転生者と夜を守る者たち
主人公が転生したタイミングは、社員食堂で昼食中に唐突に……です。
【転生者・蒼天寺 豹真】
「アンタは死んだんだよ。この世界じゃ魔力を失うって言うのは命を失うと同じ意味だからね。魔力を持たないアンタの体は転移した瞬間にサラサラ~と砂になっちゃったんだよ」
あっさりと死亡確認された。
別に驚かなかったけどね。
何となくだが…自分が一度死んでいることは理解していた。
どう表現すればいいかな。
魂が記憶している、ってのが一番しっくりくるだろうか?
「異界からの転移……アタシたち女神はイレギュラーって言ってるんだけど、何せイレギュラーだかんね。何処にどのタイミングで飛ばされるかわかんないからさぁ? 最初からアタシらの庭園に飛ばされてくるなら命くらいは助けてあげられたんだけど」
異世界からの転移自体は昔からそれなりにあるらしい。
ただ問題は、なぜそれが起きるのか女神たちですらわからないと言うことだろう。
よくある女神が呼び出す、というワケじゃないらしい。
当然この世界の人間が召喚するワケでもない。
本当に突然現れるのだとか。
「出来ることなら元の世界に戻してあげたいんだけどさぁ~、女神ったって万能じゃないのよ、コレが。あくまでこの世界では神さまってだけで、他所の世界に干渉するほど強くないのよ。いや、ホント、助けてあげたい気持ちはあるけどアタシじゃムリなのよ」
女神たちも、そしてこの世界を創った上位存在とやらも、俺たちイレギュラーのことは不憫に思ってはいるらしい。
なので元の世界に戻す方法を探してはいるものの、成果の方は全く進展していないそうだ。
まぁ理由が理由だ。
大人しく納得するしかないだろう。
「元の世界に戻すのはムリだけど、できる範囲でサポートはするからそこは安心していーよ。ま、転生することになるからアタシの加護なくても世界に馴染むのは難しくないと思うけどねー」
「……んぁ? ……あー、懐かしい夢見たな」
時計を見る。
時間は夜の10時を過ぎたところか。
部屋でちょっと横になるだけのつもりが小一時間ほど寝てしまったらしい。
「今さら転移したときの夢を見るとはなぁ」
正直日本への未練はそれほどでもない。
が、やはり自分が異世界に飛ばされたという事実は中々にインパクトがあった。
「15年、か。二度目の青春が波瀾万丈になるとは夢にも思わなかったな。と、いうか人生二回目とか普通は考えないワケだが。……っと、準備準備」
部屋着を脱いで学園指定のインナーを着る。
もちろんただの服じゃない。
天輪学園はエーテルファイターの教育に力を入れている。
支給される制服なんかも防具としてしっかり機能する優れものなのだ。
まぁ霊気のガードに比べたら気休め程度なんだが、動きやすいのもあり愛用している。
インナーの上にいつもの武道家スタイルを決めて狐の面を被り、窓からそっと外にでる。
家族は俺がはぐれファイターとして夜出歩いていることを知っている。
秘密にしていないからね。
そもそも祖父ちゃんがはぐれファイターでガンガン戦ってたらしいし。
なので玄関から普通に出てもいいのだが……そこはまぁ気分の問題だ。
葵が拗ねる可能性もあるし。
繁華街のビルの上に陣取り、周囲を見渡す。
もうすぐ日付が変わるというのに、電気の光で何とも明るい。
『ヒョーマ、向こうでトラブルだ』
「早いな。もう見つけたのか」
後ろから仲間が声をかけてくる。
仲間、といっても人間じゃない。なんと精霊だ。
振り向けばそこには大きな白い犬がいる。
……狼ではなく犬、らしい。
シュッとしたイケメンぶりがどう見ても狼なんだが、本人、本犬? としてはそこは譲れないらしい。
『僅かだが妖気を孕んだ連中が人間一人を取り囲んでいる』
「わかった。すぐに向かおう」
相棒の白犬とともにビルの上を跳んで移動する。
妖気を探ることは俺一人でもできる。
でも精霊に比べればまだまだ甘い。
一分一秒が命に関わる状況だってあることを考えると、下手な見栄なんて張らない方がいい。
素直に精霊の導きに従うようにしている。
「あれか。ギリギリセーフ、かな?」
建物の裏手、ちょっとした広場で一人のサラリーマンっぽい人が囲まれていた。
なるほど、これがオヤジ狩りというやつか。
「っは? コイツいま上から」
「…んだテメェは?」
「おじさん、大丈夫?」
「え、あ、あぁ…なんとかね……」
「おい、ムシしてんじゃねぇよッ!」
よし、とりあえず怪我はないようだ。
眼鏡も割れてないしスーツも破れたりしていない。
俺は使わないが眼鏡も結構高いらしいからな。
間に合ってよかった。
「コイツあれだろ? はぐれとかいう連中じゃね?」
オッサンを囲んでいた連中が、今度は俺を見てニヤニヤし始めた。
何を考えてるかはよくわかる。
妖気の力を試すのにちょうどいい獲物が来た、とか考えてるんだろう。
何せこのパターンも何度も遭遇してるからね。
……って、よく見たらコイツら学生かよ。
こういうことするなら、せめて制服くらい脱げ?
