始まりの予感【前】 ~襲撃! 氷の魔剣士!~
今回は豹真視点のみ。
【転生者・蒼天寺 豹真】
天輪国の守護を担う大きな家がある。
その数は7家。
七星家と呼ばれる、大精霊の加護を得て戦う大御所だ。
そのうちの一つが水神家といって、武蔵に本家がある。
で、今日はその水神家が執り行う奉納祭の日だ。
普通のお祭り同様、色んな屋台があるので賑わい具合が上々である。
「ほら鉄也ちゃん、りんご飴おいしいよ? ひとくち、どう?」
「……いや、いい」
楽しそうにちょっかいかける双葉と、気恥ずかしそうに顔をそらす鉄也ちゃん。
鉄也、お前双葉が男だって知ってるだろうに。
「ふむ。やはり定番チョコバナナは美味ですな」
隣ではご機嫌にチョコバナナかじる音羽。
ちなみに俺もりんご飴よりチョコバナナ派。
「それで、妹君と奥方は今日はどうしたでありますか?」
「奥方て……まぁ、アイツは部活だよ。葵は水神家キライだから行きたくないってさ」
水神家の人間はもちろん学園にもいる。
教師も生徒も、だ。
そして葵は優秀な方で有名なので、勧誘などの良い意味で目を付けられているのだ。
が、本人はそれを疎ましく思っている。
多分だけど、俺がはぐれファイターとして活動してるから気を使ってる可能性が。
『ヒョウマよ、少しいいかえ?』
のんびり祭りを堪能していたところに精霊の声。
ちょいと装飾派手めな紅い着物を着た猫人のお姫様だ。
(どうした?)
『招かれざる客人じゃ。しかもかなりの手練れぞ』
かなりの手練れ、とな?
(探れるか?)
『無理じゃな。これ以上は気取られる』
(マジで? 姫さまが警戒するって相当だな)
『戦士としての経験値は相当じゃな。限定条件下ではおヌシに勝ち目はないぞ? わらわと正式に契約するなら勝利をくれてやるがな』
どうする? と楽しそうな猫姫。
こっちは全然楽しくないです。
猫姫さまは俺に協力してくれる精霊の中ではかなりの実力者だ。
本人は否定しているが、実は大精霊なんじゃないかと思うくらい強い霊力を持っている。
俺が精霊の力を隠したいことを知っていて、その上で正式な契約を求めてくるってことは、俺が今まで戦ってきたダークソルジャーとは別格なのは確実だ。
『ま、殺気の類は感じられんからな。大惨事にはならんじゃろうて。様子見か……水神のファイターどもが侮られてるか、だなぁ!』
猫姫さまホントご機嫌。
まぁ俺の側にいる精霊たち、基本七星家とか嫌いだからな。
とにかく俺一人じゃどうにもならんな。
ひとまず霊気を警戒濃度まで上げておく。
「……何を見つけた?」
鉄也たちが反応する。
「月からのお客さん」
「へぇ~? やっぱり来たんだ~?」
「祭りとはいえ本丸に乗り込んでくるとは。その度胸、相手は手練れでありますな?」
「正確な位置は探れない。少なくとも俺たちよりは確実に強いぞ」
表面上は変わりなく、それでもすぐに戦闘濃度に切り替えられるように。
3人だけじゃなく、その辺にお客さんに混ざってたはぐれファイターたちも警戒濃度になっている。
プライベートでの顔合わせはなくても、警戒濃度ははぐれ特有の技術なので空気を読んでくれたのだろう。
『向こうも警戒を強めたな。まぁ当然だが……やはり殺気はないな。案外、一般人を巻き込まずに済むと安心してるやもしれんな』
(おや、そういうタイプ?)
『血の匂いが混ざった妖気、だがさほど不快感はないな。殺す相手は選ぶ主義か。戦士として譲れんのだろうな』
祭りはいよいよメインディッシュ、大精霊の加護を得た神器を用いた神楽が始まる。
最初に水神家の現当主の挨拶だ。
エルフ=イケメンという異世界におけるテンプレを完膚なきまでぶち壊す、脂ののったオッサンだ。
エルフっちゃ爺様なっても美形じゃないのか、と。
ついでに言うならあまりいい噂も耳にしない。
特に女性関係。
金と権力もった嫌なヤツ方面ではちゃんとテンプレやってんのがまた。
まぁ悪人かって言われると案外そうでもないんだけどさ。
そしてついにその時が来る。
巫女さんが木で出来た台……あれなんて言うんだろ?
