26 ファラーテの軌跡2(ファラーテ視点)
それはわたくしの、十三歳の誕生日の夜でした。
珍しく母が明るい声で、わたくしに最高の贈り物があると言ったのです。
なんでしょうか……。
宝石か、ドレスか。
わたくしは将来、十五になって成人したところで、わたくしより四十も歳の離れた地方子爵の何番目かの夫人となることが決まっていました。
せめて良いものを持たせようという気持ちなのか――。
あるいは罪悪感からか――。
婚約が決まってから、母はわたくしにいろいろと買い与えてくれるようになりました。
それがまた、ひとつ増えるのでしょう。
わたくしは何も期待することなく、母に連れられて応接室へと行きました。
応接室には、黒いローブに身を包んだ見知らぬ二人の男女がいました。
「……こちらの方は?」
いかにも怪しげで、わたくしは警戒しました。
「安心しなさい、ファラーテ。こちらは大賢者アシラーテ様と、賢者シアン様。貴女を救うために遠路はるばるお越し下さった星の塔の方々なのですよ」
「星の塔……」
聞いたことのない名称でした。
わたくしが首をひねると、シアンが説明してくれます。
「星の塔っていうのは、国家組織に囚われることなく世界の真理を探求する魔術結社だよ。祝福されることのなかった可能性を開花させることは、シアちゃん達の重要な使命のひとつなの。だから手助けしてあげるねー」
「わたくしに可能性があると、おっしゃるのですか?」
「うん。シアちゃん達が見たところ、お嬢様には十分に可能性があるよ。開花させることができれば刻印なんて思うままだよー」
「思うまま……。それは、まさか……」
「ええ、そうよ! ファラーテ! 賢者様方はね、人工的に刻印を付与する研究をされていて、すでに成功もしているの! 貴女の才能を開花させることができるのです!」
お母様が上ずった声で言います。
そんなこと、できるわけがない。
わたくしは否定の言葉を口にしかけましたが――。
話を蹴ったところで、わたくしに待っているのは灰色に染まった明日だけです。
灰色が、たとえ黒になったところで、たいした違いはありません。
でも、もしも……。
白になれるとしたら……。
「そのお話、お受けさせていただきますの。わたくしに可能性があるのならば、なんとしても開花させてみたいですの」
わたくしは話に乗りました。
「じゃ、早速だけど、儀式の現場に案内させてもらうねー。これからシアちゃんが睡眠の魔術をかけるから気を楽にして受け入れてねー」
ローブ姿のシアンが、ニコニコと言います。
「ファラーテ、未来を掴むのですよ。母は応援しています」
お母様は笑顔で私のことを見送る。
その笑顔は――。
わたくしが五歳になるまでにお母様がよく見せてくれていた――。
懐かしい、明るい笑顔だった。
わたしくは意識をなくして――。
気がついた時には、王都の外壁を遠くに眺める――。
満面の星空が広がる美しい丘の上にいました。
わたくしが受けた才能開花の手法――。
それは魔石の力を取り込み、体内で凝縮させて己の魔力にするいうものでした。
わたくしの可能性とは、大きな空の器でした。
わたくしが精霊様からの祝福を受けられなかったのは、そもそもわたくしに刻印を描くだけの魔力がなかったから。
ですが、わたくしの魔力容量自体は、シアンによれば、並を遥かに超えて十分に超一流の域に達するものとのことでした。
魔力を充填することさえできれば――。
わたくしは、自らの夢を叶えることができるのです。
降り注ぐ星の光を媒体にして――。
魔石の力を体内に取り込む儀式は悶え叫ぶほどに苦しいものしたが――。
わたくしは必死に、それに耐えました。
「――大いなる夜の空よ。
――きらめく星々よ。
地より見捨てられし我らが同胞に、星の導きを。
願わくば、星の女神の祝福を与え給え――」
大賢者アシラーテ様が私の手を包んで――。
儀式の仕上げをしてくれた時のことは、一生の思い出となりました。
わたくしの手に、聖剣の刻印が生まれたのです。
わたくしは、用意されていた馬車に乗って、すぐに家へと帰りました。
帰路は朝日の中のことでした。
家にはシアンが従者としてついてきてくれました。
刻印を得たと言っても、その力は人工のものです。
万が一のことがないように、当面の間は助力してくれるとのことでした。
わたくしの刻印を見て、お母様は泣いてわたくしのことを抱きしめてくれました。
わたくしはお父様とも――。
本邸にあるお父様の部屋で、初めての面会を果たします。
わたくしは堂々と聖剣の刻印を見せ、それから深く頭を垂れました。
「遅ればせながら、祝福を戴くことができました」
「さすがは俺の娘だな。励めよ」
お父様は短くそう言って、わたくしに笑顔を向けてくれました。
わたくしの婚約は、すぐに解消となりました。
わたくしは、病弱だった故に紹介が遅れたという理由と共に、正式にオスタル公爵家の一員として迎え入れられました。
公爵家には、すでに聖剣の刻印を持つ三人の兄がいて――。
三人はわたくしを歓迎せず、完全に見下して、わたくしの刻印をただのインチキだと言って侮辱してきました。
兄達は、わたくしのお母様すら侮辱してきました。
わたくしのお母様は騎士家の娘です。
お父様に見初められて、騎士家――すなわち準貴族ながら公爵家に入った身です。
わたくしはそれまで、そのことを気にしたことはありませんでした。
他の公爵家の人間と接することもありませんでしたから。
でも――。
お父様の六名いる妻の中で、わたくしのお母様は最も地位の低い者でした。
兄達からすれば、下賤の血だったのです。
わたくしは、自分でも驚くほどにたやすく、兄達を打ち払いました。
それは同時にわたくしの刻印が本物であることの証明となりました。
わたくしの空っぽだった器は、それほどに大きなものだったのです。
その後は、シアンからの助言もあって、各地の魔物討伐の任を志願しました。
王都にいても兄達からの復讐を受ける可能性がありますし、わたくしには何より遅れた分の実戦経験が必要です。
更には、より力を得るための、より大きな魔石も。
各地の町や村を助けて回ったことで、わたくしの名声は一気に高まりました。
光の聖剣士。
わたくしは、いつしかそう呼ばれるようになりました。
わたくしの人生に光が灯ったのです。
ですが、その光がとても脆いものであることは――。
誰よりわたくしが理解しています。
わたくしの刻印は――。
人工のものです。
兄達の言は、正しいものなのです。
わたくしは、勝って勝って、勝ち続けて――。
誰よりも強くなって――。
誰よりも輝いて――。
わたくしの刻印が、本物であることを示し続けなければなりません。
わたくしに負けは許されないのです。
ですが……。
なのに……。
わたくしは、負けてしまいました。
公衆の面前で――。
聖剣すら持たない、おそらくは年下の少女に――。




