【アーカイブ1】 一大決心!
「会場のみ〜んな〜!!
今日はアタシの為に、魔道館まで集まってくれて……
ホンットにありがと〜〜!!!」
『うぉおおおおおお!!!!』
『待ってましたァ!!』
『マオたん可愛さ魔界いち〜!!』
『みwなwぎwっwてwきwた〜〜!!!』
世のアイドルや詩人が1度は夢見る魔道館にて、過去に類を見ない大喝采が轟いていた。
その喝采を一身に浴びるは、可憐な衣装を纏った1人の少女、その名を"マオちゃん"。
これは、1人の少女がここまでの大成功を収めるまでの、そんな感じのお話。
事の始まりは今からおよそ7年程前、少女がまだ専業魔王だった頃……
◇◆◇◆◇◆◇
およそ千年近くにも及ぶ人間と魔族による戦争も集結して、はや数百年。
戦争に勝利した魔族は人間と平和条約を結ばせた。
殺伐とした時代は終わりを告げ、比較的平和な時が続いていた。
しかし、その長すぎる時は人間と魔族間の確執を忘れさせるには充分だった。
さて、そんな平和に慣れきった世の中、頭を抱えて項垂れる者がいた。
「魔界が! 広すぎる! 手に余る!
何故魔界全域の事を我がどうにかせねばならんのだ!
我、この地元から出た事無いんだけど!?
何処だよブルートゥス領って!
ここも、ここも、これも、見た事はおろか、聞いた事も無いわ!」
執務室の中、軽くやけを起こして書類の束を宙にバラ撒き散らすは現魔王、人呼んで『幻王ルディウス』。
身に纏う厳かなローブはその雰囲気を台無しにする程着崩され、本来なら綺麗な栗色の髪も今は最早荒れ放題、目元には炭で塗ったかのような深いクマ。
傍から見たら屍人の類いに見える事だろう。
だが、残念ながらこれでも魔王なのだ。
「ままま魔王さま! お気を確かに!
これ、作ってきたから……飲んで?」
「あぁ、カルルか……
ありがとう。いただくとするよ」
ルディウスにお茶を受け取ってもらえると、嬉しそうに尻尾が左右に揺れる。
頭に可愛い犬耳をこさえた、紺を基調とするフリフリのメイド服を着た犬系の半獣人のメイド見習い、カルルだ。
ルディウスは渡されたお茶を何の疑いもなく1口──。
「……ごくっ……ブハッ!?」
「ま、魔王さま!?」
「カルル……これは、何の茶葉で淹れたんだい?」
「お城の中庭で元気になりそうな草がいっぱいあったから、少し摘んで来た!」
「そうか、身体に効きそうな味がするよ……」
要するに雑草で淹れたお茶という訳なのだが、カルル本人はルディウスの身を案じて作ってくれているので、強く注意も出来ない。
ルディウスは覚悟を決め、野草の香り漂う雑草ティーを一気に飲み干す。
「うん、ありがとうカルル……元気が出たよ……」
「ふぁぁ! 魔王さまが飲んでくれたぁ!
あの、また疲れた時にはお声掛けください!」
それだけ言い残すと「わふ〜い!」と歓声を上げながら、両手を天に掲げて走り去って行った。
カルルが部屋から出た事を確認すると、ルディウスはどっと疲れたような表情になる。
「純粋な善意に打ちのめされそう……」
気を取り直して書類に向き合おうと体を起こすと、今度は部屋の扉の方からコンコンっ、とノックの音。
魔王であるルディウスの側近で、入室前にノックをする人物は1人しかいない。
「魔王様、入室しても宜しいですか?」
「大丈夫だ、セバスニャン。入って来てくれ」
「では、失礼致します」
扉の向こうから聞こえるバリトン歌手も顔負けの美声とは裏腹に、入室して来たのは執事服を着込んだ猫。
灰色の毛並みに片目にはモノクル、そんな猫が執事服を着て宙に浮いている。
魔界でも珍しい種族、猫精霊である彼の名はセバスニャン。
魔王城にて執事長を務める有能な猫である。
「会議の時間が迫っていましたので、私の判断で念の為お伝えに参りました」
「もうそんな時間か……
いつも悪いなセバスニャン。助かるよ」
「いえ、業務の内ですので」
セバスニャンは恭しく、軽く頭を下げて礼をする。
ルディウスは乱れた服や身嗜みを直し、会議に必要な書類を整理して準備する。
「それでは魔王様、お疲れの出ませんように」
「よし、行ってくるよ。
そうだ、セバスニャン。
我が会議に出ている間にでも、カルルに美味しいお茶の入れ方を教えてやってくれ」
「カルルにですか? ふふっ、お優しいのですね。
このセバスニャンが直々に教えましょう」
「あぁ、頼んだよ」
短い会話を終え、ルディウスは重鎮の集まる会議室へ。
◇
会議室前に到着したルディウス、その表情は紛うことなき魔王の風貌である。
しかし──。
「(帰りたい……控えめに言って無理、胃が痛い……)」
ルディウスは会議が嫌い過ぎるのである。
それはもう、1回の会議で精神がゴリゴリに削られ、体重が少し減るレベルで嫌いなのだ。
だが、いつまでもうだうだしている訳にも行かず、扉を押し開く。
『お待ちしておりました、魔王様!』
10数名もの重鎮が一斉に椅子から立ち上がり、頭を下げて魔王を迎える。
「よい、面を上げて腰掛けてくれ」
『はっ!』
こうして淡々と会議が進められていく。
一見、威厳のある魔王とその配下に見えるが、これは飽くまで形式的な物だ。
現魔王であるルディウスの魔王としての力は、歴代の魔王と比べると弱い部類と言ってもいい。
と言うのも、魔王になるには方法が2つある。
力で玉座を奪う方法と、魔王が亡くなった後の玉座に偶然生まれてしまった場合だ。
