87話 許しませんわ
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オークキングは既に、完全武装でした。
私達が来ることを、承知していたのでしょう。
まあ、あれだけ派手に毒や煙幕をバラ撒いています。当然ですね。
部屋は相当に広いです。ボスの部屋ですから、これも当然でしょう。
私達全員が展開しても、十分に戦える広さでした。
調度品は、おそらくバーフットから持ち込んだであろう大きな寝台が三つ。
今、その上には裸に近い姿の女性が三人。皆、蒼白な顔でぐったりしています。
エロいですね。流石はオーク、実にうらやまけしからんです。
……などと言える程、気楽な状況ではありません。
彼女達は、オークキングの相手をさせられたのでしょう。
そのうち二人は嗚咽を上げて、泣いています。
そりゃあんなデカい豚に豚足を突っ込まれたら、たまりませんよ。
記憶くらい消去して差し上げたいものですね。
鼻水を垂らしているのは……恐らく毒の影響下にあったのでしょう。
これは、私のせいですね。申し訳ないことをしました。
残りの一人がユラリと立ち上がって、こちらに目を向けています。
そのまま、こちらへと向かってきました。
どうやら彼女には、毒の影響がないようですね。
というか……彼女には白目がありません。真っ黒な瞳です。
こういった特徴を見せるのは、腐る前の動く死体ですね。
けれど紫色の唇には、見覚えがありました。
「……キャメロン先生……」
白い薄布を身に纏っていますが、洗練された裸体が透けて見えます。
たとえ動く死体といえども、健全な男子であれば、是非ともお相手を願いたいでしょう。
それほどにキャメロン先生は、死してなお魅力的でした。
ただ、この状況を見れば確定的ですね。
キャメロン先生は殺されて、慰みものにされたのです。
それどころか現在進行形で、オークキングの相手をしていた……。
リュウ先生の握りしめた拳から、血が零れました。
噛み締めた下唇からも、血が零れています。
先生の気持ちは、私にも分かりますよ。
私だって、沸々と怒りが沸き上がってきます。
それなのにキャメロン先生であったモノは、口元を歪めてこちらへ向かってきました。
しかも彼女が得意とした魔法まで、放とうとしているじゃありませんか。
唱える呪文、その口調まで生前と同じなんて……。
「野を彩るは花。闇を彩るは烈火なり……」
キャメロン先生の翳した手の前で、青い炎が揺らめいています。
私は心を鬼にして、キャメロン先生の杖を翳しました。
「ああ、イライラしますわッ――その理を否定せよッ!」
生前の先生ならいざ知らず、動く死体如きの魔法が何程のモノですかッ!
私は目の前の炎を掻き消し、前に進みます。
「ティファ! 下がれッ! オークキングがいるんだぞッ!」
ランドが私の肩を掴みました。
けれど、引き下がれません。
「そんなモノの為に、キャメロン先生の魂が辱めを受けているのですッ! 見過ごせませんッ!」
「冷静になれ、ティファッ!」
「あなたは――わたくしがあの様な状況になっても、黙って見ていられるのですかッ!?」
ランドの手が、私の肩から離れます。
代わりにオークキングに向け、彼は駆けました。
得意技、「突撃」です。
オークキングの斧とランドの長剣がぶつかり、オレンジ色の火花が散りました。
「ティファッ! さっさと片付けろッ! この豚野郎は引き付けておくッ!」
「ええ……お願いしますわ……キャメロン先生を弔ったら、その豚野郎もすぐチャーシューにして、ラーメンの具にしてやりますからッ!」
リュウ先生も私の言葉に頷き、奥歯を噛んでいます。
「味の方は、期待できんがな……!」
そして皆に、指示を出しました。
「スコット、加護を頼むッ! ウィリアム、ドナは左から。ラファエル、ジュリア、メルカトルは右からオークキングを攻撃。カレンは後方から援護を頼む。俺はランドと共に、正面から行こう。ティファ、お前は――キャメロンを頼むぞッ!」
皆が「承知」と頷きます。
私は無言で頷き、キャメロン先生の前に立ちました。
そのキャメロン先生ですが、動きません。
それどころか、顔をリュウ先生の方へ向けました。
こんな事って、あるのでしょうか。
彼女は、次の攻撃を躊躇っているように見えます。
動く死体には、一切の感情が無いはず。
けれどキャメロン先生は、真っ黒になった目から赤い涙を零しています。
手を伸ばし、ヨロヨロとリュウ先生へと向かって行くのは、決して彼と戦う為ではないでしょう。
「リュウ……」
紫色の唇が動きました。
狂おしい程に切ない声です。
こんな声を聞かされては、私だって胸が締め付けられますよ。
でもね、だからといって手加減など出来ません。
これ以上キャメロン先生を苦しめない為にも、私は成すべき事をするッ!
