27 ファラーテの決断(ファラーテ視点)
しばらくすると、シアンが部屋に戻ってきました。
「お嬢様をぶちのめした女の子なんだけど、誰にも心当たりはなかったよー。このリムネーの町ではタビア・オル・ハロこそが最強の聖剣士で、他に戦える女の子なんていないって、みんな、口を揃えて言っていたよー」
「貴女にも心当たりがないのですの? 星の塔の賢者たる貴女の知識を――」
私は、精一杯に去勢を張り、顔を上げてたずねました。
「……お嬢様。その名は口にしちゃダメだよ。どこに耳があるのかわかんないんだからさ」
シアンが顔を伏せ、静かに言います。
「ええ……。わかっていますの」
それはわたくしの身の破滅にもつながる話です。
わたくしの力は人工的に得たもの。
精霊の祝福なき力など、まさに異端と呼ばれても仕方のないものです。
「なんにしても、シアちゃんにもわからなかったよー。見ている時には、普通に、よくいる女の子みたいに感じていたんだよねー。なんの違和感もなかったけど」
「わたくしもですの」
「なのに時が経ってみれば、女の子の姿がよくわからないの。お嬢様も同じだよね?」
「……ええ。その通りですの」
わたくしよりも小柄な体躯。
翻ったスカーフのような影。
あとは会話の内容と、まるでソースのような芳醇な匂い……。
少女に思い出せるのは、それだけでした。
「その力が魔術にせよ魔道具にせよ、只者でないことは確かだけど……。何を目的として現れたんだろうね。お嬢様を殺すことも弾劾することもせず、シアちゃんを気にする様子もなくて……。ただお嬢様を倒して姿を消しただけ……」
シアンが考え込みます。
「兄の誰かが雇った刺客……。では、ありませんわよね……」
わたくしが真っ先に思いつく敵といえば身内でしたが……。
襲撃などすでに何度も受けています。
すべて、わたくしの敵ではありませんでした。
シアンの知覚を欺くことも、彼らにはできせまんでした。
そもそも刺客であれば、わたくしを殺したはずです。
「ああ、その意味では、殺す必要はないのかー。お嬢様は惨めに負けちゃった。しかも、田舎の町でただの小娘に。噂はすぐに王都にも届いて、お父君の耳にも入るよね。お兄様方は、さぞやお喜びになることだろうねー」
「……わたくしを貶めるために、そのようなことをしたと?」
「あははー! まっさかー! お嬢様を貶めるだけのために、あそこまでの強者を手配できる人脈は無能なお兄様方にはないよー!」
「では――」
「安心してもいいよー。お嬢様は更なる力を得ることができるんだからさー。次は勝てる! 幸いにもこの地は田舎だし、開けた場所はいくらでもあるよね。天気も最高だし、早速、今夜にでも儀式をしちゃおうよー。ああ……っ! あれほどの魔石であれば、あるいはお嬢様はついに、その大きな器を満たしてしまうのかも知れないよねーっ! その暁には、あるいは、お嬢様こそが星の女神の祝福を真の意味で受ける者となるのかも知れないよねーっ! それは素晴らしいこと! 予言された魔王復活の千年を前に、勇者となるんだよ!」
陶酔したシアンの早口に、わたくしは口を挟みませんでした。
シアンが言うほどの力など、ほしくはありませんが。
わたくしはただ……。
公爵家の人間としてお父様に認められ……。
お母様に誇りに思ってほしかっただけなのです……。
それに、あんな大きな魔石の力を取り込むのは、あまりに恐ろしいです。
受け止めきれる自身はありません。
わたくしの器は、もう一杯のような気がするのです。
時折、ひびわれて破裂するような胸の痛みや、魔力があふれるような悪寒を覚えますし。
だけど、シアンは専門家です。
そのシアンがわたくしの器にまだ余裕があるというのなら――。
それは、そうなのでしょう。
それに――。
わたくしは負けてしまったのです。
シアンの言う通り、噂は瞬く間に王都へと届くでしょう。
兄達の嘲笑う顔が目に浮かびます。
わたくしは、それを上から笑い飛ばせるほどに、強くならねばならないのです。
それしか道はないのです。
「――わかりました。儀式は受けましょう」
わたくしたちは、小休止のために宿へと向かうことにしました。
宿は、シアンがすでに取っていました。
最初、今夜の宿泊は男爵家の予定でしたが、儀式をするのであれば、聖剣士に気取られる危険は避けるべきでしょう。
魔石も騎士達がすでに移したそうです。
騎士達といっても、彼らもまた、星の塔の人間ですが。
帰り際、ロビーでわたくしを待っていた男爵には挨拶をさせていただきました。
タビア・オル・ハロの顔は見ていきませんでした。
天賦の才に恵まれ、挫折すら知らずに生きてきた、あの娘の自信と覇気に満ちた顔を見ると、わたくしは嫌でも兄達を思い出します。
それは、吐き気のするような感情でした。
わたくしはシアンを従え、通りを堂々と歩いていきます。
声をかけてくる者はありません。
ただ、ひそひそとした話は耳に届きます。
先程の公開練習の一件が、早くも町には広がっているようです。
彼女と再会したのは、そんな帰り道でのことでした。
「あ。ファラーテ様」
正面から歩いてきてわたくしに気づいた彼女が、驚いた顔をして立ち止まります。
「ごきげんよう、アニスさん」
わたくしは彼女が歩いてきていることには、先に気づいていました。
なので落ち着いて挨拶をします。
「あの、えっと……。どうしてここに……?」
アニスさんがたずねてきます。
「お祭りを見学しているところですの。不思議がありますの?」
「あ、いえ。ですよねー。あははー」
アニスさんは能天気な方です。
貴族家の娘にして無印者だというのに、毎日を穏やかに過ごしている様子です。
頭には小さなペットのカメが乗っています。
家族から虐待されている様子は、まるでありません。
「アニスさんは……。買い食いですのね」
彼女の手には、ソースのついたキノコの串焼きがありました。
ソースの香ばしい匂いが漂ってきて――。
わたくしは串焼きに顔を寄せます。
「あの……。ファラーテ様……?」
アニスさんを驚かせてしまいましたが、それどころではありませんでした。
その匂いには、確かに覚えがあります。
そう――。
わたくしを倒した、あの少女にも感じた匂いです。
「アニスさん、このキノコの串焼きはどこで買われましたの?」
「はい。この先の湖の方の、私のお友達が店員をやっている屋台ですけど……」
「連れて行って下さるかしら」




