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お茶会後のバトル

 「お父様、お話があるのです」

 「どうしたイザベラ、今忙しいんだ。ドレスやアクセサリーの購入は却下だぞ」

 「違いますわ!今日お話ししたいことはエミリアについてなのですが!」


 ローズマリー邸執務室。


 ローズマリーの事業のひとつ、毛皮の品質管理の資料を処理していた伯爵は、苛立ちを足音で表現するようにはしたなく音立てて部屋にやってきたイザベラを一瞥した。

 イザベラは一瞬歯切れが悪そうにしたが、すぐに平常心を取り戻して本題に入った。


 イザベラの言い分としては、昨日開かれたお茶会で茶会にふさわしくないドレスで参加したこと。

 そして令嬢と騒ぎを起こしたことを自分の都合のいいようにかいつまんで話した。


 すぐに伯爵は眉間を摘まみ、ため息を吐いた。

 イザベラ達のわがままぐらいなら仕事の手を止めることはしなかったが、異端児エミリアの話題となれば話は別だった。


 エミリアが5歳でローズマリー家に来てから、学園に入るまでに必要な教育課程をすべて終えただけでなく、ローズマリー家の予算改善点(主にイザベラ達の娯楽費)を指摘するなど、子供には惜しい知恵周りをしていた。


 年相応以上に賢いエミリアに安心感を覚えていたからこそ、イザベラの報告を受けてショックを隠し切れなかった。


 分別をわきまえているエミリアが大切なお茶会でトラブルを起こすなど。

 そして、【平民】の子供だからこそ貴族社会に馴染めないのかという不安が伯爵を襲った。


 イザベラだけではなく、エミリアの話を聞かねばいけないとわかっていながらも、自分の思い通りに事が進まない現状に苛立ちを伯爵は感じた。


 「……わかった。夕食後に家族全員で話し合おう」


 数段階下がったトーンで告げた伯爵の声に、イザベラは明るい声で返事した。

 イザベラ的には日ごろエミリアに煮え湯を飲まされているので、ここで仕返しができるかと思うとはやる気持ちを抑えきれず、口角を上げた。



 夕食後、お茶会の話題が上がった。

 使用人たちは緊張した面持ちで。義母であるイザイラは「平民の子供には格のあるお茶会の参加は早かったのですわ」と私を睨んだ。


 まぁ、彼女たちの私に向けたいじめは口とかで倍以上で返すし、伯爵との信用関係もあることを考えるとよく思っていないことはわかりきっていること。

 あわよくば機会があればこの家にいられなくなるようにあの手この手を尽くすだろう。


 正直お茶会の告げ口なんて予想の範囲内。

 それを事実と異なる形で報告されるなんてすぐに推測できる。


 「本当なのか、エミリア」

 伯爵は不安と苛立ちのこもった目で私を見て、ワインが入ったグラスを荒々しく置いた。表情は幾分か硬く、顔色も悪くなる。


 イザイラ達は私が攻め立てられそうな雰囲気を楽しそうに見ている。

 性格悪いな~。

 

 まだローズマリー伯爵家から出るわけにはいかないし、誤解があるように伝わっているのであればその間違いをただせば何の問題もない。


 それに私は非がないように立ち回ったつもりだ。

 それの責任を問われる筋合いはまったくない。


 「イザベラお姉さまの報告内容を整理させてもらいますと、私がお茶会にふさわしくない葬式用の喪服を着用し、それを指摘したご令嬢方に暴言を浴びせた……と」

 「それだけじゃないわよ!エミリアったら騒ぎを起こして夫人の顔に泥を塗ったまま勝手にお茶会を退室しただけじゃなく、勝手に私たちの帰りの馬車を使ったのよ!あれから馬車を呼び戻すの大変だったんだから!」


 イザベルが補足するように食い気味に私の説明に声をかぶせる。

 「どう?」といいたげに鼻息を鳴らしたイザベルは草を貪り食うロバを想起させた。

 ……はぁ。嘘と事実を混ぜるならもっとうまくやらないと。


 私は困ったように頬に手を当てて首をかしげる。

 「発言してもよろしいですか?」と伯爵に問うと頷いたので、一つずつ弁解をさせてもらう。


 「まず、ドレスについてなのですけれど。私には外行き用のお茶会に着ていける服装はあの服しかありませんでした。ドレスの購入に必要なお金はすべてお義母様が管理しています」

