13 夜の部屋
夜、お風呂に入った後、私の部屋にて――。
「うむ。これで良いのである。完璧である」
床に広げたスカーフの上を往復していたカメさまが満足げに言った。
「おおー」
感心しつつ、私はベッドから身を起こした。
お風呂に入りすぎてのぼせていた私だけど、水をたっぷり飲んで寝転んでいたらほとんど回復した。
「ほれ、早速身につけてみるのである」
「うん。わかった」
私はスカーフを首に巻いた。
「どう?」
カメさまに効果をたずねてみる。
「ふむ」
カメさまは首をひねった。
「ダメだった?」
「そもそも我には効かないのであった」
「そっかぁ。クマったね。ちゃんと効果があるのか確かめたいんだけど」
「で、ある。我も完璧だとは思うが、万が一もある故」
スカーフにカメさまが付与してくれたもの――。
それは認識阻害の魔法だった。
スカーフを身に着けていれば、魔法の力で私の姿は別の誰かに見える。
秘密の活動ができるようになるのだ。
これから先、また何か事件が起きて、カメさまに憑依してもらうことがあるかも知れないしね……。
でも私は、目立ちたくないし……。
何かないかなぁと相談したら、カメさまが作ってくれたのだ。
と、カメさまと話していると……。
ガチャリ。
いきなりドアが開いたぁぁぁぁぁ!
ノックもなしでぇぇぇぇ!
「お母様! いつも言ってるよね! ノックくらいしてよおおお! 私だって年頃の女の子なんだからー!」
現れたのは、パジャマ姿のお母様だった。
「あら。ごめんなさいね。でも、今日は色々あったようだし、貴女の様子を見ておこうと思って――。って」
「どうしたの……?」
「誰?」
お母様が、明らかに怯えた顔をする。
「え」
私は思わず何言ってんの、みたいな声を出したけど――。
――アニスは変装中である。
とカメさまに言われて、ハッと気づいた。
私は慌ててスカーフを外した!
「どうしたの、お母様」
私はわざとらしくも笑って、そうたずねた!
「え。あら。アニスね」
「うん! そうだよ! いきなりどうしたの、変なお母様!」
「あらあら……。そうねえ……」
お母様は、しばし呆然としていたけど……。
「ごめんなさい。お母さんの方が、ちょっとボーッとしていたみたいね」
「あはは。まだ若いんだからー。しっかりしてよー」
「そうね。ふふ。なんにしてもアニスは元気そうね」
「うん! 私は元気だよー!」
「それならよかったです。いきなりごめんなさいね」
お母様は私の笑顔を見て、すぐに帰ってくれた。
ドアが閉まる。
私は、ほっと息をついた。
「効果のあることは確認できたのである」
「だねー。焦ったけど」
「で、ある」
あっはっはー。
「それにしても、アニスは家族から愛されているのである。落ちこぼれと聞いていたのであるが」
「それは事実だけどね」
「で、あるか」
「あーあー。私もお姉様みたいに聖剣士になって、活躍したいなー」
「そのスカーフをつけて活躍すれば良いのである」
「あ。うん。そっか。ごめん。今のはさ、無理だよねーって意味で言ってみただけで本当にやりたいわけじゃなくてね……」
「やれば良いのである」
「あはは……。私には、お姉様みたいに頑張れないよぉ……」
うん。
お姉様みたいにはなりたいけど……。
お姉様みたいに責任は持てないし、努力もできない……。
それが私なのだ。
自分のことだから、よくわかる。
「あーあー。結局、私には無印者がよく似合ってるのかもだなー」
ぼやいて私はベッドに倒れた。
「なーんにもできないけど、なーんにもしなくていいんだからさ。楽だよね。らくらくらくなのー」
「我としては、別にそれでもいいのである」
「カメさまは、目的とかはあるの?」
目覚めたからには。
「ないのである」
「ないんだ?」
「我は、目覚めたくて目覚めたわけではないのである。武神としての我の使命は邪神の討滅でおわったのである」
「そっかー」
「故に、アニスと共にのんびり過ごすのも良いのである」
「じゃあ、さ……。たとえば私が大人になって、この家を出ることになって、でも結婚とかはしたくなくて……。旅に出よっかなーってなったとしたら……。カメさまは一緒に来てくれる?」
「もちろんである」
「ホントに?」
「我はアニスがいなければ、今度こそキツネの餌なのである。アニスと我は一心同体なのである」
「そっかー。それは心強いねー」
私は将来、この家を出ていかなくてはいけない。
ずっとここにはいられない。
お父様とお母様は……。
無印者の私でも幸せに嫁げる家を探してくれているけど……。
私は気が重い。
いっそ本当に、どこか遠くにいきたかった。
カメさまが一緒なら心強い。
「とはいえ、人間は一人で生きるものではないのである。アニスは人間関係を経験する必要があるのである」
「うん……。だよね……」
「明日は、コリーとかいう娘と遊ぶのであろう?」
「うん! 明日は頑張らないとだね!」
むん、と、私は気合を入れた。
なんと明日は――。
ずっと森の中でしか遊んでこなかった――。
お友達のコリーと――。
一緒にお祭りに行く約束をしたのだ!
「気負う必要はないのである。いつも通りで良いのである」
「でもさぁ……」
私、町で友達と遊ぶのなんて、これが生まれて初めてだった。
どんなことになるのだろう。
考えるだけで、今から慎重してしまうのです。
「コリーという娘も言っていたのである。スーちゃんはスーちゃんだよね、と。アニスはアニスとして自然にいれば良いのである」
「うん……。頑張る……」
「頑張らなくても良いのであるが……」
「ううん。頑張らないと私、自然にいられないかもだし」
「で、あるか」
「よーし! ねえ、カメさま、ちょっと付き合ってよ!」
「何をであるか?」
「自然におしゃべりする練習!」
いっぱい練習して……。
明日はちゃんと、普通にコリーと遊ばないとね!
「むしろそれより、アニスは姉と話すべきだと思うのであるが……」
「えー。なんでー」
お姉様と普通のおしゃべりの練習なんて……。
普通じゃなさすぎて無理だよ?
「昼に現れた悪魔は不完全体だったのである。いくら下級とはいえ、実際にはあれほど弱い存在ではないのである。勘違いした自信を持たぬようにキチンと話しておくべきなのである」
「あははー。お姉様は完璧だよー。問題ないってー」
完全だろうが不完全だろうが関係ないよね!
それにカメさまのことは秘密なんだし、説明なんてしようがない。
私は気にせず、練習を始めた。




