9話 最強の家畜ですわ
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「ねえねえ、お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
私の服を掴み、ミズホが騒いでいます。
無視して歩けば、間違いなく服が破れてしまうでしょう。
無体な領主に服を引き裂かれる前に、無垢な子供に服を破られては洒落になりません。
「ミズホではありませんか、子供はもう寝る時間ですわ。おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい。むにゃむにゃ……」
「おや、随分と早く寝ますわね。良い子ですわ」
私の服を掴んだまま、地面にズリズリと落ちていくミズホ。しかしすぐに目を覚ますと、怒り始めました。
「お姉ちゃん酷いよ! お日さま、まだ沈んでないよ!」
「そうですか」
私は口答えするミズホの瞳を見つめ、一つの呪文を唱えました。
「……この者に心安らかな眠りを与え給え」
再びミズホが崩れ落ちます。
「わたしもい……くかーっ」
他愛も無いですね、所詮は子供です。
背中の薪を隣に置い……て……なんですか、この重さは。むしろミズホの身体を薪から離す方が楽ですね。
それから身体をくの字に折って眠りに入ったミズホをミコットへ渡し、私は踵を返しました。
これ以上、時間を無駄にしたくありません。
「おあよ! もう朝? あれ、また夕方だ! お姉ちゃんごめん、わたし寝ちゃった!」
えっ! ミズホ、目を覚ますのが早くありませんか?
貴女の魔法耐性は一体どうなっているのです?
私は恐る恐る振り返り、小さな悪魔のステータスを確認しました。
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ミズホ・バーグマン
年齢11 職業 村人Lv1
スキル
双剣F 魔導F 剣術A 槍術A 格闘A 斧術S 馬術B 平常心C 筋力強化SSS 脳筋SSS
ステータス
統率81 武力96 魔力52 知謀1 内政16 魅力97
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なんですか、武力96って。そんなLv1がいていいのですか? すでに最強クラスじゃないですか。
あと筋力強化のSSSはいいとして、脳筋ってなんですか? 最強のバカってことでしょうか。納得です。
ですが精神系の魔法が効かない理由は、きっとこれですね。
あと知謀1ってなんですか。壊滅するにも程があります。内政も16とか、これは完全に戦闘民族ですね。
「お姉ちゃん、どしたの?」
ミズホが神速で迫り、いつの間にか私を見上げていいます。
無邪気な鳶色の瞳がキラキラと輝いていているのは、一瞬眠ってスッキリしたからでしょう。
「あはは、あはは! お姉ちゃんの髪、綺麗だね! 金色でサラサラしてて羨ましいっ!」
「おやめなさい、この子豚。汚い手で触ると許しませんわよ」
ミズホが抱きついてきました。私の髪を触ったり匂いを嗅いだり、これでは子豚というより子犬です。
髪と言えば……ミズホの栗色の髪は、まだ肩までしかありません。
後に彼女のトレードマークとなるポニーテールは、まだ実装されていないようですね。
「子豚ってわたし? あははっ! お姉ちゃん、面白い!」
「いいから離れなさい。わたくしは忙しいのですわ」
「獣の狩りでしょ? だからわたしも行くよっ!」
「もうすぐ夜です。子供は寝る時間なのですから、ミズホは家で大人しくクソして眠ればいいのですわ」
「クソはさっきしたからもういいよ!」
「あなた、外でしたといいますの……」
「うん、だって豚さんが食べるもの……はっ、わたし子豚だった!」
ミズホが口に手を当て、ガタガタと震えています。
「お姉ちゃん、クソは食べたくないよ……」
なんということでしょう。
ここはゲームの世界だというのに、文化だけは中世ヨーロッパを正確に踏襲しているようです。
当時は貴族でさえ城の敷地の片隅で野グソをするなど珍しくなかったそうですし、豚が人糞を食べていたという話もあります。
ですが、そういったことのせいで疫病が蔓延したという背景もありました。
そういえばHerzogでは、疫病が流行って国力が落ちるということもありましたね。
もしかしたら衛生面を改善すれば、効率よく国力の発展が出来るのかも知れません。
まずは水洗トイレの普及に努め、ミズホに野グソを止めさせましょう。
「ちょっと、ティファ! 無茶をお言いじゃないよっ! 戻りなっ!」
ミズホの野グソ問題について考えを廻らせていると、ミコットが私の前に立ちはだかりました。
「こんな話、誰かに聞かれでもしたら、どうするんだいっ!」
「そうだよ、わたしがクソを食べる子豚なんて知られたらたいへんだよ」
「ミズホ! アンタはホントにバカな子だね! その話じゃなくて、領主のことだよっ!」
「領主?」
ミズホが目を細めて、ミコットを見上げています。巨大な斧を片手でクルクルと回し、柄を地面に突き刺しました。
“ズン”と鈍い音が響き、砂埃が舞います。
「わたし、あの人嫌い」
ミズホの目つきが、恐ろしいモノに変わりました。
端整なロリ顔に暗殺者の目が付いた、とでも申せば良いのでしょうか。
彼女の小さな身体からは、ムンムンと殺気が込み上げています。
もしもミズホが味方として付いて来てくれれば、頼もしいことこの上ないでしょう。
