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87話 許しませんわ

 ◆


 オークキングは既に、完全武装でした。

 私達が来ることを、承知していたのでしょう。

 まあ、あれだけ派手に毒や煙幕をバラ撒いています。当然ですね。


 部屋は相当に広いです。ボスの部屋ですから、これも当然でしょう。

 私達全員が展開しても、十分に戦える広さでした。


 調度品は、おそらくバーフットから持ち込んだであろう大きな寝台が三つ。

 今、その上には裸に近い姿の女性が三人。皆、蒼白な顔でぐったりしています。

 エロいですね。流石はオーク、実にうらやまけしからんです。


 ……などと言える程、気楽な状況ではありません。


 彼女達は、オークキングの相手をさせられたのでしょう。

 そのうち二人は嗚咽を上げて、泣いています。

 そりゃあんなデカい豚に豚足を突っ込まれたら、たまりませんよ。

 記憶くらい消去して差し上げたいものですね。

 鼻水を垂らしているのは……恐らく毒の影響下にあったのでしょう。

 これは、私のせいですね。申し訳ないことをしました。


 残りの一人がユラリと立ち上がって、こちらに目を向けています。

 そのまま、こちらへと向かってきました。

 どうやら彼女には、毒の影響がないようですね。


 というか……彼女には白目がありません。真っ黒な瞳です。

 こういった特徴を見せるのは、腐る前の動く死体(ゾンビ)ですね。

 けれど紫色の唇には、見覚えがありました。


「……キャメロン先生……」


 白い薄布を身に纏っていますが、洗練された裸体が透けて見えます。

 たとえ動く死体(ゾンビ)といえども、健全な男子であれば、是非ともお相手を願いたいでしょう。

 それほどにキャメロン先生は、死してなお魅力的でした。

 

 ただ、この状況を見れば確定的ですね。

 キャメロン先生は殺されて、慰みものにされたのです。

 それどころか現在進行形で、オークキングの相手をしていた……。


 リュウ先生の握りしめた拳から、血が零れました。

 噛み締めた下唇からも、血が零れています。

 先生の気持ちは、私にも分かりますよ。

 私だって、沸々と怒りが沸き上がってきます。


 それなのにキャメロン先生であったモノは、口元を歪めてこちらへ向かってきました。

 しかも彼女が得意とした魔法まで、放とうとしているじゃありませんか。

 唱える呪文、その口調まで生前と同じなんて……。


「野を彩るは花。闇を彩るは烈火なり……」


 キャメロン先生の翳した手の前で、青い炎が揺らめいています。 

 私は心を鬼にして、キャメロン先生の杖を翳しました。

 

「ああ、イライラしますわッ――その理を否定せよッ!」


 生前の先生ならいざ知らず、動く死体(ゾンビ)如きの魔法が何程のモノですかッ!

 私は目の前の炎を掻き消し、前に進みます。


「ティファ! 下がれッ! オークキングがいるんだぞッ!」


 ランドが私の肩を掴みました。

 けれど、引き下がれません。


「そんなモノの為に、キャメロン先生の魂が辱めを受けているのですッ! 見過ごせませんッ!」

「冷静になれ、ティファッ!」

「あなたは――わたくしがあの様な状況になっても、黙って見ていられるのですかッ!?」


 ランドの手が、私の肩から離れます。

 代わりにオークキングに向け、彼は駆けました。

 得意技、「突撃チャージ」です。


 オークキングの斧とランドの長剣がぶつかり、オレンジ色の火花が散りました。


「ティファッ! さっさと片付けろッ! この豚野郎は引き付けておくッ!」

「ええ……お願いしますわ……キャメロン先生を弔ったら、その豚野郎もすぐチャーシューにして、ラーメンの具にしてやりますからッ!」


 リュウ先生も私の言葉に頷き、奥歯を噛んでいます。


「味の方は、期待できんがな……!」


 そして皆に、指示を出しました。


「スコット、加護を頼むッ! ウィリアム、ドナは左から。ラファエル、ジュリア、メルカトルは右からオークキングを攻撃。カレンは後方から援護を頼む。俺はランドと共に、正面から行こう。ティファ、お前は――キャメロンを頼むぞッ!」


 皆が「承知」と頷きます。

 私は無言で頷き、キャメロン先生の前に立ちました。


 そのキャメロン先生ですが、動きません。

 それどころか、顔をリュウ先生の方へ向けました。

 こんな事って、あるのでしょうか。

 彼女は、次の攻撃を躊躇っているように見えます。


 動く死体(ゾンビ)には、一切の感情が無いはず。

 けれどキャメロン先生は、真っ黒になった目から赤い涙を零しています。

 手を伸ばし、ヨロヨロとリュウ先生へと向かって行くのは、決して彼と戦う為ではないでしょう。


「リュウ……」


 紫色の唇が動きました。

 狂おしい程に切ない声です。

 こんな声を聞かされては、私だって胸が締め付けられますよ。

 でもね、だからといって手加減など出来ません。

 これ以上キャメロン先生を苦しめない為にも、私は成すべき事をするッ!


