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ストール侯爵嫡男と顔合わせ【前編】

トール・ストール。

ロールス王国内でも有力貴族の家柄のひとつ。

乙女ゲームの「籠の鳥の聖女」の攻略対象であり、母親に可愛がられていなかった過去から常に愛に飢えており浮気性で軽薄という設定だ。


ストール家は王国内にある7つの役職のうち、財務長と呼ばれる国の財務管理を担う機関のトップを担っている重要な役割を持つ家柄。

ストール家との縁談は侯爵以下の家柄であれば実に有力な縁談であり、ローズマリー伯爵家も例外ではない。


エミリア・ローズマリーと攻略キャラ、トール・ストールとの出会いはストール家主催のお茶会で。

この時のエミリアとトールの年齢は10歳のこと。

つまり、今年以内に起こる話だ。


私の平穏な日常に置いて、攻略キャラと仲良くするなんて計画は入っていない。

それどころか学園入学時において、乙女ゲーム内に起こるイベント……いわゆる遭わなければいけないトラブルのキーパーソンになってくる。


乙女ゲームのイベントって、観測者にとっては萌えを感じるシチュエーション、ターニングポイントとなる行動ばかりだが、いざ当事者になってみると迷惑この上ない。


私は平穏な日常を過ごしたいし、できることならあまりトールを含む攻略キャラはかかわりたくない。

仮病を使って休もうとしたが、そうしようと思った矢先に伯爵から「大切なお茶会なので粗相のないように」と釘を刺されてしまう。


こんなの原作になかったんだけど……!