 「――イザイラ」

 「2人の子供たちの世話で手一杯なのです!必要なものは言っていただかないと買い揃えようがありませんわ」


 伯爵が問いただそうとするとすかさずに口を挟んだイザイラ。不機嫌に舌打ちを吐くと余計なことを言うなと言わんばかりに私を睨んだ。


 必要なものを彼女に伝えてもその分のお金はもったいないと出さない癖に。普段着用のドレスがあるからと私に回されたドレス代を自分たちのドレス代に当ててるくせに、言い訳としては説得力がなさすぎる。


 「お母様はドレスの購入費用を出してくれませんし、お姉さまにドレスを借りようと要請しても平民に貸し出すドレスはないと断られる始末。自分で金策をしようにも知識も疎く、人脈もない私にはお茶会用のドレス費用を捻出できませんでした。部屋の家具を勝手に売るわけにもいきませんし。1週間前にお父様にご相談させていただこうと思ったのですが、門前払いされましたし」


 「むぅ……」


 胸に手を当てて息を吸って吐く。呼吸を整えて私が言いたいことを整理して、それを言葉にする。

 「私はできる限りの解決努力はしましたが、現状ではある物で最善を尽くすしかありませんでした。お父様はそれでも私の非だというのですか?」


 「……改善努力をした結果があるのならそれを責めるのは筋違いか。茶会用のドレスを用意するのも、家中に目を向けてエミリアの状況を把握することを怠った私の責任だな」


 「それについては過ぎてしまったことですので、次回以降融通していただければそれで結構です。……それとお茶会に着ていったのは幸いにも黒色の服。黒は貴族の社交場においては無難な色味ですので、侯爵夫人が理解ある方であるならば服装については咎められることもありませんでしょう」


 マナーを欠かず、大人しく、礼儀正しくしていたこと。そして茶会の退室についても夫人に許可をもらってもことだったことも含めて伝えた。

 そこまでしてようやく伯爵の顔色も和らいできた。

 「肝が据わっているな。女……イザベラたちの年代は特にドレスやアクセサリー、自分の身の周りを着飾るという行為に興味を示す。今回のように上位の貴族が開くお茶会……しかもあのストール侯爵嫡男と懇意になれるかもしれないというお茶会になれば着飾りたいというのが女心だろう。既製品の……しかも黒いドレスを茶会で着るのは勇気がいることだ」


 「平民の私にとってマナーには疎いので。平民の浅知恵の中で礼儀を欠かないように尽力しました。これでよろしかったですか?」


 事の顛末に同意を求める。結果を認めさせることで、この後に起きるであろうお茶会に関連するトラブルの矛先をすべて私に向かないようにする。例えば、やはりお茶会での粗相へのクレームやローズマリーにとっても不利益に広まる悪い噂。私のせいでローズマリーの名声が落ちたと騒がれるのが嫌なのだ。そうなればローズマリーの中でも立場が低く、後ろ盾もない。聖女と光魔法の適正というだけで貴族にぶら下がっている私にとってあらゆるトラブルは身に降りかかる火の粉。そして私は着火剤同然。


 下手をすれば伯爵に捨てられて露頭に迷ってしまう。まだその時ではないので、回避しなければいけないことだ。


 不安で胸がもやついていると「エミリアに非はない。おまえはよくやった」とお褒めの言葉と言質を貰った。


 「――なッ!旦那様!エミリアは伯爵家にあるまじき恰好で格式高いお茶会へ参加したのですよ!その罰すらないなんて、他の者にも示しがつきません」

 イザイラが声を荒げて感情のままにバンッと机を叩いた。ワイングラスは零れ、後ろで給仕をしている使用人たちはびくっと肩を震わせた。


 感情的だかイザイラはこの家の女主人。この家の立場的にはローズマリー伯爵の次に偉く、使用人たちは彼女に逆らえない。彼女の癇癪は他人にまで影響を及ぼし、暴力となって他人に降りかかるので力のないものは縮こまるしかない。


 それに優越感に浸るイザイラは文字通りの小物。こんなやつにゲームの世界でエミリアはいじめられていたのかと思うと、まるで自分のことのように情けなくなった。同時に弱い者にしか強気に出れないイザイラを可哀想とすら思う。


