ヘッドライト
忘れられないもの。忘れてはいけないもの。彼女がそこにいた記憶。
「初めまして、東京から来ました筒井美波です。よろしくお願いします」
東京から来たというその子はクラスの8割、いや9割が目を惹かれるほどの美少女だった。彼女が今日から同じクラスとして過ごすことを先生から告げられるとクラス中がざわつきだした。
「え、普通に可愛くね?」
「可愛いすぎ、あんな子いるんだな」
そんな声が至る所からひっきりなしに聞こえてくる。
彼女はその言葉に反応することなく、先生に指示された席に向かった。
ホームルームが終わるとクラスの女子達が彼女を囲っていた。
「東京から来たんでしょ?どうして?転勤とか?」
「ってか、めっちゃ可愛いね!東京で彼氏とかいなかったの?」
などなど、質問が止まることは無く永遠に青信号のままだった。
僕は彼女のような人間はサッカー部のイケメンとかと付き合うんだろうと、部活も入ってない僕なんかとは同じクラスとはいえ、関わることすらない人種なんだと判断した。
彼女の噂は瞬く間に広まり、休み時間にでもなれば一目でも彼女を見ようと教室前の廊下には人で溢れかえり、移動教室するのにも一苦労だった。そんな日々が3日は続いた。
転校生の騒ぎが収まり、学校は元の姿を取り戻した中、渡り廊下を歩いていると、ある女子生徒たちの会話が聞こえた。
「筒井美波って子見た?ああいう子って絶対自分が可愛いことを自覚してるんだよね、どーせ清楚を装ってさ、裏では男とやりまくってるだよ」
「東京出身だっけ?あれは絶対小学生で卒業してるね」
「小学生って早すぎでしょ(笑)いくらなんでも(笑)」
「大丈夫、加奈の方が全然可愛いから、あんなの流行物みたいにすぐ忘れられるよ」
林理子が水野加奈にそう言いながら3人はその場を後にした。
僕の学年では有名な3人組の林理子と木下愛弓と水野加奈だった。いつも、3人組で行動して、人をいじめることに抵抗のない奴らだ、言うならばカースト上位者ってとこだろう。学校で1番関わってはいけない存在なだけあって、僕は影になったつもりで、そこを通り過ぎる。
可愛いからと言って味方だけじゃない世の中なんだとつくづく思った。
教室に戻ると、いつものように筒井美波の周りには女子が何人か群れていた。彼女は学校の中に自分の敵がいることを知っているのだろうか、それすらも知らずに過ごすのだろうか、くだらないことを考えてたなと思いながら、机に座り本を読んだ。
6月頃、彼女も学校のクラスに馴染みはじめ、誰でも分け隔てなく関わっていた。
いつものように本を読んでると神谷大地が僕の机の横でしゃがみこみながら話しかけてきた。
「筒井美波ちゃんって可愛いよな、1部じゃあ3組の天使って言われてるらしいよ」
「天使って大袈裟じゃないか?」
「そんなことないだろう、彼女と話した人は口を揃えて笑顔が天使って言うらしいぞ」
「笑顔ねー」
「ま、俺らが見れることはないかもだけど、誰かにする笑顔を盗み見ることならできる」
そう言いながら両手を輪っかにして覗き込み筒井美波の方を見る大地
「やめとけって、気持ち悪がられるぞ」
「お前、あの子に興味無いのか?あなに可愛い子、見れるうちに見といた方が得だぞ」
「見すぎるといずれ欲が出てくるし、僕と関わることがない人種だから」
「人種って、なんだよ。つまんない人生だな。」
笑いながら神谷は僕に言う。
「いいんだよ、俺は今に満足してるからな」
その後も神谷は筒井美波をバレないように見続け、満足したのか、自分の席に戻って行った。
そう、全く彼女と僕は交わることの無い関係、そう思って今日もまた終わった。
ある日の授業、僕はあまりにも退屈になって、机に突っ伏して寝てしまった。
15分ほどは寝ただろうか、目を開けると筒井美波が僕の方を見ていた。
