15 案内人は誰か
「伏魔殿とは、今から九百九十九年前、我らがシグネイア王国の成立した年――。偉大なる建国の英雄王ラシーダ様とその直属たる最強の十剣が作ったものですが――。魔王については、さすがにご存知ですわよね」
「当然です。千年前に悪魔と魔物の軍勢を率いて、この世界を蹂躙しようとした存在です」
ファラーテ様に問われて、お姉様が答える。
「千年ではありません。九百九十九年前ですの。魔王は、同じ九百九十九年前に、勇者と呼ばれる神の契約者と、その仲間達によって討たれ、封印されましたが――。魔王の魂の欠片が、わずかとはいえ各地に飛び散ってしまい――。その闇の力で土地が穢され、凶悪な魔物が生まれてしまう状況は続きました。
故に勇者の仲間であったラシーダ様は、勇者が使命をおえて天へと帰られた後も、各地を巡って戦いを続け、魔物を討滅すると共に土地の穢れを癒やし、闇の力に封印を施したのです。それこそが封魔殿。厳密に言えば、そこに置かれた封印石です。
封印石を守ること、それこそが土地持ち貴族の最大の役割のはずですが」
意外にもファラーテ様が説明してくれた。
とはいえ今の話は、私でもそれなりに知っているものではあったけど。
ただ、うん。
封印石のことは知らなかった。
私の知っているラストは、
ラシーダ様は魔物を討滅して、穢れを癒やしたその土地に新しい国を作りました。
それこそが私達の国、シグネイア王国なのです。
めでたしめでたし。
だった。
まあ、うん。
庶民向けのオハナシを聞かされていたのかな。
お父様とお母様の顔を見るに……。
我が家には、ファラーテ様の言う話は残っていなかった可能性も濃厚だけど……。
だって、だいたい千年前なんて、大昔過ぎるよね……。
「さらに、王国の伝承にはこうあります。勇者によって魔王に施された封印は千年。長い時の中で魔王が朽ちる可能性は高いが、しかし精神を保ち、復活の可能性もある。その予兆は一年前にもなれば、最初は小さな自然現象として、すぐに大きな災害として現れる。もしもその時代までこの伝承が残っているのならば、十分に警戒せよ、と」
ここで私はふと思った。
――ねえ、カメさま。
私は胸の中に隠れているカメさまに念話した。
――アニス、さすがに今は会話しない方が良いと思うのであるが。
――でも、さ。私、思ったんだけど、昨日のキツネの女の子の魔王さんって、千年ぶりに復活したって言っていたよね?
――で、ある。
――でもなんか、まだ九百九十九年っぽいみたいだよね。一年早かったのかな?
小さな地震もあったし。
あれは、復活の初期の予兆だったのかも知れない。
――そうかも知れぬのである。封印の解ける予兆の段階で、我の力が媒体となって不十分な状態で目覚めたのかも知れぬな。
――そっかー。それって、良かったんだよね?
――うむ。である。おかげで即座に討滅できたのである。
――でも、また現れるかもなんだよね?
――安心すると良いのである。前にも言ったが、魔王が再び肉体を得るには多くの条件が必要となるのである。簡単に復活などできぬのである。
――そっかー。それならいいよねー。
――それよりも、である。石のことだけは、姉に伝えるべきではないのであるか?
