72話 言えましたわ
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剣術のスキルを得た事により、剣がとっても軽く感じられます。
「テ、ティファニー!? 中にいろよ! って……剣で敵を殺ったのか?」
円陣を組み直しながら、ランドが私に言いました。
「ふふん――わたくし、魔法だけじゃなくてよ」
騎士のように胸元で剣を構え、ニヤリと笑います。
と、その瞬間――敵が離れて遠巻きに私を囲みました。
「あの女、見かけによらず手練だ! 囲んで弓で射よっ!」
――無数の矢が飛来します。
調子に乗った罰でしょうか、矢を防ぐ魔法の詠唱が間に合いません。
というか掛かって来いと言ったのに、無情にも矢で応えるなど卑怯な敵ですね!
まあ私、一回くらい死んでもどうってことありませんが、頭に矢が刺さるのは屈辱です。
というか全部の矢が刺さったらハリネズミですよ、これ。
首の骨を折られたりハリネズミみたいになったり、悪役系ヒロインとしてあるまじき死に方でしょう――いえ、悪役だからこそ、無様な死に様がお似合いなのかも知れません。
「ティファニー、ボサッとするなッ!」
ランドが飛び出し、私を守るように盾を翳します。
五本の矢がドドドッと盾に突き立ち、更に二本が彼の鎧に刺さっていました。
ランドの身体は大きく、完全に敵から私の姿を隠すほど。
ですが目線を動かすと、弓を片手に反転する騎兵の姿が見えました。
「まあ! この人達、騎射をしますわ!」
「驚くには当たらん、この辺りはムーントリノ。山岳民族の国だ。となれば、騎射程度は出来るだろう! 敵のことを知らないのに、迂闊だぞ! 心配させるなッ!」
あらら……ランドに怒られてしまいました。
もちろん油断した私が悪いことは、理解していますけれど……そんなに怒らなくても……。
この間にラファエルもオエオエを止めて、馬上に戻りました。
「ティファニーさま、ありがとうございます……」
顔面蒼白でお礼を言われても、素直に喜べません。
それに私、前に出ただけです。しかもランドに助けられただけで、役立っていませんし。
とはいえ、項垂れている時間などありません。
私はラファエルに頷きつつ、提案をしました。
「まだ敵は残っています、礼なら後で。それよりも、敵の数が想像以上に多いので、豆柴、あなた剣で戦えないのなら、魔法戦闘に切り替えたらどうですの?」
「そうですね、でも、もう大丈夫です、剣でも……いつかはこんな日が来ることは分かっていたのに、だらしないですね……僕……」
自嘲気味に顔を顰めたラファエルですが、すぐに視線を敵に向け、剣を構えています。
吹っ切れれば、元々彼は強いので大丈夫でしょう。
その時、神官であるスコット・アイアンの呪文が聞こえてきました。
「主よ嘆くなかれ、御身の前には未だ難敵あり。されど我らが想いを一つと為して、これを滅さん。聖戦」
有り難いですね。
この魔法は闘争心を向上させ、恐怖心を克服する神の祝福です。
狂戦士化と紙一重の魔法ですが、聖教会も聖王国もその件は共にノーコメント。
ちなみに、私が扱う“力の加護”の上位互換こそ、“狂戦士化”です。それが戦神ヨームの力を借りる、最上位魔法にもなりますが……。
私達の身体が、白く淡い光に包まれました。
勝たなければ、戦わなければ――と、心の内から沸き立つモノがあります。
肉体的な変化もありました。
飛来する矢が遅く見え、敵の動きがはっきりと手に取るように分かるのです。
各人の動きも、目に見えて良くなりました。
例えばカレンの矢が、瞬く間に敵を貫いています。
「一人ッ、二人ッ、三人ッ!」
敵を射抜くたび、カレンが数を数えています。
頃合いだと思ったのか、リュウ先生が命令を下しました。
「殲滅しろッ!」
私達は一斉に円陣を崩し、敵に襲い掛かります。
聖戦の力は凄いですね。
この時のジュリアの攻撃方法には、まったく驚きました。