彼女は少しだけ笑みを浮かべた。
その日の夜はモヤモヤした気分で寝つきが悪かった。
10月、学校の文化祭シーズンとなった、去年同様、今年も僕はやる気はない。文化祭というのはいわゆる僕とは真逆の人種が楽しむものだから、僕のような種は滅びるしかないのだ。だから、目立たないように時が進むのを祈るしかない、今年も人気のない所でゆっくり過ごそうと決心した。幸い、僕のクラスの出し物は焼きそばパンを売るという簡単なものだった、午前中に仕事を終わらせて、午後はゆっくり過ごせると思った。
文化祭当日、焼きそばパンは思いのほか盛況で、自分の担当が終わるや否や、足早にいつもの場所に向かっていた。全く人気がない場所で、何度か通ううちに僕のオアシスとなっていた旧校舎だ。
2階に上がり、教室に入ると、1人の女の子が窓際に座っていた。筒井美波だった。
「なぜ」僕はこの2文字しか頭の中から出てこなかった。
「あっ、涼太くん、どうしたの?こんなところで」
筒井は驚いた様子はなく、僕に聞いてきた。
「いや、なんでもないけど、筒井さんを探してたわけじゃなくて、なんて言うか」
「ここ、好きなんだよね?」
筒井は僕の方に寄ってきながら聞いてきた
「なんか、落ち着くよね、この教室」
窓から吹き抜ける風が彼女の髪をなびかせた。何か懐かしいものを見る目で彼女は机に手を置いた。
「筒井さんはどうしてここに?」
僕はたまらず聞いてみた。何故彼女がこんな所にいるのか、気になってしょうがなかった
「私もここが好きだから」
一瞬、アイスクリームのように溶けてしまいそうになった。彼女が「私も」と言うからである。しかし、すぐに我に帰り続けざまに聞いた。
「みんなと文化祭楽しまないの?ここに来て初めての文化祭でしょ?今のうちに、、、」
「今のうちに楽しまないともったいない?」
僕の顔を覗き込みながら彼女は聞いてきた。その言葉に答えることが出来ず、下を見てると、「そっか、じゃあ行くね。」
寂しげな表情を浮かばせながら彼女は教室を後にした。小さな背中が余計に小さく見えた。
文化祭が終わり、学校は後夜祭の雰囲気に包まれていた。後夜祭では、軽音部の演奏や、ダンス部の演技など様々な催しが行われ、日中よりも生徒の盛り上がりが大きい。もちろん、僕のような人間は参加せず、真っ直ぐに家に帰る。ロッカーを開けてローファーを取り出した時、横には筒井美波がいた。
「涼太君、帰っちゃうの?」
彼女は聞いてきた。
何故に君みたいな人が僕なんかに話しかけるのか、理解ができなかった。
「そうだけど、何?」
僕は冷たい目で彼女を見た。
「そっか、またね」
彼女は僕の対応に全く動じず、手を振って体育館の方に向かっていった。
あの手の女の子が1番危ないことを僕が1番理解していた。
誰にでも愛想良くし、言い寄られようものなら、振って、友達の笑い話のネタになる。
それの繰り返しであろう。
高校生活というのは僕が思うほど静かなものではなく、イベントが終わったと思ったら、それは始まりの合図でもあった。
「えーと、今から修学旅行の班を決めようと思います。」
実行委員のその言葉でクラスはざわつきだす。この時間は僕にとって最悪の時間だった。
「高校生活、最初で最後の修学旅行なので、仲の良い人達と班を作ってください。1つの班につき6人にします。」
その開始の合図と共にクラスの人達は動き出し、徐々に班が作られていった。
当然、僕のような人はスムーズに班が作れるわけもなく、残飯のような状態に晒され、それを混ぜ合わせるだけだった。はずだった。
「涼太君、私と一緒の班にならない?」
耳を疑った。顔を上げると筒井美波が僕の前を立ってた。何を言ってるんだ?この人は?
君みたいな人はイケイケの奴らと一緒にいるべきじゃないのか?
