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7話 美味しいものが食べたいですわ

 ◆


 宿屋の豚女――もといミコットは二階の部屋を貸してくれました。着替えの服もくれたのは、望外の喜びです。


 ミコットの宿は“静流亭”という名で、村唯一の赤い屋根の建物です。

 近くを流れるエルシード川の源流が由来とのことで、ミコットの夫である冒険者のグレイ・バーグマンが名付けました。

 ちなみに私の水車小屋は、エルシード川の支流にあります。放火されてしまいましたけれど。

 

 九条の知識と照らし合わせるとミール騎士領というのは、まだまだ発展の余地があります。

 ここは緩やかな丘陵地帯なので起伏こそ多いものの、豊かな水源と夏場の冷涼性を利用すれば多くの野菜を栽培することができるでしょう。

 だからといって冬に雪深くなるわけでもありませんので、放牧にも適しています。

 つまりここは、「低緯度地帯にある高地」ということになりますね。

 またそのような土地柄から、守り易く攻めがたいという軍事的側面も有しています。


 このような土地を有しながらミール家は事業の拡大もせず、一寒村の領主として数百年を過ごしたきたわけです。これはもう、歴代領主ともども怠慢と云えるでしょう。

 私が領主であれば、とうの昔に近隣領主どもを平定し、公爵家に挑んで国を奪っていたに違いありません。


 あ……こんなことを考えては、アイロス・バルバトスの思う壷ですね。


 私がギリギリと奥歯を噛み締めていると、心配そうなミコットが顔を寄せてきました。


「何があったんだい? おばさんに話してごらん」

「それは、ですね……悪魔と契約し、力を手に入れました。それでパット達を退けたのですが……残念なことに、わたくしの意思だけでは力を抑え込むことが困難なのです」


 なんとか相手を蔑まず、真実を告げることに成功しました。

 するとミコットは難しい顔をして、何事も無かったかのように寝台を整えてくれます。


「いいのよ、ティファ。あんたぐらいの年頃にゃ、みんなそういう事を言うもんさ。あたしだってね、左手に悪魔の力が宿ったことがあったし、右目なんてずっと眼帯をしてたもんさ。それで冒険者になったんだけどね……あの人と出会って……右目、普通に見えるじゃねぇか! って言われたもんだよ。それが馴れ初めかね……ぽっ」


 ミコットは何か勘違いをはじめたようです。

 確かに悪魔と契約したものの、その力を抑え込むことの出来ない十二歳といえば、中二病以外に病名の診断は困難です。

 そしてミコットも昔は中二病だったと、謎のカミングアウトをされてしまいました。しかもグレイとの馴れ初めなんて、聞いてもいないことをペラペラと喋りやがって、クソうざいです。


「わ、わたくし中二病じゃありませんわ。あなたと一緒にしないで、この宿豚がっ」

「はいはい、わかりましたよ、お嬢様……さて、と。落ち着くまでいつまででも居ていいからね、ティファ。ミズホだって喜ぶから」


 宿豚などと呼ばれながらも、こんな風に言ってくれるミコットには感謝の言葉もありません。

 というか、私は感謝の言葉を言えませんが。


「わたくしを匿うのは当然ですわ。何しろあなたはわたくしの奴隷なのですから」

「ティファ。お腹減っただろ?」


 ミコットが私の話を聞きません、完全に中二病だと思われてしまいました。

 母は強しということでしょうか、先ほど作ってくれた料理を小卓に置いてくれます。

 小さなトレイに載ったそれは、パンとスープ、それから小さな柑橘系のフルーツでした。


「何があったのかは、だいたいわかるさ」


 ミコットは私を抱きしめ、背中を摩ってくれます。


「この前だってクロエが連れて行かれてね……未だに帰ってこない。それだけじゃないよ、サーシャもクララもさ……彼女達は帰ってきたけれど、あれ依頼、口をきかなくなった……」


 クロエというのは十四歳になる兎人族の娘です。

 白く長い耳が愛らしく、十分に美少女と呼べる顔立ちでした。


 クロエは何かと理由を付けて、私の水車小屋を訪ねてくれていました。

 彼女は屈託なく笑い、ティファ――私を妹のように可愛がってくれたのに。

 そんな彼女を蹂躙したのなら、絶対に許せません。

 闇が私の心を、真っ黒く染めてゆきます。


 サーシャとクララは仲の良い姉妹で、川辺で洗濯をしている姿を時々見かけました。

 私は一日の大半を仕事に費やしていたから彼女達と遊ぶことはありませんでしたが、二人とも歳が近かったので顔を合わせれば挨拶くらいはしていました。

 そんな彼女達も祖父の毒牙に掛かったのかと思うと、激しい怒りが込み上げてきます。

 

「横暴ですわね」

「うちの亭主がいたら、そんなこと許さないんだけどね!」

「残念ですわね、離婚していたなんて!」

「おうい、ティファ! 違うからね! ちょっと討伐の依頼を受けて、狩りに行ってるだけなのよ!」

「あらあら、それは失礼しましたわ。てっきり丸々と太った宿豚に嫌気が差して出て行ったのかと!」

「……ふ、太ったけれど、太ったけれど、私、これでも昔は美人って評判だったのよ……」


 ミコットの目に大粒の涙が溜まります。

 またやってしまいました。毒舌がこんなところで猛威を振るってしまうとは……。

 それでも、一度開いた私の口は止まりません。


「あは、あははははっ! 豚の目にも涙ですわ! あら、この諺は違いますわね? 豚に真珠でしたかしら?」

「と、とにかく、お食べ、冷めないうちにね。アンタの心はすっかり冷めちまったみたいだけども……」


 ミコットはこんな私の頭を撫でてくれたあと、一階へ降りて行きました。小さく嗚咽が聞こえます。

 

 さて、ミコットはいつまでも居て良いと言ってくれますが、そうはいきません。

 私には、今夜ギラン・ミールを殺すという計画があるのです。

 けれど、さっきの話を聞いてしまったからには、殺すだけでは生温いでしょう。

 生きたままアレを捥いで、口の中へ突っ込んでやりましょうか。それともお尻に突っ込みましょうか。

 悩ましい問題を抱え、私は思わず笑ってしまいます。


「あは……あはは」

 

 私はそんな近い将来を考えつつ、パンとスープを口に運びました。


「まっず……」


 そうでした。ミコットのスキル、“料理A”を“尊大”で打ち消しています。

 もはや彼女はただの素人。スープに塩なんて入れるはずがありません、高いですからね。

 仕方が無いのでフルーツを食べましょう。


「まっず……」


 どうしてフルーツまで味が落ちるのでしょうか。解せません。

 それでも私は完食しました。ずっと何も食べていなかったから、お腹が減っていたのです。

 食べたら眠くなりました。

 昨日から一睡もしていないものですから、これも当然でしょう。

 ベッドに横たわると、私はすぐにも意識を手放してしまったのです。

ミコット「ヨーグルトも食べるかい?」

ティファニー「頂きますわ」

……

……

……

ティファニー「……腐った牛乳ですわ、コレ」

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