71話 前途多難ですわ
◆
ロムルスの森を抜けたのは、予定通り十日後のことでした。
その間にリリアードと合流出来れば良いと思っていたのですが、彼女は神樹に籠ったままとのこと。
あんなのでも戦力になると思ったのですが……残念です。
森を抜けると、再び夏の暑さが舞い戻ってきました。
もちろん森の中も暑かったのですけれど、何と云うか違うんですよね。今は地獄に帰ってきた気分です。
湿度が高いせいでしょうか、いきなり汗が出てきました。鎧なんて、脱ぎ捨てたくなってきますね。
あと、本当に外の時間で一日しか経過していないのか、それもちょっとだけ心配です。
「気を付けていくのじゃぞ、ティファ」
閉じられたロムルスの森を背に、マリアードが寂しそうに肩を落として言いました。
この十日間、ずっと私の側にいましたからね。
というか彼女が側に居たお陰で、言い寄って来るランドを避けるのに役立ちました。
特に夜、マリアードがいると、ランドが来ても丁度良い緩衝剤になります。そのせいかマリアードはランドにも懐いてしまいましたが……。
お陰でキャメロン先生に、「仲の良い親子みたいね」なんて言われてしまいました。
私はマリアードの頭に手を乗せ、軽く撫でてやります。
彼女は鷲掴みにされることを恐れつつも、撫でられることが好きなので基本的に抵抗しません。
「おお……ティファに頭をなでて貰うのも、今日で最後なのじゃな……さびしくなるのう……へへ」
今も目尻を下げて、嬉しそうにマリアードは笑っています。
こうして彼女が弛緩しきった所でグッと力を込めると、ほら、この通り。
「ギャーッ!」
このようにマリアードを罠に嵌める事など、容易いのです。
一日一度は、こうして彼女の頭を締め上げていましたからね。
姉妹揃って、見事な駄エルフです。
「ひどいのじゃ、ティファ。最後の最後までこんなしうち……お別れなのじゃぞ」
頬を膨らますマリアードを突つきつつ、私は言いました。
「お別れ? 来年、あなたがケーニヒス学院へ入学したら、また会えますわよ?」
「え? でもマリアードはこどもだから……」
「あら、今、幾つですの?」
「マリアードはな、ええと……八十二さいじゃ!」
ロリババア、乙……でございます。
私はマリアードの頭をもう一度撫でて、言いました。
「十分ですわ。だって入学資格は十五歳以上ですもの」
「え、そうなのか! マリアードでも大丈夫なのか!?」
「能力値さえ十分であれば、年齢制限には引っ掛からないでしょうね」
「そ、そうか! それならば行きた――ギャース! 指がまためり込んでおるっ! ……らいねん、おぼえておれよ……必ずふくしゅうしに行ってやるからのう!」
「ええ、では、待っていますわ。その頃には、リリアードが生徒会長になっているでしょうしね。あはっ」
マリアードはその後、私達の姿が見えなくなるまで両手を振り、別れを惜しんでくれました。
エルフと人間が互いを本当の意味で受け入れる日も、案外、近いのかも知れませんね。
――――
エルフの森を抜け、暫く歩くと山脈が見えてきました。
すでに辺りは丘陵地帯にある草原、道も緩やかな上り坂ですから、馬の足も徐々に重くなってきています。
それも当然でしょう。
森を抜けてから、リュウ先生は馬をなるべく早く歩かせました。並足とはいえ、人や荷を背負っています。息も荒くなり、茶色の馬体がてらてらと汗で輝いていました。
まあ、リュウ先生の意図も理解できなくはありません。
だって、ずっと数十騎? いえ、百騎くらいでしょうか――が、私達と並走するように、付いてきていますからね。
恐らくは盗賊か傭兵か、それとも別の何か――何にせよ、ろくなモノではありません。
そして彼等が私達の制服を見て尚も怯まず狙うなら、手練でもあるでしょう。
リュウ先生が左手を上げ、停止を命じました。
「やるぞ。荷を積んだ馬を中心に、円陣を組め。魔導師、神官、弓兵も中へ。実戦訓練だと思え――お前等、こんな所で死ぬなよ」
その言葉に、全てが現れていました。
全員、何者かが並走していたことは知っていたようです。
