96話 援軍ですわ
◆
触手が私の身体を這い回り、動いています。
どういう訳かリーバの触手は私に対してだけ、首を絞めるでも無く刃に変わったりもしません。
その代わり鎧を外され、服をビリビリに破かれています。
「ティファニー・クライン〜〜! お前はこれからァァ、ワシの慰みモノだァァアア! 孕ませてやるぞォォ!」
目を見開き、リーバが笑っています。
触手が、私の股の間をごそごそと弄っていました。
その先端が、妙に丸い……あっ……これはっ……。
私は必至で股を閉じて、それの侵入を阻みます。
いくら何でも、このエロゲ展開はあんまりでしょう!
「ウオォォォォォッ!」
ランドが、私を助けようとしています。
大剣で触手をガンガンと斬りまくっていました。
触手が火花を散らし、徐々に削れていきます。
でも、狂化したランドの攻撃力をもってしても、斬り落とすには至りません。
ヌルヌルとした表面から青い血が吹き出すたび、切れた皮膚が修復されていきます。
つまりリーバは、再生能力を有しているということ……。
「青い血……そうか。お前ッ……!」
ラファエルがリーバの血を見て、眉を吊り上げました。
何かを思い付いたのでしょうか。
瞳に怒りと悲しみを滲ませながら、ラファエルがリーバに向かい歩んでいます。
掌を翳し、ラファエルが呪文を唱えました。
「大気に集いし清浄なる水よ。我は請い願う……我が前に湧き、乾きを癒さんッ!」
それは、何のことはない水の魔法です。
だけどラファエルは躊躇う事無く手の平を翳し、普通の水をリーバに掛けました。
一体何の意味があると云うのでしょう?
「お、お前ッ……」
リーバがグラリと揺れて、触手が少しだけ緩くなります。
「ウォォォオオオオオオオッ!」
今まで通らなかったランドの剣が、私を捕まえていた一本の触手を両断しました。
「これはッ?」
とりあえず私は転がり、リーバから離れます。
それからビチビチと暴れる触手を身体から引き剥がし、立ち上がりました。
声も出せます。どうやら沈黙の効果も薄れてきました。
ふう……。
何とか、触手にアソコを触られずに済んだようですね。
とはいえ、かなり服はボロボロにされてしまいました。
色々と露出が激しくなっているのは、やはり私がエロゲのヒロインだからでしょうか……。
それにしても、リーバが怯んだのはどうしてですかね?
そう言えば私が水の魔法を射ったときも、リーバは嫌そうな顔をしていました。
私は小さくなった布面積から零れそうになる胸を抑えつつ、ラファエルに問います。
「ラファエル。これは一体どういうことです?」
「青い血さ。そこから僕は、ヤツが蛸に近い生き物だと想定した。そして蛸に近ければ、真水に弱いと考えたんだ」
何処までも冷静なラファエルの声が、返ってきました。
ドナを失っても、この落ち着き。流石は天才軍師ですね。逆に少し恐いです。
その間もラファエルは水の魔法を発動させ続け、リーバに放っていました。
「ふわぁぁああああ……やぁめぇろぉ……」
水を浴び続けたリーバが、フニャフニャと崩れています。
その間にランドが、触手を幾つも斬り落としていました。
このままなら、押し切れるかも知れません。
それに、ラファエルが更に嬉しいことを教えてくれました。
「ティファ……あの砂塵を見てごらん」
ラファエルが、顎で門の先を示しました。
確かに、妙にモクモクとした砂煙が立ち上っています。
だから何だと言うのでしょう?
私が首を捻っていると、ラファエルが教えてくれました。
「敵の後方に砂塵。そして、前方の敵が混乱している。となれば、援軍が到着したに違いない」
「なるほど――確かに!」
そうと分かれば、私も剣でランドを援護しましょう。
今、彼は十本近い触手と、一本の剣で戦っていますからね。
まあ、すでに四本くらいは斬り落としていますけれど……。
「この……このォォォォオ! あんまり舐めるなよォォオオッ!」
ですがリーバが、ついにキレました。
顔を真っ赤にして、まるで茹で蛸のようです。
「肉片よ、今こそォォオオ! 我が剣となれェェエエ!」
相変わらず子供っぽいリーバの声が、辺りに響きました。
するとリーバの斬り落とされた触手が、モコモコと膨れ上がっていきます。
それが見る間に大きくなって、三体のリザードマンになりました。
リザードマンは翼を持ち、黄金の剣と鎧を装備しています。
あれはマスターリザードマンですね。
そのうち一体が、ラファエルに斬り掛かりました。
流石のラファエルも魔法を放ちながら、マスターリザードマンの迎撃は出来なかったようです。
魔法の水が止まり、リーバが体勢を立て直しました。
「くそッ!」
ラファエルは敵の攻撃を剣で受けつつ、後退します。
剣の技量すら、魔将の作り出した敵はラファエルを上回っていました。
ランドの方は二体のマスターリザードマンを相手にして、さらに回復しつつあるリーバと斬り結んでいます。
リーバが憤怒の形相で叫びました。
「ここまでしてくれてェェ! ラファエル・リットォォォ! 腕の一本や二本、覚悟しろよォォオ!」
ん? 今のリーバ、何て言いました?
