2.夢から覚めたら、日常が違っていた件
「……っ。痛ってぇ……」
どうやら、ベッドから落ちて頭を打ったらしい。
(しかし、何だったんだ? 今のは)
「こんな夢の終わり方、今までな……」
っと、言い終わるまでに異変に気付いた。部屋の窓の所に猫がいる? しかも、窓の外ではなく部屋の中。目が覚めたばかりで、まだ頭がぼーっとしている。
(僕はまだ、夢を見ているのか??)
そう思い、辺りを見回すが、いつも見慣れた自分の部屋。
(ん? どういうことだ? しかし、綺麗な猫だな~)
猫は月明かりに照らされて、青く光っている。猫の目は、昨日の昼間見た空の、澄んだ青い色をしていた。猫を見ていると、胸の所に何かが光る。
(……あれ? 何処かで見たような? あっ! 夢の中の城。扉にあった紋章だ。この猫が何で紋章を……?)
そんな風に思いながら、猫を見詰めていると……いきなり猫が2本足で立ち、頭を下げて言った。
「姫、お迎えに上がりました」
(……ん? 今この猫、何て言った? ……姫? 誰が? 何の事だ?)
突然の出来事に何が起こったか分からない……猫が2本足で立って喋っている。
(やっぱり、まだ夢の中なのか??)
思考が追い付かない。やっぱり、現実な訳がない。
(夢……だよな?)
何度も何度も、頭の中で自問自答を繰り返す。プチパニックだ。も一回寝ようと布団を被る。顔だけ出し、様子を見る。
そんな僕の様子を見ながら猫は、
「姫、どうされたのですか??」
とハテナ? 顔。猫はそこから動こうとしない。
(どうしよう……帰りそうも無いし……仕方ない……)
僕は今見ている(だろう)夢に付き合うことにした。このままだと、どうすべきか分からなかったので、猫に聞いてみた。
「あなたは誰ですか?」
それに対して猫は少し困った顔をし、
「はぁ………」
深いため息をつきながら、
「……私は、貴女の一番の側近の『カイ』でございます。姫様が幼少の頃からずっとお側におりますが?? 姫様、お忘れですか?」
と言う。
その言葉に、僕は目が点になり、
「お忘れですか? って、僕は君の事は(しかも猫)知らないし、そもそも姫様と言ってますが、僕は……僕は……お、俺は男だ~!!!」
思わず、『俺』と叫んでいた。
いつもは僕と言うが、実は華奢で平均より身長が低く、女顔(良く言えば美少年)な容姿のせいで、女の子に間違えられる事も多々……だから、この事に関しては声を大にして言いたい。『俺は男だ!』と……
その声にビックリしたのか、猫が慌てて、
「ひ……め?いや、ミドリ、落ち着いて。」
(急に名前呼び。どうしたんだ? 姫様と言っていたのに。それに、ミドリって……?)
「ふぅ……ミドリ、俺が敬語だからまた拗ねてるのか? 前にも言ったろ? 確かに、俺たちは小さい頃からいつも一緒に居た幼なじみだ。だけどな、俺たちももう16だ。俺はミドリの側近な訳で、位も違う。
……俺だって、昔みたいにこうやって話せたらと思うよ? だけど……国に帰ればお前はアトラス国の姫様な訳だし……」
猫は少し寂しそうに言う。
何だか話が噛み合わない。
(僕が拗ねてるって? そんな訳はない。この猫、僕がミドリ? 姫? だと疑わない。『アトラス国』って? それに、猫? と人が幼なじみっていうのにも違和感がある)
「分かった。拗ねていても構わない。でも、帰るぞ? 姫?」
猫、僕に近づく。
「……っ。ちょっ、ちょっと待ってくれ。帰るって何処に?」
「いやいや、国に決まってるでしょう? ……いい加減、怒るよ? 今宵の満月の内に帰らないと、ルナ・ロードが閉じてしまう。閉じるとまた、次の満月まで帰れないぞ。流石に王妃様も心配している事だし、これ以上延ばす訳にはいかないよ」
また、分からない事が出てきた。
(ルナ・ロードって?? ロードというからには、『
道』なんだろうが……そこを通って? 『アトラス国』に?)
窓の所に目をやると、月明かりに照らされた光の道? みたいなのが見える。
(あれが、ルナ・ロードなのか?? でも、あれ細いよな? 人間が通れるのか?)
とかなんとか考えている内に、猫が目の前に来て、額に手(前足?)を当てた。すると、光に包まれた。
「何だったんだ今の?」
(……ん? 手がモフモフしている。モフモフ? 掌を見ると、肉球が…)
僕は、慌てて鏡を見た。そこには白猫が映っていた……猫になった。
「なっ」
(え!? ねっ、猫~!?)
