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トール視点のお茶会

 「トール、今日はストール家次期当主であるあなたにも大切なお茶会があります。我が家より下位の令嬢ばかりですが、ストール家の婚約者候補にふさわしい家柄の令嬢を集めています。当然あなたも参加する必要があり、令嬢たちに粗相のないように接待しなければいけません。わかりますね」


 夫人は夫人然とした振舞いでトールに返事を求める。

 トールはこれから始まるお茶会に向けて不安と心配が胸に渦巻いた。


 目の前の冷たい女の視線を浴びながら、トールはただうなずくしかなかった。


 トール・ストールの実母はトールを産んだ直後に亡くなっている。

 元々病弱な体で、妊娠から出産までかなり体に負担をかけた結果、限界が来たのだ。


 では、目の前にいる女は誰なのかというと、父がトールの母親がなくなって3年後に娶った妻だ。

 彼女と侯爵の間には子供はおらず、ストール家には子供はトールしかいない。


 後妻である現在のストール夫人は子供ができにくい体であり、自分の子供を切に願っていたが今日まで叶えられていなく、夫人がトールの母親として「次期ストール侯爵にふさわしい者」としてさまざまな教育、環境を整えて来た。


 教育的愛情はあるのかもしれないが、所詮は血のつながらない他人だからなのだろうか。

 夫人とトールには明らかに隔たりがあった。

 子供と大人としての教育的愛情があったのかもしれないが、親子に必要な成長を見守る愛情やコミュニケーションは皆無に等しかった。

 

 だからこそなのだろうか、トールは人一倍「自分に対する愛情」に飢えていた。

 誰かに見て欲しいから誰かに好かれるように沢山の人に声をかける。

 異性が自分の容姿と家柄によってくるから、ちょうどよく寂しさを埋めるために「万人の理想像であるトール」を演じて来た。


 同年代の同性からは「なよなよしたやつ」と嫌われていたが、異性とのつながりは途絶えることがなかったのでそれでいいとすらトールは思っていた。


 だからこそ、あのお茶会でどんな思惑があれ、自分の母親が求める令嬢への接待、そして周囲に人がいないことを避け、自分の寂しさを埋めるために耳障りのよい言葉や質問を令嬢に投げる。


 そのためには女子に必要は話題も流行も勉強した。


 だけど……。


 トールは初めてだった。あんな、自分の意見を臆せずに告げて、相手の悪意を言葉でねじ伏せる人間に会ったのは。


 ……。


 「辺境伯は領地を持たぬ伯爵よりかは貴族階級上では上ですが、侯爵家には及びません。つまり、今回主催されている侯爵家にとってはこのお茶会にきているどのご令嬢の家より上位の家柄に当たります。夫人やトール様から言えば私「たち」は下位貴族でしょう?侯爵家より下位貴族にあたる私はそれにふさわしい装いをしつつ、お茶会を楽しめるようなドレスを選んだまでです。私、間違ったこといいまして?」


 エミリア・ローズマリー。

 ロールス王国の北側の寒い地域にあるローズマリー領土の辺境伯の娘。


 近年毛皮や布製品の製作が注目されている。

 毛皮の加工技術や布製品の作製技術が王国内のトップレベルで、ドレスや衣装に使われている。近年流行している布や毛皮はローズマリーで作られているものが多い。


 また、領土も大きいので林業や農業も盛んだ。

 長い歴史で見れば浅いかもしれないが、今日に至るまで貴族の権力としては急成長し続けている。

 注目していない人間も多いが、感のいい人間はローズマリー伯爵に注目し始めている。

 さらに言えば、エミリア・ローズマリーは平民でありながら光魔法の使い手であり、聖女適正もあるという噂だ。


 聖女となれば王国の中でも特に重宝されている立ち位置なので、仲良くしていて損はない。


 聖女と言えば光属性の使い手で、治癒魔法や強化魔法などの戦においてのサポートを得意としている。

 だからこそなのか、トールは心のどこかでエミリアという少女に「か弱い」といった印象を抱いていた。


 さらに言えばエミリアのピンクシルバーの髪と小動物のような愛らしさがある容姿も相まって彼女を心のどこかで侮っていた。


 お茶会の時だってわざとではないが、地位や状況から鑑みて彼女が令嬢から注目される存在だったのに自分の話題提供に夢中で相手に気を遣う話題運びができなかった。


 もとはといえば自分がいらぬ話題を彼女に振ったことが原因で、エミリアと令嬢の仲が悪くなるトラブルを招いたのに。

 悪意を向けられ、最終的にお茶会を退場せざるえなかった彼女は涙を見せることなく、気丈に振舞っていった。


 「トール様が責任を感じることはなにひとつございません。まぁ、しいていうのであれば……知識が低い中で女性の身なりに口を出すべきではなかったと言いますか。ですがその無知さを逆に感謝せざるをえませんわ。だってこのつまらないお茶会を抜け出す口実ができたのですもの」


 身分が上の人間に臆することなく、自分の感情を伝えるその強さに、トールは一種の憧憬を抱いた。


 寂しさに臆病なトールにとって、人が周りからいなくなるという寂しさを物ともしない彼女の言葉がどことなく気になった。

 トールは結局引き留めてもっと話を聞いてみたい欲はあったが、彼女に返す言葉が見つからなくてそのまま馬車を見送るしかなかった。


 トールは馬車が視界から消え、地平線の向こうに進み見えなくなるまでの長い間遠ざかる馬車を見た。


 そしてお茶会から抜け出して10分ほど。彼はぽつりとつぶやいた。


 「次会う時は、もう少し彼女個人と話してみたいな......」


 そうつぶやいた彼の声は誰の耳に届くことなく、言葉は土の中に吸収されていき踵を返すと先程までは楽しさを感じていたお茶会へ、憂鬱そうに戻っていった。


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