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72話 言えましたわ

 ◆


 剣術のスキルを得た事により、剣がとっても軽く感じられます。

 

「テ、ティファニー!? 中にいろよ! って……剣で敵を殺ったのか?」


 円陣を組み直しながら、ランドが私に言いました。


「ふふん――わたくし、魔法だけじゃなくてよ」


 騎士のように胸元で剣を構え、ニヤリと笑います。

 と、その瞬間――敵が離れて遠巻きに私を囲みました。


「あの女、見かけによらず手練だ! 囲んで弓で射よっ!」


 ――無数の矢が飛来します。

 調子に乗った罰でしょうか、矢を防ぐ魔法の詠唱が間に合いません。

 というか掛かって来いと言ったのに、無情にも矢で応えるなど卑怯な敵ですね!


 まあ私、一回くらい死んでもどうってことありませんが、頭に矢が刺さるのは屈辱です。

 というか全部の矢が刺さったらハリネズミですよ、これ。

 首の骨を折られたりハリネズミみたいになったり、悪役系ヒロインとしてあるまじき死に方でしょう――いえ、悪役だからこそ、無様な死に様がお似合いなのかも知れません。


「ティファニー、ボサッとするなッ!」


 ランドが飛び出し、私を守るように盾を翳します。

 五本の矢がドドドッと盾に突き立ち、更に二本が彼の鎧に刺さっていました。

 ランドの身体は大きく、完全に敵から私の姿を隠すほど。

 ですが目線を動かすと、弓を片手に反転する騎兵の姿が見えました。


「まあ! この人達、騎射をしますわ!」

「驚くには当たらん、この辺りはムーントリノ。山岳民族の国だ。となれば、騎射程度は出来るだろう! 敵のことを知らないのに、迂闊だぞ! 心配させるなッ!」


 あらら……ランドに怒られてしまいました。

 もちろん油断した私が悪いことは、理解していますけれど……そんなに怒らなくても……。

 この間にラファエルもオエオエを止めて、馬上に戻りました。


「ティファニーさま、ありがとうございます……」


 顔面蒼白でお礼を言われても、素直に喜べません。

 それに私、前に出ただけです。しかもランドに助けられただけで、役立っていませんし。

 とはいえ、項垂れている時間などありません。

 私はラファエルに頷きつつ、提案をしました。


「まだ敵は残っています、礼なら後で。それよりも、敵の数が想像以上に多いので、豆柴、あなた剣で戦えないのなら、魔法戦闘に切り替えたらどうですの?」

「そうですね、でも、もう大丈夫です、剣でも……いつかはこんな日が来ることは分かっていたのに、だらしないですね……僕……」


 自嘲気味に顔を顰めたラファエルですが、すぐに視線を敵に向け、剣を構えています。

 吹っ切れれば、元々彼は強いので大丈夫でしょう。

 その時、神官であるスコット・アイアンの呪文が聞こえてきました。


「主よ嘆くなかれ、御身の前には未だ難敵あり。されど我らが想いを一つと為して、これを滅さん。聖戦ホーリーウォー


 有り難いですね。

 この魔法は闘争心を向上させ、恐怖心を克服する神の祝福です。 

 狂戦士化バーサクと紙一重の魔法ですが、聖教会も聖王国もその件は共にノーコメント。

 ちなみに、私が扱う“力の加護”の上位互換こそ、“狂戦士化バーサク”です。それが戦神ヨームの力を借りる、最上位魔法にもなりますが……。


 私達の身体が、白く淡い光に包まれました。

 勝たなければ、戦わなければ――と、心の内から沸き立つモノがあります。

 肉体的な変化もありました。

 飛来する矢が遅く見え、敵の動きがはっきりと手に取るように分かるのです。


 各人の動きも、目に見えて良くなりました。

 例えばカレンの矢が、瞬く間に敵を貫いています。


「一人ッ、二人ッ、三人ッ!」


 敵を射抜くたび、カレンが数を数えています。

 頃合いだと思ったのか、リュウ先生が命令を下しました。


