【アーカイブ4】 まずは観てみる!
「お会計は締めて、170万ルンになるわ。
お友達料金ってやつね!」
「っ!!!?」
人相屋『Mavie』が店長、マーヴィスが衝撃の値段を告げる。
170万ルンとは、この魔王都市内に住む魔族の中でも、比較的控え目な年収の手取り程はある値段だ。
通常は易々と買える値段では無い。
しかし、そこは魔王。
忙しくて使い所がほとんど無く、長い年月を掛けて貯まりに貯まった貯金がある。
「カ、カードで頼む……!」
取り出したるは最近流行りの、銀行口座から魔法で金銭を取引できる便利なカード。
盗まれても、本人の魔力にしか反応しない為、セキュリティ面でも優秀な文明の利器だ。
「あら? 割とすんなり……でも無いようね。
玉のような汗なんて垂らしちゃって……
分割にも出来るわよ?」
「魔王の沽券に関わりそう……ぐぬぬ、一括で!」
ぷるぷると震える手で、カードをレジの横に置かれた水晶へかざす。
「可愛い顔して、覚悟を決めた漢の目ね。
分かったわ、領収書と契約書はこちらに。
今後ともどうぞご贔屓に」
マーヴィスは綺麗に腰を折った礼で、ルディウス一行を見送った。
「こんな時間にすまなかったなマーヴィス。
次に来る時には、手土産でも持ってこよう」
そう言って、後ろ手に手を振って店外へ。
帰る頃には辺りはすっかり暗くなり、酒場はより一層の活気で賑わっていた。
そんな魔王城への帰路、クララが尋ねる。
「なぁ、魔王様の貯金は大丈夫なのか?」
「ん? 大丈夫ではあると思うぞ?
我、趣味とか無いし、仕事で時間無いし、他国に訪問した時に買ってくるお土産くらいしか、使い所が無かったからな……」
「なら安心だなぁ!」
「170万ルン、一括なんですよね……
僕も貴族で裕福な方ですけど、流石に躊躇いますよ。
高いとは聞いてましたが、これ程とは……」
ギーシュもその値段に戦慄していた1人だった。
彼も大きな買い物をまだ経験していない。
170万ルンとは一般的に、それ程の額なのだ。
「今思い出した、マイヤとカルルにお土産を買って行かねば! 皆、少し付き合ってはくれないか?」
「あのぅ、魔王様……少しよろしいですか?」
ルディウスに物申すのはギーシュ。
「む? どうしたギーシュ君?」
「えっとですね……その姿で魔王様の口調なの、どうにかならないですかね?
なんて言いますか、頭がバグりそうなんですよ……
もっとこう……若々しい感じを出せませんか?」
「若々しい感じ……ふむ……」
歩きながらしばらく長考し、出した結論──。
「──きゃはッ☆」
「魔王様の若いの概念、どこ輸入なんですか?」
ルディウスが自信あり気に見せたそれは、どこか懐かしさを感じさせるポーズと言動。
左手を腰に当て、右手は肘を横に突き出すようにして瞳の前にピースを構える。
ピースを構えた方の瞳は、星が弾ける演出が出そうなウィンクまでぶちかましている。
「……あれ? 我がおかしいのか?」
「いや、う〜ん……まぁ、それはそれでアリかぁ」
唸った末に、ギーシュは自分の許容範囲の器を広げる事で、強引に納得する。
世の中にはロリBBAなる希少な趣味嗜好もあるそうで、これもその一種だと思う事にしたのだ。
賑わう街道をしばらく歩き、一行は魔王城でお留守番をしている者達へのお土産を買う屋台を探す。
「マイヤさんにカルルさん? って、何が好きなんですか?」
「マイヤはりんごの飴と言っていたが、カルルは割となんでも好きな気がするな……」
「アタシが答える! カルルはなぁ! 甘い物には特に目がねぇぞ! 可愛い顔で頬っぺたいっぱいに詰め込んで食べんだ!」
「名前の響きからして、クララ嬢はお姉さんだったり?
だとしたら、カルルさんは良いお姉さんが居て羨ましい限りですね。
お姉ちゃんってそうだよな……そうあるべきだよな」
「……??」
言葉尻がだんだん小さくなり、ギーシュは自らの姉の姿を頭に思い浮かべた。
良く言えばお転婆、悪く言えば悪逆非道の暴君。
そんな姉を思い返すと、目の前の姉々しい姉をしているクララの姿を見ると、ただただ羨ましく思う。
「まぁ、ギーシュ君の姉はともかくだ。
留守番組へのお土産を、一緒に探してくるかい?」
「あ、ではあの屋台はどうです魔王様?
