83話 リュウ・イー・チェン 2
◆
魔物を殲滅する。
この街にいる魔物がモスキートロードだけなら、容易いことだ。
あの魔物は人間の血に惹かれ、火に弱い。
この特性を利用して、罠を仕掛け、おびき寄せて討てば簡単だ。
まずキャメロンが幻惑の魔法で血の匂いを作り出し、モスキートロードを誘き寄せた。
集まったモスキートロードをジュリア、カレン、スコットが炎の魔法で攻撃し、残りをウィリアムとメルカトルが始末する。
もちろん俺も、力の出し惜しみなどしない。
二百匹は居ただろうが、それでも殲滅するまでに掛かった時間は、一時間程度だ。
だが、その最中も俺は不思議に思っていた。
考えてみれば、モスキートロードだけで街を瓦礫に変えることなど出来ない。
瓦礫の中には、まだ火が燻っている場所もある。明らかな火災の跡だ。
もちろん、俺達の魔法が影響した訳ではない。ここに来る前から、火は燻っていた。
少なくとも火や炎を恐れているモスキートロードが、行える所行では無いだろう。
ならば守備隊が抵抗時に火を放ったのだろうか?
だが、それならば瓦礫の側に守備兵の死体があってもおかしく無い。
しかし、あるのは血を吸われて苦しそうに顔を歪める民衆の死体だけだった。
こうなれば可能性として、炎を扱う魔物も居ると考える方が妥当だろう。
ともあれ、調査が必要だ。
少なくとも、喜ぶにはまだ早い。
俺は敵を殲滅したと喜ぶ生徒達を、一喝する。
「――はしゃぐな、お前達。この街には、まだ何かがいるぞ」
俺達は街の中心部へと足を向けた。
最初に出会ったのは、四匹のゴブリンだ。
薄緑色の身体、黄色く濁った目、腐った卵の様な体臭、小さな身体――醜い奴等だ。
奴等はキィキィと喚きながら、錆びた剣を振りかざしてきた。
しかし、カレンが立て続けに射た弓で、全員が倒れる。全て、額に命中していた。
「腕を上げたな――いや――冷静に対処出来れば、その程度は最初から出来たのか?」
「……へへ」
カレンが鼻の下に人差し指を当て、照れていた。
緑色の髪は、彼女が特殊な魔力を保持していることを示している。
恐らくは風と土に対して強い影響力を持つのだろう、弓を扱うにはうってつけの力だ。
それにしても、辺りは酷い有様だった。
串刺しにされた死体が、数多ある。どれもゴブリンどもの仕業だろう。
柱や槍、杭など、あらゆる棒に身体を貫かれた人々が、断末魔の叫びを顔に張り付け、息絶えていた。
中には股から杭を打たれ、口から先端が出ているものもある。それを無数のカラスが啄んでいた。
赤ん坊の死体もある。石に打ち付けられて、割れた頭から目と脳が溢れていた。女子生徒達は、たまらず目を背けている。
ここでも俺達は罠を仕掛け、ゴブリンの群れをおびき寄せた。
あれだけ残虐に人々を殺した奴等だ、生徒達にも慈悲は無い。
俺達はゴブリンの群れを、躊躇なく殲滅した。
とはいえ、この残虐性は異常だ。恣意的な何かを感じる。
何者かが命じなければ、知能の低いゴブリンが、殺し方を選ぶ筈が無い。
ここに至り、流石に皆の息も上がっている。
嫌な予感がした。しかし、皆の士気は高い――悩みどころだ。
「少し休むか? 引き返してもいいぞ」
「――ダ、ダメや、先生。まだ生きてる人が居るかもしれん。ウチらがここで引き返してもうたら、絶対その人、死んでまうやん! こないな酷いこと……ウチ、我慢ならんでッ!」
ジュリアが首を左右に振った。
他の生徒達も同意している。
キャメロンは仕方が無いといった風に肩を竦め、溜め息を吐く。
「では、行こう」
さらに進み、俺達は街の中心部へ到達した。
惨状も変わっている――確かに生きている者は、いた。女達だ。
この地域は、オークが支配しているらしい。
奴等の体格は人間より大きく、筋肉も発達している。
ただし頭が豚だからか、知能も豚並みだ。
その粗末な脳の皺に刻まれているのは、食欲と性欲だけのようだった。
どうやらこの地域では、十歳から三十歳程度の女だけが生き残っている。
けれど皆、虚ろな目をして彷徨っていた。
彷徨っていない者は、オークに犯され嬌声を上げている。
彼女達は皆、俺達を見ると口々に言った。「殺して……」と。
女達を守ろうとした男達は、首だけになって恨めしそうにオークを睨んでいる。
