Episode4 〜奪還〜
流星が降り注ぐように瓦礫が飛んでくる。既に地上6階以上は完全に
吹き抜けになっており、上位能力者がひしめいている。
救いは元々上位能力者の数が少ないことだろうか。戦力差は逆転していた。
施設側の切り札があまりに強力だからだ。
地上3階への階段の途中、援護の為に登ってきた制圧班と合流。
「おい!何があったんだ!」
「逃げるぞ。作戦は失敗だ。時間が無い!」
必死で逃げて息切れ気味の声。
彼らは後方の遅れた能力者を殺し、すぐに追いつくだろう。
何も知らない制圧隊は仲間の鬼気迫る迫力に促され撤退を始めた。
だが。エレンにとっては簡単に背を向けられる状況では無い。
脱出する意味がなくなってしまう。
「殿は引き受ける!お前たちは先に行け!」
言うなり敵地に飛び出して行く。
「馬鹿!状況も分かってねえのに…!」
敵が同胞だと知らずに奇襲を受けたら。
そもそもランク1と上位能力者では戦闘能力で大きな差がある。
「私が止める。必ず連れ戻すから、先に行って。」
危険を感じ取ったのだろう。アカネの声も緊迫している。
「分かった。気をつけろ。」
普段はぶっきらぼうなジュンの似合わない台詞。
彼なりに思う所があるのだろう。
無言で焔に蹴られるジュン。
「な、なんだよ急に!」
「別に〜。」
むくれる焔に慌てるジュン。そう言う事ね、と内心ニヤニヤするアカネ。
生きて脱出する理由が、また増えた。
殿などと言ったが実を言えばレイカを取り戻すための口実だ。
レイカを見つけるまでは脱出などあり得なかった。
守る。その約束を今果たす。
逃げてくる同胞とすれ違い、目の前で1人、電撃で焼かれるのを見た。
ランク6能力者、“放電”のマイ。彼女が殺したのは紛れもなく同胞だった。
”テレポート“。正面から右のストレートを腹に叩き込む。
完全な不意打ち。視界外からの攻撃はエレンの得意とする分野だ。
気絶した裏切り者の同胞を床に倒す。
「エレンさん、恐らく洗脳のせいなんです!」
ジュン隊ノース。能力は確か、”つらぬき“。脱出援助班だ。
合点がいく。同胞を襲ったのはそのためか。
「全員か?」
「ええ。恐らく。逃げましょう、ここはやばい。」
尚更戻れない。洗脳など彼女をどれだけ苦しめる気なのか。
「先を行け。ここは引き受ける。」
上位能力者は派手な能力が多い。強力だが、エレンにとってはやりやすい。
”テレポート“は物理干渉を一切受けないからだ。
反面、単純な身体能力強化系か広範囲の攻撃が苦手な側面を持つ。
懐に入ってもカバーされたり、
攻撃力が上がる訳では無いためダメージを与えられない恐れがあるのだ。
広範囲ならば、テレポート先でも攻撃を喰らう恐れがある。
ふらつく頭をどうにか立て直し、先に進もうとしたその瞬間。
氷の”華“が天井を突き破って落ちてくる。咄嗟に”テレポート“で後退するが
あまりの大きさに飛距離が追いつかない。この能力は。
「レイカ!」
ランク7能力者、”氷結の姫“ことレイカ。
空気分子を現在の形のまま凍らせられる能力。
効果範囲は5年前の時点で半径15m、厚さ1mの花形。
その氷の華がほんの一部砕けた。青い閃光に包まれた拳。
氷の破片がキラキラと照らし…。
幻想的なまでに美しいアカネの姿がそこにあった。
亀裂が走り、氷の華が崩れる。そこにいたのはやはり。
「レイカ。やっぱりお前だったんだな。」
小さな無数の氷の華を身に纏い、虚ろな目をしたレイカの姿。
「大丈夫?また無茶して。」
「ありがと、また助けられちまったな…。」
「このお返しは外に出たらたっぷりとね。いくよ!」
無言のアイコンタクト。アカネは理解してくれている。
止めるために来てくれて、危険な戦闘に助太刀して。
エレンの想いと努力を一番長く見てくれているから。
レイカの能力だって無敵では無い。
効果範囲内であっても体の一部に触れていないと発動しないため
遠距離を攻めるなら空気中を伝わせる必要があるし、その軌道は目に見える。
“テレポート”。空気中に青く光る軌道を避ける。
レイカの注意がエレンに向く。
3秒稼げれば最大火力の“技”でアカネが氷の華を壊せる。
壁のようにレイカが纏う氷の華達が消えれば
“テレポート”で接近戦に持ち込める。
とにかく注意をアカネから逸らさなくてはならない。
アカネの移動を含めて10秒は欲しい。
ー瞬間、レイカの脚が床を踏んだ。
巨大な氷の華が地面に発生する。一瞬の出来事だった。
「ッ!」
脚が動かない。脚の周りの空気が一瞬で凍りついたのだ。
それだけでは無い。脚の感覚が一瞬で無くなった。
空気に一番多く含まれる窒素の融点は−210度だ。当然の物理現象だった。
足先から血管の凍りつく音が聞こえ、意識が遠のく。
バキバキッ!と盛大に音がし、床一面が崩壊。
アカネが能力で床ごと破壊したらしかった。
落下の途中で意識を取り戻し、受け身をとる。
アカネの最大火力では対能力者用に作られた床は壊せないはずだった。
限界をこえた負荷に右腕から酷い出血が確認出来る。
急死に一生を得た。
焔の0度などとは格の違う温度。ものの数秒で氷のオブジェになっていただろう。
見回すと、天井と壁が崩落しており、屋上のようになっていた。
アカネは痛みと疲労で立ち上がれない様子でしきりに
逃げて、と繰り返している。
エレンも落ちた時、脚が凍り付いていて動かず、受け身を取れなかった。
戦闘の継続は不可能。完敗を認めるほかないだろう。
レイカの虚ろな目がこちらに気づく。
さっきと同じ規模の氷の華を作られたら終わりだ。2人とも死ぬだろう。
でも、
「アカネが死ぬなんて、許せる訳ねえだろ!」
自分のせいなのだ。飛び出して、周りを考えられず。
だからこそ、ここで支えてくれた彼女を死なせる訳にはいかない。
下には革命戦線の人がいる。防音の壁で聞こえなかった銃声が聞こえる。
仲間達もいるだろう。
彼女だけは、逃がす。覚悟を決めた。動かない足をどうにか動かす。
あれだけ執着していたレイカに、背を向けて。
「必ず迎えに来るから。すまない。もう少し、辛抱してくれ。」
三階の屋上から、アカネを抱えて跳ぶ。
自分を下にして丸まり落下。
少年は着地の衝撃に意識を失い、作戦は幕を閉じた。
施設での戦闘が終わりました!読んで下さり、本当にありがとうございます!
上位能力者の強さ、圧倒的な範囲攻撃に為す術なく倒れるエレン。
まだレイカを救う戦いは続きそうです。
これからも読んでもらえると嬉しいです。