6話 毒舌がとまりませんわ
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眠い目を擦り、欠伸を噛み殺しながら村の中心へと向かいます。
昨日の雨でぬかるんだ道はよく滑り、ときどき転びそうになりました。
ティファニーとしてだけ生きていた頃は、この景色が全てだったと思います。
けれど今の私は、日本という国を知っている。
比べてみればこの世界は、日本の田舎よりも遥かに自然の多い場所だとわかります。
例えて言えばアルプスの山中とか。いえ、私――アルプスの山中を見たことはありませんけれど。
ミコットの家までは、徒歩で一時間強。ちょとした距離です。
けれど私は毎日、荷車に粉を積んで村へと行っていました。
帰りには麦と食料を積み込み、更に重い荷車を引いて帰るのです。
十二歳の少女には、とても辛い労働の日々でした。
だけど、もうそんなことをしなくていいのです。
そう思うと、少しだけ心が軽くなりました。
道すがら、私は日本に居た頃のことを思い出してみます。
名前はたしか、九条圭。
就職するときに選んだのは、残業が無くて有給が取れてボーナスがきちんと出るところ。
いわゆるホワイト企業を選びました。
だってブラック企業に入ったら、趣味の時間が削られてしまいます。
こうして私は昼間は仕事、夜はエロゲに勤しんでいたわけですが……。
ある日、上司というか先輩がいきなり会社を辞めてしまいました。木村さんという方です。
「俺はエンジニアの仕事がやりたくてこの会社に入ったのに、これじゃ話が違う! やってることは下請けの管理だけじゃねぇか! これ以上は時間の無駄だ!」
こう言って退職届を上司に投げつけた先輩の姿が、鮮明に思い浮かびます。
きっと先輩だったらこうして異世界にきても、勇者とかになって活躍するのでしょう。
ただ問題は、この結果私が現場の責任者になってしまったことです。
私はこのような性格ですから、エンジニアの仕事がやりたくて会社に入った訳ではなく、素敵な福利厚生に釣られて入っただけのこと。
下請けの管理をして、ときどき怒鳴っていれば良い仕事はお手のものでした。
もしかしたら先輩よりも上手に捌けているかもしれない、と自惚れたりもしましたね。
もちろん結果として自分のスキルが上がらなくても問題ありません。大きな会社なので、社内スキルさえ磨けば定年までどうにかなるだろうと考えていましたから。
そんな矢先のことです。下請けで働いていた人が私のマンションにやってきました。
「いつもいつも無茶な納期を言いやがって……木村さんは俺等に随分と気を使ってくれてたのによぉ……テメェには俺達の苦しさが分からねぇみたいだなぁ」
分かる訳がありません。
そもそもそういった苦しみが嫌なので、私は大手に入ったのです。
「そんなことを言う為に来たんですか? 就業時間は過ぎていますし、私はゲームをやりたいので、お引き取り下さい」
「ゲームだと? お前が普段ゲームをやっている間、俺達がどれだけ働いていると思ってるんだ」
「知りませんよ、そんなの。嫌なら会社を辞めればいいでしょ」
“ブチン”
何かがキレる音が聞こえた気がします。
「もう一つ手があるんだよ……エリートの九条さんよぉ」
「手?」
これはヤバい! そう思った時には、もう全てが終っていました。
まったく……仕事の恨みで殺されたなんて、どうしようもない話です。
だいたい人を殺す前に仕事なんて辞めればいいものを、あの人をいったい何を考えていたのでしょう。
そこでふと、思い出しました。
あのときやっていたゲームが、たしか「Herzog」です。
「……どうも、これ以上記憶を辿ることができませんわ」
というか……。
エロゲを立ち上げたままマンションのエントランスで刺し殺された息子を見て、両親がどんな反応をしたのか、考えただけでも発狂しそうです。
私は気を紛らわすため、周囲の長閑な景色を眺めました。
辺りは一面、緑色です。放牧された羊がメーメーと鳴き、馬もウロウロと歩いていました。
遠くに目をやれば小高い山が連なって、山脈を形成しています。鳥の鳴き声もよく聞こえました。
大自然に囲まれた、素敵な場所です。
大きく息を吸ってみましょう。
「すー……げほっ」
家畜の匂いがとても臭いです。やめておけば良かった。
こうして私が死んだ時のことを考え羞恥心に身悶えしながら歩いていると、いつの間にか村の広場に到着していました。
「ティファ! ティファニーじゃないか! あんた、生きてたのかいっ? 大丈夫なのかいっ?」
元気な声が聞こえてきます。
ようやく暗く恥ずかしい思考から抜け出すと、私は声のする方へ顔を向けました。
すると肥満体の中年女性が、こちらに向かって駆け寄ってきます。ああ、ミコットですね。
彼女は白いエプロンで両手を拭いてから、私の顔をペタペタと触り始めました。
「ティファ! 幽霊じゃないね? 生きているね? はーっ……パットさんがさ、アンタが昨日の火事で死んだって言って帰ってきたから……あたしゃもう……」
は? 私が火事で死んだとパットが言った? ――どういうことでしょう?
