22 公開練習
大勢の観衆とお父様にお母様、それにファラーテ様が見守る中、いよいよリムネーの領兵による公開練習が始まろうとしていた。
制服に身を包んだ十名の領兵とタビアお姉様が訓練場に出てくる。
みんな勇ましい。
隊長として颯爽とマントを翻すお姉様の姿は、その中でも特に輝いて見えた。
練習場の真ん中に整列したところで、お姉様が私達に言った。
「皆、今日はよく来てくれたわね! 歓迎するわ! 今日は年に一度の感謝祭! その余興としてこれから公開練習をします! 私達の日々の訓練の成果、しっかりと見てね! 最近は街道沿いに魔物の出没が増えて不安な人も多いと思うけど、ぜひとも安心して! 私達は決して、魔物なんかに負けたりしないんだから!」
お姉様がその手に、光り輝くまっすぐな魔法の剣を生み出す。
「悪魔すら討滅した、この聖剣に賭けて!」
聖剣が青空に掲げられる。
刃のきらめきが日差しに混じり合って、いっそう眩しかった。
おおおおおお!
観客が一斉に大きく沸いた。
領兵達の練習が始まる。
練習というか、実際には模擬戦だったけど。
お姉様の号令に合わせて、まずは一般の領兵が一対一で戦うことになった。
お互いに剣を持って、いくらかの距離を取って構える。
「頑張れよー、トム!」
「カッコいいとこ見せてね、ロブ!」
領兵は、みんな、リムネーの町に住んでいる。
当然ながら知り合いも多いようで、対戦する両者には声が飛んだ。
剣は鉄製だ。
刃は削ってあって安全らしいけど……。
正直、刃がなくたって、ぶつけられたら大怪我な気もする。
私ならきっと即死だ。
「うううっ!」
私は身をブルっと震わせた。
――アニス、どうしたであるか?
――あ、うんん。なんでも。ちょっと斬られるのを想像しただけ。あはは。
お恥ずかしい。
――それを笑えるアニスは、たいした大物なのである。我など、食われることを想像するだけで……。ああああ……!
カメさまがいきなり壊れ始めたぁぁぁぁ!
キツネのトラウマかぁぁぁ!
私はあわててカメさまを手のひらに乗せて、いい子いい子してあげた。
カメさまが落ち着く頃には、最初の勝負は決まっていた。
「勝者、トム!」
お姉様の声が響いた。
勝利したトムは喜び、負けたロブは落胆した。
練習の模擬戦とはいっても、町の人達が見ているのだ。
完全な本番の試合だよね、これ。
この後も、一般の領兵による白熱した試合が続いた。
みんな、すごい迫力だった。
しっかり練習して、鍛えているのがわかる。
一般の領兵による試合がおわった後は、副隊長の出番となった。
副隊長は戦士の刻印を持つ。
戦士の刻印は、純粋な肉体の強化と鋭敏な反応力をその持ち主に与える。
副隊長は試合をせずに演舞だけの披露だったけど、パワーとスピードがとんでもないことは演舞で十分にわかった。
でも、さらにすごいのは戦技だった。
戦技は、戦士の刻印が導く必殺技だ。
「戦技、スピンラッシュ!」
おおおおお!
跳躍した副隊長の体が、剣と共にまるで竜巻のように回転したぁぁぁ!
「戦技、ビーストクロウ!」
おおおおお!
上段から振るった副隊長の剣の軌跡が四つに別れて、大きな獣が振るった爪のように弧を描いて地面に突き刺さったぁぁぁぁ!
――すごいね、カメさま! どれも人間技じゃないよ!
――今のは、刻印によって定められた型をオドの発動によって再現しているだけで、厳密には技ではないのである。ただの魔法である。
――そっかー。
なんにしても、すごかった。
私は感動した。
観衆のみんなと一緒に、頑張って拍手をさせてもらった。
そして……。
「さあ、最後は私ね! 聖剣士の力、見せてあげる!」
ついにお姉様の出番が来た。
観客がひときわに沸いた。
私も沸いた!
「でも、何をやろうかしらね……」
ん。
決めてなかったのかな。
いきなり私達の前で、お姉様が顎に手を当てて悩み始めた。
気のせいか、なんとなくわざとらしいけど……。
「皆は何が見たい? 剣技? 演舞? それとも、もっとすごいところが見たい? たとえば……試合とか」
「見たいー!」
と、観客の中から子供が無邪気に叫んだ。
そりゃ、うん。
見たいと言われれば見たいよね。
私も見たい。
「じゃあ、試合かな。と言っても、困ったなぁ……。私と戦える相手かぁ……。もちろん副隊長ならやれると思うけど、もっと派手に……」
私はイヤーな予感を覚えた。
だって、うん。
お姉様の視線がすーっと、貴賓席の方に向いたからだ。
貴賓席にはファラーテ様がいる。
王都から来た光の聖剣士様。
今年で成人の十五歳なのに、将来は王国十剣間違いなしと言われる未来の英雄だ。
そして、お姉様とは犬猿の仲。
出会って五秒で舌戦を繰り広げた因縁の相手だ。
お姉様は陽気で勝ち気で、やりたいことはなんでもやっちゃうタイプだけど、貴族同士の礼儀作法については厳しい。
うちは、お父様とお母様がアレだし、私なんてさらにアレなので……。
特になのだろう。
挨拶すらせずいきなり見下してきたファラーテ様への感情は……。
さぞかし煮えくり返っているに違いない……。
ちなみにファラーテ様は、騒ぎを起こすことなく、静かに観戦していた。
今も座ったままだ。
お姉様の視線には、気づいているだろうけど。
「ああ、そうだ!」
ここで観客に視線を戻して、お姉様がひときわの明るい声で言った。
「ちょうど今日は、王都から使者殿が来ていらっしゃるのでしたわ! 使者殿は、すでに名高き光の聖剣士! 皆、見てみたいと思いませんか? 聖剣と聖剣の交差する様を! それでしたらお願いしてみますけれど」
観衆の反応は、当然、見たい! だった。
私だって見たい。
いや、うん。
はい。
やめとこうよお姉様ー!
いくらなんでもそれはダメだよー!
って、冷静な私の心は、大いに叫んでいるのだけど。
――どうしよう、カメさま!
――ふむ。
――ふむ、じゃなくてぇぇ! なんとかしてよー!
――と、言われても、何をすればいいのであるか?
――ううう。だよねえ。
私にもわからないです。
観衆の後押しを受けて、お姉様があらためてファラーテ様に目を向けた。
「どうかしら? 胸を貸していただいても? 体調が優れなければ、残念ですけれどご辞退いただいても構いませんが」
ああああああ!
そんな挑発的なことを言ってぇぇぇ!
お!
そこにお父様が動いた!
私には見えた!
ほんの少し、箸を持ち上げるくらいには動いた!
だけど、それだけだった!
お父様はそれだけだった!
お母様は、最初から微動だにしていない!
とっくに氷柱だ!
誰も止める人間もいなくて……。
ファラーテ様が、無言のまま椅子から身を起こした。
優雅な仕草で、ゆっくりと練習場に歩いてくる。
どうやら、やるようだ。
観衆が大歓声で、それを出迎えた。
お姉様は、腰に手を当てて、不敵な笑顔でそれを待ち構えていた。




