1. 生贄の少年
登場人物
フェイ: 主人公。固有職業は“生贄”。
セーラ:主人公の幼馴染。固有職業は“聖女”
スヴェン:主人公のパーティリーダー。固有職業は“勇者”
ニーナ:主人公のパーティ副リーダー。固有職業は“大魔法使い”
生まれ持った固有職業とそのギフトがその人物の価値を決める世界で、”生贄”として生まれ育った主人公が英雄と認められるまでの物語。
「ぐはぁあっっ……」
長い角を生やした巨大な牛の魔物の体当たりをまともに喰らって吹き飛ばされた俺の無様な姿をみて、同じパーティのリーダーで勇者のスヴェンは舌打ちをしながら俺を睨みつけ、檄を飛ばしてくる。副リーダーの大魔法使いニーナは呆れた顔で溜息をこぼした。
「ちっ!おいおい、何やってんだよ!フェイ!!」
「はぁ、ちゃんと死になさいよ!使えないわね!」
俺は大した攻撃力のない数打ち品のロングソードを杖がわりになんとか身体を起こす。しかし、複数の肋骨は砕かれ腕は向いてはいけない方向を向いていた。
そんな俺に回復魔法をかけようとする幼馴染の姿が目に入った。その気配を感じたのか巨大な牛の魔物が俺以外の3人に視線を向けて咆哮をあげる。ダンジョンの部屋全体を震わせるようなその咆哮は勇者であるスヴェンさえも震え上がらせた。
「セーラ!結界を強化だ!早くしろ!!」
「ちょっと!その詠唱を止めなさいよ!じゃないと、こっちへ向かってくるわよ!!」
セーラが2人を無視して俺のための回復魔法を唱え続ける。聖女である彼女はあらゆる回復魔法を唱えることが出来る。今の俺の怪我を治すことも出来るだろう。だが、俺はセーラと視線を合わせると、首を振って、治療が要らない事を伝えた。どの道、この傷では助からない。であれば彼女の魔力を温存するのは当然の選択だ。
長い付き合いだからか、彼女はすぐに俺の意図を察してくれた……はずなのに詠唱をやめる気配がない。仕方なく俺は脚を引きずりながら威嚇を続ける牛の魔物とセーラ達の間に移動して剣を構えた。
セーラは悲壮な表情のまま呪文の詠唱を終えていつでも魔法を発動できる待機状態にすると、パーティリーダーであるスヴェンに涙ながらに訴えた。
「フェイ、もう辞めて!こんな事!!」
しかし、そんな幼馴染の懇願を聞くわけにはいかない。俺が今ここでやらなければ全滅は確実だからだ。
「スヴェン!フェイをとめて!お願い!!」
聖女セーラは勇者に向き合って懇願するも、そんな彼女の訴えは無碍に即座に却下される。
「はぁ?何言ってんだよ!生贄のフェイは俺達のために死んでナンボなんだよ!ほら、フェイ、さっさともう一度逝きやがれ!!」
「はぁ、はぁ、……くっ、わかってるよ!」
突進してくる牛の魔物に向かってロングソードを構える。ロングソードの切っ先が牛の魔物の頭に突き刺さした、筈だったのだが安物のロングソードは牛の魔物の突進に耐えられず鍔の近くでポッキリと折れた。一方で魔物の鋭い角は正確に俺の心臓を捉えている。
「ぐはっ!!」
次の瞬間、巨大な牛の魔物の鋭い角が俺の胸を貫いていた。グリグリと頭を動かしてダメージを増やそうとしているが、そんな事をするまでもなく胸の傷は致命傷だ。俺にはもはや痛みすら感じられない。そして俺の体が光の粒子となって消えていく。それに反応するようにスヴェン達の身体が光り輝いた。
「よっしゃぁ!キタキターーー!!」
これが俺の固有職業“生贄“のギフトで、俺が死ぬとパーティメンバーに一時的に強力なバフを与える。具体的には、あらゆるステータスを3倍にするのだ。バフを受け取った勇者スヴェンは聖女の作った結界から飛び出して巨大な牛の魔物に向かっていった。大魔法使いニーナもバフを受けて強力な呪文の詠唱を始めている。霊体となった俺には、もう彼らを見守ることしか出来ない。
