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57話 死んでしまいましたわ

 ◆


「無いよっ!」

「へっ? 無いとは、何がです?」


 クロエが長い耳を揺らして、叫びました。


「だから触手持ちの魔物、持ってないのっ!」

「何でですか! 触手樹とかクラーケンとかタコさんとか、色々あるでしょう! こんな時の為に、なぜ用意していなかったのですかっ!?」

「こんな時って、どんな時よ!? アイツ等って強いのよ! 無茶言わないでよっ!」


 拍子抜けです。

 私は奥歯を噛み締め、ミリアに言いました。


「……仕方がありません、やっぱりあなたには死んで頂きましょう」

「……ティファニー・クライン。ふざけているのか真剣なのか、どっちなのよ!」

「さあ、どっちでしょう? あはっ」

「何なのよっ、あんたはっ! ――炎槍フレイムスピアッ!」


 馬鹿の一つ覚えのように、ミリアが炎の槍を繰り出してきます。


風盾ウィンドシールド


 私は自分の周囲に気流を生み出し、防壁を作りました。

 これはリリアードの妖精が作り出す盾とは、似て非なるものです。


「無粋なことを……」


 リリアードが弓矢を引き絞りながら、ボソリと言いました。

 多分、私が強引に精霊を従えたことを指しているのでしょう。

 リリアードの弓は、ミリアの愛しいニックを狙っています。

 逆にニックの弓は私に狙いを付けていましたので――とすると、彼女は私を援護してくれているのですね。


 リリアードが手を離すと、矢はビュウと音を立てて飛びました。

 ニックの弓を、リリアードの矢が貫きます。

 流石は神弓、とでも言えばいいのでしょうか。

 彼女の放った矢はニックの弓を破壊した後も速度を失わず、後ろの壁に突き立っています。

 ニックは反射神経が良かったのでしょう、弓を手放し右に避けていました。


「逃がさぬ、わしの前に現れた不幸を呪うが良い――愚かな人族よ」


 リリアードが髪を靡かせ、走ります。

 レイピアを再び抜いて、風のようにニックへ迫りました。


 一方、ミリア・ランドルフとシュテッペンは私のステータスを見て、歯ぎしりをしています。


「大魔導S……! 何なの、あれから、さらにスキルが成長するなんてっ!」

「……八君主の一人だ。当然と言えば当然であろう」

「シュテッペン、あんたどうにかしなさいよっ! 賢者でしょ!?」

「うむ……ティファニー・クラインと前回戦った時の話……事実だな?」

「そうよ! 嘘を付く意味なんて無いわっ! ――炎槍フレイムスピア

炎槍フレイムスピア――ならば、その弱点を突こう」


 二人が同時に、炎槍フレイムスピアを放ってきます。

 私は笑い、両手を広げました。


「わたくしに弱点? そんなもの、ありませんわよ? あーっはははは!」


 現状、この限られた空間で極大魔法を使用することは出来ない。

 だとするならば、このように小さくとも殺傷能力の高い魔法を使うのは常套手段です。

 対して私は既に、防御魔法を講じました。

 しかぁし! 風盾ウィンドシールドで防ぐだけなんて――私はちっとも面白くありません。


「夜の眷属たる闇よ、我の下にありて進む光を阻め――闇壁ドンクルワンド


 先ほど見せられた闇の壁を目の前に作り、二つの炎槍フレイムスピアを飲み込みませます。

 これぞ、格の違いというもの。

 お前に使える魔法が、私に使えない訳がないでしょう――と見せつけるのです。

 そして、音も無く彼等の目の前に姿を現し、短剣を抜いて「ブスリ」――といきましょう。

 これぞ勝利の方程式です。

 もちろん、二人の格闘スキルは確認しました。

 弱くはありませんが、だからといって警戒する程でもありません。

 さあ、ミリアがどんな声で泣くのか、楽しみですねぇ……あは、あははっ。


瞬間移動ソフォーティゲ・ビウィーゴン


 計画通り私は一度消え、ミリアの眼前に姿を現しました。


「ごきげんよう、ミリア。そして、さようなら――」

「なっ……いつの間に……」

「前回だって竜の上で、あなたの後ろに立ったじゃありませんか。お忘れですか、ミリア・ランドルフ? あはっ」


 手に持った短剣を閃かせようとした、その時です。

 いつの間にか長身のエルフに背後を取られ、首を捻られてポキリ――とやられてしまいました。

 最後の力を振り絞り、私はエルフのステータスを確認します。

 あ……格闘SS……あれ? さっきは格闘Aって……まさかの改竄スキルですかっ!

 やってしまいました。一番入っちゃいけない人の間合いに入っちゃったのですね……私。


「迂闊なのだ、ティファニー・クライン。来ると思っていたぞ……弱点はお前の性格だ――どうせ、自分にひれ伏す敵の顔を、間近で見たいとでも思ったのだろう? 猟奇的な女だ……死ねッ!」

「あら……あら? わたくし、死にますわ」


 首の骨が折れたことで神経が断裂したのでしょう、身体が言う事を聞きません。

 全身の力が抜けて、その場に崩れ落ちます。

 気分は、船上に上げられたイカかタコでした。だらーん、と。

 華麗に幽体離脱を果たした私は今、その有様を俯瞰で眺めています。

 あー……間違いなく死体ですね。HP0ですもの。


「ティファーッ!」

「お姉ちゃんっ!」


 クロエとミズホの悲鳴が聞こえました。


「おい、ティファ! 何やってんだ!」


 イグニシアも狼狽しています。

 ていうか、死者に「何やってんだ!」は酷いですね。

 死んでいるんです、私。

 幽体で蹴りますわよ、イグニシア。


「えいっ!」


 あら、透けているので当たりませんね。残念です。


「な、なんじゃ、ティファニー! 死んでしまうとは何事じゃっ!」


 リリアードは……舐めていますの? 死んで怒られる私の立場を、少しは考えなさい。

 でもまあ、参りました。完全に油断です。

 