「闇より暗き地獄の底にて育まれしもの、紅蓮に染まりし最果ての業火――其が灯す火は何処より来る。招来、招来――紅蓮の火にて焼きつくせ、我が敵をッ!」

 

 私がキャメロン先生を送るなら、何をすべきか。

 考えれば、簡単なことでした。

 彼女は魔導科の講師だったのです。

 そして私は、先生から杖を貰いました。


 だったら私の持つ、最高の力を見せる事こそ礼儀。

 これは炎系で、最高温度に達する魔法。つまり単一属性における最強魔法です。

 この魔法ならば塵も残さず、先生を消し去ってくれることでしょう。


 キャメロン先生は、動く死体(ゾンビ)などになっていない。

 オークキングに弄ばれてなどいない。

 そんな過去もろとも、消え去ってしまえッ!


 今、紅蓮の炎に包まれながら、キャメロン先生が私を見つめています。

 黒い瞳が、一瞬だけ人間のモノになった気がしました。

 唇が動き「ありがとう」と言ってくれたような……。 

 まあ、気のせいでしょう。こんな魔法をぶっ込まれて、お礼もクソもありません。

 

 リュウ先生が、一瞬だけキャメロン先生を見ます。

 それを隙と見たのか、オークキングが斧を振り下ろしました。


 オークキングの背後に、隙が生まれます。

 ですがこちらは皆、前方からオークキングを半包囲する形。

 状況を利用できません。


 そこにキャメロン先生が飛びつきました。

 炎に包まれたキャメロン先生を背負う形になり、オークキングが怒りの咆哮を上げます。


「ヌゥゥウウウウオオオオオッ! この女ァアアア!」

 

 私の放った紅蓮の炎がオークキングさえも包み込み、さらに燃え上がりました。


「グギャアアアアアアアアァァァァァァッ!」


 オークキングは悲鳴を上げて、やたらめったらに斧を振り回します。

 けれどキャメロン先生の死体が、その背中に張り付いて離れません。


 ランドの剣が、オークキングの腹に突き立ちました。

 カレンの矢が、立て続けに放たれます。

 頭、肩、足と、オークキングの身体に矢が突き立ちました。

 ラファエルが炎を倍加させようと、「炎槍フレイムスピア」の魔法をオークキングに打ち込みます。

 

 それでも、オークキングは倒れません。

 固有スキルの風操作で、炎を弾き飛ばそうとしています。

 

 アイツに毒が効かなかった理由、分かりました。

 自身の周囲を風の膜で覆い、毒の侵入を防いでいたのです。

 だからキャメロン先生が放った渾身の毒さえ、ヤツには届かなかった……。


「だけど……もう終わりですわ」


 手品など、仕掛けが分かってしまえばつまらないもの。

 だったら物理でゴリ押しすれば、勝てる道理じゃありませんか。

 

「先生ッ! オークキングは常に風盾ウィンドシールドを発動している状態です! 強力な攻撃を直接打ち込めば、倒せますわッ!」


 私の声に、リュウ先生が頷きます。

 そして重心を落とし、何かを始めました。


「発勁ッ!」


 リュウ先生の下に空気というか魔力というか、色々なものが集まっていきます。

 瞬間、リュウ先生の身体が膨れ上がりました。

 筋肉が膨張した――とでも言えば良いのでしょうか。


 オークキングの方は、何とか炎を弾き飛ばすことに成功したようです。

 キャメロン先生は燃え尽き、灰も残さず消え去りました。

 そんな中でドナやメルカトル、ウィリアムが新たな傷を敵に刻んでいます。

 

 彼等も、かなり成長しているのでしょうね。

 オークキングを相手に、一歩も怯みません。

 むしろオークキングの方がウィリアムに腕を斬り落とされて、唾を飛ばして怒り狂っていました。


「ギザマラァァァアア、許さん、許さんゾォオオオオ!」


 その口を、ランドの剣が横に斬り裂きます。

 牙ごと斬り落とされて、オークキングは情けなく「フゴフゴッ!」と鳴きました。


「黙ってろよ、豚野郎ッ!」


 私も援護の為、「光矢リッツフィエル」を十本程放ちます。

 まぁ、風盾で守られている以上、与えるダメージは少ないでしょうけれど。


 バババババババンッ!