しかしここで殺人を覚えれば、ミズホは確実に武将の道をひた走る。
それはそれで、狼を野に放つ様なものです。
私は考えた末、言いました。
「ミズホ……ギラン・ミールは、この村の家畜共を襲う害獣ですわ。ですから家畜共の飼い主であるわたくしとしては、アレを放置することが出来ませんの。それにミズホ、あなたがわたくしに付いて来るということは、家畜が獣を狩りに行くというに等しいのです。これは、おかしな話になると思いませんか?」
「え、えと、ティファ……この村の家畜っていうのは……一体なんのことだい?」
おずおずと訪ねるミコットに、私は冷酷な笑みを浮かべて答えました。
「あなた方の他に家畜がいまして? さあ、ブヒブヒと鳴いてごらんなさいな、宿豚さん」
ミコットは片膝を地面に付き、小さく嗚咽を漏らします。
「ブ、ブヒブヒ……」
やはり私の毒舌は凄いですね、あれほど頑張って私を止めようとしていたミコットも、今では「ブヒブヒ」鳴いて黙りました。
「えと、えと、ギランが獣でお母さんが家畜……てことは、わたしも家畜! じゃあわたしはお姉ちゃんのものなんだね!」
ミズホが「ばんざーい!」と斧を掲げています。
知謀1は伊達じゃありませんでした、本物のバカがここにいます。
しかし魅力が97もあるせいか、とても清々しい笑顔です。
舌ったらずな物言いも、可愛らしくて仕方ありません。
ああミズホ、なんて恐ろしい子なのでしょう。
ですがいくら彼女が底抜けのバカでも、強さは本物です。
一度命を狙われたら、いつまでも狙う粘着性も一級品。
なのでここはなるべく穏便に、縁をすっぱりと切りましょう。
「そうですわね、子豚。あなたも当然、わたくしの家畜ですわ!」
「やった、家畜っ、家畜っ!」
「そういう訳ですので、ミズホはここで待っていなさい」
「待つの?」
「ええ。それでは、ごきげんよう」
私は膝を折って項垂れるミコットの肩を軽く叩き、歩き始めました。
「ブヒブヒ」
ミズホは暫くその場に立ち尽くしていましたが、すぐに宿の中へ入りました。
なんだかんだと言っても子供ですからね、これで良いのです。
少し時間が掛かりましたが、これなら逆に丁度良い頃合いに城へ着けるでしょう。
……
……
暫く行くと、大きな土煙が背後から立ち上っているのが見えました。
あのような土煙となると、騎馬が全速で走っているのでしょうか?
一騎ならばともかく、複数であれば少し厄介です。
私は立ち止まり、魔法の準備をしました。
ギラン・ミールが私を察知して、刺客を送り込んできたのでしょうか。だとすれば、侮りがたい相手です。
「お姉ちゃーん!」
しかし土煙の正体は、小さな悪魔でした。
ミズホが剣を頭上に掲げ、ブンブンと振りながら近づいてきます。
なんでしょうか、あれは。騎馬に匹敵する速度といい、大人の剣を易々と振り回す力といい……むしろギラン・ミールの刺客の方が大分マシだったのではないでしょうか。
私、生きた心地が致しません。
私の横に到着したミズホは、相変わらず満面の笑顔です。
「待った?」
「一秒たりとも待っていませんでしたわ」
「ありがとう!」
「は? も、戻りなさい、ミズホ!」
「なんで?」
「お、お母様が心配しますわ」
「ギランは獣。食べられるの?」
「た、食べてもきっと、おいしくないですわ、あんな老人」
「あっ、光る石! あ、こっちにも!」
ミズホは私の話をまったく聞きません。
「ミズホ……ギラン・ミールを倒すということは、非常に危険を伴うことでもありますのよ」
「ぎをみてせざるはゆうなきなり」
「は?」
ミズホが赤く光る石を拾いながら、ブツブツと言いました。
「お父さんが言ってたの」
「義を見てせざるは勇なきなり」のことでしょうか。
この意味を理解して言っているなら、知謀1というのはおかしいですね。
「ミズホ、意味は分かっていますの」
「もっちろん!」
拾った石をキラキラとした目で見つめながら、ミズホが答えます。
もうこれ、絶対に分かっていませんね。
「ミズホ、どうしても戻らないつもりですか?」
「戻らないよ、だってわたし、お姉ちゃんの家畜だもん。だから一緒にいるんだもん」
なんでしょうか、この理屈は。
ですがまあ、戦闘系のスキルは軒並みAですし、一緒に戦うなら間違いなく役立つでしょう。
それに仲良くしておけば、私の武将に育ってくれるかもしれませんし。
ゲームではあり得ないことでも、ここならもしかしたら……。
「そうですか。では、わたくしの家畜らしく、せいぜい役にお立ちなさい」
「もっちろん! 頑張るよ! ……あれ? でもお姉ちゃん、わたし子豚? もしかして食べられちゃうの?」
私はミズホの顔をまじまじと見て、微笑みました。
今はまだ子供ですが、ミズホは将来美人になります。
そういう意味では、ぜひとも美味しく頂きたいところですね。
「美味しく育ちましたら……あは」
ミズホの無数にあるエロシーンを思い浮かべ、私は舌なめずりをしました。
ミズホが頭を抱えています。
「食べないで、食べないで! 美味しくなんかならないから!」
ていうかミズホ、あなた破壊斧はどうしたのですか。
何で武器を剣に変えて、ここに来てしまったのです?
やはり知謀1というのは、致命的な欠陥になるのでしょうか?
ティファニー「破壊斧はどうしましたの?」
ミズホ「ん、家においてきたの」
ティファニー「どうしてですか?」
ミズホ「だってあれは木を切る用だから!」
ティファニー「伝説の戦斧ですわよ、あれは」
ミズホ「うん、よく切れるよね! どんな木も一回で切れるもんね!」