伯爵は打算的なところがあるので、自分の有益な行動をしない相手には容赦のない態度を取る。

5年間必死に積み上げてきた伯爵に不信感を抱かせてしまえば、私が自立するまでこの家に居づらくなってしまう。


お茶会に参加するという選択肢しかなくなってしまった私は、気が重くなりながらもお茶会に向けて準備を進める。

適当にこなしてイザベル、イザベラに面倒なことは押し付けて大半はお茶会の席からはなれとこう……。



「本日は私の茶会に参列いただき、令嬢たちには感謝していますわ。最上級のお茶

、お菓子をどうぞ堪能なさいませね」

ストール夫人がお茶会に招いた私を含む12歳未満の令嬢たちに長ったらしい挨拶を繰り返す。


ストール夫人は藤色のドレスにファーのついた派手なセンスで口元を隠し、しゃなりと歩いて優美な動きで席に着いた。

促されて令嬢たちは指定された席に座る。


侍女たちが給仕を済ませ、菓子を配膳していく。

こうして茶会が始まった。


…………。


「マダム・シフォンヌの新作ドレスみまして?鮮やかな紅はこれからの寒い時期に栄えますわよね」

「まぁ!紅は派手ではなくて?中紅色のフリルがふんだんにあしらわれたドレスの方が見栄えもよろしくてよ」


社交界ドレスの最先端と言われているマダム・シフォンヌのドレスの話題をはじめ、アクセサリーや流行りの劇、芸の話で茶会は持ち切りだった。

この茶会を主催しているストール夫人は年齢的についていけないのか、静かにティーカップを傾けていた。


私も服とかアクセサリーに興味はあるが、伯爵家に来てからあまり外にでていないので、そういった話題に疎い。

どちらかというと一つの店にこだわらずに自分が気に入ったデザインを身に着けたい派なのでどちらにしろこの茶会に参加している令嬢と話は合わないだろう。


イザベラ、イザベルも令嬢の話題に花を咲かせている。

私は平民の血を引いているということもあり、ある意味煙たがられているのだろうか。

私に話しかける物好きはいない。


私は目の前の白磁の皿に乗っているクッキーを一枚手に取って口に放り込む。

……うん。くそ甘い。砂糖の塊を食べているみたい。


砂糖はこの世界では高級品なので、ふんだんに使えば財力の誇張にもなる

至高の贅沢品だろう。


だけど、この世界のお菓子の甘さに慣れない私にとっては不満だ。


例えば砂糖を使うとはいえ、ただ砂糖を使えばいいというものではない。

お菓子ならば、そのお菓子にあった甘さというのがあるだろう。

じゃりっとした砂糖の触感に違和感を感じる。


イザベラたちがいない時にクッキー作ってみようかな。


とお茶会と関係のないことを考えながら、口に残る甘さと共に思考をお茶で流した。


「奥様、トール様の準備が整いました」

「そう。なら適当なタイミングでこちらに呼んでちょうだい」


ストール家の使用人が小声で夫人に耳打ちをしていた。

口の動きからしてトールの準備が整ったと言っている。

何かに使えると思って読唇術を学んでみたが、こういうので役に立ってもなぁ……。


まぁ、逃げ出すタイミングを見計らうための材料にでもするか。

使用人が一礼をすると屋敷の方へ戻っていく。

さっそくトールをここに呼んでくるのだろう。


そして未来の嫁さがしとして、今日呼んだ令嬢の中でふさわしい相手を選び、これから交流を持たせるのだろう。

それはもちろん、原作通りに行けば私も含まれる。


平民の血を引いているとはいえ、私も飛ぶ鳥を落とす勢いのローズマリー伯爵の娘だ。

しかも、トールと同い年で、トールの嫁探しお茶会(私命名)に呼ばれるということは、その候補の中に含まれている。


はぁ、憂鬱だ。

乙女ゲームとしての傍観者なら羨ましがるとことだが、自分と母親をないがしろにしたローズマリー伯爵の為になることは私は極力避けたいというのに。


口には出さない。けれど自分が望まない方向へ進むということに憂鬱さや億劫さを覚えるのは人間の本能のひとつだと私は思う。

誰だって嫌なことはやりたくはない。


いくら私の知っている世界といえども、私が今ここにいる世界が現実なのだ。

現実で降りかかる災厄ならばできうる限り避けたい。


けれど避けようとすれば新たなデメリットが発生する忙しいイベントに私はどう回避するがあぐねいた。


そうこうしているうちにストール夫人が「今日は皆さまにご紹介したい者がおりますの」と上機嫌に口を開いた。

この茶会の意図に気が付いている令嬢は浮足立つように声を上げた。


「まぁ」と上品に口角が上がる口元を抑えるものもいれば、どんな殿方なのだろうと緊張体を硬直させるものもいる。

けれど私以外は好意的な反応だった。

スト―ル夫人が高嶺の花を思わせる美人だからか、その息子はどんな美形なのだろうと思いを馳せているのだろうか。


全員の意図は測りかねるが、すくなくともうちの姉たちは食い気味に「楽しみですわ」と口を揃えた。


そして、しばらくして、屋敷の方から2人の使用人を連れ、ハーフパンツとネイビーのスーツを着こなした赤みがかった茶色の短髪をさらりとなびかせた、可愛らしい美少年が現れた。


慎重は10歳の私より少し小さめの容姿。

けれど、15歳くらいになれば170センチ越えのガタイのいい青年へと成長するとは誰が想像できるだろうか。


お茶会の参加者のほぼ全員が美少年、トールに注目してる中でそんなことを私は考えていた。


そんな思考をよそに気弱そうだが人当たりのよさそうな笑顔を浮かべて「はじめましてストール侯爵家、長男のトールと申します。令嬢方、今日は母のお茶会に参加してくださってありがとうございます」とマナーに則った挨拶を交わした。