すぐに私とカレン・スミノフ、スコット・アイアンを中心とした円陣が組まれました。
キャメロン先生は魔導師ですが、外側に出て円陣の一角を占めています。
そして隣のリュウ先生に微笑を見せ、問い掛けていました。
「私はイイわよね? これでも学院の講師だし」
「ああ、確か棒術スキルがAだったな?」
「そうよ。――あら? 上空からも三、四匹かしら? 飛竜が来るわ」
馬上で杖を翳し、キャメロン先生が言いました。
先生の杖の先端には、小さな髑髏を埋め込んだ紫水晶が嵌まっています。
「分かっている。キャメロン――戦時結界を」
「任せて――人に害為す無情の水よ。辺りに散りて敵を阻め。紫霧」
水晶の中に埋め込まれた小さな髑髏が口を開き、笑いました。同時に霧が発生し、視界が極端に悪くなります。といっても、私達の作った円陣の外側に霧が発生したような状態ですが。
「……毒の霧か? キャメロン」
「ええ、そうよ。生徒達を信じてはいるけれど……初陣なら敵を弱体化させた方が良いでしょ?」
「まあ、そこまで過保護にせずとも良いが……あまりに敵が弱くては、経験にもならんぞ」
「あら……じゃあ、消す?」
「べつにいい、二度手間だ。それに――敵が弱いとも限らんからな」
リュウ先生が後ろを振り向き、指先を飛竜に向けました。
「カレン、ティファニー、飛竜を迎撃しろ」
「は、はいッ!」
震える声で、カレンが返事をしています。
“ビュン”
隣で弓弦の音が響きました。
カレンの放った矢が、急降下してくる飛竜に向かいます。
ですが当たりません。矢は、飛竜の頭上に逸れていきました。
「なんでよっ!」
カレンはさらに三本の矢を射ます。
ですが、一本も当たりませんでした。
奥歯がガチガチと鳴っています。
目にも涙が溜まっていました。
「なんでよ、なんでなのよ! どうして当たらないの!?」
ヒステリックな悲鳴とともに、カレンが弓を手放しました。馬を下りて、頭を抱え込んでいます。
「やれやれ……面倒ですわね」
私は両手を広げ、呪文の詠唱を開始しました。
面倒なので、極大魔法で迎撃しましょうかね。
「さて――魔導励起、並列展開」
私は手の甲に口を二つ作り、最近覚えた風と炎の複合魔法“炎嵐”を放つ準備を開始しました。
一撃で四匹の飛竜を屠り、なおかつ晩ご飯を調達する。ならばこの魔法で決まりでしょう。
飛竜なんて、生きたまま丸焼きです。
「暗き地より来たりし地獄の火よ。我が心の怒りに乗りて敵を焼け」
「世界を覆いし疾き風よ。我が炎に導を示せ」
「炎嵐ッ! あーっはははははっ!」
“ゴオオオオオオォォォォォォッ”
重ねた掌の先から、渦になった炎が放たれます。
それは先へ行く程に太くなり、はるか上空の雲までも消し飛ばしました。
我ながら「やっちまった」感がありますが、今更、仕方がありません。
たっぷり一分程、炎は空へと駆け上ったでしょうか。もちろん四匹の飛竜は全滅させました。
ですがボトリ、ボトリと落ちてくるのは、消炭と化した飛竜の一部。食材としては台無しです。
人間も乗っていたようですが、跡形もありません。
ま、まあ……こんな事もありますよ。
私の横で、カレンがガタガタと震えていました。
「人、人も乗っていたのに……そのまま、そのまま燃やすなんて……」
何ということでしょう――この人、敵よりも味方である私を恐れていますよ!
そして私には、キャメロン先生からのダメ出しが入ります。
「実際、そこまでする必要あったかしら? あなた今日はもう、魔法禁止ね」
「えっ。飛竜を夕食にしようかと思っただけですわ……」
「あんなに焦げちゃ、食べられる訳ないでしょう? それに人を殺すのも減点。脅威が無い敵なら、無駄な殺生だわ」
「それは……」
どうせエロゲの世界の人間だし、殺したって……と思いましたが、その理屈が先生に通用するハズもありません。
そうこうしているうちに毒の霧を突破した敵が、円陣を組む前衛の前に現れました。
敵は、それなりの装備を整えているようです。皆、騎乗して槍や剣を構えていました。
何より飛竜があんな目にあって、恐怖は無いのでしょうか?