とりあえず天輪生じゃないから良しとしておくか。
「何? ヒーローごっこ? カッコいいね~! でもワリィけどさ、オレらタダの人間じゃないんだよ」
「タダの人間じゃない、ねぇ」
改めて見ると実に色んな種族がいる。
犬猫、蛇、ドワーフエルフ……この世界では全部まとめて人間扱いされている。
もちろんコイツらが言いたいのはそういうことじゃない。
妖気に浸食されて気が強くなっているのだろう。
ちゃんと訓練しなくても、それなりに強い力を使えるからな。
……気持ちはわかる。
俺も霊気の扱いを覚えたころは調子にのって魔獣に何度も殺されかけたもんだ。
「はぐれなんかに今の俺たちが負けるかよッ!」
鉄パイプをもった犬人族が襲いかかってきた。
獣人系のしなやかな動きが妖気でさらに強化されているだけあって、なかなか早いな。
だが。
「よっ」
「っは? ……はぁッ!?」
鉄パイプを霊気を込めた手刀でサクッと切り捨てる。
「コレくらいで驚くな……よッ!」
「がふぅッ!」
ボディががら空きなので遠慮なく拳を打ち込む。
先ほどまでの勢いは何処へやら、顔中から色んな液体を出して悶えている。
「な、なんだよ……何したんだよ!?」
「何って、治療だよ。霊気ぶちこんで妖気を祓うんだよ。反動の痛みはまぁ、致し方ない犠牲ってことでひとつ」
妖気の浸食は即座に問題があるワケではない。
ある程度ならこうして霊気をぶち込めば身体の中から妖力を消し去ることができる。
が、浸食が進み、他者の魔力を喰って妖力が育つとアウトだ。
妖力と共に命そのものである魔力も消えてしまう。
「く、くそッ! みんな怯むな! いくら強くても相手は一人だ! 数は俺たちのほうが有利なんだッ!」
「んー、たった今一人じゃなくなったけどね」
「何を言って……ひぁっ!?」
あたりまえの話だが、はぐれファイターは俺一人のことじゃない。
時間が経てば異変に気が付いた他のファイターが駆けつけるのもよくあることだ。
『ぬぅ…今回もオレの出番は無しか』
(どのみち出番なかったと思うけど)
白犬くんが物足りなさそうに呟く。
俺の力だけで勝てない時は力を借りて戦うのだが、今日のように相手が弱い時は見学で終わりだ。
まぁそうじゃなくても他の仲間がいるときは迂闊に精霊の力を使えない。
なので今回も大人しく姿を消したまま待機だ。
『姿を眩ます技術ばかりが上達するな。まったく、これでも守護精霊だというのに』
(まぁまぁ。また今度ね、今度!)
【はぐれ闘士・タキシード紳士】
「お、どうやら急ぐまでもなかったみてーだな」
「あれは……狐君でございますな。確かに急ぐ必要性は低かったですねぇ」
戦いの気配を追って、御同業の皆さまと合流しながら進むことしばらく。
目的の場所では、やはり知己のはぐれファイターが戦っておりました。
いえ、戦いというのは表現として適切ではありませんね。
あの学生諸君はどうやら妖気を取り込んで間もない様子。
狐君の戦闘力を思えば一般人と変わらないでしょう。
「お、援軍か。感謝感謝」
「フヒッ…君ならこの程度、よ、ゆうでしょ?」
「一人ずつぶん殴るのメンドイ。でも助かるなら助けてやりたいし」
なるほど。
確かに彼らの様子からして全員助けることは可能でしょう。
今回のメンツが過激派ではないのも幸運でしたね。
彼らは相手が死んでも構わない勢いで戦いますので。
「しかし…アレだな」
「アン? なんだよ」
「こうしてみると、俺たちのほうがよっぽど不審者だな」
「うっせぇヨ! 仕方ねーだろうが!」
狐君の言う事もごもっとも。
フルフェイスに特攻服の女性と。
真っ赤なヒーロースーツにマントの方と。
私もタキシードにオペラマスクですからねぇ。
ですが変装しないわけにもいきません。
月の眷族に正体を知られないためというのが一番の理由……と、思うかもしれません。
確かにそれも重要です。
でも一番知られたくないのは霊験庁の方々に、でございます。
彼らは自分の管理外のファイターに対して否定的です。
もし知られれば非常に面倒なことに。
まぁ、勧誘されてそのまま就職なさるかたもいらっしゃいますが。
やはり公務員、給料は良いですし祝日も基本お休みですから。
おっと、余計なことを考え過ぎました。
早々に学生の皆さまを救出するとしましょう。