「闇より暗き地獄の底にて育まれしもの、紅蓮に染まりし最果ての業火――其が灯す火は何処より来る。招来、招来――紅蓮の火にて焼きつくせ、我が敵をッ!」
私がキャメロン先生を送るなら、何をすべきか。
考えれば、簡単なことでした。
彼女は魔導科の講師だったのです。
そして私は、先生から杖を貰いました。
だったら私の持つ、最高の力を見せる事こそ礼儀。
これは炎系で、最高温度に達する魔法。つまり単一属性における最強魔法です。
この魔法ならば塵も残さず、先生を消し去ってくれることでしょう。
キャメロン先生は、動く死体などになっていない。
オークキングに弄ばれてなどいない。
そんな過去もろとも、消え去ってしまえッ!
今、紅蓮の炎に包まれながら、キャメロン先生が私を見つめています。
黒い瞳が、一瞬だけ人間のモノになった気がしました。
唇が動き「ありがとう」と言ってくれたような……。
まあ、気のせいでしょう。こんな魔法をぶっ込まれて、お礼もクソもありません。
リュウ先生が、一瞬だけキャメロン先生を見ます。
それを隙と見たのか、オークキングが斧を振り下ろしました。
オークキングの背後に、隙が生まれます。
ですがこちらは皆、前方からオークキングを半包囲する形。
状況を利用できません。
そこにキャメロン先生が飛びつきました。
炎に包まれたキャメロン先生を背負う形になり、オークキングが怒りの咆哮を上げます。
「ヌゥゥウウウウオオオオオッ! この女ァアアア!」
私の放った紅蓮の炎がオークキングさえも包み込み、さらに燃え上がりました。
「グギャアアアアアアアアァァァァァァッ!」
オークキングは悲鳴を上げて、やたらめったらに斧を振り回します。
けれどキャメロン先生の死体が、その背中に張り付いて離れません。
ランドの剣が、オークキングの腹に突き立ちました。
カレンの矢が、立て続けに放たれます。
頭、肩、足と、オークキングの身体に矢が突き立ちました。
ラファエルが炎を倍加させようと、「炎槍」の魔法をオークキングに打ち込みます。
それでも、オークキングは倒れません。
固有スキルの風操作で、炎を弾き飛ばそうとしています。
アイツに毒が効かなかった理由、分かりました。
自身の周囲を風の膜で覆い、毒の侵入を防いでいたのです。
だからキャメロン先生が放った渾身の毒さえ、ヤツには届かなかった……。
「だけど……もう終わりですわ」
手品など、仕掛けが分かってしまえばつまらないもの。
だったら物理でゴリ押しすれば、勝てる道理じゃありませんか。
「先生ッ! オークキングは常に風盾を発動している状態です! 強力な攻撃を直接打ち込めば、倒せますわッ!」
私の声に、リュウ先生が頷きます。
そして重心を落とし、何かを始めました。
「発勁ッ!」
リュウ先生の下に空気というか魔力というか、色々なものが集まっていきます。
瞬間、リュウ先生の身体が膨れ上がりました。
筋肉が膨張した――とでも言えば良いのでしょうか。
オークキングの方は、何とか炎を弾き飛ばすことに成功したようです。
キャメロン先生は燃え尽き、灰も残さず消え去りました。
そんな中でドナやメルカトル、ウィリアムが新たな傷を敵に刻んでいます。
彼等も、かなり成長しているのでしょうね。
オークキングを相手に、一歩も怯みません。
むしろオークキングの方がウィリアムに腕を斬り落とされて、唾を飛ばして怒り狂っていました。
「ギザマラァァァアア、許さん、許さんゾォオオオオ!」
その口を、ランドの剣が横に斬り裂きます。
牙ごと斬り落とされて、オークキングは情けなく「フゴフゴッ!」と鳴きました。
「黙ってろよ、豚野郎ッ!」
私も援護の為、「光矢」を十本程放ちます。
まぁ、風盾で守られている以上、与えるダメージは少ないでしょうけれど。
バババババババンッ!
