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【閑話③】不動産屋へ復讐②

 「いらっしゃいませ」

 「こんばんは。私たちガルデ村の北にあるトゥル村でパン屋をやっているの。繁盛しているから今度、ガルデ村にも支店を設けてパンの移動販売の商売をしようと思っているのだけど、物件をみせていただける?」


 リード商会不動産ガルデ村支店に入ると妙齢の分厚い眼鏡をかけた貴族風の男性に出迎えられる。グレーのスーツをぴっちりと着こなし、青いネクタイにプラチナのネクタイピンは平民が暮らすガルデ村では異色で上品さを放っていた。


 支店長だろうか、眼鏡の位置を直すとカウンター席に手を差し出して「お座りください」と促される。


 いつもより簡素なドレスを着る私は席に座り、その隣につぎはぎの古着を着た侍女のマオに座らせた。

 マオはローズマリー家での私付きの侍女の一人。気弱いが私には忠実な侍女で利益でとりつく派閥を選ぶエラと比べれば純粋で素直。いい意味でも悪い意味でも田舎娘の彼女を私は気に入っている。だから今回は私の計画の一端を担ってもらおうと考えた。


 もちろん、これからする計画を話していないし、ただついてきて話を合わせてといっただけだ。素直な分、嘘を吐くのが下手なので、余計な計画は喋らない方がいい。


 ちなみに、これからしようとしていることは、私のお母さんに高値で貸し出した賃貸店舗の家賃の件の仕返しだ。


 とりあえず私はガルデ村で今度移動販売のパン屋を出店すること。そのためにパン

を作る工房と倉庫が一緒になっている物件がいいことを支店長のヤオという男性に告げた。


 ヤオは瓶底眼鏡を挙げながらすらすらと物件の情報を聞いてくる。私は世間知らずさを装い軽く「そう」と返事を返した。マオはなんのことだかわからずに「私パン屋を開くんですか?」と小声でいうので「話を合わせて」とだけ言葉を返す。


 ヤオは一通りの説明が終わり、物件情報が記載された紙を三枚提示する。ふたつはガルデ村のもの。もうひとつはその数キロ先離れたトウ村の物件だった。


 築年数は古いが私が出した条件に近い物件だった。もちろん、そこに書かれている家賃は銀貨30枚前後ものばかりで相場の2倍していた。貴族としては微々たるものだが、平民としては痛い出費。出せない金額ではないが、この辺の立地条件から考えると高すぎる。


 一面は畑だけだし、生活必要品や娯楽品はたまに王都から流れてくる商人から買うしかない。王都に行くのにだって時間がかかる。とくにガルデ村は村から出てそう遠くない場所に大森林が広がる。その森には人の肉すら喰らう危ない魔獣が住んでいる。


 魔獣自体は冒険者ギルトや国に使える魔法士たちが撃退してくれているので被害は少ないがそれでも王都と比べると危険な場所には違いない。不便性を考えると相場を知っている人にとってはいらぬお金を支払っているようなものなのだ。


 それに物件情報をよく見てみると村の入り口から遠く離れた場所だったり、山間にある村からも不便な場所ばかりだった。どうやら見た目でも客の対応も変わるようだ。私はトゥル村でパン屋をしているのとわずかな情報しかまだ提示していないのに。


 わかりやすい対応なのでちょっと笑いが漏れてしまう。


 「……なにか?」

 「いいえ?なにも。それで、紹介してもらえるのはこの物件のみという認識でいいのかしら?ここに来る前にガルデ村を見たのだけどお店の拠点にできそうな物件がいくつか目に入ったのだけど」


 例えばこの支店の斜め向かいのキッチン、小屋付き物件とか。入口から少し遠いけど生活水を汲むのに楽そうな井戸が近いこじんまりとした倉庫付き物件とか。きちんと戸口にリード商会の張り紙がしてあり、空き家として募集しているのは確認している。


 私はそれとなく話題に出したがヤンは「失礼ながらお客様のご予算外になるかと除外しました」とやんわり紹介を断られた。

 「あら、じゃあその2件になるとどれくらいのお金が必要になるかしら」

 「そうですね……銀貨50枚はいただいております」


 銀貨50枚って。いくら村の中でも便利がいいからといって16枚がせいぜいでしょ。ぼったくりにもほどがある。王都の物件でももう少し安いし。


 「高いわね。私、今まで持ち家だったから気にならなかったけど、賃貸ってこんなに高いものなの?」

 「……店舗用となるとそれなりに維持費などがかかりますので」

 維持費ってなんだよ!入るまで定期的に掃除をするといっても人を雇うにしてもそんなに必要ないでしょ。確かに税金とか色々必要かもしれないけど銀貨50枚とるほど利益が上がらないってわけじゃないでしょ。


 それに私が子供の身なりだからってちょっと侮ってる?言い方もちょっと高圧的で不機嫌そうになっているのに若干イラってくる。


 怒りを飲み込んで私は店長のネクタイにピントを合わせていった。


 「今日は従業員の子と一緒に来たけど、今度はお父さんも連れてきて改めて相談させていただきます。もしよろしければ私が気になっている2つの物件情報が記載された紙もいただいてもいいですか?お店の利益も考えて検討したいので」


