ない時には助けてね!?
――殺気はなかったのである。
――そっかぁ。ならいいけど。
「アニスさんは無印者なのですよね」
あらためて聞かれた。
「はい」
私はうなずいた。
カメさまはいるけど、それは事実だ。
「……それにしても、美しい湖ですね。夜には星が鏡のように映りそうです」
ファラーテ様は追求してこず、話題を変えてくれた。
「今夜は風もないし、空に雲もないので、特に綺麗かも知れませんねー」
「アニスさんは見たことがあるのですか?」
「はい。夏には家族で、湖岸に涼みに来たりするので」
「仲が良いのですね」
「はい」
我が家は、うん、仲良しだろう。
それは間違いない。
「あ、そうだ! 良かったら今夜、来てみますか! できれば、お姉様も一緒に」
「それは遠慮しておきますの」
「そうですかぁ……」
残念。
「アニスさん、今はまだ夜は寒い季節です。夜は家に居るべきですの」
「それはそうですね」
私は笑った。
ちょっと季節外れの提案だったか。
「でも、できれば、お姉様とは仲良くしてほしいです。今夜の食事の時にでも、ちゃんとオハナシをすればきっと――」
「残念ですが、今夜は外に宿を取りましたの。男爵家には滞在しませんわ」
「そうなんですか。残念です」
「でも、そうですわね……。わたくしは明日にはここを立ちますが、出立前に少しだけならオハナシをしても構いませんわ」
「そうですかっ! それは良かったです!」
「ふふ。アニスさんに悲しそうな顔はさせられませんから。明日の朝、朝食を終えてからこの湖岸にいらしていただいても?」
「はい! わかりました! お姉様も連れてきます!」
やった!
私は素直に喜んだ!
だって、お姉様とファラーテ様は、きっと仲良くできると思う。
二人とも優しくて強くて、聖剣士で、同い年なんだし。
喜びつつ、私は串焼きを食べ終えた。
ふう。
ごちそうさまでした。
「喜ぶのはいいですが、お口のまわりにソースがついていますよ」
「え。あ。すみませんっ!」
「ほら」
ファラーテ様がハンカチで拭いてくれようとする。
「へ、へ、平気ですから! ほら、こうやって――」
私はいつものように、手袋の甲で口を拭った!
これで口は綺麗!
手袋にはソースがついちゃうけど、もうついているので気にしない!
「これで綺麗なので! 完璧なので!」
「――そうですか」
ちょっと失望させちゃったかな……。
ファラーテ様に、微妙な微笑みをさせてしまった。
「お嬢様、そろそろ行こうかー。今後の打ち合わせもあるからさー」
シアンさんがそう言って、私達の時間はおわった。
私は湖岸に残って、立ち去るファラーテ様を笑顔でお見送りした。
「また明日ー!」
手を振ってみた。
するとファラーテ様は振り向いてくれた。
「ええ。また明日」
と、微笑みを返してくれる。
それは――。
とっても素敵な、まさに真のお嬢様な、完璧すぎる微笑みだった。
私は一人になる。
正確には、頭の上のカメさまと二人になった。
「すごいねえ……。真のお嬢様って。串焼きを食べていても優雅だったよねえ。私と違って口のまわりも綺麗なままだし」
「そんなことよりも、である!」
「あーもー。わかってるよー。キノコでしょー」
「である! 早くコリーの店に行くのである! 我の分! 我の分!」
「はいはい。カメさまは食いしん坊だねえ」