子供の頃に父上に買ってもらって、嬉しかった記憶があるんですよ。
りんごのやつもあったはずです!」
指を差す先にあるのは、瑞々しい果実に薄く飴を纏わせたお菓子を置いてある屋台だった。
「鮮やかで良いではないか。
留守番組と、我らの分も買って食べながら帰ろう!」
「マジで!? サンキュー! 魔王様大好き!」
「それでは僕も、ご相伴に預かります」
という事で、3人仲良く果実飴の屋台の前へ。
屋台には数種類の果実飴が並べられており、それはさながら宝石の如く、屋台の明かりに照らされて色鮮やかに煌めいていた。
「はい、いらっしゃい!
注文は決まってますかい?」
「アタシは……いちごのがいい!!」
「我はそうだな……ぶどうが良いな。
ギーシュ君はどうする?」
「では僕もぶどうでお願いします」
「いちごが1つに、ぶどうが2つだね!
食べて歩きますか?」
「あぁ、それとは別にりんごも袋いっぱい持ち帰りたい」
「お、ありがとうございます!
では、リンゴだけ包んでおきますね。
会計は美人さん2人分少し負けて、3500ルンだよ。
袋にリンゴ飴が8個入ってるから、数えといてね」
店主のおじさんは計算機を打って会計を出した。
屋台の値段としては、まぁという具合だ。
ルディウスが手渡された袋を確認すると、大粒のリンゴ飴が並べられていた。
会計を終えると、クララは待ってましたと言わんばかりに、いちご飴にかぶりついた。
「うっっま〜い!!」
「こらクララ、言葉が荒くなってるよ?
さぁギーシュ君、我らも食べようじゃないか」
「では遠慮なく、いただきます!」
カリッと飴が砕ける子気味いい音が響く。
飴の層の中からは、ジュワッと瑞々しい果実の風味が口いっぱいに広がる。
「思い出の補正とか抜きで美味しいですね……」
「うむ、ちと甘過ぎる気もするが、これもまた一興」
「またそんなお年寄りっぽい言い回しを……」
「ギーシュ〜、ぶどう飴も1口くれねぇか?」
「え、もう食べちゃったんですか!?
まぁ、いいか……1個だけですよ」
「ホントに!? ありがとな!
魔王様、やっぱこいつ良い奴だぞ!」
そんな話を繰り広げながら、3人はお留守番組が待っている魔王城へと向かう。
◇
魔王城の出入口は、正面にある巨人すら通る事が出来るであろう大扉────ではなく。
その裏側にある、城の大きさと比べると小さく、極めて一般的な玄関である。
クララが前に出て解錠すると、3人は城の中へ。
魔王の執務室へ戻ると、生鮮な屍人のマイヤと半獣人のカルルが出迎えた。
「え、これが魔王様っすか!?
アッハッハッハ! こんなに可愛くなっちゃって!」
「魔王さまにねーね、おかえりなさ〜い!」
「おぅカルル! いい子にしてたかぁ?
ねーねがよしよししてやるぅ!!」
「わきゃー! くすぐったぁい!」
クララに揉みくちゃに撫でられ、ご満悦なカルル。
そして、穏やかな笑顔で静かに涙を流しながら、その様子を見守るギーシュ。
「で……そちらは?」
「こいつはギーシュだ! 良い奴!」
「そんな雑な紹介を……
ヤーフ領、領主の息子で、竜人族のギーシュ・ドラガルドと申します。
えっと、貴女は──」
「ぼくは魔王配下が1人、護衛騎士のマイヤ!
確か、魔王様がお出かけする時に、連れて行かれちゃった子っすよね?
いやぁ、うちの魔王様が迷惑かけたっす!」
「っ!!?」
それを聞いたギーシュは驚いた。
先程マイヤが名乗った『魔王配下』という単語。
噂では知っていたが、実際に存在しているとは知らなかったのだ。
曰く、魔王に仕える忠実な側近であると。
曰く、個々がとんでもない能力を持っており、軍にも匹敵する力を持っていると。
曰く、その姿を見てしまった者は生きて帰されないと。
そんな人物を今、目の前にしている。
魔王の人柄が穏やかなのは知っている。しかし、魔王配下がそうとは限らない。
ギーシュの額に汗が滲む。
「そ、その……魔王配下と言いましたか?」
「……? うん、魔王配下っすよ?
あ、もしかして噂を間に受けちゃってたり?
たっはー! んな訳ないのに!
