道づれカノジョwww
「あああああ落選したあーーーっ」
叫び声が室内で反響する。細い両腕がベッドを叩き、低反発枕に突っ伏した女のセミロングが萎れる。
(限定盤と通常盤、一枚ずつなんてガチ勢に比べたらそりゃ甘いけど……一般席もだめかあ……)
「はあぁぁぁあ、まあサイレイも人気出てきたって事、だよ、おう、そう……うぐはぁぁっ……」
枕をため息で湿らせ、女は顔を埋めたまま寝に就いた。
熟睡して目覚ましいらずの朝を迎えた。
午後。
喫茶店で女は何度も念を押す。
「いやマジで、いいの?いいの?後で返さないからね?」
小さめの手にはスマホが握られ、視線は画面のスクショ画像に固定されている。
サイバーレイバーズ──4人組のガールズバンド──のファンにとってのみ神聖な価値を持つ当落情報のスクリーンショット。
「いいよあげる〜。でもプレシャスチケットってめちゃ高いよね。大丈夫?お金要る?」
男は笑いながらブラックコーヒーのカップを口に運び、而して少しむせる。
「いや大丈夫ありがとう。2万円出せばプレシャス席無料だから実質タダだし」
「あ、はい」
店内に流れる曲が止まり、沈黙の後で次の曲が始まった。
女はスマホの画面から視線を上げる。
(プレチケ、一枚、か……)
「……本当にいいの?」
「いいよ〜」
男はフォークでレアチーズケーキを切りつけながら答える。
「だってさ、アリーナで間近で一緒にライブ盛り上げていこうぜイェーイ……っていったって。別にステージに上がって衆人環視の下で色んな意味で卒業だね5Pライブを俺と、やってくれるわけでもないじゃない?じゃあ行っても無駄じゃない?」
「……はあ、そうですか」
女はスマホをバッグに仕舞い、ストローでレモネードを啜り、而して少しむせる。
(冷めちゃったんだ……今回も……)
しばらく後。
チケット発行期間に入り、女は街に出て待望のプレシャスチケットを手にした。
(このままおゆはんの材料だけ買って帰ってもいいんだけど──なんてね)
チケットをバッグに仕舞い歩き出してすぐ、女は軽く息を吹いた。
サイレイ伝説の3rdライブ。二軒目の店で見つけたその衣装の再現度に女は目を見開き、値札を確かめて再び見開く。
(プレチケより高いのだ……やっぱり安いやつにしておこうかな……でも──ああぁもうう)
女は細部まで作りこまれたステージ衣装とそれに合わせた下着を手にする。
更に靴や小物を買い、メイク道具を買い、大荷物で帰途につく。
(おゆはんは、おかゆだ……)
おかゆ後。
「2Pで我慢しなさい、なんつって──なんつってじゃないよ」
女は姿見を確認しながら、着こなしの難しい衣装に身を包んでいく。
「なんでこんな事してるんだろ……」
厚めのメイクに複雑な輪郭のステージ衣装を纏い、鏡の前で身体をくねらせる。
サイレイの代表曲を小声で歌い、ポーズを決めて笑顔を作る。
「まあ……たまには、ねぇ、うん……」
三曲分のリハーサルの後で女は髪を解き、姿見を確認しながら脱衣する。
安物の下着と部屋着に戻ると、衣装を大型のビニール袋に仕舞い、光る靴や小物と合わせてキャリーケースに収めた。
脱衣所で凝った意匠の下着を洗濯ネットに入れる。
(一応手洗い風に出来るはずだけど、まずいかなぁ、めんどい)
洗濯機を睨む女。ため息をつき、洗濯ネットをカゴと洗濯機の隙間に置く。
メイクを落とし部屋着を脱ぎ捨てシャワーを浴びる。
記憶と妄想を絡めた指先で自分を慰めた。
翌日の夜。
閑静な町並みにキャリーケースを走らせて、女は目的の家に着く。
駐車場には車がある。
門扉は開け放しのまま。
玄関。二本指でチャイムを鳴らす。反応は無い。
スマホを取り出して見る。メッセージは未読のまま。
スマホをバッグに仕舞い、流線形の取っ手を回して引く。
鍵は空いていた。
女は脱いだブーツを揃えると、キャリーケースを脇に置いてリビングへ向かう。
微かにリズミカルな物音がしている。
女がリビングのドアを引くと、
「おっ来たね〜〜あれ髪型変えた?聞いて!超ラッキーだったんだよ!ダメ元でヤマ張ってたらかみゅみゅがドンピシャでさ〜〜速攻で拉致したよ〜」
男が全裸の少女、サイバーレイバーズのかみゅみゅを後ろから抱えていた。
かみゅみゅは人形のように、男の動きにもほとんど反応を見せない。
「さすがサイバーレイバーズ四人ともちゃんとプライベートで仲良しでさあ、残り3人の住所とかもバッチリですよ神。ああ!楽しみだなあ〜」
女は、
作り慣れた呆れ顔と共に、リビングのドアをそっと、引き寄せて閉じた。
かみゅみゅと女の目が合った。かみゅみゅは微かに瞼を上げた。
(ステージ越しの方が脳侵労働な、ノーメイクでも十分神だけど)
女は体育座りでドアにもたれる。
安物の靴下を脱ぎ、二つ折りにしてバッグと共に自らの傍らに置く。
(みゆ姉、隣町の幼女、あきら、クラスメイト、あとサークルの後輩、はアレだったけど……)
ソファに鎮座するパンダのぬいぐるみと女の目が合った。ぬいぐるみは微笑んでいた。
(相変わらずかわいい)
(……チーズケーキ買って持っていったら拳銃見せられて、新人の婦警さんに貰ったんだっ、て、あの時は流石に終わりかなって思った、けど……)
女は大きく息を吹く。
男と女の目が合った。男は微かに瞼を下げた。
「いい加減捕まる、いや刺されるぞ」
「かもね〜カモンカモンね〜〜」
男は笑い、女の髪を眺めて再び笑う。
「お前は墓参りしてくれるだろ」
「しませーん」
「ははは、そっか」
女が駆け寄る。
かみゅみゅは怯えて目を閉じる。
女は男の腕を、小さな両手で撫でる。
女は男に目を合わせて、
「一緒の穴に、一緒に入る」
そう言って背を向け、裸足のままドアを開ける。
「この後むちゃくちゃセックス」
「しません──まだ……」
「甘すぎるよお前は」
「知ってる」
……
………………
………………………………
熟睡して目覚ましいらずの夜を迎えた。
「まだする気?」
「まださせてくれるなら」
「ずるい」
「そうでもないよ〜」
「へんたい。性犯罪者」
「それは正しいな」
女のミディアムヘアが萎れる。
「好き」