 光の矢が頭上から襲うと、オークキングはたまらず大斧を手放して頭を抑えました。

 既にスキル効果も、薄くなっているのかもしれません。

 

 これを合図に、リュウ先生がいよいよ動きます。

 

 “ドンッ”


 岩で出来ているだろう地面が凹み、リュウ先生の足の形になりました。

 刹那――身体を捻ってぐるりと回し、腰から肩、肩から手首へと、運動エネルギーを伝えていきます。


 打撃――掌底。


 最終的にオークキングの腹部へ到達したリュウ先生の掌は、凄まじいエネルギーを孕んでいました。

 けれど――。


 “パンッ”


 それは、乾いた音。

 とても、威力があるようには思えません。

 だけど掌の跡から空気が円を描く様に、オークキングの腹部に展開しています。

 まるで水面に浮かぶ、波紋のようでした。


 ドパァァァァアアアアアアアアアアアアン!


 後から凄まじい爆音が弾けました。

 まるで巨大な岩に高波がぶつかったかのような、そんな音です。

 皆が顔を腕で覆い、衝撃波に備えました。

 

 空気が楕円形となりオークキングの腹部にめり込み、突き抜けていきます。

 オークキングの腹に穴が空き、そのまま空気が後ろに突き抜けました。


 信じられません。


 空気がオークキングもろとも、後ろの壁を壊したのです。

 その後、オークキングが壁に叩きつけられました。


 黒髪を揺らし、眉根を寄せるリュウ先生。

 

「ひゅうううぅぅ――」


 大きく息を吐いて、片膝を地面に付きました。


「勝ったの……?」


 ドナが囁く様に言って、皆が顔を見交わします。

 オークキングは壁を背に、ぐったりとしていました。ピクリとも動きません。


「勝ったね」


 ラファエルが頷きました。

 皆、その場にヘナヘナと腰を下ろしていきます。

 流石の私も、魔力が空っぽになりました。

 フラフラと倒れそうになった所を、ランドに支えてもらいます。


 見上げると、ランドも随分と傷を負っていました。

 額が裂けて、血が出ています。

 といっても、血は既に固まっていましたが……。


「酷い状態ですわね」

「だがまあ、生きている」


 私はランドの腕に縋り、何とか立っていました。

 彼は私の腰に手を添え、支えてくれます。

 こんなになっても、力強く立っているのですね。

 頼もしいです……それに比べて私は……。


「俺は絶対、ティファをオークなんぞに渡さねぇからな……」

「わたくしもオークにだけは、ヤられたくはないですわ……」


 ランドが私をじーっと見ています。

 私もランドを見ました。


 まぁ……オークにやられるくらいなら、コイツの方がマシでしょうね。

 でもコイツ、アレのサイズはオークと同じ位かも……うーん……。

 何だか疲れて、変なことを考えていますね、私。

 これが、身体に心が引っ張られるという現象でしょうか。私、女化してますかね……?

 それとも命の危機があったからこその、生存本能が成せる技でしょうか。

 ランドが寄せてくる唇を、つい私も受け入れ――ハッ!


「――られるかァァアアアッ!」


 私はランドの頬を引っ叩き、ヨロヨロと移動します。

 うっかり女の子になってしまう所でした。


 私はランドから離れて、キャメロン先生が消えた場所に立ちます。

 小さく祈りの言葉を唱え、神官のスコットを呼びました。

 やはりここは、本職に任せましょう。


 リュウ先生は、その場にドカリと座って目を閉じます。


「仇は……とったぞ」


 リュウ先生の目から、ポトリと涙が零れました。


「魔将を倒しても、キャメロン先生は帰って来ない……か……」


 ランドは剣を地面に突き立て、拳を握ったり開いたりしていました。

 それから、恨めしそうに私を睨んで頬を摩っています。

 彼もまた、釈然としていないのでしょう。


 釈然としない主な理由は、たぶん私です。

 勝利の後、熱いキスで二人は結ばれる――的な展開を期待したのでしょうが。

 ところがどっこい、ってヤツですね。

 私とキスをしたければ、もっと頑張れば良いのです。

 そうしたら、もしかして私も……。

 

 あ、釈然としない――と言えば……。

 私はラファエルに問いました。


「ラファエル……これは、本当に魔将だったのでしょうか?」


 私がゲームをやっていたころ、オークキングの魔将などいませんでした。

 確かにコイツが魔将でリモルを襲っていた張本人であれば、戦いはここで終わり。

 そうであってくれれば、非常に助かるのですが……。

 

「どうだろう……そうであってくれれば良い、とは思うけれどね」


 ラファエルも、顎に指を当てて首を左右に振っています。

 結局は、リモルへ行かなければ分からないのでしょうね。

 もしもオークキングが魔将であったなら、攻撃も止むでしょうから。


 ともあれ、今日はここに結界を張って休みましょう。

 皆も私も、もうヘトヘトです。

お読み頂き、ありがとうございます。


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