魔王様を見てみるっす! この感じで優秀で恐ろしい配下なんていると思うっすか!?」
「我、突然ディスられててウケる」
突然話題に出された上に、心做しか不名誉な事を配下に言われるが、笑い飛ばす魔王。
ただ、マイヤの失礼な物言いは今に始まった事でもない為、ルディウスは軽く流す。
絶句するギーシュは置いておき、ルディウスは買ってきたお土産をマイヤに手渡した。
「ほらマイヤ、お土産のりんご飴だ。カルルと仲良く分けるんだぞ」
「よし来た!! おいでカルル〜!
魔王様がりんごの飴ちゃんをいっぱい買ってきてくれたっすよ〜!」
「っ!!? わっふーい!」
「その前に、カルルはクララとお風呂に入って来なさい。
飴ちゃんはそれから食べるんだぞ」
「はーい! ねーね行こ!」
カルルはクララの袖を引っ張り、お風呂へと駆けて行ってしまった。
マイヤは手に持ったりんご飴の袋を机に置き、ソファでくつろぎ始める。
「なんか、魔王配下ってあんな感じなんですね」
「む? なんなら行きに我が変化してたセバスニャンや、クララやカルルも魔王配下だぞ?」
「うぇっ!?」
「昔の魔王配下は噂通りの猛者揃いだったのだろうが、平和な現代に要るかい?
それなら我は、心から信頼できる者達を家族として近くに居て欲しいんだよ」
「家族……」
「そう、だから変に緊張する必要は無いぞ。
まぁ、一応皆それ相応に強いがな……
そんな事よりもだ!」
ルディウスは爛々と見開く瞳をギーシュに向けると、彼の手を取り、マイヤがくつろぐソファーへ座らせた。
「それでは、教えて貰おうか……配信者になる方法を!」
「そうですね、最初に動画作りをするよりも、知識をインプットしましょうか。
誰かを参考にする事、流行を抑える事は配信者にとってとても大切な事だと思います。
僕自身が配信をしている訳では無いですが、一時期やろうとして機材とか資料とかは集めてて……」
ギーシュはバツが悪そうに目を逸らすと、「それは兎も角」と話題を無理に変えて話を続ける。
「まずは色んな配信者の動画を観てみましょう。
今回は僕の水晶体魔導反映板をお貸ししますので、どうぞ!」
ギーシュは鞄からごそごそとスマボを取り出し、ルディウスへと手渡した。
受け取ったルディウスは軽く魔力を流し、スマボを起動させる。
「動画は……どれを開ければいいんだい?」
ルディウスは画面を撫でるように指でスライドさせて、多々ある絵柄の中から目的の物を見つけようとした。
動画を見る為のアプリケーション魔導プログラム、略称『アプリ』を探っていると、横に座るギーシュから声が掛かる。
「あっ、魔王様が今触ったそれです。
白背景の中心に、横になった三角形が付いてる……
そうです! それです、『MgTune』!」
無事にお目当ての動画配信アプリを開くと、画面いっぱいに沢山の動画のサムネイルが並ぶ。
ルディウスがその内の1つを指先で触れると、動画の再生が始まった。
『ちわちわ〜! リスナーのみんなヤッホー!
薬草学系マギチューナーのリナリーだよ!
今日は、一般的に売られているポーションの種類と効能に付いて解説しちゃうよ!』
画面の中でリナリーと名乗る女の子が、淡々と知識を披露し始める。
それはとてもは簡潔で、子供でも楽しめるようにと創意工夫が感じられる内容となっていた。
ルディウスは釘付けになってその動画を視聴し、あっという間に動画が終わりを迎えてしまう。
『ここまで見てくれてありがとうございました!
良かったらいいねとチャンネル登録をお願いします!
それじゃ、また来週!』
動画の尺はおおよそ10分程の物だった。
しかし、ルディウスの体感時間は違う。
「も、もう終わったのか?
凄いな……これが配信者なのか。
言葉選びも秀逸、尚且つ素人でも分かる内容……」
「それがお仕事ですからね。
中には遊んでいるだけの様に見える動画もありますが、企画もマンネリにならないように工夫されてます。
常に新しいを求められるのが配信者です」
「大変そうではあるが、なんだろう……
こうなんか、ワクワクするんだ。
我でもこんな動画を作れるだろうか!?」
「その気さえあれば、きっと作れますよ!」
「そうかそうか!
それに差し当たってギーシュ君、今日は魔王城に泊まって行くといい!
お泊まり会というやつだ!」
「へ? ぇぇええええッ!?!?」
「せっかくだ、皆でパジャマパーティーと洒落こもう!」