光の矢が頭上から襲うと、オークキングはたまらず大斧を手放して頭を抑えました。
既にスキル効果も、薄くなっているのかもしれません。
これを合図に、リュウ先生がいよいよ動きます。
“ドンッ”
岩で出来ているだろう地面が凹み、リュウ先生の足の形になりました。
刹那――身体を捻ってぐるりと回し、腰から肩、肩から手首へと、運動エネルギーを伝えていきます。
打撃――掌底。
最終的にオークキングの腹部へ到達したリュウ先生の掌は、凄まじいエネルギーを孕んでいました。
けれど――。
“パンッ”
それは、乾いた音。
とても、威力があるようには思えません。
だけど掌の跡から空気が円を描く様に、オークキングの腹部に展開しています。
まるで水面に浮かぶ、波紋のようでした。
ドパァァァァアアアアアアアアアアアアン!
後から凄まじい爆音が弾けました。
まるで巨大な岩に高波がぶつかったかのような、そんな音です。
皆が顔を腕で覆い、衝撃波に備えました。
空気が楕円形となりオークキングの腹部にめり込み、突き抜けていきます。
オークキングの腹に穴が空き、そのまま空気が後ろに突き抜けました。
信じられません。
空気がオークキングもろとも、後ろの壁を壊したのです。
その後、オークキングが壁に叩きつけられました。
黒髪を揺らし、眉根を寄せるリュウ先生。
「ひゅうううぅぅ――」
大きく息を吐いて、片膝を地面に付きました。
「勝ったの……?」
ドナが囁く様に言って、皆が顔を見交わします。
オークキングは壁を背に、ぐったりとしていました。ピクリとも動きません。
「勝ったね」
ラファエルが頷きました。
皆、その場にヘナヘナと腰を下ろしていきます。
流石の私も、魔力が空っぽになりました。
フラフラと倒れそうになった所を、ランドに支えてもらいます。
見上げると、ランドも随分と傷を負っていました。
額が裂けて、血が出ています。
といっても、血は既に固まっていましたが……。
「酷い状態ですわね」
「だがまあ、生きている」
私はランドの腕に縋り、何とか立っていました。
彼は私の腰に手を添え、支えてくれます。
こんなになっても、力強く立っているのですね。
頼もしいです……それに比べて私は……。
「俺は絶対、ティファをオークなんぞに渡さねぇからな……」
「わたくしもオークにだけは、ヤられたくはないですわ……」
ランドが私をじーっと見ています。
私もランドを見ました。
まぁ……オークにやられるくらいなら、コイツの方がマシでしょうね。
でもコイツ、アレのサイズはオークと同じ位かも……うーん……。
何だか疲れて、変なことを考えていますね、私。
これが、身体に心が引っ張られるという現象でしょうか。私、女化してますかね……?
それとも命の危機があったからこその、生存本能が成せる技でしょうか。
ランドが寄せてくる唇を、つい私も受け入れ――ハッ!
「――られるかァァアアアッ!」
私はランドの頬を引っ叩き、ヨロヨロと移動します。
うっかり女の子になってしまう所でした。
私はランドから離れて、キャメロン先生が消えた場所に立ちます。
小さく祈りの言葉を唱え、神官のスコットを呼びました。
やはりここは、本職に任せましょう。
リュウ先生は、その場にドカリと座って目を閉じます。
「仇は……とったぞ」
リュウ先生の目から、ポトリと涙が零れました。
「魔将を倒しても、キャメロン先生は帰って来ない……か……」
ランドは剣を地面に突き立て、拳を握ったり開いたりしていました。
それから、恨めしそうに私を睨んで頬を摩っています。
彼もまた、釈然としていないのでしょう。
釈然としない主な理由は、たぶん私です。
勝利の後、熱いキスで二人は結ばれる――的な展開を期待したのでしょうが。
ところがどっこい、ってヤツですね。
私とキスをしたければ、もっと頑張れば良いのです。
そうしたら、もしかして私も……。
あ、釈然としない――と言えば……。
私はラファエルに問いました。
「ラファエル……これは、本当に魔将だったのでしょうか?」
私がゲームをやっていたころ、オークキングの魔将などいませんでした。
確かにコイツが魔将でリモルを襲っていた張本人であれば、戦いはここで終わり。
そうであってくれれば、非常に助かるのですが……。
「どうだろう……そうであってくれれば良い、とは思うけれどね」
ラファエルも、顎に指を当てて首を左右に振っています。
結局は、リモルへ行かなければ分からないのでしょうね。
もしもオークキングが魔将であったなら、攻撃も止むでしょうから。
ともあれ、今日はここに結界を張って休みましょう。
皆も私も、もうヘトヘトです。
お読み頂き、ありがとうございます。
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