クラスの皆が僕を見てる。視線を感じる。
皆の頭の上にハテナマークが付いてるのがはっきり分かる。
そうだ、この子は僕をハメようとしている。僕が彼女の言葉に本気にした途端、冗談だと言ってクラスの笑いものにするつもりだ。
「冗談もいい加減しろよ!そうやって俺を笑いものにしようってか?ふざけるな!」
教室の中が静寂で包まれる。廊下の方からは人が集まってきてる。
僕は、自分がしたことをこの時理解した。
僕はそこにいても居られなくて教室を飛び出した。
「ちょっ、涼太!」
神谷大地が僕の腕を掴むが、僕はそれを振り払い、逃げ出した。僕は完全に逃げたのだった。そして、僕は旧校舎に向かっていった。
自分のした事を正当化しようと思考を凝らす中で、後悔の気持ちを無視することは出来ず、結局空虚な空をただ窓越しに見ていた。
これからどうしようかと考えるものの解決策など見つかるわけもなく、明日の学校は休もうかとすら思った。
すると、ドアの開く音がする。
「やっぱり、ここにいたんだね。」
そこには、筒井美波と神谷大地が立っていた。
「大地と筒井さん、、、」
僕は筒井さんの目を見ることは出来なかった。彼女の顔を見ると、、、
「涼太、お前、自分がしたことわかって、、、」
「神谷くん、そんなことはいいの。」
彼女は神谷の言葉を塞いだ。
そして、僕の方に寄ってきて、僕の席の隣に座った。
「そこ、私の席なんだけどな。」
僕が座っていたのは、文化祭で初めてまともに話した時に彼女が座ってた席だった。
ごめんと言って、席を譲ろうとしたが
「でも、いいの。そこ、空がよく見えるんだよね。」
彼女はそう言って、僕の顔を真っ直ぐ見ていた。僕は思わず目をそらす。
「涼太君」
彼女に呼ばれて、無意識に彼女の方を見てしまう。やはり、彼女の顔を見ると、自分がしたことの愚かさが手に取るようにわかる。
彼女には申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ごめん、あの時、応えられなくて、挙句の果てにみんなの前で怒鳴って。意味わかんないよな」
僕は自分の惨めさに笑いがこぼれてきた。
「ううん、気にしてないよ。ただ、ちょっとは傷ついたけど、、、」
その言葉に、僕は何も言えなかった。
ただずっと、汚れたタイルを見続けるだけだった。
どうにかして、この罪を償わないといけない気持ちがこぼれ、「何か、僕に埋め合わせをさせてくれ。」と言葉が出た。
その言葉はあまりにもストレートすぎて、彼女は少し笑いながら
「じゃあ、私と同じ班になってくれる?」
予想だにしない質問に僕は言葉をつまらせながらも答えた。
「わ、わかったよ。僕なんかで良ければ、同じ班になるよ。」
なんとか絞り出して、応えられた。
「ありがとう、なんか楽しみだな。あ、もちろん神谷君もいるから安心して。」
彼女の機嫌は良くなり、そう言い残して教室を出た。
「お前、筒井さんに何したんだよ。」
残された神谷が僕に聞いてくる。
「何って最低なことしたよ。」
「そうじゃなくて、良い意味で聞いてるんだよ。筒井さんがあんなこというなんて、何かないとおかしいだろ。」
「何言ってんのかわからないけど、別に何もしてないよ。これでまともに話すの2回目だし。」
「ほんとか?クラスの奴らが噂してたぜ、お前と筒井さんの関係について」
「いやいや、あのさ生きてる次元が違うっての。」
「でも、筒井さんはお前に気があるみたいだけど〜?」
イジるように僕に聞いてくる神谷がうっとおしく感じ、僕も教室を出た。
修学旅行当日。天気はよく、絶好の海日和といったところだった。学校の皆は修学旅行とあってか、テンションは高く、海に入りたいオーラが徐々に高まっていき、1人の勇者が海に飛び込むと、それに続くように他の男子が続いていった。それを笑いながら見てる女子、クラスの一体感たるものがそこにはあった気がした。
班別行動が行われる2日目。
「今日は班別行動となるので、皆気をつけて、周りの方に迷惑をかけずに無事ここに戻ってきてください。楽しんできてください。」
先生の話も終わり、いよいよ、班別行動が始まった。
県庁前から電車に乗り、首里まで15分。班の皆は寝不足らしく、少し眠たそうな顔を浮かばせていた。