お神酒とか乗せてるアレね。
神器の小太刀を持ってきて、それを当主が受け取ろうとしたその時。
「うふふ……お邪魔します、ね」
水神のファイターたちの反応は……。
おっふ。
即座に武器を構えたのは10人くらい。
残りは驚いたまま。
これは舐められても庇護できんわ。
「ふん……この妖気、月の眷族か。何用だね?」
ニタリと笑う当主。
現れたダークソルジャーが竜人族の美女だからか、視線が粘っこい……気がする。
「ご当主さま、こんな時まで頭の中はピンク色ね~」
双葉がこう言うってことは気のせいじゃないな。
「いえ、のんびりと散策していたら偶然七星家のお祭りが見えましたので、何をしてらっしゃるのか気になりまして……それが大精霊の神器、ですか」
「そうだ。キサマのような下衆には一生無縁のな。我が水神家のように選ばれた者のみが所有を許される神聖なる武器だ」
護衛のファイターに護られてることもあってか強気の姿勢を崩さないオッサン。
こっちはそんな余裕なんて全くない。
あの竜人、強い。
イヤな汗が出る。
猫姫さまの言う通り、俺だけの力じゃ絶対勝てねぇ。
この4人パーティーでも無理だ。
それを察したのか、音羽たちの表情も険しい。
いや、俺たちだけじゃない。
人混みのあちこちから緊張した霊気を感じる。
感じる妖気以上にプレッシャーが凄まじい。
『精霊使いか、それ以上の切り札があるのか。いずれにせよあの森人では指先一つで粉みじんだな』
そらあのオッサンは戦えないだろうよ。
あの腹じゃ訓練してるかも怪しいだろうし。
「あら、下衆呼ばわりは酷いですね……少し、カチンときましたね」
「ならばどうす―――ひびゃぁッ!?」
「うぉッ!?」
冷たッ!?
氷の妖気か!
「ぐぅ…ッ! はッ! 水神様ッ!!」
構えていた護衛たちは踏ん張ったようだが、油断していた水神様は景気よく転がってった。
神器を手放さなかったのは素直に尊敬しちゃうな。
「ターゲットを祭壇の上のファイターに絞ったようですな。妖気の扱い方がその辺のダークソルジャーとはケタ違いであります…ッ!」
「参拝客は……あら、みんな避難を始めてるわね~。なれってスゴイわね?」
客に混ざったはぐれたちの誘導もあってか、多少の混乱はあるが避難は問題なさそうだ。
「豹真、どうする? 客が無事なら水神に助太刀する義理はないが……」
「神器が月の眷族にわたるのはマズい。が、そもそもあの竜人のおねーさん本気だしたら止めるのムリだな」
『わらわがおヌシを男にしてやるぞ?』
(まだ普通の学生ファイターでいさせてください)
『はぐれとしてガンガン戦っておいてか? 普通とはいったい、なぁ?』
バレなきゃいいんだよバレなきゃ!
「どうやらただのザコではなさそうだな……霊気兵装、展開ッ!」
犬人族の護衛隊長っぽい人が儀礼武装を捨てて霊気兵装にチェンジした。
当主と違って油断している気配は微塵もない。
「ふふ……アナタも、牙の抜けた飼い犬ではなさそうですね?」
対するおねーさんは余裕ある振る舞い。
だが見下すような素振りはない。
そういうところ、すごくベテラン感。
場外ではだいたい避難終わって……ないッ!?
「いやー、これも日ごろの行いってヤツぅ? 特ダネきたこれ!」
嬉しそうにカメラをパシャってる猫人のお姉さんが一人。
なんかそれっぽいもの体にぶら下げてるし、ジャーナリストかな。
ってのんびり観察してる場合じゃねぇ!
(姫、すまんッ!)
『うむ。守りは任せよ』
ジャーナリストさんに向かってダッシュ!
「うーん、もうちょいアングルを―――って、ひゃあッ! 何事ッ!?」
問答無用で抱きかかえる俺。
「ちょ、少年! セクハラかッ!? いくら私が魅力的だからってイヤこういうワイルドなのもちょっとトキメクけどまずは名前を―――」
「舌噛むよー?」
よー喋るなこの人。
離脱、間に合うか?