私を連れて来いと、彼は領主から命令を受けていたはず。
しかし彼は失敗した、その事を隠蔽する為に殺したと偽っているのでしょうか?
保身を考えているだけならば、そういったこともあるのでしょうが。
ですが最後に見せた彼等の瞳は、もっと別のことを考えていたようにも思えます。
「ムムム!」
私ははおばさんに触られながら、唸りました。
「大丈夫? どこか痛いのかい? それにしても酷い格好だよ。服は煤まみれだし靴は泥まみれじゃないか……」
あ……ここが村の中心であることを忘れていました。
私はゆっくりと首を左右に振ります。
「大丈夫ですわ」
「だけど、その有様じゃ昨日から何も食べていないんだろう? お母さんも死んじまって、家も燃えちまうなんてさ! 神様も酷い事をしなさるよ! さ、おいで! おばさんが何か食べさせてあげるからね」
期待した通りです。
私はミコット見上げ、心から感謝しました。お礼の言葉を口にしよう――そう思ったのですが……。
そのとき何かが内から沸き上がる、奇妙な感触に包まれました。
どうやら毒舌のスキルが、私の気持ちを塗りつぶしてしまったようですね。
「……当然ですわ、宿屋の豚女。さっさとわたくしに食事を提供なさい、お金ならありましてよ」
言いながら、先ほどパット達から巻き上げた財布を地面に投げます。
「さあ、這いつくばって拾いなさいな、宿の豚!」
ミコットおばさんは私の顔と落ちた財布を交互に見て、拾いに行きました。とても悔しそうな表情です。
きっと“強権”スキルの影響でしょう。ミコットは逆らえません。
村人相手なら、私のスキルは悲しいかな無敵のようです。
「い、いやだよ。あたしゃ落ちたお金を拾うほど落ちぶれちゃ……落ちぶれちゃ……ったぁぁ!?」
「あーっはっはっはっは! まるで人間の残飯を漁る豚のようですわねっ!」
「ティファ。あたしゃ、あんたからお金なんて取らないから……そんなこと言わない……言わない……でぇ? お財布しまっちまったよ、あたしゃ!?」
言いながら、財布を懐にしまうミコットさんはブルブルと震えています。
どうしましょう……このままでは彼女が精神を病んでしまいますね。
私は恐る恐る、ミコットのステータスを見ました。
――――――――
ミコット
年齢 38 職業 宿屋の豚女 Lv4
スキル
料理A(無効化可能)
ステータス
統率68↓ 武力21 魔力12 知謀41 内政80 魅力55
――――――――
ミコットの職業が豚女になっています。
これは取り返しのつかないことを、したのかもしれません。
「さあ、お金を拾ったなら、さっさとわたくしを貴女の豚小屋に案内なさいな」
「ぶ、豚小屋ってあたしん家のことかい?」
「他に豚小屋がありまして? ね、豚女さん」
「うぐっっ……ううっ……ティファ……どうしたっていうのよ? でも、逆らえない……どうぞこちらへ」
ミコットおばさんの目に、キラリと光るものが見えました。
きっと彼女は絶望と悲哀の中にいることでしょう。
これもまたアイロスへの貢ぎ物に……なるかぁっ! 村で一番良くしてくれる人だったのにぃっ! ああもうっ! なんで毒舌がパッシブスキルなのですかっ!
(スキル 尊大Cの効果:宿屋の豚女 LV4のスキル 料理A を無効化しました)
ああああ、しかも料理Aを無効化してしまいました。
きっともう、おいしい料理は作ってくれないのでしょうね……。
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