「殲滅しろッ!」


 私達は一斉に円陣を崩し、敵に襲い掛かります。

 聖戦ホーリーウォーの力は凄いですね。


 この時のジュリアの攻撃方法には、まったく驚きました。

 彼女は足だけで巧みに馬を操り、チャクラムと呼ばれる円形の刃を投げて敵を襲っています。

 狙いは首筋や額といった急所ばかりで、全て命中していました。よほど熟練しているのでしょう。

 また、小型のチャクラムをある程度投げると、鞍から半円形の刃を取り外しました。

 どうやら斬ることに特化されたそれは、敵の槍すら両断しています。

 ジュリア……小柄なのに恐ろしい子……。


 メルカトルの、どれほど動いても形の崩れないマッシュルームカットにもビックリです。

 同時に彼の扱う武器――鉄の芯でつなぎ止めた蛇腹剣にもビックリしました。

 一見すると間合いが狭い様に感じられますが、実際の所は槍と同程度の攻撃範囲があります。しかも柔軟に動くため、蛇のように敵の顔へ巻き付き、そのまま輪切りにするという恐ろしさ。

 彼の国ではアレが正式採用の武器というのですから、きっと戦闘民族の国に違いありません。

 

 ドナは神の加護を得てなお慎重に戦い、剣で敵を斬り伏せています。

 確か彼女の武力は63ですから、それを自覚した堅実な戦い方と言えるでしょう。

 ラファエルも彼女を巧みにサポートし、馬を並べて戦っています。良かったですね。


 ウィリアムは武士らしく、「いざ、尋常にィィィ!」なんて言ってますが、本人が尋常ではありません。

 敵の繰り出した槍を左手で掴むと、そのまま持ち上げ投げ飛ばしたりと、聖戦の効力で完全にラリっています。

 だけど聖戦の効果が出る直前、アナタ、お漏らししてたでしょう? 私、見逃していませんからね。

 それでも今の彼が一騎当千の猛者に見えるのは、これこそが本来の実力だからかも知れません。


 だけど本当に圧巻なのは、ランドでした。

 彼が向かう所、敵は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行きます。

 特にその突撃は誰も止められず、一撃で数人を蹴散らすほど。

 武力は88だと言っていましたが、槍術のスキルはSなのかも知れません。

 ランドが回転させた槍を敵中に放り込むと、その一撃で敵が吹き飛び、砂煙が上がります。


 もちろん私も、それなりに戦っていますよ。


「えいっ!」


 馬で追いかけ、敵の背に剣をざっくり。

 随分としっかりした鎧を着ているなぁと思いながら、馬上から斬って落とします。

 武力80ナメンナー。


 こんな状況ですので、先生方は休憩です。

 二人とも馬上で腕組みをして、成り行きを見守っていました。


 やがて敵は口々に「撤退」を叫び、消えて行きます。

 消えない者は、既に動かなくなった死体だけですね。

 軽く死体の数を数えてみても、三十は下らないでしょう。

 ということは、一体何人の敵に襲われたのでしょうね? ちょっと、身震いしてしまいます。

 普通に考えれば圧倒的な戦力差で、こちらに勝算など無かったでしょう。敵が襲撃を決断したのは、当然の事かも知れません。

 だからこの状況を考えると、むしろ敵が気の毒になってしまいます。

 ただ――逆に言えば私達のポテンシャルは、それだけ高い。

 という訳で、ようやく校長先生が私達を送り出した訳に、納得ができましした。

 

 戦闘が終わり、スコットの魔法も徐々に効力を失っていきます。

 リュウ先生を中心に集まった面々が、下馬した途端に踞りました。

 何人かが嘔吐き、胃の内容物をまき散らし始めます。

 大丈夫なのは私とランド、それからウィリアムくらいでしょうか。

 いいえ、ウィリアムは大丈夫じゃありませんね。慌てて草むらに隠れ、下着を替えています。アイツのことは、リリアード二世と呼びましょう。


 皆がまだオエオエやっている中、ラファエルが私の側に来ました。

 