15分と短い間でありながら、神谷含め、班の何人かは電車の中で既に寝ていた。
僕は皆が乗り過ごさないように、立ちながら、車窓の景色を眺めていた。那覇市の周辺だと住宅街も多く、特別沖縄感というのは無かった。
「沖縄って言ってもここら辺は住宅街が多いね。」
背中の方から女子の声が聞こえた。
僕は自分に話しかけらたとは思わず、ぼーっと景色を見ていると。
「ねぇ、聞いてる?」と横から筒井美波が僕の顔を覗き込んだ。
僕は急に出てきたものだから、驚いて声が出てしまった。それに起こされた男子は僕に静かにするようちょっかいを出した。
それを見ていた筒井さんは満足そうな顔で僕を見ていた。この人は油断ならない。
目的の駅に着き、少し歩くと1つ目の目的地である、首里城に着いた。
赤くゴツゴツとした守礼門が僕らを迎える。
神谷は財布に入れてた2,000円札を出して、班の皆と見比べていた。
他の建物も赤を基調としてあり、班全員の眠気は飛んでいた。
正殿と御庭のエリアは開放感もあり、そして正殿の迫力に圧倒もされた。神社とも寺とも感じられるような不思議な空間は瞬く間に僕らを魅了した。
「ねぇ、涼太くん。」
「なに?」ぶっきらぼうな僕の返事
「首里城凄いね、ここに来れて良かったよ。」
「急になに、改まって」
「いやさ、楽しいなって思って。」
「そっか。」
それ以上は何も聞けなかった。
何も聞くべきではなかったと思う。
神谷の言葉が脳裏に響く。
僕と彼女の微妙な距離感。
友達だなんて簡単に言えない僕は彼女を一体どう見ればいいのか。その答えは一向に出る気配が無かった。
風呂上がり後の自由時間、僕は神谷と共に飲み物を買いに、旅館のロビーに向かった。
着くとそこでは、筒井美波を含め、男女6人がカードゲームで盛り上がっていた。
僕と神谷は平然を装いながら、飲み物を買い、その場を後にした。
部屋に戻ってる最中に神谷が口を開いた。
「なぁ、お前も見ただろ」
「うん、まぁ」
「あの雰囲気はなんも言えないな。絶対誰か
は筒井さんを狙ってんぞ。」
「だろうね。」
「おいおい、いいのかよ、このままで」
「別に俺には関係ないよ。」
そう言って部屋に戻った。
関係は無かった。筒井さんが誰と付き合おうが僕には関係ない。
そう言い聞かせながら、心の違和感などは見て見ぬふりをした。
2日目の夜
「なぁ、みんなって好きな人いんの?」
神谷が突然聞く。
自分に話が回ってきたら、面倒だから僕は寝たフリをしながら耳をそばだてていた。
「こういうのは普通、聞いたやつから言っていくんじゃないの?」
矛先が神谷に向く。
「え、俺から?そうだな、クイズ形式で当ててみようぜ」
神谷が何とかかわしながら皆に言う
「いいねそれ。じゃあ何部の子だ?」
「バレー部」
「違うクラスの子?」
「いや」
神谷に質問の矛が止まることなく突かれていく。
「もしかして、金井真奈?」
「え、なんでわかったの」
神谷はあっさり当てられた。
「そうか、金井ちゃんとは幼なじみなんだっけ?」
「幼なじみって言うほどではないけど、小中の頃から同じだからね」
「なるほどね」
皆が関心した声をあげる。
「涼太はどうなんだよ」
神谷が突然僕に投げかける。
僕は寝たフリをしてたので少し驚いたが、ここは聞いてないフリをする。
「なに、もう寝てんの?ったくさっき筒井さんがロビーで男子とトランプしてたの見てやっぱりショックだったのか」
「え、そんなことあった?」
「そりゃあ、もう周りの世界なんて見えませんみたいな雰囲気で楽しそうにやってたぜ。」
「そう言えばさっき、筒井さんが5組の野田と一緒に外に行ってるの見たぜ。」
「おい、それマジかよ。野田はかっこいいからな、もしかしたらがあるぞ」
皆が慌ただしくなっていく。
「ちょっと確かめに行ってくるわ」
神谷は僕を揺すって起こそうとした。
もちろん僕は起きてたのだから、揺すられる準備を取り、あたかも今目覚めたかのように振舞った。
「大勢で行くと先生にバレるだろ。俺と涼太で行ってバッチリ見てくるから、みんなは待ってて」
「わかった。任せたぞ3組の天使だからな」
そう言われ、涼太は俺を強引に連れながら旅館の外に出た。
「外に出たと行っても、どこに行ったか分からないから、探しようがないんじゃない」