彼女は足だけで巧みに馬を操り、チャクラムと呼ばれる円形の刃を投げて敵を襲っています。
狙いは首筋や額といった急所ばかりで、全て命中していました。よほど熟練しているのでしょう。
また、小型のチャクラムをある程度投げると、鞍から半円形の刃を取り外しました。
どうやら斬ることに特化されたそれは、敵の槍すら両断しています。
ジュリア……小柄なのに恐ろしい子……。
メルカトルの、どれほど動いても形の崩れないマッシュルームカットにもビックリです。
同時に彼の扱う武器――鉄の芯でつなぎ止めた蛇腹剣にもビックリしました。
一見すると間合いが狭い様に感じられますが、実際の所は槍と同程度の攻撃範囲があります。しかも柔軟に動くため、蛇のように敵の顔へ巻き付き、そのまま輪切りにするという恐ろしさ。
彼の国ではアレが正式採用の武器というのですから、きっと戦闘民族の国に違いありません。
ドナは神の加護を得てなお慎重に戦い、剣で敵を斬り伏せています。
確か彼女の武力は63ですから、それを自覚した堅実な戦い方と言えるでしょう。
ラファエルも彼女を巧みにサポートし、馬を並べて戦っています。良かったですね。
ウィリアムは武士らしく、「いざ、尋常にィィィ!」なんて言ってますが、本人が尋常ではありません。
敵の繰り出した槍を左手で掴むと、そのまま持ち上げ投げ飛ばしたりと、聖戦の効力で完全にラリっています。
だけど聖戦の効果が出る直前、アナタ、お漏らししてたでしょう? 私、見逃していませんからね。
それでも今の彼が一騎当千の猛者に見えるのは、これこそが本来の実力だからかも知れません。
だけど本当に圧巻なのは、ランドでした。
彼が向かう所、敵は蜘蛛の子を散らす様に逃げて行きます。
特にその突撃は誰も止められず、一撃で数人を蹴散らすほど。
武力は88だと言っていましたが、槍術のスキルはSなのかも知れません。
ランドが回転させた槍を敵中に放り込むと、その一撃で敵が吹き飛び、砂煙が上がります。
もちろん私も、それなりに戦っていますよ。
「えいっ!」
馬で追いかけ、敵の背に剣をざっくり。
随分としっかりした鎧を着ているなぁと思いながら、馬上から斬って落とします。
武力80ナメンナー。
こんな状況ですので、先生方は休憩です。
二人とも馬上で腕組みをして、成り行きを見守っていました。
やがて敵は口々に「撤退」を叫び、消えて行きます。
消えない者は、既に動かなくなった死体だけですね。
軽く死体の数を数えてみても、三十は下らないでしょう。
ということは、一体何人の敵に襲われたのでしょうね? ちょっと、身震いしてしまいます。
普通に考えれば圧倒的な戦力差で、こちらに勝算など無かったでしょう。敵が襲撃を決断したのは、当然の事かも知れません。
だからこの状況を考えると、むしろ敵が気の毒になってしまいます。
ただ――逆に言えば私達のポテンシャルは、それだけ高い。
という訳で、ようやく校長先生が私達を送り出した訳に、納得ができましした。
戦闘が終わり、スコットの魔法も徐々に効力を失っていきます。
リュウ先生を中心に集まった面々が、下馬した途端に踞りました。
何人かが嘔吐き、胃の内容物をまき散らし始めます。
大丈夫なのは私とランド、それからウィリアムくらいでしょうか。
いいえ、ウィリアムは大丈夫じゃありませんね。慌てて草むらに隠れ、下着を替えています。アイツのことは、リリアード二世と呼びましょう。
皆がまだオエオエやっている中、ラファエルが私の側に来ました。
「ティファニーさま……さっきは本当に、ありがとうございます」
「……礼には及びませんわ。それにわたくしも、ランドに助けられましたし」
私がランドに目を向けると、彼はニヤリと笑います。
「戦場で仲間を助けるのは当然だろ? 人数が減れば、自分が死ぬ確立も上がるからな」
言いながら肩に刺さった矢を引き抜くと、鎧越しに血が滲んで見えました。
私はすぐに回復呪文を唱え、彼の肩に手を触れます。