女達が助けを求め、近づいて来た。オーク達も俺達に気付き、各々武器を構え始める。
キャメロンは、脳に作用する「毒」の魔法を大量に使った。
「酔いなさい……」
キャメロンの魔法は女達の心に、ささやかな癒しを――オーク共には麻痺を齎している。
スコットは表情を柔らかくした女達を、次々に治療した。手当たり次第だ。
女達はオークに犯され、心身ともに傷ついている。スコットの魔力は、見る間に減った。
キャメロンも同じだ――次々と湧き出すオークに、女達。その全てに魔法を掛けるのは、至難である。
二人の魔力が枯渇状態になるのに、時間は掛からなかった。
ここにきて、正規の軍隊ではないことが裏目に出たようだ。統制を失った。
皆が、怒りに任せてオーク共の首を刎ねている。
確かにオーク共を狩ることなど、俺達には容易い。しかしここで、ある疑問が浮かんだ。
知恵の乏しいオークやゴブリンが、なぜ町中で住み分けていたのか。
これだけの戦力で、どうして城門が破られたのか。
答えはすぐ、目の前に現れた。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ……ニンゲン共ォ、やってくれましたねェェェエエ?」
下顎から黄ばんだ牙を覗かせる、一際大きなオークだ。他の者より、二周りほど大きいだろうか。
配下であろう二十匹程のオーク共を従え、黄金色の鎧を身に纏っている。
俺は前面に立ち、生徒達に下がるよう指示を出す。キャメロンが横に並び、小声で言った。
「退くべきね……だけど」
「ああ……簡単には、逃がしてくれないだろう。キャメロン、ヤツを鑑定てくれるか?」
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ……良い女じゃないですかァ。ワタシ、好きですよォ、紫色のく ち び るゥゥゥウウ! 滾りますねェェエエエ!」
じゅるりと舌なめずりをして、巨体のオークが笑う。
横でキャメロンが、眉を顰めていた。
「魔将かしら……オークキング……ゲシュペンスト。名有りだわ、レベルも46。魔力を失った状態で、勝てる相手じゃない」
「幽霊だと? ふん――恐怖でも、まき散らしたいのか」
だが――キャメロンの言う事は尤もだ。
この中で最高レベルの俺でも、37に過ぎない。
しかし――やるしか無さそうだ。
「やめて――無理よ。ヤツの斧スキルはSS、あなた一人じゃとても勝てない。それに、固有スキルも持っているわ、危険過ぎる……」
「スキルは何だ?」
「見えない……」
「何だと?」
「……私の鑑定、Cなのよ。ティファニーにも劣るわ……ごめんなさい」
こちらの困惑を知ってか知らずか、オークキングは斧を構え、前進を始めた。オーク共も続いている。
「ワタシもォ、アナタ方の戦闘力、ワカりーますよォォ! 女共を置いていくならァァ、ここはァァ、一度だけェェ、見逃してェェ、やりまっショウッ! やりあったところでェェ、お互いトクはァァ、ありませェェんからネェェェッ!」
俺も含めて、男子生徒の目の色が変わった。
俺はキャメロンを――ウィリアムとスコットはジュリアを、メルカトルはカレンを守りたいのだ。
辺りを彷徨う女達のようには、絶対にしたくない。
「やるしか無い、皆、構えろッ!」
俺の声に、男子生徒達が従う。
「「おうっ!」」
「ダメよ、リュウ。勝ち目が無い」
キャメロンが俺の馬の手綱を取り、首を左右に振っている。
「あっ――水盾ッ!」
刹那、オークキングが斧を振るった。瓦礫が舞い、砕け、風圧が刃となって襲い掛かる。
腕を交差してそれを防ぐと、俺の全身には無数の傷が出来ていた。
これを辛うじて防げたのは、キャメロンが張った魔法障壁のお陰だろう。
だがしかし、そのせいで彼女の魔力は完全に枯渇していた。
「ハァハァ――今ので分かったわ。ヤツの固有スキルはね――“風神”。自在に風を操り、家も壁も破壊するわ。あんなものに捕まったら、逃げられない――」
「オヤオヤァァ? よくお分かりでェェ! でェもォ、時間切れですよォォォ! さァァッそくアナタ、ひん剥いて、ワタシのナイスなビィィィグスティィィィックで、気持ち良ォォくなって貰いまぁぁすッ!」