僕は神谷に言い、戻ろうと思った。
「いや、ここは海に近い、きっとそこにいるる。」
神谷はそう言って、海の方に向かった。
街頭は少なく、星がくっきりと見える真夜中。緩やかに流れる波の音と、海の香り。
そんな情景に僕は心を奪われながら、砂浜に向かう。
「いたいたいた。あそこに2人。」
神谷は小声で僕に言った。
見ると筒井さんと野田が向かい合っている。
「これって告白じゃね。」
神谷は少し興奮したのか小声に力が入る。
僕もこのような場面を目の当たりにするのは初めてで、神谷の言葉に返事が出来なかった。
「もう少し近づいてみよう。」
「え、バレちゃうだろ」
僕は止めようとするが、神谷は強引に近づいていく。
舗装された塀の手前の道をかがみながら進み、向こう側にはおそらく、2人がいるであろう所まで来た。
頭を上げようものならバレてしまうこの状況で2人は息を殺して、2人の会話を聞いた。
「あのさ、俺、美波のこと好きなんだ。」
その時、僕は初めて男子で筒井さんのことを下の名前で呼ぶのを聞いた。なんとも言えない感触に耳を塞ぎたくなった。
「俺と付き合って欲しい。」
渾身のセリフが筒井さんに渡った。これには隣にいた神谷も口を手で覆っていた。
「ありがとう」
その一言は僕の胸を貫く。
この2人が付き合うのか、僕はいつの間にかすごく気になってしまった。
神谷は下を向きながら、少し落ち込んでいた。
「気持ちは嬉しいけど、ごめん。私好きな人がいるの。」
心がズシッと重くなる。筒井さんの言葉が反芻される。
──好きな人がいる。
僕はそれが誰なのか。気になってしょうがなかった。
「よかったな」
神谷は僕の肩を叩きながら、そう言った。
なにが良かったのかは分からなくて、返事はしないでおいた。
3日目の朝。
クラス毎で行動をし、美ら海水族館に行った。館内はそれぞれのペースで回るよう、先生に支持された。
神谷達と館内を歩いていると。筒井さん達女子グループが前を歩いていた。
筒井さんを中心に周りに注意しながらひっそりと話していた。
「昨日のことだろうな」
神谷はそう言いながら、僕の方を見た。
僕もきっとそうだろうと思っていた。
館内で昼食を済ませ、トイレから出ると、そこには筒井さんがいた。
「楽しんでる?」
筒井さんは僕に聞いてきた。
「ジンベエザメは迫力あったし、楽しかったね。」
「確かに、すごい大きかったよね、意外と楽しそうでよかったよ。」
笑いながら僕にそういう彼女は。本当に昨日告白された人なのだろうか。
そんなことも感じさせないくらい自然体で、現場を見ていなければ、僕は何も知らないで接していたのだろうと思った。
「どうしたの?」
彼女は不思議そうな顔で僕を見る
「いや、なんでもない。」
「もしかして、話してたの聞こえた?」
心が重くなる。人間って本当にドキッとするのかと改めて思った瞬間だった。
「さっきって?」
なんとか、言葉を絞り出せた僕
「私が野田くんに告白された話」
筒井さんは躊躇いもなくそう言った。
「え、そうなんだ。じゃあ、彼氏が出来たの?」
僕は知らないふりをして聞いてみた。
「ううん、他に好きな人がいるから断った。」
「そうなんだ、じゃあ、その人にもっとアプローチしないとね。」
僕はてきとうなことを言いながら、その場を逃げるように去っていった。
彼女には好きな人がいる。野田くんを振る位だから、彼女の気持ちの強さは伺える。僕と話してる場合ではなく、彼女のためだと自分に言い聞かせ、神谷達がいる所に向かった。
この日は妙に眠れない夜だった。
修学旅行も無事に終わり、平穏な日々が戻ってきた。
「涼太、今度ディズニー行こうぜ」
突然、神谷から誘われた。
「二人で行くの」
僕は他のアテがなく、少し驚きながら聞いた。
「違うよ、真奈と筒井さんもいるよ」
それに僕は驚いた
「え、女子がいんの!?しかも筒井さんと金井さん?」
「そう、あそこの2人、結構仲良いだろ、もうすぐ受験生になっちゃうし、その前に遊びたいじゃん」
突然の事で頭が追いつかなかった。
「その2人は俺もいること知ってるのかよ?」
僕は少しムキになりながら聞いた。
「もちろん、もう行くって言う前提で2人には聞いてるから」
「断ることすら許されてないってか」
そして僕は渋々、行くことになった。