腕の一本や二本?
コイツ、ラファエルを殺す気は無い――ということですか?
それに考えてみれば、私も……。
リーバがその気なら、私の事も簡単に殺せていたはず。
どういうことでしょう?
ああ、そうか。
もしも私の勘が正しければ、コイツは私とラファエルを殺せない!
私は突撃しました。胸元が大きく開けていますが、もう気にしません。
ひたすらリーバを突き、薙ぎ、払う。
その都度、青い血がリーバから弾け、ヤツは苦悶の表情を浮かべています。
「ち、調子に乗るなよ、ティファニー・クラインッ!」
それでも私に対する攻撃は、触手を伸ばして捕まえようとするのみ。
これをランドが弾いてくれるので、私は俄然、敵の懐に入り易くなりました。
リーバもかなり消耗しているのでしょう。
私程度の攻撃を受けても、回復が間に合っていません。
いける――そう思った刹那のこと。
「あああああああ、イライラするゥゥウウウウ! こんな戦い方、趣味じゃないんだよォォォオオ!」
私の剣がリーバの喉を貫くと、ヤツは触手で白髪を掻き回して叫びました。
目の前で、ヤツの身体が変化を始めます。
変化というよりは、巨大化でしょうか。
いいえ、身体も変わっていきました。
その身体は全身がヌメヌメとした黒褐色に変わり、触手には無数の吸盤が現れました。
コレはまさに、巨大な蛸……。
本来なら陸上にある蛸など、デロンと伸びそうなものですが、その身体はしっかりと起きています。
きっと魔力で自身の身体を覆い、体勢を保っているのでしょうね。
“ズバン”
触手が私の真横に叩き付けられ、大地を斬り裂きます。
「もう、殺す」――そういった意思表示でしょうか。
今まで以上に速く、攻撃は鋭利でした。
いえ、違いますね。それでもリーバは、私の急所を狙っていない……。
傷付ける程度は止む無し、とでも考えたのでしょう。
第二撃目が迫っています。
私は横に飛んで、触手を躱しました。
すぐに次が迫ります。
ああっ! これは躱せない。
狙いは……えっ、身体?
やはり私を殺そうと、狙っていたのですか?
私は目を瞑り、来るべき衝撃と激痛に備えます。
しかしこれを、ランドが盾を翳して防いでくれました。
“ドガガガガガガガガガガガガガッ”
無数の触手が、ランドを穿ちます。
触手の先端は、槍よりも鋭利に尖っていました。きっとリーバは触手の形状を、自在に変えられるのでしょう。
でも全部、ランドが大きな身体で受け止めてくれて……。
「ああっ……ランド……血が……わたくしなど、庇わずとも良かったのに……」
涙が溢れました。
何でって――
だって触手が盾も身体も貫いて、ランドの背中から何本も出ているから――。
「ウォォォォォオオオオオオオオオオオ!」
ランドが大剣を振り上げました。
目の前に、マスターリザードマンが迫っています。
ランドが振り下ろした大剣は、リザードマンの頭蓋を砕きました。
そのままランドは剣を横に薙ぎ、もう一匹のリザードマンの首を飛ばします。
一瞬、ランドにとって触手に貫かれた程度、どうということも無いのかな? などという妄想が頭をよぎります。
でも、そんな訳はない。
ランドの背中から、何本もの赤い筋が走っています。
その全てが、彼の命そのものなのですから……。
だけどランドは、まったく怯みません。
身体を触手に貫かれたままリーバに突進し、剣を振り下ろしました。
リーバの胴体に深い傷が刻まれて、青い血が噴き出します。
それをランドは頭から被り、息を吐いていました。
「フウゥゥゥゥゥゥウウウ」
「ギャアアアアアア!」
リーバの上げる絶叫は、人の心に根源的な嫌悪感を齎します。
狂化したランドすら、一瞬だけ硬直していました。
瞬間――触手が縮み、伸びて――ランドの身体が吹き飛ばされます。
その威力は、火薬をたっぷり詰めた大砲よりも大きいでしょう。
オーク達の死体が積み上がった中へ、ランドの身体が叩き付けられました。
オーク達の死体が、肉片となって飛び散っています。
当然ランドの骨だって、グチャグチャになったでしょう……。
それでも彼は立ち上がる。
鎧も服も顔も、全て血まみれです。
青いリーバの血と、自身の赤い血が混じっている。
全て、狂化のせいです。
私のせいです……。
「もう、やめて下さい! 死んでしまいますわッ!」
私は震える足で、ランドの下へと掛けました。
そして彼の前に立ち、リーバを睨む。
視線の先で、リーバの傷が塞がっていきます。
ああ……ゆっくりでも、まだ再生している……。
“ドサリ”
私の後ろで、人の崩れる音が聞こえます。
ランドが横たわり、じんわりと血が地面に広がっていきました。
◆◆
その時です。
空飛ぶ不思議な生き物が目の前を横切り、一つの影が私の前に立ちました。