 アイロスは溜め息混じりに頷き、格闘の構えを見せていました。

 多分、私の現状を理解しているのは、彼だけでしょう。

 私の死体が損壊されないよう、頑張って時間を稼いで欲しいと思います。


 それにしても……無惨に首の曲がった私の死体が、真下に転がっています。

 口から血も吐いていました。うら若い乙女が、なんと無惨な殺され方でしょう。

 なぜか、ミリアも呆然としています。

 そのミリアに、わんわんとクロエ、そして傷の回復したハーピーが襲い掛かりました。


「ティファ、見ててね! せめてコイツだけは討ち取るっ!」

「ティファニーさま……グスッ」

「ピィィィィ!」


 三人の攻撃を受け、ミリアが言い訳をしています。意味が分かりませんね。


「ちょ……殺したのは、あたしじゃないでしょっ!」


 ええと、アイロスとシュテッペンの方は……あら、案外アイロスもやりますね。

 格闘SSに対して、互角以上に戦っています。

 途中で魔法を仕掛けられても、なんだかんだで対応していますし。


 リリアードもレイピアを使って、ニックを追いつめています。

 それにミズホとイグニシアも、首無し騎士(デュラハン)を圧倒し始めました。

 まあ、ミズホはともかく、イグニシアまで大粒の涙を零しながら戦うとは、思っていませんでしたが。


「ミリア、ティファニー・クラインは死んだ! もういいだろう、撤退しよう!」


 リリアードと斬り結びながら、ニックが叫んでいます。


「ちょ、こんな状況で言わないでよっ! こいつら……結構……強いのよっ!」


 ミリアはわんわんの剣を避け、クロエに撃ち込みながら叫びました。

 その間にハーピーの鉤爪が、背中に食い込んでいます。


「その剣を置いて行くなら、命だけは助けてやるぞ、娘」


 アイロスが冷然と言いました。


「ちょっと待て、アイロスッ! ティファの仇を討たねぇで、どうすんだよ! それにおれは、シュテッペンを殺さなきゃならねぇっ!」


 涙と鼻水に塗れて、イグニシアが言います。

 言いながら、彼女は首無し騎士(デュラハン)の盾を弾き飛ばしました。

 うーん、そんなに泣かないで下さい。死体そこに私はいませんよ。


「ミリア、ニック……行くがよい。だが、剣を渡すことはないぞ。あの方には、それが必要だろうからな……なに、心配するな、ここは私が殿しんがりとなろう」


 シュテッペンの言葉に、ミリアが顔を顰めています。


「馬鹿なことを言わないでよ、ジジイ! あんただって仲間なんだから、一緒に出るのよっ!」

「勘違いするな、ミリア……お前達がいると、本気で戦えぬだけだ」


 そのとき、フラフラと天井辺りを彷徨い、蠢くダンゴムシを数えていた私を、シュテッペンが睨みました。


「それにな……あのとき、ティファニー・クラインは幾つ魔法を使っていた? あやつが真に大魔導Sのスキル持ちなら、まだ何か魔法を残していても不思議はないぞ……」

「まさかっ!」

「なに、だからといって私は負けぬ。無論、死は望む所であったが……お前が仲間だと言ってくれたからな……その気も失せたわ。後から追う、さあ、行けっ!」


 泣かせる三文芝居を俯瞰で眺めながら、私は思いました。

 どーでもいいんだよー、お前等が逃げようがー、と。


 ニックは大きく頷き、リリアードのお腹を蹴って彼女との距離をとります。

 そしてミリアの腕を掴み、クロエとわんわんの攻撃を受けながらも、間をすり抜けて通路の先へと消えて行きました。

 

「ミリア、行こうっ! ――シュテッペン、恩に着ます! 後で必ず会いましょうっ!」


 もちろんクロエ達はミリアを追いましたが、首無し騎士(デュラハン)が立ちふさがりました。

 驚くべき事に、別の首無し騎士(デュラハン)が姿を現したのです。


「隊列を組め。敵の追撃を許すな」


 ジークハルトが戦いながら、他の首無し騎士(デュラハン)に命じています。

 

 一方アイロスは憤怒の形相で拳を繰り出し、シュテッペンの顔を撃ち抜きました。


「剣を奪われたままでは、何の意味も無いっ!」


 シュテッペンは鼻血を出しながらも笑い、肩を揺すっています。


「ふふふ……お前が何者か、ようやく分かったぞ、この悪魔め。だが、これでいい。これでこの場を全てを焼き尽くすことが出来るのだ……召喚――火炎魔人イフリート


 シュテッペンの前に、ユラユラと揺らめく人型の炎が現れました。

 

 あっ! いけません!

 あんなモノに踏まれたら、私の死体が火葬されてしまいます。

 身体の再生、そろそろ終ったかしら? 

 早く戻らないと、これは大変なことになってしまいますね。

ティファニー「いいですか、クロエ! 触手モンスターを必ず仕入れてきなさいっ!」

クロエ「分かったわよ、もう。面倒くさいわね!」


………

………


クロエ「ヒィィィィィアアアアアァァァ」


………

………


ティファニー「あら、お帰りなさい、クロエ。何だか肌がツヤツヤしてますわね?」

クロエ「ふふふ……女には色々あるのよ」


――――


 触手無くて、すみませんでした。

 これで許して下さい。

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