3月、僕らはディズニーランドに行った。
春休みシーズンもあってか、開園時間には人が沢山並んでいた。
人混みが少し苦手な僕とは反対に他の皆は楽しむ気満々で、乗り物を乗るのに気合が入っていた。
様々な乗り物を堪能し、夜になればパレードを皆で観覧し皆は楽しそうにしていた1日だった。帰る頃になると
「帰りは俺が真奈を家まで送るから、お前は筒井さんを送るんだぞ、上手く行けば2人とも今日でめでたしだ」
と神谷が僕に耳打ちをした。
めでたしの意味がよく分からない僕は、空返事をして、電車に乗った。
最寄りの駅に着き、金井さんと神谷は2人っきりで帰っていき、僕は自然と筒井さんと帰ることになった。
2人だけと意識すると自然と緊張し、鼓動が早くなる。
何か話さなければと思うがなかなか言葉が浮かばない。
「今日、楽しかったね。」
すると筒井さんの方から僕に話しかけてくれた。
「そうだね、結構乗り物乗れたし」
「涼太くんって意外と絶叫系大丈夫なんだね、私、てっきりダメなのかと思ってたよ。」
笑いながら筒井さんは言う。
「なんだよそれ、全然平気だし」
「ごめんごめん、私の知らない涼太くんが意外といるなって思って」
僕の方を見ながら彼女はそう言った。
何か照れくさくて、僕は彼女の顔を見れなかった。
「俺の方こそ、、、」
「なに?」
彼女には聞こえてなかったらしく、僕はなんでもないと言って、その場をやり過ごした。
「そう言えば、神谷くんと真奈ちゃんはどうなるんだろうね」
筒井さんが僕に聞いてくる。
「どうって?」
「真奈ちゃん、実は神谷くんのこと好きなんだよ。」
「え、そうだったんだ。」
「知らなかったの?」
「いや、大地が金井さんのこと好きなのは知ってたけど、両思いだったなんて」
「え、そうなの!?」
その言葉に筒井さんは食いついてきた。
「そうなんだ、修学旅行の時に僕も知ったんだけど」
「そっか、やっぱりあの二人は幼なじみだもんね、幼なじみからカップルになるのか、なんか良いね」
「まだ、カップルになったわけじゃないと思うけど」
「今頃2人っきりで話してるのよ?もうなったも同然でしょ」
ムッとした表情でそう言う筒井さん。
「そうだ、まだ私たち連絡先交換してなかったね、交換しない?」
突然の申し込みに僕は驚いた。
慌てて携帯を取り出し、筒井さんとLINEを交換した。
「これで、いつでもお話できるね」
そう言って筒井さんは笑ってみせた。
彼女の家の近くになり
「送ってくれてありがとう。最後まで楽しかったよ。また連絡するね」
そう言って彼女はドアの向こうへ消えていった。
家に帰る途中、筒井さんから連絡が来た。
──2人で話すの楽しかったよ。また遊ぼうね、気をつけて帰って。
メッセージを受け取り、少し心が暖かくなりながら、僕は自分の家に向かった。
この時から僕は彼女を正真正銘の友達と言えるようになったのであろう。
その日から僕は筒井さんと連絡を取り合うようになった。
4月、僕らは3年生になった。
初めのうちは学校に行くのも面倒だったが、段々とそれに慣れていく。社会に出てる大人たちはこの慣れというもので会社に行ってるのだろうと思うと、少し尊敬する所もあれば少し怖いとも思った。
「おはよう」
僕に向けられたその挨拶は筒井さんからだった。
「おはよう」
僕は無難な返事をする
「春休みどうだった?」
「ディズニーに行って、それからはどこにも、ずっと家にいたよ」
「そうなんだ、遊びに誘ってくれれば良いのに」
その言葉に僕はドキッとした。
「筒井さんは?」
「私は家族で旅行に行ったの。そうだ、お土産買ったから帰り私の家に来ない?」
突然の誘いに僕は戸惑いながらも了承した。
筒井さんの家にはこれで2回目、1回目は家の中には入ってないが、今回はどうなのか、授業をしてる間もそのことで頭がいっぱいだった。学校が終わり、帰る支度をしてると
「涼太、帰りにマックでも寄らないか?」と神谷に誘われた。
僕はどうやって断ろうか考えてるところ
「私も行っていい?」と横から筒井さんが入ってきた。神谷はもちろんと言いながら、合わせて金井さんも誘った。
結局、4人で寄り道をすることになり、席に着いてハンバーガーを食べた。
4人で他愛のない話をしてると、筒井さんが突然切り込んだように神谷に聞く。