「さて、こんなもんか。それじゃおじさん、気をつけて帰ってね」
「あ、あぁ、ありがとう」
治療はすぐに終わりました。
数は向こうが上です。
が、さすがに素人相手に後れを取るようでは、はぐれファイターとして生き残れません。
ちなみに警察には届け出をしない方向で話はまとまりました。
どうやら瀕死になって地面に横たわっている学生たちの姿に同情なさったようです。
社会的には彼らの立場は守られましたが……今後どうなるかは不明です。
一度で懲りればそれでよし。
もし妖力と妖気に憑りつかれるようであればその時は、です。
さて、この場は一先ず片付きましたが……。
「―――にゃーっす! いいところに仲間はっけ~んッ!」
「あ、マジにゃんさんこんばんはー」
「こんばんは~♪ …って、それどころじゃないにゃあ! みんな手が空いてるならちょっと手伝って欲しいにゃ!」
魔法少女が現れました。
猫耳フードで言葉遣いも猫キャラですが、此方の女性、森人族なんですよね。
しかも既婚で三人ほどお子さんもいらっしゃいます。
ご家族からの理解は得られているらしいですが……
「フヒッ? な、何? 大物のダークソルジャーでも出たの?」
「いや、強さは大したことないけど数が多いにゃ。それにギャラリーが多くて防戦一方になってるにゃ」
「チッ! またそのパターンかよ……ンな連中ほっときゃいいのによぉ」
「ダメにゃー! そんなことしたらまた色々言われるにゃ! にゃーたちはともかく避難させてるお巡りさんたちまでバカにされたら可哀想にゃあ!」
「なるほど、確かに。それではマジにゃんさん、案内をお願いしても宜しいですかな?」
「にゃ! ダッシュで向かうにゃーッ!」
次の現場を目指して移動開始。
示し合わせているわけではないのですが、自然と複数人での狩りになるのが普通です。
はぐれファイターという呼称だからと言って、全員が単独行動を好むわけではありません。
もちろんソロ活動にこだわる方もいらっしゃいます。
それでも苦戦しているファイターがいれば助けに入りますし、一人で厳しいと判断すれば援護を依頼します。
自分の流儀で戦いつつ臨機応変に。
その辺りの自由さは正規ファイターでは難しいでしょう。
「しかし野次馬どもも懲りねェな? 巻き添え食ってケガするヤツもしょっちゅういるってのによ」
「物事は考えようですよ、特攻隊長さん。恐怖に縛られてゴーストタウンのようになるよりは良いのではないですかな?」
ダークソルジャーの襲撃に怯えて外に出ることすらできない。
そんな未来は御免被りたいですね。
「そ、そうだよ。逞しいのは、い、いいことだよ、うん」
「ま、そうなんだけどよォ」
「まーホントにヤバいと思えばちゃんと逃げるから大丈夫にゃ。それでも残るアホはそれこそ自業自得だにゃあ」
野次馬の皆さまもなかなか強かです。
護身用の儀礼道具はもちろん、中には多少の霊気のガードを使える方まで。
私としては彼らの存在は重要だと思っています。
彼らがエーテルファイターの活躍を世に知らしめる役割を担っていることは事実だからです。
それが人々の希望になるのです、しっかり護らねばならないでしょう。
そういう意味ではマスコミの方々も同じなのですが……彼らは引き際がどうも……。
「にゃッ! アレだにゃ! ダークソルジャーの奴ら、また増えてるニャ!」
時間にして数分足らず、目的地が見えてきました。
戦う能力者たち。
取り巻く群衆。
逃げる人々を誘導する警察の人たち。
これが天輪国の日常であり、私たちはぐれファイターの日常です。
さぁ、今宵も派手に舞いましょう!
~ちょっと補足~
・蒼天寺豹真
・本作主人公。日本からの転生者。
・女神の加護持ち。でも諸事情により基本使わない。
・得意属性は自然現象系全般。武器系のみ苦手。
・蒼天寺家との関係は養子。
・正義の味方ではない。なので割り切りも早め。
・女神
・天輪国を見守る女神。
・普段はジャージにコタツで他の女神とTVゲームに興じてる。
・口調は軽いが管轄内で豹真が死んだことを気にしてる。
・戦闘系の女神ではないが神様なので次元違いに強い。
・俺たちのほうがよっぽど不審者
・はぐれファイターは変装が基本。
・当然それぞれ好き勝手な恰好するので集団になると仮装パーティー状態。
・一応チームで統一しているファイターもいる。