生き物は鷲の頭と翼、馬の下半身を持つ幻獣です。
影の方はサラサラとした黄金の髪、長い耳と雪のように白い肌。
緑色の服と背中に背負った大きな弓、そして腰にレイピアを吊っています。
もちろん、この姿に私は見覚えがある。
「天知る、地知る、人ぞ知る。本来なれば愚かな人族などの為、わしが出ばる事など無いのじゃが……他ならぬティファの為とあっては、仕方あるまいの。我が名はリリア――」
「……駄エルフ」
「おいッ! なんじゃそれは! それが大ピンチの時に現れた親友に言う言葉かッ! わしに名乗りくらいさせよッ!」
「嫌ですわ。大体あなた、来るのが遅過ぎましてよ」
「仕方が無いではないか! これでも急いだのじゃ!」
「それに、わたくしとあなたが親友というのも心外ですわ」
「あっ! わしとお主とイグニシアは、深い絆で結ばれた親友であろうッ!?」
「あなたが野グソをした、という秘密を共有しているだけのことです」
「そ、それを言うなッ!」
「今日だって遅くなったのは、途中で野グソをしていたからではなくて?」
「ち、違うッ! わしは毎朝快便じゃッ!」
「うわ、汚い……」
「な、なにおうッ!?」
長い耳をピコピコと上下に揺らし、文句を言う駄エルフ。
今まで緊迫感が一気に消え失せ……たりはしないですね。
首だけになったドナが、虚ろな目でこちらを見ています。
だけど彼女の瞳は今後一切、何も映す事は無い……。
「リリア。遊んでいる余裕などありませんわ……」
「う、うむ……急いでヒッポグリフで来たのじゃが……あれはドナ・アップルスか……無念じゃったろうの。わしがもう少し早く来ておれば……」
「ふん。あなた如きが早く来たところで、結果は変わりませんわ。むしろ逃げなさい。あなたまで犠牲になる事は無いのです」
一瞬だけ、リリアードが口を丸くしました。それから目を細め、私を見つめます。
「馬鹿を言うでない。見捨てるものか……」
「ヒッポグリフでなら、まだ逃げられると言っているのです」
「ふん」
駄エルフが、リーバに目を向けました。
「勝算くらい、あるわ」
髪をひらりと手で弾き、リリアードがレイピアを構えます。
揺れる髪が背中で踊り、途端――リリアードは風のように駆けました。
いいえ、風と一体化したのでしょう。
彼女は疾風となってリーバに一撃。
“ドォォォォォオオン”
リーバの身体に、レイピアが深々と突き刺さっています。
が――レイピアが折れたので、リリアードは疾風のように戻ってきました。
「だ、ダメじゃったぁぁぁあああ!」
「ほら、言わぬことでは無かったでしょう?」
「見るからに柔らかそうなクセして、アレはなんなのじゃ!?」
駄エルフが、頭を抱えています。
見る間にリーバが迫り、私達は触手に捕まりました。
「あなた……いったい何をしにきたのですか……」
「何って、ほら……マリアードに聞いたから、助けにきたのじゃが?」
「だったらこの状況、何とかして下さらない? 勝算はどこに行ったのです?」
「それがのう……この触手、わしの股間をコチョコチョと……少し、あひゃっ……んっ……気持ちイイのじゃ」
私達は触手の中へすっぽりと収まり、リリアードもさっそく半裸にされていました。
そりゃエロゲのヒロインが二人も揃えば、こうなりますよ……。
何をやっているんでしょうね、このスットコドッコイは。
少しでも期待した私が、馬鹿でした。
「あのねぇ、リリアード……わたくし達がこんなことをしている間にも、ラファエルは戦っているのですわッ! ランドなんて……もうッ……!」
「そんなことを言うたとて……あんッ」
今もラファエルはマスターリザードマンと戦い、吹き飛ばされています。
せめて早く、沈黙の効果が切れてくれれば……。
「大丈夫じゃ……勝算があると言ったであろう? もう間もなく来るぞ……はぁあん」
何を言っているのでしょう、この駄エルフ。
来るのは、あなたの絶頂でしょうが。
涎を垂らしてアヘ顔してるんじゃありませんよ、まったく。
“ドパァァァアアアアアアアアン”
その時でした。
門を固めていた魔物の群れが、吹き飛んでいきます。
割れた魔物の間から姿を現したのは、茶色の髪をポニーテールで纏めた少女でした。
あれは、ミズホ! 彼女の横に、ワンワンとメルちゃんもいます!
ミズホが両手に剣を握り、憤怒の形相でリーバに突進しました。
左右を固めるオークやゴブリンは、狼コンビが瞬く間に駆逐しています。
「お姉ちゃんを、返せッ! オマエなんか、食べてやるッ!」
あ……ミズホがブチキレていました。
でも魔将を食べるというのは、どうなのでしょう。
まあ蛸ですから、それなりに美味しいのかも知れませんが……。
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