「2人ってどうなったの?」
そういえば、筒井さんと帰ったあの日からこの2人について何も聞いてなかったと思い出し、僕も筒井さんに合わせて聞いた。
「真奈、言ってなかったの?」
「うん」
僕は唾を飲み込む
「筒井さんが察してる通り、俺ら付き合ってるんだ。」
ニッコリした顔で2人を見る筒井さんは満足そうな顔でハンバーガーを頬張った。
すると、神谷は悪い顔をしながら
「筒井さんと涼太はどうなったんですか?」
と僕らをじろりと見て言った。
隣にいた金井さんも悪い顔をして僕らを見る。
「そんな悪い顔して聞かないでよー、別に何ともないよ、ね?」
筒井さんは僕の顔を見て言った。
「そ、そうだよ、ただの友達だよ。」
僕は彼女に合わせるように答えた。
少しだけ、筒井さんが悲しそうな顔に見えたのは僕の思いすごしだったと思う。
6時頃になり、僕らは解散して、筒井さんと2人で帰った。
彼女の家に寄るのだが、この時間ともあり、家の前で受け取るのがベストだと僕は考えていた。
「ちょっと待っててね、お土産取ってくるから。」
そう言って、彼女は足早にドアに向かった。
すぐに彼女は戻ってきて、困ったような顔をしていた。
どうしたのか尋ねると。
「お母さん、今日、仕事の飲み会だったの忘れてて、夕飯が無いのを今思い出したの。」
困り果てた様子を見て
「じゃあ、どっか食べに行こうか」
ポロッと口から出た。
「ほんとに、いいの?」
1度出てしまった言葉を無しには出来ないと思い、母に連絡して、僕らはファミレスに向かった。
食事を終え、少しゆったりとしていると、筒井さんは沈黙を破るように話し出した。
「さっき、神谷くん達に変な事聞かれちゃったね」
ドキッとした僕はコップを手に取り、ジュースを飲んだ。
「涼太くんはさ、ただの友達って言ってたじゃん」
「うん、、、」
喉が渇く、喉が水分を欲してる。再度ジュースを飲む。
「私はただの友達とは思ってないよ」
「え?」
「涼太くんは大切な友達だよ。」
僕の中で時が止まった。頭の中は彼女の言葉が反芻される。
「そうか、それは、なんか、ごめん」
こんなことしか出なかった。何を言えばいいのか分からなかった。
その日の夜、僕はほとんど眠れなかった。
一学期は大きな行事もなく、平穏とした日々が続く中で、僕と筒井さんはその間も連絡を取っていた。
夏休みになると、受験勉強で本格的に忙しくなり、遊ぶこともほとんどなかった。
10月3度目の文化祭が行われる。今年はお化け屋敷をやることになり、お化け役が似合わない僕は受付役に回った。
文化祭当日、僕は午前中受付役になり、淡々と仕事をこなした。
午後の受付は筒井さんのはずだが、時間が近づいても来る気配がしない。
不思議に思った僕は神谷を呼んで、受付を代わってもらい筒井さんを探すことにした。
廊下を探してると、窓から筒井さんと女子3人が旧校舎に向かって歩くのが見えた。
僕は急いで旧校舎に向かう。
「野田くんに告られたからって調子にのるなよ!」
外にまで女子の声が響く
「服ぬがして、皆に晒してやるよ」
抵抗すは声も聞こえてきて、僕は気が気ではなかった。
急いで声のする教室に向かう。
そこには、水野加奈を筆頭にした3人がいた。
「やめろよ!」
僕は彼女たちを止めた
「お前誰だよ!勝手に入ってきて変態か?」
「筒井美波ちゃんのこんな姿みれて嬉しいだろ?」
「もう十分堪能しただろ、早くどっか行けよ」
3人に罵声を浴びせられ、僕の足は震えていた。だけど、ここで引く訳には行かない。
彼女の言葉がふいに思い出される。
──大切な友達だよ
「お前ら、もう十分だろ、筒井さんから離れろよ!」
僕は彼女らの方に歩み寄る
「何近寄ってんだよ、気持ち悪いな」
「彼氏面してんじゃねーよ!」
彼女たちは近くにある物を手当り次第、投げつける
僕はそれに耐えながら、1歩ずつ近づいていく。
水野加奈が椅子を取り出し、投げつけようとした瞬間、僕は水野の手首を握ってそれを止めた。
「俺の大切な人にこんなことしてんじゃねよ!」
僕は彼女らに叫んだ。初めて怒りの感情が込み上げ、頭がプツッと切れた。
そして、彼女らに机を投げようと振りかぶる。怯える彼女らは急いでその場を去ろうとする。僕はそれを追いかけようとするが、筒井さんは僕のことを後ろから止めた。