「なっ、何するんだ!?」
そう言う僕の声に、猫のカイは、キョトンとしている。
「……本当に忘れたのか?」
困った顔でこっちを見ている。
「テルスに長く居すぎて、忘れてしまったのか」
「テルスって何だ?」
「……本当に、何も覚えてないんだな。分かった。解るように説明するよ。」
カイはゆっくりと、僕に解るように丁寧に説明してくれた。
まず、テルスとは地球の事らしい。
話によると、僕はさっきも言われた通り『アトラス』という国の姫で、王様(父)と王妃(母)様、兄様もいるらしい。
「僕が国の姫……?」
「そうだ。君は俺たちの国の姫様なんだ。」
何故、僕がテルス(地球)に来たのかというと、姫(つまり僕)を成長させるため。姫は16歳になると国を出て、これからの成長に必要な経験を、別の国(または星)に行き学んでくるという習わしがある。
国に行くか、星に行くかは選べるようになっており、ミドリは星に行くことを選んだ。
碧は驚きを隠せず、カイに問う。
「星に……って? 僕はこの星の人間でも無いのか?」
「そうだよ。そして、帰らなければいけない」
カイは慎重に言葉を選びながら答えている。
カイが猫なのは、国に帰る時に通るルナ・ロードが、猫にならないと(小さくならないと)通れないから。つまり、猫に変身している。
連れて帰るため、僕も猫に変身させた。カイは人間で、ミドリ(僕)が小さな頃から一緒に居た幼なじみ。今は姫を一番近くで守る側近。テルスに居る期間は前回の満月の日だったが、いつまでたっても帰ってくる気配がなかったので、カイが迎えに来た訳だ。
まるで、今まで過ごしてきた日常の方が全て嘘、みたいに……言われている。これは、夢じゃないらしい……
「……話は分かったよカイ。だけど、僕は本当に『姫』の記憶が無いんだ。本当に僕なのか?」
「忘れてしまって信じられないのも分かる。だけど本当の事なんだ。」
猫はどうしたら良いか分からないという顔だ。
(まだ信じられない。僕は男だし……それに今まで過ごした時が全て、成長の為に過ごした時間なんて……そんなこと……僕がここから居なくなったらどうなるんだ……?)
急に不安になってきた。猫のカイ? も嘘を言っているようには見えない。
「……教えてくれ。僕が『国』に帰ってしまったら『今の僕』はどうなる? 大事な家族も居るし、友達も……もう、会えなくなるのか?」
「ミドリ、残念だけど、アトラスに帰れば、皆からの君の記憶は失くなってしまう。最初から、『ミドリ』という存在が無かったかのようになるんだ。」
「……そんな。じゃあ、もう家族や友達に会えないのか……?」
自然と涙が溢れてくる。僕はショックで押し潰されそうだった。
「……ミドリ、何と声をかけたら良いか。」
カイが凄く申し訳なさそうな顔でこっちを見ている。
「……良いんだ、カイ、君が悪い訳ではないし。それと、僕には『ミドリ』の記憶が無いんだけれど、どうすれば良いんだ?」
その言葉にカイはキョトンとしている。
「ん……? 姫は『ミドリ『』では無いのか? 『姫』としての記憶が無いのは分かったが、何で 『柊 碧』の記憶まで無いんだ??」
(……ん? もしかして……)
僕は少し考えて、ある結論に至った。
「カイ、読み方間違ってる。確かに『柊 碧』と書くが読み方は『あおい』だ。」
「………」
暫く沈黙……
「!?……アオイと読むのか。『アオイ』ごめん!!」
「じゃあ、もしかして、夢の中で『ミドリ』って呼び掛けられてたのも間違いだったって事か? ……プッ。あは。あはははははは。」
こっち(地球)で、読み方を間違えられる事は度々あったが、カイにまで間違えられているとは。何だか凄くシリアスな話をしていた筈なのに、和んだな。ショックで出てた涙も止まってしまった。
「……本当にごめん、ミ、アオイ……」
また、間違えて言いそうになりながら、申し訳なさそうにしている。猫の姿でシュンとしているので、何だか可愛く見える。
「もう、良いよカイ。それに、どう足掻いても僕は帰らなければならないんだろう??」
僕は、腹を括った。
家族や友達と本当は別れたくはない。記憶が皆の中から消えるというのも悲しくて堪らない。けれど、このままここに居たいと言えば、またカイが困るだろう。それに、『姫』の時の記憶も気になる……
「それと、カイ、僕はずっと『アトラス』での名前が『ミドリ』だと思ってたんだ。ミドリではないとすると、姫(僕)の名前は何なんだ?? 記憶が戻ってないとはいえ、国に帰った時に自分の名前が分からないと、大変だと思うんだ」
「姫様の名前は『アステリア』で、それと『カイ』と言っている私の本名は『カイロス』でございます。」
『アステリア』か。何だか本に出てくる様な名前だな。『カイロス』もだし。本当に不思議だ。
「カイロス、ありがとう。僕、帰るよ。『アトラス国』へ」
「何だか姫にカイロスって言われると照れるな。呼びにくかったら『カイ』で良いからな。
それと、姫様……ありがとうございます。帰る決心をして下さって。記憶が無いのも、さぞ不安でしょう。私が全力で命に代えてもお守りいたしますので」
急に敬語になり、頭を下げるカイ。帰ると言ったから、敬語に直したのか?
「カイ、頭を上げてくれ。それと、頼みがあるんだ。」
「何なりと」
カイは頭を下げたまま答える。
「2人の時は、その……敬語を止めてくれないか。カイとは位が違うかもしれない。けれど、寂しいんだ。今の話で昔からカイと姫は仲が良かった事も分かった。他に人が居ない時だけで良いから。国に帰っても、こうしてカイとは話をしたい」
「………」
カイは少し困った顔をしたけれど、顔を上げニッコリと微笑んで
「分かったアステリア。ありがとう。俺もその方が嬉しい。それじゃあ、アトラスへ帰ろうか」
そうして僕は、カイロスと一緒に猫の姿でルナ・ロードを使い、アトラスへ旅立つことにした。