「豹真殿! ひとまず!」
「ナイスだ音羽!」
「ちょっと~、私は~?」
「バッチグーだぜ!」
俺が飛び出してすぐ、色々察して物陰に安全地帯の準備をしていてくれたようだ。
「ひゃッ! …その制服、みんな天輪生? あ、それでお姉さんのこと心配してくれた流れかな? だけどぉ、これでもプロのジャーナリストだし引き際くらい―――」
「双葉、合わせろ!」
「はいは~い♪」
「ちょ、無視すんな―――ひゃぁッ!?」
冷たい風、いや凍える風がここまで届いた。
「「ぬくもりの領域ッ!!」」
姫さまに炎属性を強化してもらい、双葉に協力してもらって二重の防壁を張る!
次の瞬間。
「チィッ! お前ら二人がかりの障壁越しでこれかよッ!?」
「くッ…これほどとは……豹真殿が引くと判断するのも納得であります……!」
確かに殺気はこもってない。
だが単純に強力な吹雪で寒いし痛い!
「ちょ!? なんで雪!? 吹雪ッ!? 寒ぅーッ!!!」
ぴったりくっ付いてくるジャーナリストさん。
「ふぅ~♪ これは想像以上~♪」
ぴったりとくっ付いてくる双葉。
「すごいですな。隊長っぽい人以外、倒れてしまいましたぞ」
「水神のご当主サマの周囲は大丈夫そうだな。あの光、防壁系の儀礼道具か」
ぴったりと以下略。
「なんでみんなしてくっ付いてくるんだよ……」
「「温かいから」」
「左様ですか」
猫姫さまは炎の精霊。
いま俺は姫さまにお力添えいただいてるので炎属性が高まっている。
その影響だろうな。
「ふふふ……ほんの、ほんの戯れのつもりでしたのに、随分と脱落者が出てしまいましたね。七星家でも大家たる水神のファイターにしては……少し、考え物ですわね?」
「ッ! バケモノめ……ッ!」
舞台の上、二人の周囲が歪んでいる。
氷の結界が出来上がっている証だ。
空間ごと取り込むまで至ってないのは手加減しているからだろう。
バケモノ呼ばわりしたいその気持ち、わかるわ。
「だが引くわけにはいかんのだッ! セィヤァぁぁッ!!」
無理やり自分を奮い立たせて切りかかる隊長さん。
炎を纏った長刀を受けるは青い宝石のような氷の長剣。
紅蓮の乱撃を事も無げに捌く青い輝きが綺麗だ……と、思えるのは見てるだけだからだな。
アレ、戦うことになったら厳しいなぁ。
「ねぇねぇ、学生さんから見てどうなの? 一応押してるようにも見えるんだけど」
「完全に水神ファイターのが不利」
「そうなの?」
「武器が完全に手加減されてる。水神は本気の霊気兵装だけど、眷族側は剣に形作った氷の表面を妖気で覆っただけ。ハリボテで真剣受けてんだもん、そら苦い顔にもなるでしょ」
「うへぇ……ちょっと、本気でヤバいんじゃない?」
状況を解説すると猫のお姉さんの表情も曇った。
当主は大精霊の力を使えるという触れ込みになってはいるが、何せあの見た目だし、すでに吹っ飛ばされてるしで期待はできない。
俺らは学生なので論外だろう。
写真を撮影しているときはイベント感覚だったようだが、月の眷族に大精霊の神器を奪われる事の重大さに気が付いたらしい。
正直、俺も困った。
できれば切り札は、精霊の力は使いたくないが……どうしたものか。
~ちょっと補足~
・七星家
・霊験庁が認めた、大精霊の宿った神器を管理する家系。
・分家を含めるとどの家もかなり大きな組織。
・水神家
・七星家で武蔵地方に本家を置くファイターの家系。
・名前通り、水の大精霊の加護を受けている、はずなのだが……?
・現当主は戦闘能力は残念だが政治力高め。
・比率で言えばちょっと性格イヤなファイターのが多い。
・巫女さんが持ってるアレ
・三方というそうです。
・檜などの木製の盆に直方体の胴が付いたもの、とのこと。