――あ、うん。そうだよね。
魔王のことは秘密だとしても……。
うん。
言わない方がいいよね……。
いろいろと怖いし……。
何より、もう退治しちゃったんだし……。
それは別にして、私には石のことにも心当たりはあるのだった。
「……お姉様。もしかして、裏庭の森のことじゃないかな? ほら、森の奥に立派な石が建っているよね」
私はお姉様にささやいた。
もっとも、ファラーテ様は目の前にいるので筒抜けだけど。
「アニス、貴女あんな場所にまで行ったの? 裏庭の森には、大昔には魔物が出たこともあるから、万が一のことがあるといけないし、歩道から離れた場所には行かないという約束だったわよね?」
「あ、えっと。あはは……。ごめんなさい……」
しまった。
そうだったよ。
「はぁ。しょうのない子ね。でも、ありがとう。おかげでわかったわ」
私の頭を優しくポンとしてくれてから――。
お姉様はファラーテ様に向き直った。
「封魔殿とは、我が男爵家では鎮守の森と呼ばれていたようです。精霊様を祀る場所として確かに管理しておりますわ」
「あら。それはよかったですの」
「――では、ご案内させていただきます」
お姉様が頭を垂れる。
礼儀正しい姿だった。
なのにファラーテ様と来たら……!
「貴女は結構ですの。そちらの妹にお願いしようかしら」
「ほへ」
私?
突然のことに思わず変な声を出してしまった!
「申し訳ありませんが、この子は中央貴族家の方とは会話すら今までにしたことがありません。失礼になるかと」
「構いませんの。わたくし、これでも寛容ですのよ。年下の子と会話するのも楽しそうですし」
「案内は私がさせていただきます」
「貴女では、魔物が出た時に背中を刺されそうですの」
うわぁ!
バチバチバチっ!
って、また火花が散ったぁぁぁぁ!
――カメさま、どうしよう! 私、寝たフリとかすればいい!?
――寝てどうするのであるか。
――だってぇぇぇ!
他にどうしろとぉぉぉぉ!
――ところで、アニスよ。
――なによお!
――封印石とやらは、割れてしまっているわけであるが。
「あああああああああああああ!」
そうだったぁぁぁ!
「アニス、どうしたのてすか?」
あ。
思わず声に出して叫んでしまった。
お姉様の冷たい目が刺さる!
「……申し訳ありません。お二人が喧嘩しそうだったので、つい」
我ながら良い言い訳だ!
私は頭を下げて、それからちらりと様子を見た。
「安心なさい。わたくしはこれでも次期十剣と呼ばれる聖剣士。一般人相手に暴力など振るいませんの」
「あら。先程までは理解していただいていたはずなのに、いきなりどうしてお忘れになってしまったのでしょう。私も聖剣士ですか?」
お姉様が手袋を脱いで、わざわざ手の甲を見せた。
そこにはもちろん、聖剣の刻印がある。
「思い出していただけましたか?」
お姉様が言う。
するとファラーテ様が小さく笑った。
「失礼いたしましたの。あまりに弱そうなので、ついうっかり一般人の枠に入れてしまいましたわ」
「私は昨日、町に現れた低級悪魔を討伐しましたが?」
「悪魔? たとえ低級とはいえ、貴女ごときに倒せるはずがないでしょう」
「嘘をついているとでも?」
「仮にも聖剣士の言葉を、嘘とは言いませんわ。ただ、田舎の方に悪魔とオークの見分けがつくのかと思いまして。オーク程度でしたら、貴女にも討伐は可能だとわたくしも認めますの」
うわぁ。
――これはダメであるな。アニスが案内した方がマシなのである。
――う、うん……。
お父様とお母様は微動だにしていない。
なんかもうただの石像のようだ。
「あのお……。私でよければご案内させていただきます……」
私は仕方なく手を上げた。
「では、お願いしますの。わたくしはファラーテ。シグネイア王国三大名家のひとつ、オスタル公爵家の三女ですの」
「アニスと言います。私も三女です」
「あら。それは気が合いますのね」
――ねえ、カメさま。この人、私には妙に友好的だね。
――其方の姉への当てつけなのである。
――あー。そっかー。
なるほどー。
なんにしても……。
今日はコリーとお祭りを楽しむ予定だったのに、それは無理そうだ。
悲しい。
せっかく初めて、お友達と町を歩けると思ったのに。
私は使用人にお願いして、コリーに謝っておいてもらうことにした。