  私は白々しく「まぁ」と声を上げた。

  「信賞必罰は必要です。私の軽率な行動でローズマリーの家名に傷をつけるところでした。夫人の寛大なお気遣いで事なきを得ましたが、それで許されることではございません。お父様の決定で在れば甘んじて罰を受け入れます」


 「であれば――」


 この後に及んで私を追い出そうとする魂胆が見え見えだ。興奮で声を震わせながら罰を受けよと口にしようとするイザイラの言葉を私は遮った。まだ私は言い終わってない。


 「罰を下すのはお父様の役目ですわ。それに私に仮に罰が下る場合、私が買い揃えるべきドレスやアクセサリーを購入する費用を着服し、十分な衣服を揃えなかったお義母様にも責任はあります。私は状況に置いて自分の力を持てる限りの解決努力はしましたが、お母様は結果的にローズマリー伯爵に不利益になる行動しか起こしてませんもの」


 そこまで言い終えるとイザイラは言葉を詰まらせた。事実無根、証拠がないのであれば反論ができるが、ドレスに関しては本当に現物がなく、私の部屋のクローゼットを見れば一目瞭然だ。


 あらぬ誤解を生むために私が意図的にドレスを隠した、焼いて処分したなどの言い訳をされるかもしれないが、領収書のチェックや生活費の支出を調べればすぐにわかる。それくらいの計算はやってもいい。


 逃げ道がなくなったイザイラはわかりやすく目をそらす。反論のないイザイラに伯爵は苛立ちをさらに募らせた。


 彼女のくだらないプライドと優越感を満たすために私をちまちまと日々私を虐げ、そして陥れようとした結果、ローズマリーに不利な状況を作るきっかけなった。そしてその不利益はローズマリー伯爵が嫌うものだ。それがわかるからこそ、イザイラは顔を青くさせる。


 この家で贅沢ができるのも、好き勝手振舞えるのもすべて彼が彼女の行動に目をつむっているからだから。


 「生活費の予算管理の権限をおまえに与え続けるのは、今一度考えなおした方がよさそうだな。……いや、今すぐに取り上げた方がいいか。無駄な散財。娘に必要な金の着服。その結果にエミリアが質素な恰好で茶会に出る羽目になり、危うく大恥を掻くところだった。エミリアの咄嗟の言い訳がなければどうなっていたかわからないな」


 この世界における結婚後の女性の仕事は家を守ること。これは平民も貴族も変わらない。平民の場合は家事全般や子守りなどが中心になる。対して貴族の場合は家事全般をしないので、旦那が仕事し、家を離れている間の管理は女の仕事になる。


 例えば使用人の統括は執事長やメイド長の仕事。それらを管理するのは女主人、妻の仕事だ。人事権、予算管理、来客の対応などの責任はすべて妻、この場合はローズマリー伯爵の正妻でもあるイザイラの仕事。


 妻にとって仕事を任されるのが誉れであり、家の仕事を取り上げられるのは貴族としての妻の素養なしと判断される非常に不名誉なことだった。つまり、不出来な妻だと貴族の女性の中で笑いものにされる。


 それはプライドが高く、見栄っ張りなイザイラにとってどれだけの苦痛なのだろうか。他人を虐げることは平気でする癖に、いざ自分がそうなる立場なのは我慢できないのだろう。


 もちろん、管理面で他の使用人に任せているところもあった。例えば人事権は執事長、メイド長に同等の権限を持たせていた。しかし、彼女が自ら着服をすることを目的として予算管理は彼女がすべて行っていた。これはもうイザイラの過失という他ないだろう。


 逃げ道を失ったイザイラはこれから味わう、妻としての資格を失い、なおかつその噂が広まるという絶望的未来を察知し、泣き崩れるしかなかった。

 

 ……喧嘩を売る相手を間違えたわね。でも、もう少しやり方が狡猾だったら私も対応しきれなかったかも。ドレスの件とかイチかバチかの賭けだったし。


 でも、彼女自身には同情すべきことはない。人を虐げることしか能がなく、エミリアの母親……お母さんもこの女にはさんざん苦しめられてきた。姉妹にだって粗雑な扱いを受けて来たのだ。これくらいの仕返し、安いものだろう。


 私はまだ悪意に対する仕返しに満足したりない心と、仕返しができたという興奮で緩む笑みを必死にこらえながら泣き崩れるイザイラのつむじを見つめた。

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