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25 ファラーテの軌跡(ファラーテ視点)





 負けたの、ですの……?


 わたくしは立ち上がることもできず、膝をついたまま、呆然と……。

 屋根の上に飛び乗って立ち去る、その少女の姿を見つめました。

 少女の姿は、すぐに消えます。

 だけどわたくしの体には、少女の腕から放たれた木刀による衝撃が、まだ残っていて……。

 痺れは取れてきましたが、まだ立ち上がることができません。


 わたくしは、ファラーテ・ディ・オスタル。


 まだ十五歳という若さですが、すでに国王陛下からも認められ、一人の聖剣士として魔物討滅の活動を行っている身です。

 年下に見える少女に負けるなど、有り得るはずがありません。


 ですが――。


 わたくしは確かに、負けてしまったのでしょう。

 手も足も出ずに。

 わたくしよりも小柄な少女に。

 ――相手はただの木刀だったというのに、わたくしの聖剣を弾いて。


 一体、何だったのか。


 少女からは、刻印の力を感じませんでした。

 少女は無印者のはずです。

 正直なところ、わけがわかりません。

 そもそも思い出そうとしても、少女の顔すら頭には浮かびません。

 思い出せるのは――。

 翻ったスカーフの尾と――。

 そう――。

 匂い――。

 わずかに感じた、香ばしいソースの匂い――。

 本当に、わけがわかりません。


「――立てる、お嬢様?」


 わたくしが呆然としていると――。


「え、ええ……」

「一旦、休憩させてもらおっかー。衛兵の詰所に部屋は用意されてるんだしさー」


 メイドのシアンが、わたくしが立ち上がるのを助けてくれます。

 わたくしは領兵詰所の客室に入りました。

 ソファーに座って、シアンの治癒魔術を受けます。

 わたくしの傷は、みるみる内に癒えました。


「負けちゃったね、お嬢様」


 シアンがニコニコと、でも冷ややかな声で言います。


「わたくしは……。ええ……。そうなのですね……」

「ああ、お可哀想なお嬢様。負けちゃったら、もうおしまいだよねー。せっかく今日まで積み上げてき信用も愛情も、また消えちゃうねー。でも、安心して? お嬢様の器を更に満たす準備はシアちゃんがちゃんと進めているから。ちゃんちゃん、ってね。器さえ満たせば、あーんな正体不明の謎の輩に、遅れを取ることなんてなくなるからさー」


 シアンは会場の様子を見てくると言って、部屋から出ていきました。

 わたくしは一人になります。


 負けた……。


 またすべてを……。


 脳裏に浮かぶのは、五歳の時のことです。


 わたくしは公爵家の人間として生まれ、育てられましたが――。

 五歳になるまで父の顔を見たことはありませんでした。

 上級貴族の子は、刻印があってこその子です。

 なので五歳になって教会でその身に刻印を得るまでは、私の身分は正式なものではなく、私の存在は公にはされず――。

 家族とは別に、別邸で暮らしました。

 母と会うのもたまに程度でしたが、まわりには常にメイドがいたので、それを寂しいと思うことはありませんでした。


 母からはいつも、オスタル公爵家の輝かしい歴史についてを聞かされました。

 それはまさに英雄譚でした。

 ファラーテも将来はその物語の一員となるのですよ――。

 と、母はいつも笑って、わたくしの頭を撫でてくれていました。

 その手の温もりは、しっかりと覚えています。


 母からは父のことも聞きました。

 父は聖剣士。

 精霊様より聖剣の刻印をいただいて、この国を守っていると。

 まさに現代の英雄なのだと。

 わたくしは父誇りに思い、父と会う日を、ずっと楽しみにしてきました。


 母はいつも言っていました。

 わたくしには才能があると。

 必ず精霊様は、わたくしに聖剣の刻印をくれると。

 何故ならわたくしは優秀でした。

 小さな頃から、教師からの課題は完璧にこなすことができました。

 計測でも、わたくしには極めて高い素養が認められました。

 自分の未来を疑うことはありませんでした。

 母も、聖剣士の母として誇る日が今から楽しみだと、いつも言っていました。


 だけど、あの日……。

 五歳の時――。

 ついに精霊教会にて、授印の儀式を受けた日――。


 教会の礼拝堂には父も来ていました。

 わたくしとは距離を置いて、話しかけられることはありませんでしたが――。

 母が小声で教えてくれました。


 ……ほら、こっそりと礼拝堂の隅を見なさい。

 ……お父様が、貴女が栄誉を得る瞬間を見に来てくれていますよ。


 と。


 わたくしは嬉しい気持ちで一杯でした。

 わたくしはこれから聖剣の刻印を得て――。

 そして――。

 英雄である父と会うのです。

 父はきっと、わたくしの頭を撫でてくれることでしょう。

 そしてわたくしは、公爵家の正式な一員となって――。

 英雄物語の一人となるのです。


 儀式が始まりました。


 でも……。


 何度繰り返しても――。

 わたくしに、精霊様が祝福をくれることはありませんでした。


 五度、繰り返したところで――。


 父が身を返しました。

 呆然自失するわたくしに、何の声をかけてくれることもなく――。

 父の姿は礼拝堂から消えてしまいました。


 儀式はおわりました。


 わたくしは、無印者と判定されました。


 帰りの馬車で母は言いました。


「……おわってしまいましたね、ファラーテ。わたくしの夢もですが、貴女の人生も。でも、大丈夫ですよ。貴女のお父様は非情な方ではありません。貴女には、きっと良い嫁ぎ先を準備してくれると思いますから」


 母の目に、今までの明るい光はありませんでした。

 わたくしと目を合わせてくれることもありませんでした。


 わたくしの心は真っ白でした。

 わたくしは五歳にして、すべての夢をなくてしまったのです。

 わたくしは、精霊様に愛されぬ存在でした。


 でも、奇跡は起こりました。


 空白の心のまま、数年を過ごしたある夜――。


 お母様がわたくしたちの住む別邸に、とある人物を連れてきたのです。


 それがシアン達でした。








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