「ティファニーさま……さっきは本当に、ありがとうございます」

「……礼には及びませんわ。それにわたくしも、ランドに助けられましたし」


 私がランドに目を向けると、彼はニヤリと笑います。


「戦場で仲間を助けるのは当然だろ? 人数が減れば、自分が死ぬ確立も上がるからな」


 言いながら肩に刺さった矢を引き抜くと、鎧越しに血が滲んで見えました。

 私はすぐに回復呪文を唱え、彼の肩に手を触れます。


「別にいいって、ティファニー。こんなの、自分で治せる。唾でも付けときゃいいんだ」

「これ、わたくしを庇った時の傷でしょう? むしろわたくしを庇わなければ、怪我などしなかった筈ですわ」


 ランドは頬を指で掻き、そっぽを向きました。


「いいんだよ。むしろ、嬉しいぐらいだ」

「……意味が分かりませんね。ドMですか?」

「ティファニー、お前……!」


 こちらを向いたランドの額には、血管が浮いていました。

 ラファエルが「ははは」と陽気な声で笑っています。

 あ、何だか久しぶりに、ラファエルの笑顔を見た気がしますね。


「何が、おかしいのですか?」

「……いえ……仲間っていいなと……そう思いまして」

「仲間? ……仲間ですか。ま、そうなのかも知れませんわねぇ」


 私は二人に背を向け、沈みかけの太陽に目を向けました。

 夏はやっぱり、日が沈むのも遅いですね。


「おい、ラファエル。ティファと仲直りしたのか?」

「もともと喧嘩なんか、していないよ、ランド」


 二人は、会話を続けているようです。

 ん? あれ? おかしいですね? ランドが私のことをティファと言ったような……。

 私はチラリと後ろを振り返り、問いました。


「ランド……あなた、さりげなくわたくしを“ティファ”と呼びました?」


 事実なら許せません。

 男に愛称で呼ばれるなど、もっての他です。


「そのくらい、いいだろ。なんせ仲間だしな!」


 ランドが胸を張り、言いきりました。

 そこまで堂々と言われたら、私、しどろもどろになってしまいます。


「そ、それは――」

「それに俺、ティファを守って怪我をしてるし!」

「だから、それは――わたくし、一回くらい死んでも、どうってこと――」

「あ、そうだ。なぁ、ティファ。人に助けてもらったら、言う事があると思うんだが?」

「言うこと――意味が分かりませんが?」

「俺は、お前を助けた。お前は、俺に助けられた。つまり――」

「つまり?」


 まさかこれは、私に礼を言えと、そういうことでしょうか?

 私の毒舌スキルの前では、礼など消し飛んでしまうというのに……。

 今まで幾度、人に礼を言おうとして失敗したことか。それを知らないから、この男はそんなことを……。


「つまりな、ティファ。人に助けてもらったら、ありがとう――って言うんだ。それは大貴族だろうと平民だろうと、変わらないんだぜ――さ、言ってみろよ、ありがとうって。それでチャラだ」

「……こ、この、すっとこどっこいへっぽこ騎士……!」

「おう。俺はすっとこ――なんだ? とにかくお前は、そのへっぽこ騎士に助けられた訳だな?」

「え、ええ……」

「認めたな? じゃあ、言ってみろ。簡単だぞ?」

「あ、う……あんぽんたん――ではなく……あ、ありがとう……ですわ」


 言えたけれど顔が火照って、ランドの顔を正面から見る事が出来ません。

 俯いていると、ヤツが私の頭に手を乗せ、わさわさと撫でてきます。

 うぐぐぐぐぐぅ……なんなのですかっ!

 だけど――決して嫌な気分ではありませんね……。


「な、簡単だろ? わはははっ!」


 ランドが私の肩を抱き、笑っています。

 きっと男の中の男というのは、こういうものなのでしょう。

 力強く、気ままで、だけども優しい。

 私はきっと、男であってもこうはなれません。

 その意味で、純粋な憧れを彼に感じました。


 彼になら私が男であった事を話し、友情を求めても悪くないでしょう。

 ランドなら大らか気持ちで、こんな私を友として認めてくれる気がするのです。


「おい、荷馬はどこだ?」


 ですが、このふんわりした気分は、すぐにリュウ先生の声で破られました。

 確かに、荷を積んだ馬が見当たりません。

 あれには数日分の食料が乗っていたはずです。もちろん、今夜の分も――。

 あれ……そういえば荷馬って、私の側に居ましたよね? あ、やばい予感がします。

ブクマ、評価ありがとうございます!

励みになっています!

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