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冬の風

寒いぜ。追憶の中にいるようさ。

 


            川崎悠平

 俺は沢里只指呼(さわりただしこ)の腕を振りほどき、スマホを取り上げて地面に叩きつけると、ジャンプをして左足からスマホに合わせて着地し見事なまでに破壊した。

 

 「ああ~ん! ああ~ん! ああ~ん! スマホがぁ!! ああ~ん! 僕ちんのスマホがぁー!!」沢里只指呼(さわりただしこ)は頭を抱えて無惨な形となったスマホの周りを歩いた。

 

 「じゃあな。バイバイ、ララバイ」と俺は片手を上げて愛車で名車で優れた機動力を誇る茜の所に行こうとした。

 

 「テメェ、待てよーっ! 弁償しろよ!」沢里只指呼(さわりただしこ)は再び俺の肩を掴んだ。

 

 俺は指を掴み捻った。

 

 「いててててててっ!!」沢里只指呼(さわりただしこ)はしゃがみながら声を上げた。

 

 「離せよ!」沢里只指呼(さわりただしこ)は半べそをかいて言った。

 

 俺は沢里只指呼(さわりただしこ)の指を離すと、壊れたスマホを拾い上げて再び地面に叩きつけた。再びスマホを拾い上げて更に地面に強く叩きつけてから、もう一度スマホを拾い上げると、傍にあるマンホールの蓋を素早く開けてスマホを入れ落とした。

 

 「ああ~ん! ああ~ん! ああ~ん! ああ~ん! ああ~ん! いや~ん! 嘘おっしゃい!!」と沢里只指呼(さわりただしこ)は哀願を込めた喘ぎ声を出して現実を受け止められないでいた。

 

 「テメェ、コラん。なんてことするのよぉ~う? もぉ~う!」さっきまで沢里只指呼(さわりただしこ)は、威勢の良い言葉で中坊を脅していたのによう、沢里只指呼(さわりただしこ)を含め、自分の立場をハッキリと理解した弱気な不良の誰もが、何故、急に乙女チックな口調になるのか? いつも不思議でならないんだよねぇ。

 

 「元の姿に返してよん」

 

 「財布にいくらあるんだ?」と俺は言った。

 

 「4803円です」沢里只指呼(さわりただしこ)はポケットからタヌキの絵が付いた財布を出して中を確認しながら言った。

 

 「ふ~ん。2千円札はあるの?」と俺は言った。

 

 「ないっすね。1回しか見たことないっすね」

 

 「ふ~ん。じゃあな」

 

 「ちょっと!? なんで聞いたの? 今?」

 

 「じゃあな」俺は茜に股がった。

 

 「おーい! 只指呼、コイツか!?」俺は顔を上げた。

 

 向かい側から5人組の不良が歩いてきた。

 

 「おい! 皆~っ! こっちだ! コイツだ! コイツだよ!」元の男らしい口調に戻った沢里只指呼(さわりただしこ)はクシを取り出してリーゼントの髪をまとめた。

 

 またかよ!! めんどくせぇーな。もう本当にさ、めんどくせぇーよ。

 

 「先に連絡を済ませていたから良かったぜ」沢里只指呼(さわりただしこ)はケラケラと笑いながら言った。

 

 5人組は俺の顔を見て立ち止まった。

 

 にらみ合いが続く。

 

 冬の風が真剣勝負の場面に相応しく、しゅぼょーん、しゅぼょーん、と妙な音を立てて俺の体と頬に突き刺さっていた。


 にらみ合いが5分経過した頃、風の音が変わった。

 

 明瞭な言葉のように確かに、しびぇーん、しびぇーん、と聞こえてきたのだ。

 

 「風の音がさ、尿瓶(しびん)って聞こえないかい?」と最初に俺が口を開いた。

 

 「うん。聞こえる」と5人組の不良は顔を見合わせて一斉に頷いた。

 

 「やっぱりな! 絶対に尿瓶(しびん)って聞こえるよなぁ! 尿瓶はさ、俺の父方の爺ちゃんの愛用品なんだわ。子供の頃によう、爺ちゃんの家に泊まりに行くとさぁ、いつも爺ちゃんの枕元に尿瓶があってね、ションベン臭くて眠れなかった思い出があるんだわ」と俺は懐かしそうに言ったが、現実的には、かなり気色悪い思い出に例えられるので、鼻がムズってきた。

 

 「それって凄い思い出じゃん」と5人組の不良の真ん中にいたリーダーらしい男は歩み寄りながら俺に言った。

 

 「まあな。爺ちゃん、糖尿だからさ、わたあめみたいな甘くて美味しそうな匂いでもあったんだよ。わたあめを食べる度にさ、爺ちゃんの尿瓶を思い出す」と俺は言った後、一筋の涙が零れ落ちた事に気付いて慌ててしまった。

 

 「おい、泣いているのか? どんな思い出も大切だよな。亡くなったお前の爺ちゃんも喜んでいるだろうよ」とリーダーらしい男は優しい笑顔を浮かべた。

 

 「いやいや、勘違いすんな。俺の爺ちゃんは父方も母方も健在でよう、今も元気なんだわ」

 

 「あっ、そうなの? 勘違いしちゃったなぁ。僕もよう、爺ちゃんっ子だから、爺ちゃんの思い出が大切なんだよね。君の気持ちがよくわかるぜ」とリーダーらしい男は俺に握手を求めてきた。

 

 力強く握手を交わす。

 

 「君の名前は?」

 

 「俺は川崎悠平」

 

 「僕は鈴木謙佑(すずきけんすけ)。コイツらは舎弟」と残りの不良たち4人に目配せをした。

 

 「謙佑の爺ちゃんは元気なの?」と俺は聞いた。

 

 「ああ、今年、96歳になるけど元気だよ」と謙佑は言った。

 

 「長生きしてほしいよな」と俺は言った。

 

 「うん。本当だよなぁ」と謙佑は笑った。

 

 「そうだ。角にあるダイナーに行こう。ハンバーガーでも食おうぜ。お年玉はあるんだろう?」と俺は謙佑と4人組の不良に向かって言った。

 

 「2000円ある」と謙佑は言った。

 

 「僕、1000円なら使えます」不良1。

 

 「おいらは500円」不良2。

 

 「400円なら、なんとか」不良3。

 

 「おで、700円までなら大丈夫だぁ」不良4は言った。

 

 「よし、行こうぜ!」と俺は言って愛車の茜を押しながら6丁目にあるダイナーまで皆で一緒に歩いた。

 

 「じゃあな、只指呼。バイバイ、ララバイ」と俺は唖然と立ち尽くす卑猥な名前を持つ沢里只指呼(さわりただしこ)に手を振った。

 

 

 

 

つづく

じゃあな。またな。



           川崎悠平

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