そして決着は直ぐについた。大魔法使いニーナの威力が3倍になった火炎呪文が魔物を包んで怯ませると、速度とパワーが3倍になった勇者スヴェンがあっさりと首と胴体を両断したのだ。
「ちっ、怪我しちまった。セーラ!回復だ!!」
スヴェンは牛の魔物に切り結んだ際に、腕が魔物の肌に擦れて擦り剥いていた。ただ、少し赤くなっているだけで血も出ておらず、どうみても回復魔法を使うほどではない。そもそも回復魔法はフェイのために用意したのだ。しかし、渋るセーラの様子を伺いながらわざとらしく怪我をアピールする。
「あ“ーーーっ!痛え!スッゲェ痛え!!早く回復してくれよ!このままじゃ別の魔物が出てきたら対処できねぇよ!」
駄々をこねはじめた勇者に白い目を向けながら仕方なく回復魔法を行使する聖女。
「……ヒール」
「おおっ!キタキタ!気持ちいいーーーっ!」
回復魔法は傷はもちろんのこと疲労も解消でき、受けた後には爽快感まで感じるのだ。スヴェンはセーラに回復魔法をかけてもらうことを殊の外気に入っており、チャンスがあれば怪我がなくても疲れてさえいなくても受けようとする。そんなやりとりをしているうちに俺が死んで消えた場所に光の粒子が集まっていき、俺の身体が再構築された。これこそが聖女のギフトである“復活”の効果だ。あらかじめ“復活の呪文”を唱えて魔法をかけておく必要はあるものの、絶命したものを17分後に復活させることができる。ただし、完全な状態で回復するのではなく、いわゆるHP 1状態での復活になるため負傷は残っているし装備もボロボロだ。そんな俺に幼馴染のセーラは回復魔法をあらためてかけようとしてくれる。しかし、勇者スヴェンはそれを良く思わない。
「復活したなら行くぞ!もうすぐ最奥だ!」
「ちょっと待ってよ!フェイを回復しないと!」
「はぁ?回復なんぞしたら、死ぬのに時間がかかるだろうが!」
「でも、こんな傷だらけのままなんて!!」
「こいつの価値はなぁ、俺らのために死ぬ事だけなんだよ!わかったら行くぞ!」
確かに俺自身は戦闘では全く役に立たない。戦闘に役立つスキルが一つもなくステータスも村人と変わらない俺では頑張って闘っても、魔物にダメージは入れられないのだ。言い返せない自分がただただ腹立たしい。俺に戦う力があれば…目の前で泣いている幼馴染を悲しませることもなかったのに。セーラは泣きながら、こっそりと詠唱破棄でできる簡易版の回復魔法を俺にかけてくれた。身体の表面の傷が塞がっていき、疲労もだいぶ無くなった気がする。
続いてセーラは復活の呪文も唱えはじめた。一度復活すると効果が無くなるため、都度かけ直す必要があるためだ。この世界で死者を復活させることができる唯一のギフト“復活”、それを持って生まれた人を聖人や聖女と呼ぶ。
聖人や聖女はレアではあるものの、激レアとまではいかないので国に囲われるほどではないが、常に死と向かい合わせの冒険者には引っ張りだこの人気固有職だ。というか、俺の生贄の方がよっぽど激レアかもしれない。少なくとも俺は他に生贄を持っているという話を聞いたことがない。まあ、こんなギフトを公表したら俺みたいな扱いになるのは目に見えているから秘匿している可能性も高いが。
「……復活」
回復魔法ほどには長くない詠唱が終わると俺の身体を光の粒子が包み込む。これでまた死んでも大丈夫だ。
「ありがとう、セーラ」
「うん。ねぇ、フェイ、お願いだからもうやめて……お願い……」
そう言って涙で溢れる綺麗な瞳を俺に向けてくれる整った顔の幼馴染。その美しさに思わず息をのむ。思わず頷いてしまいそうな神々しさはまさに聖女そのものだった。
しかし、俺はどうしても冒険者になりたかったんだ。子供の頃にセーラと一緒に読んだ絵本に出てきたような冒険者に……。