勿論、ルディウスは後者。
激戦の時代であれば、ルディウスのような先代魔王の魔力の残滓が集まって生まれたような魔族は、それこそ一瞬で淘汰される。
ただ、良くも悪くも現代は平和なのだ。
平和な時代に1番大変なのは、その国の王である。
外交や領の管理、特に酷いのが金銭の管理だ。
何でもかんでも魔王、魔王……
誰も好き好んで玉座を奪おうとはしない。
奪おうとしないだけで、ルディウスより力が強い者は重鎮の中にも数人いる。
簡単に言うと、舐められているのだ。
しかし、下手に力を示し『反逆の意思あり』と見なされれば、躊躇無く玉座を譲り渡される可能性があるので、形式だけそうなっているのだ。
さて、そうこうしている内に会議も終わりを迎えていた。
「では、時間が迫っていますので、今月の会議はここまでに致しましょう。
何か質問がある方は居ますか?」
会議の進行を任されている者が周りに聞く。
が、そんな人いる訳が無い。
皆が皆、憩いの我が家へ帰りたいのだ。
「質問は無いようですね。
それでは、会議はここまで。
皆様、気を付けてお帰りになってください」
1人、また1人と会議室から去って行く。
ルディウスは全員が退室していくのを静かに見送っていたのだが──。
珍しく1人だけ退室しない者がいた。
今回の会議が初参加の、比較的若い魔族だ。
その特徴的な角と尻尾から、種族は竜人族である事が分かる。
「君はまだ帰らないのかい?
それとも我に何か用があったのかな?」
「あっ、すみません魔王様!
今から家に帰ると推しの配信が見れなくなっちゃうので、少しだけここで見させてもらってもいいですかね?」
「推しの配信……?」
若い竜人族の手元には、まな板程の透明な板が握られている。
ここ数年で魔界や人界の一部で普及している、水晶体魔導反映板、通称『スマボ』である。
体に流れる微弱な魔力を感知し、画面を触って操作出来る優れ物だ。
ルディウスがスマボを覗き込むと、そこには可愛らしい服を着飾った女の子が映し出されていた。
何気ない雑談をしながらも、常に新しい話題を出して話を盛り上げている。
「あっ、ご存知無いですかね?
ミナちゃんって子なんですよ。
僕も最近になってこの子を知ったんですけど、それからはもう首ったけです!」
「こういう感じの子がタイプなのかい?」
「いえ! なんて言えばいいでしょう?
推しは推しであって、好きではあるけど恋愛感情では無いみたいな……」
「なんだか、難しいんだね……」
ルディウスは推しを推すその感覚に、いまいちピンと来ていなかった。
だが、次に目に入る光景にルディウスは釘付けになる。
スマボの中で軽快に話す少女はさて置き、注目したのは画面の下半分。
基本的には視聴者からのメッセージが下から上へと、とてつもない速さで流れている。
「幾つかのメッセージだけ、流れずに固定で表示されているのは、何なのかな?」
「……? あぁ! これはですね、普通のメッセージは他の人のメッセージに流されてすぐに見失ってしまうんですけど、課金メッセージは専用の場所に留まるんですよ。
まぁ、高額課金しないと長い時間は固定出来ないんですけどね……
でもその分、推しに自分のメッセージが見て貰え易くなりますし、運が良ければ配信中にメッセージを読んで反応が貰えたりするんですよ!」
「そ、そうか……」
興奮した若い竜人族の饒舌っぷりに若干引き気味のルディウスであったが、その少女に課金されているメッセージの量には素直に感心していた。
そんなルディウスを置いていく勢いで、まだ熱が冷めない竜人族の若者は捲し立てる。
「それにですね、魔王様!
この子は見た目も声も性格も良くて、パーフェクトキューティーガールだと思うじゃないですか!?
でもこの子、性別は男性なんですよ!」
「……え、この子がかい?」
「驚きですよね……
目に映る物が全てじゃないって事を学びましたよ。
魔王様なら種族的に出来るんじゃないですか?
確か、『離魂体』でしたよね?」
その時、ルディウスに電流走る!
「その通りだ。……待てよ、これは行けるな!
その子の配信が終わり次第、我の執務室に来ては貰えないかい?」
「ええ、構いませんけど……少し遅くなりますよ?」
「それこそ構わない!
聞こえるか、セバスニャン? 招集命令だ。
執務室に我が魔王配下を集めよ!」
『畏まりました』
ルディウスは通信魔法を使い、離れた場所にいるセバスニャンに召集命令を掛けた。
「よし! 我は早速、執務室に戻る!
君も後からゆっくり来るといい!」
そう言い残し、会議室から駆け足で去って行く。
その魔王の瞳は、今までに無い程に輝いていた。
◇
ルディウスは執務室の扉を勢い良く開ける。
そこには魔王の側近、セバスニャンやカルル含める全5人が片膝を突いて出迎えた。
ルディウスの帰還と同時に執事長であるセバスニャンが話し始める。
「魔王様の命により魔王配下全5名、招集致しました」
「ご苦労であった。
皆も急な招集に応じてくれて感謝する!」
「して、魔王様。此度はどの様なご用件で?」
「そうだ、皆に聞いて欲しい!」
魔王配下5人の注目がルディウスに集まる。
魔王の言を聞き逃すまいと全員が集中する。
そして、魔王の言葉が放たれた──。
「我、女の子になる!!」
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