令嬢方はひとりずつ簡潔に自己紹介を述べた。

私の番になったので……。

「ローズマリー伯爵家が三女、エミリア・ローズマリーです。前置きはお姉さま方がしてくださったので、私の方は割愛させていただきますね。姉共々よろしくお願いします」


令嬢は今日の天気だとか、自分の好きなものだとかアピールしていたけど、私は特にいうこともないので、シンプルに挨拶だけで済ませた。

本来であれば前置きとなる挨拶は必要だが、10人以上の多数の人間が参加するお茶会では前置きを含む挨拶をすると無為に時間を消費することからマナー違反とされている。

そのマナーに則ったのと、前置きの挨拶とか考えるのがめんどくさ……手間なので失礼にならない程度にではあるが。


ローズマリーはこのお茶会の中では爵位的に中盤くらいに入るので、さっさとすませると次々と令嬢たちは挨拶を交わす。


その間は暇なので令嬢たちの挨拶から顔と名前を覚えがてら、紅茶を飲んで暇を紛らわせる。

その間、トールは令嬢たちの挨拶に対して返事を返していき、夫人はその姿に満足そうにうなずいていた。


その間、何故かストール夫人と目があったような気がした。

表情は読み取れなかったが、目を付けられるのはまずいし、目立つのはもっと避けたい。

にこりと社交的な笑顔で返すと、夫人は会釈して視線をそらした。


あぶな……。誤魔化せたかな。


ちょっと心配になったりしたが、トールとの顔合わせは無事に終わった。



「レオノール様は刺繍がお好きなのですね。そのハンカチもご自分で?」

「そうです。まだ不慣れですが、図案を考えながら一針一針縫うのが楽しくて」

「この薔薇の刺繍、色味が華やかで、図案が慎ましやか。まるでレオノール様のような刺繍でお綺麗だと思いますよ。ぜひ、今度僕にも縫ってもらえますか?」

「ぜ、ぜひ……」


「ティアル様はクッキーがお好きなのですね。僕の家専属のパティシエは王国有数の有名シェフなので、ぜひ堪能してください」

「お気遣いありがとうございますわ」


トールは一人一人の令嬢と世間話を交わす。

上位から順番に席を回って対応するトール。

その接待は私も含むローズマリー伯爵家まで及んだ。


「イザベラ様、イザベル様は今日の衣装、もしかしてマダム・シフォンヌの?シフォンヌの隣に併設されている男性スーツの店によく足を運ぶので……」

「トール様は素晴らしいご慧眼をお持ちなのですね。そうです。マダム・シフォンヌのオーダーメイドなのですが、流行を取り入れたドレスですのよ。ね、イザベル」

「そうです。今日のドレスもお姉さまとおそろいで……」


ドレスを褒められたイザベラ、イザベル姉妹は気をよくしたのか更なる自慢話を重ねる。

トールは相槌を返して……。

「エミリア様の衣装もマダム・シフォンヌのですか?お二人の衣装と系統が違うので気になっていたのです」


イザベラ姉妹は鮮やかな黄色と指し色の青のドレスに比べ、私は黒ベースに赤いリボンとフリルがついたゴシックっぽいシンプルなドレス。

このお茶会に参加している色鮮やかなドレスを着こなす令嬢たちと対照的な恰好だ。


対照的な装いに社交的な会話として注目したのだろう。

装いについてツッコミが入る。


「たしかにエミリア様の今日の装いはシンプルですわね。せっかくのお茶会なのにもったいないですわ」

「聖女の適正を持つエミリア様が着るにはすこし……どうなのかしら?」

「イザベラ様、イザベル様が姉妹に合わせたドレスを着ていらっしゃるのだから、それに合わせたドレスもみたかったですわ」



傍から見ればイザベラ達の装いと私の装いをみれば違和感を覚えるのだろう。

トールの話に乗っかるように令嬢たちは会話に入ってくる。


好奇心のトールとは違い、令嬢たちは私たちのちぐはぐなドレスを話題にトール家に対する私たちの評価を下げようという魂胆なのだろう。


ここにいる令嬢はストール家が選別したトールの婚約者候補。

ライバルはひとりでも少ない方がいいのだから。


「そ、それは……」

長女のイザベラが答えにくそうに目をそらした。

イザベルは緊張で乾いた喉を紅茶で湿らす。


イザベラ姉妹が同じ格好でオーダーメイドの華やかなドレスに対し、私のドレスは既製品のドレスをそれっぽくアレンジしただけのドレス。

わかりやすくいえば、お茶会に合う高級ドレスとお茶会には参加できるけれどそこそこの値段のドレス。


見るからに価値がわかれるドレスだ。


ローズマリー伯爵家の娯楽費はイザベラ、イザベル姉妹の母親であるイザイラが管理している。

私の衣装代もローズマリーの女主人であるイザイラが管理している。

つまり、わたしに割かれる費用はわずかで、必要最低限のドレスしか配給されない。


こういったお茶会に参加できるドレスがそもそも少ない私にと、一季節ごとにドレスを難十着と買える彼女たちの装いが違うのは当然だ。

しかも彼女たちがお揃いのドレスに対して、私は違う。

お茶会でこれしか着るものがなかったのだ。


令嬢たちの好奇心と悪意の視線が向けられる。

本当に余計なことをいいやがって……!