そういう意味では、優秀な敵かもしれませんね。というより、統制が取れています。
「あら、二十人くらい突破してるわ。後からも続々と来るし、怯んだ様子も見られない……優秀ね」
キャメロン先生も薄笑みを浮かべ、敵を褒めています。
「慌てる事は無い。訓練通りにやれば、お前達が負けることは無い」
言いざま、リュウ先生が馬から跳躍し、飛び蹴りで敵の頭を粉砕しています。
頭を失った死体が地面に落ちると、背の軽くなった馬は一声嘶いて賭け去りました。
私はその様を指差し、「ほら、無駄な殺生!」と言い募ります。
ですが誰も、私の主張を聞いてくれません。いよいよ戦闘が始まったからでしょう。グレてやる。
次に攻撃を繰り出したのは、ランドです。
槍を構え、猛然と敵に突進しました。
敵も槍を繰り出しましたが、あっさりと胸部を貫かれ、落馬しています。
ランドはそのまま馬首を返し、隣の敵も簡単に倒しました。
一方でドナは剣を構えているものの、ガタガタと震えています。
彼女もこれが初陣なのでしょう――迫る敵を目で捕えながら、どうすることも出来ないようですね。
そこにラファエルが駆け込み、敵の上段からの斬撃を盾で受け止めました。
「ドナ、大丈夫かっ!?」
ラファエルも動きが鈍いですね。
一応、剣を構えていますが――二人の敵に囲まれ、苦戦しています。
これは、助けるべきでしょうか? 二人が目の前で殺されたら、寝覚めも悪いでしょうしね。
しかし私は魔導師で、魔法禁止令の最中です。助けるならば、剣で前線に突入するしかありません。
前線に出ると言えば、先生に止められるんじゃないでしょうか?
そうすれば、ラファエルの所に増援が入るかも知れません。これなら私、とっても楽ですよ。
よし、この作戦でいきましょう。さすが私、頭が良いですね。
だから聞こえるように、大きな声で言いました。
「仕方ありませんわね。キャメロン先生、わたくしも剣で戦いますわ!」
「あら? 良い心がけね、ティファニー・クライン」
「えっ? わたくし、魔導師ですわよ!? 先生、止めませんの!?」
「何で? あなた、武力80あるでしょ? 小国なら猛将って呼ばれるわよ」
「も、猛将ッ!?」
私は涙を堪えつつ剣を抜き、ラファエルの横に並びました。もう、本当にグレてやるのです。
後ろから、カレンの声が響きました。
「ティ、ティファ!? どうして前衛に!?」
「……グレました。放っといて下さい」
「そんなに人を殺したいの!?」
「ふぐぅぅぅぅぅっ! 荷馬、宜しくお願いしますぅぅう!」
私は馬腹を蹴って突撃すると、手首を軽く捻って敵の首をはね飛ばしました。
ちくしょう、ちくしょう! グレた私は強いのです!
<剣術スキルDを獲得しました><剣術スキルCを獲得しました><騎乗スキルDを獲得しました>
あら? 人を斬ったらスキルを獲得しましたよ。
いくら練習してもスキルが生えないと思っていたら、そういうことだったのですね。
と、そんな事よりラファエルです。
「ラファエル、何をしていますの? あなたの力なら、こんな敵に苦戦なんてしないでしょうに」
私が声を掛けると、彼は蒼白な顔で頷きました。
そして剣を水平に薙ぎ、振り上げた敵の手を斬り裂きます。
ボトリと落ちた手首から先を見て、敵が悲鳴を上げました。
「う、うわぁぁぁあ!」
ラファエルは馬首を返し、手首を失った賊の背中を剣で貫きます。
上出来ですね、流石は最強軍師。やれば出来るじゃないですか。
しかしラファエルは口を押さえ、嘔吐いています。様子がおかしいですね。
そのまま転がるように馬を下りると、彼はオエオエと吐きました。
ああ――彼、初めて人を殺したんですね。それも魔法じゃなく、剣で。
ミズホが大丈夫だったのは、アホの子だからなのでしょう。
仕方がない、ここは私が頑張りますか。グレましたし、猛将なので。
「さあ――死にたい者から掛かってらっしゃい。わたくしの剣、今日から冴えていますわよッ!」
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