 銀貨50枚ともなればかなりの利益になり、お金も着服できるだろう。ヤンは人の良さそうな笑みに含みを持たせて「もちろんです」と追加で2枚を渡してくれた。


 お店の利益で。この言葉でそれなりに稼いでいるのかと察したのか対応はあっさりだった。


 「ありがとうございます。今後もリード商会さんにはお世話になるかもしれませんから、丁寧に対応してくださって感謝してます」

 「こちらこそ礼儀正しい娘さんと出会えて光栄ですよ」


 頬に伝った汗をヤンはシルクのハンカチで拭う。こんな高額で物件を貸し出してなんの罪悪感はないのだろうか。リード商会自体は良心的な値段で一人一人大切に対応しているというのに、ヤンを含むガルデ支店は上乗せした分のお金で懐を温めている。


 やっていることはしようもないかもしれないが、やられた側からしたら傍迷惑な話だ。実際、自覚はなくてもお母さんは迷惑被っているし、生活が苦しくて体も痩せてきている。


もう少し早く気づいてやれたらなんて柄にもないことまで考えてしまう。目の前で笑っているこの男の冷や汗を掻いた顔を一秒でも早く拝んでやりたかった。


私は流行る気持ちを抑えて「数日後にまたきます」と言ってガルデ支店を後にした。



 「本当にこの村は稼ぎやすいなぁ……。王都だと商人が多い分、価格を誤魔化して物件を貸し出すことすらできないからな」

 リード商会不動産ガルデ村支店、9時過ぎ。閉店時間が過ぎ、従業員のほとんどが帰路につき閑散としている従業員用の休憩スペースで瓶底眼鏡をかけたヤン。


 葉巻を加えながらやにで黒くなった詰めで硬貨を数えながら下卑た笑みを浮かべた。


 テーブルの上には封印魔法が施された特別製の金庫が置かれている。その中には今月売り上げた家賃の余剰分の金額が詰められていた。つまり着服したお金が詰まっていた。


 この中からリード商会本店に家賃を勝手に改変して貸し出していることをバレないように口止めをしているガルデ村支店中心のエリアマネージャーと従業員たち、そしてそれに加担している村の重役たちの口止め料をはじき、お金の音を鳴らす。


 金庫はアタッシュケースほどの大きさ。その中には銀貨や金貨といったお金が蓋が閉まりきるかどうかわからないくらいに入っている。


 そのお金とお金が擦れる音を聞く度にヤンは胸を高鳴らせた。


 ヤンは貧しい村の出。そこから商人の伝手を頼り読み書きや計算を学び、リード商会に採用された経歴を持つ。元々貧しかったヤンからすれば小規模ながらも店を任される立場になったのは大出世だった。


 一か月に手に入るお金は農民が1ヶ月必死に働いても稼げないほどの金額だった。もっと稼げるのではないか。もっと。もっと給料が上がって欲しい。


 増えていくお金。けれどある日を境に給料は増えなくなった。リード商会では働きはじめの給料はそれほどない。年を重ねるごとに能力によって給料は増えていくし、責任ある役職によってさらに給料が変化する。


 ヤンも支店長になってしばらくするまでは毎年のように給料は上がっていったが、ヤンの今の役職で上限と言われる給料になってからは伸びなくなった。

 欲のままお金を増やす方法を考えた時、ヤンはリード商会本店と距離のあるガルデ村周辺の支店との伝達の甘さに目を付けた。


 リード商会の利益や情報共有はすべて書面で行われる。しかし、王国に数十店舗持つ支店の情報などすべてがすべて上層部に共有されるわけではなかった。たとえば物件の買い付けは支店に一任されるし、物件貸出に関する金額は物件がある土地の平均価格と支店から提供される土地に関する情報で適正にリード商会本部が決める。本部が決めた金額で支店は貸し出すのが取り決めだ。


 リード視点は客からの信用に着目している以上、適正価格で貸し出すことにリード商会はこだわっていた。王都から近い支店であればリード商会は視察に行けるが、ガルデ村のように馬などを使わないと中々いけない場所は人手の少ない現状、書面以外で確かめる術は現状なかった。


 辺境の地はエリアマネージャーと呼ばれる書面で対応しなければいけないエリアに責任者をおいて管理を一任していた。つまり、エリアマネージャーを挟んで現地調査をせずに書面が渡る以上、その段階で不正が出来てしまうということだ。


 幸いにもガルデ村周辺は王都に行く機会も少ないので、悪事がバレることはほぼない。


 ヤンは増え続けるお金にさらなる笑いを漏らした。そしてやりやすい商売と適正価格もしらず馬鹿真面目に払い続ける家無し人をあざ笑った。


 「おまえらに金を計算する頭があれば俺みたいなのに引っかからずに済むのになぁ」


 ふとガルデ村にパン屋を開くという昼間の少女たちがよぎる。これからの新しい鴨になるかもしれない女を思い出すととさらに楽しそうに笑い、腹をさすった。


 ――しかし、そう余裕を見せていられるのも今のうちだけだった。数日後、彼のワックスで整えられた髪の毛も、ぴっしりと着こなす高いスーツも見劣りするような愉快なことが起こるのだから。

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