目立たないようにおとなしくしていたのに、どうして思い通りにならないんだ。


イザベラ姉妹がどうなろうといいが、ローズマリー伯爵家に変な噂が流れるのは私が自立するまでは困る。

ローズマリー伯爵は聖女適正がある私を引き取るにあたり、私の生みの母親に多額の生活費を与えている。

それは私が成人するまで、毎月行われる。


ここでローズマリーを考えなしに潰してしまえば、私もお母さんも悔しいが露頭に迷う。

……はぁ、仕方がないか。共倒れはごめんだ。


緊張をほぐすよに息を数度ゆっくりと吸って吐く。

さて、令嬢やトールの発言をどう切り返すかと考えながら、頭に浮かぶ言葉を羅列する。


「あら。今日のお茶会の主催はストール家ですわ。主催とそのご子息の衣装を引き立てるであろう色味のドレスを着用することは当然のこと。貴族においての社交の場では鮮やかな色が好まれます。主催者が色味のある衣装を着るのであれば、それを引き立たせる黒の衣装を着るのはマナーの範囲内だと愚行します。そも、格式高いお茶会で下位貴族が着用しやすい色のひとつが黒です。私は目立つ髪色をしているので自分に会う鮮やかなドレスがない、または変に目立ってしまうというのもありますが……」


困ったように頬に手を当てて首をこてりと傾げてみる。

私の装いに侮蔑や嘲笑を含んだ言葉を浴びせた令嬢に視線を向ける。


それを自分たちに当てた言葉と捉えた令嬢の一人が、私の言葉の揚げ足取りをしようと睨んできた。


「あら、ローズマリー伯爵家は下位貴族ですの?」


おお怖い。

ここにいる令嬢はストール家に玉の輿に乗りたい令嬢、そしてトール本人の容姿、女性慣れした対応に惚れた少女ばかりだ。

つまり、この場にいる少女は令嬢たちにとっては全員が敵。


揚げ足をとれる場面があれば、誰かを蹴落とすためにとことん弱みを突いてくるだろう。


まぁ、そこまでは織り込み済みなので、心の中の自己流めんどくさい女の対応マニュアル通りに返してみる。

状況を把握した上での対応を攻撃的内容を含んで返す。


「辺境伯は領地を持たぬ伯爵よりかは貴族階級上では上ですが、侯爵家には及びません。つまり、今回主催されている侯爵家にとってはこのお茶会にきているどのご令嬢の家より上位の家柄に当たります。夫人やトール様から言えば私「たち」は下位貴族でしょう?侯爵家より下位貴族にあたる私はそれにふさわしい装いをしつつ、お茶会を楽しめるようなドレスを選んだまでです。私、間違ったこといいまして?」


この会場にいる令嬢たちはすべてが貴族ではあるが、侯爵家より格下、伯爵以上の家柄の令嬢はいない。


私はそれをわかったうえで「まだ貴族社会に慣れなくてマナーに疎いのです。間違っていたら遠慮なくご指摘くださいませ」と私を目の敵にする令嬢に投げかけてみる。


貴族令嬢はプライドの高い人間が多いので感情的になってくれれば、イザベラ姉妹同様かってに自爆してくれるし、目立つ私よりそちらの方に関心が向くだろう。


令嬢たちは「そ、そうですわね。主催はストール家の方々ですものね」と同意を返してくれる者もいれば、なにか言いたげに肩をわなわなと震わせる令嬢、今にも飛び掛かりそうな表情ですごむ令嬢、反応はそれぞれだが、中々楽しめる反応をしてくれている。


私はそれらを無視して夫人に向き直った。


「夫人、トール様、お耳汚し、お目汚し失礼しました。楽しいお茶会に水を差すような真似をしてしまい申し訳ございません。短絡で感情的になってしまいお恥ずかしい限りなのと、服装に関しては私の配慮が足りなかったのかもしれません。これ以上トラブルの種をまかないように、本日は御暇させていただいてもよろしいですか?」

「……許します」


トール夫人は藤色のドレスの袖を揺らし、使用人へ合図を送る。

帰る支度を整えてくれた使用人に「どうも」と言ってお茶会の席を立った。


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