「もう大丈夫だよ。」
彼女は泣きながら言った。
僕は自分が来ていたブレザーを彼女に着せ、午後の受付役を代わってもらうように、神谷に頼んだ。
文化祭の午後の部は旧校舎で2人で話をして、僕らの最後の文化祭は終わった。
メインとも言える後夜祭、神谷に誘われた僕は最初で最後の後夜祭に参加した。
隣には筒井さんと金井さんもいて、ダンス部の演技や軽音楽部の演奏を楽しんだ。
高校生最後の行事も終わり、受験シーズンを迎えた。
勉強が忙しくなる中で、筒井さんとの連絡頻度も減り、1日に数回程度しかやり取りをしなくなった。
激動の受験も終わり、皆それぞれ進学や就職が決まり、僕らは卒業式を迎えた。
担任の言葉で涙ぐむ生徒や、別れを惜しむ女子たちが殆どで、筒井さんも例外ではなかった。クラス関係なく、廊下では様々な生徒が写真を撮っていた。
「涼太くん、写真撮らない?」
泣いていたせいか、少し腫れた目をしながら筒井さんは僕に言った。
僕はそんな彼女を愛おしく思いながら、二つ返事で受けた。
「絶対、また会おうね。」
カメラを向けながら、僕に言う筒井さん。
「そうだね。」
そうして、僕らの高校生活は終わった。
大学生になった僕は地元を離れ、一人暮らしをしていた。学生生活とバイトをしていく中で、大学の友人との遊びもあってか、日に日に筒井さんとは連絡を取らなくなっていってしまった。
今更、何を送ればいいか分からず、僕は電話をかけようかと思っても、何も出来ずに時間だけが過ぎていった。
2年後の成人式、僕はスーツを着て電車に乗り、成人式が行われる地元に向かった。久しぶりの地元に緊張気味の僕は、駅に着いて、すぐにホールの方へ向かった。
ホールに着くと、知らない顔の人も多くいて、来る場所を間違えたのかとも思った。
しかし、中に入ると神谷が偶然そこにいて、再会を喜んだ。
「中学ごとで固まってるみたいだけど、俺とお前はクラスが違うから、また後で会おう」と神谷に言われ、僕は自分のクラスの場所に行き、クラスメイトだった友人たちと話をしていた。
式典が終わり、神谷と合流する。
同窓会がこのあとに控えていたから、それまで2人で時間を潰すことにした。
成人式という、特別な雰囲気のせいか、僕は久しぶりに筒井さんにLINEを送った。
どうせなら、声が聞きたいと思ったが、ひとまずメッセージを送ることにした。
同窓会も無事終わり、僕は神谷と2人で2件目に行くことにした。
メッセージを送ってから8時間は経つが、一向に返事は来ない。既読すらもつかない。
気になり始めたせいか、携帯を見る回数が増えていく。
不思議に思った。神谷はどうしたのか僕に聞く。
「筒井さんに久しぶりにLINEをしてみたんだけど、既読すらつかなくて」
一瞬驚いた目で僕を見る神谷
「筒井さんは亡くなったよ。」
僕は自分の耳を疑った。
「え、、、?」
「去年の夏、交通事故に遭ったらしい。」
「嘘だろ、、、」
僕の頭は真っ白になった。
「嘘言ってるトーンじゃないだろ、こんな日にこんな話はしたくなかったけど、残念だ。」
真剣な顔をしながらそう言う神谷を僕はもう見れなかった。
その日の夜、僕は酔いが覚めてないにも関わらず、車を走らせた。
僕は通っていた、高校に向かった。
目的地はもちろん旧校舎。
あそこには僕と彼女の思い出が多く残っている。あそこで初めて話し、彼女に救われ、そして、彼女を助けた。僕の高校の思い出がほとんど詰まってるあの場所に行かずにはいられなかった。
30分程車を走らせ、母校に着いた。
門は鍵がかかっておらず、容易く侵入はできたが、何かがおかしかった。
異変を感じた僕は急いで、旧校舎の方に向かったが、道の途中では僕は立ち止まってしまった。
いつもだったら見えてるはずの旧校舎が見えない。
更に進むとそれは確信に変わり、旧校舎は無くなっていた。
そこは更地となっており、僕は悔しさのあまり叫んでしまった。
どこかのアーティストがこんなこと言ってるのを思い出した。
「僕らの過去、思い出っていうのは絶対に奪われるものでは無くて、記憶の中にずっと残り続けるもの。青春は一瞬かもしれないけど、その記憶は一生ものだから。何気ない毎日を愛していけたらいいんじゃないかと思います」