「じゃあ私は、その粗末なモノを斬り落としてあげようかしら……」
キャメロンが杖を構え、オークキングと対峙している。
俺はたまらず、馬から飛んでオークキングの頭部を蹴り上げた。
甲高い金属音と共に、金色の兜が跳ね上がる。豚の耳が露になった。
しかし、それだけだ。ヤツには何のダメージも無い。
赤い瞳がギロリと俺を睨み、次の瞬間、斧が振り下ろされる。
それを寸での所でかわし、再び構えた。
「邪魔立てはァァ、許しませんよォォォッ!」
オークキングの鋭い踏み込みに、俺は死を覚悟した。
「炎槍ッ!」
キャメロンの魔法がオークキングに迫る。だがヤツは斧を軽く薙いで、炎の槍を消し去った。
「ゲヒャヒャヒャヒャヒャ……そんなもので、ワタシを倒せるものかァァ! 大人しく肉便器になれェェ、オンナァァァ!」
「うるっさいわね、唾まで飛ばして……だんだん腹が立ってきたわ。死んでもお前、ここで殺してやるから」
キャメロンが馬を下り、その首筋を撫でている。それから杖を掲げ、呪文を唱え始めた。
馬が悲し気に嘶いている。
「四海を圧する竜王に願い奉る、我に吐息を分け与えたまえ。もってこの地を御身の結界となさん」
キャメロンの呪文に呼応して、杖の先端に付いた髑髏が笑い、声を発した。呪文の多重詠唱が始まる。
ティファニー・クラインは自身の身体に口を作るが、キャメロンは封印した杖の髑髏を使うのだ。
そう――彼女も大魔導のスキルを持っていた。
「ゲヒャ?」
オークキングが喉を抑え、後ずさる。口からは、赤黒い血を零していた。
反対に、キャメロンは薄笑みを浮かべている。
薄らと漂い始めた靄を見て、俺はすぐに悟った。
これはルー家に伝わる秘術だ、と。
ルー家は常に、最凶の毒を扱う。
そして今、彼女が放とうとしている魔法は、ルー家最強にして最後の魔法だろう……。
仮にそうでなくとも、既に魔力の枯渇した彼女は、自身のHPを犠牲にして魔法を放つしかない。その先に待っているのは間違い無く、死だ。
キャメロンが膝を折り、地面に崩れ落ちる。
杖を支えに、彼女は何とか座っていた。力強い目で、俺の顔を見つめている。
「リュウ……行って!」
「やめろ、キャメロンッ!」
「行きなさい、リュウッ! 生徒達を守ってッ!」
「しかし……!」
「あなたが英雄にならなきゃ……私たちは……結ばれないのよ……」
「お前が死んだら……どうして……」
「でも……認められないよりは……マシだわ……生きて……英雄になって……私の……私たちの大切な生徒達を……守って……お願い……」
俺は頷き、生徒達に撤退を告げた。
「ダメだよ、先生。キャメロン先生が……!」
「退けっ! カレンッ!」
カレンが泣きながら、前に出ようとする。
「せや! ここで先生見捨てるくらいなら、全滅でええやんっ!」
「お前達を死なせないことが、キャメロンの望みだッ!」
ジュリアも同じく、チャクラムを構えている。
男子生徒達が何とか彼女達を抑え、撤退は成功した。
裸の女達も一緒だ。生存者の救助という意味では、成功したのかもしれない。
だが俺は今、かけがえの無い者を失おうとしていた。
「キャメロンッ!」
俺とキャメロンを隔てる藍色の霧は、死の霧だ。
触れれば一分と経たず、全身が焼けただれて死ぬだろう。
それでも俺は、彼女と一緒に逝こうと思っていた。
しかし、それを押し止めたもの、他ならぬ彼女の声だ。
「リュウ……ありがとう……楽しかった……さよなら……私の分まで……生きて……」
ドサリと人が崩れる音がした。
その後――もう声は聞こえない。
この中では、オークキングと云えども生き残れないだろう。
その名の通り「ゲシュペンスト」にでもならなければ……。
「俺は、何をやっているのだ……」
自分の右肩を掴み、肌を掻きむしりながら、俺は生徒達の待つ場所へ戻る。
いや――戻るしか無かった。キャメロンが守りたかったのは、間違い無く生徒達だ。
だったら俺は、必ず彼等を守りきる。
そして英雄となり、ルー家に事の次第を伝えるのだ。
「妻は――キャメロンは生徒達を守るため、民を守るため、立派に戦ったのだと……」
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