「別にいいって、ティファニー。こんなの、自分で治せる。唾でも付けときゃいいんだ」
「これ、わたくしを庇った時の傷でしょう? むしろわたくしを庇わなければ、怪我などしなかった筈ですわ」
ランドは頬を指で掻き、そっぽを向きました。
「いいんだよ。むしろ、嬉しいぐらいだ」
「……意味が分かりませんね。ドMですか?」
「ティファニー、お前……!」
こちらを向いたランドの額には、血管が浮いていました。
ラファエルが「ははは」と陽気な声で笑っています。
あ、何だか久しぶりに、ラファエルの笑顔を見た気がしますね。
「何が、おかしいのですか?」
「……いえ……仲間っていいなと……そう思いまして」
「仲間? ……仲間ですか。ま、そうなのかも知れませんわねぇ」
私は二人に背を向け、沈みかけの太陽に目を向けました。
夏はやっぱり、日が沈むのも遅いですね。
「おい、ラファエル。ティファと仲直りしたのか?」
「もともと喧嘩なんか、していないよ、ランド」
二人は、会話を続けているようです。
ん? あれ? おかしいですね? ランドが私のことをティファと言ったような……。
私はチラリと後ろを振り返り、問いました。
「ランド……あなた、さりげなくわたくしを“ティファ”と呼びました?」
事実なら許せません。
男に愛称で呼ばれるなど、もっての他です。
「そのくらい、いいだろ。なんせ仲間だしな!」
ランドが胸を張り、言いきりました。
そこまで堂々と言われたら、私、しどろもどろになってしまいます。
「そ、それは――」
「それに俺、ティファを守って怪我をしてるし!」
「だから、それは――わたくし、一回くらい死んでも、どうってこと――」
「あ、そうだ。なぁ、ティファ。人に助けてもらったら、言う事があると思うんだが?」
「言うこと――意味が分かりませんが?」
「俺は、お前を助けた。お前は、俺に助けられた。つまり――」
「つまり?」
まさかこれは、私に礼を言えと、そういうことでしょうか?
私の毒舌スキルの前では、礼など消し飛んでしまうというのに……。
今まで幾度、人に礼を言おうとして失敗したことか。それを知らないから、この男はそんなことを……。
「つまりな、ティファ。人に助けてもらったら、ありがとう――って言うんだ。それは大貴族だろうと平民だろうと、変わらないんだぜ――さ、言ってみろよ、ありがとうって。それでチャラだ」
「……こ、この、すっとこどっこいへっぽこ騎士……!」
「おう。俺はすっとこ――なんだ? とにかくお前は、そのへっぽこ騎士に助けられた訳だな?」
「え、ええ……」
「認めたな? じゃあ、言ってみろ。簡単だぞ?」
「あ、う……あんぽんたん――ではなく……あ、ありがとう……ですわ」
言えたけれど顔が火照って、ランドの顔を正面から見る事が出来ません。
俯いていると、ヤツが私の頭に手を乗せ、わさわさと撫でてきます。
うぐぐぐぐぐぅ……なんなのですかっ!
だけど――決して嫌な気分ではありませんね……。
「な、簡単だろ? わはははっ!」
ランドが私の肩を抱き、笑っています。
きっと男の中の男というのは、こういうものなのでしょう。
力強く、気ままで、だけども優しい。
私はきっと、男であってもこうはなれません。
その意味で、純粋な憧れを彼に感じました。
彼になら私が男であった事を話し、友情を求めても悪くないでしょう。
ランドなら大らか気持ちで、こんな私を友として認めてくれる気がするのです。
「おい、荷馬はどこだ?」
ですが、このふんわりした気分は、すぐにリュウ先生の声で破られました。
確かに、荷を積んだ馬が見当たりません。
あれには数日分の食料が乗っていたはずです。もちろん、今夜の分も――。
あれ……そういえば荷馬って、私の側に居ましたよね? あ、やばい予感がします。
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