55話 ミリア・ランドルフ 2
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シエラ迷宮の地下三十六階層は、地獄だ。
地獄というのは、単に魔物が強いからだけじゃない。
漂う空気は全て毒を含み、流れる地下水も全てが毒。
魔物だって毒性のヤツ等ばかりだから、攻撃を一度でも受ければ命を落としかねない。
だが、そんな中を踏破出来たのは、コイツが居たからだ。
元聖王国宰相、シュテッペン・カラコロム。
頭でっかちの文官だとばかり思っていたが、全然違った。
魔法スキルは大魔導を持ち、格闘スキルも最高だ。
何よりコイツはエルフで、精霊の扱いに長けている。
ジークハルトとも顔なじみだったのは驚いたが、五百歳を超えているならそれも納得だった。
どうやってあの方が、この男を味方に引き入れたのかは知らない。
けれど、この男は本当に強かった。
だからこそ今、私は白竜を目の前にしている。
今回も私に与えられた任務は、白竜配下である黄竜の捕獲だった。
もちろん黄竜は、地下十五階層で捕獲済みだ。
けれど、あの方の望みを知っている私としては、それで終りたくない。
あの方が望んでいるのは、色竜が守護する秘宝だ。
黒竜と戦った時は傷つけるだけで終ったけれど、今回は違う。
だってシュテッペンが居て、破竜の剣があるんだ。
負ける訳が無い。あの方の一番は私だって、はやく証明しなきゃ。
だから私は黄竜を捕獲した直後、さらに下層を目指そうと言った。
「ジークとシュテッペンがいれば、白竜にも勝てるわ。行きましょう」
「駄目だ、ミリア。作戦は終了した、帰ろう」
けれど私の計画を聞いたニックは、いつも通り優等生じみた発言をする。
頭にきた。
本当にコイツは、いつもいつも私の邪魔をする。
「バカな事を言わないで! ここで白竜を倒せば、あの方もお喜びになるわっ!」
「その前に、軍隊が出て来たらどうする? 昨日ここに現れたのは、聖王国のイグニシア・シーラ・クレイトスだ。連邦政府に軍がなくても、彼女が国軍を動かす可能性はある」
「弱気なことを! あの女だってジークの剣技に驚いて、さっさと引き上げたじゃないのッ!」
「違う、彼女は剣技に驚いたんじゃない。シュテッペンが僕等と一緒にいた事に驚いたんだ」
「そんなの、どうだっていい! とにかく白竜を倒しに行くわよっ!」
この間、ただ話を聞いていたシュテッペンは、静かにこう言った。
「私の魔法なら、敵に気付かれずに白竜の下まで行けるだろう。それに万が一となれば、転移で逃げてもいい。倒せるかどうかはともかく、偉大なる秘宝の守護者とやらには、私も一度会ってみたいと思うのだが……」
こうして私達は無傷で進み、地下三十六階層最深部、白竜の住処へと到達した。
あれほど反対していたニックは今、私の隣で弓を構えている。
正面に巨大な白い竜がいて、私達を威嚇するように見下ろしているからだ。
「無謀だよ、大き過ぎる……」
ニックの怯えた口調が、癇に障る。
「黙りなさい、ニック」
ここは地下とは思えない程、広い。
天井は上が見えないほど高く、左右の切り立った壁は断崖を思わせる。
そんな壁にはキラキラと輝く水晶があって、辺りを眩しいくらいに照らしていた。
白竜――水晶よりもキラキラと輝く、白い鱗を持っている――が大きく長い首をもたげて私に言う。
「娘――ここはお前のような者の来るべき場所ではない。立ち去れ」
黒一色の巨大なビー玉みたいな竜の瞳に、私の姿が映っている。
目だけで、私の身長くらいはあるかもしれない。
だけど何を考えているのか、まるで分からない瞳だ。
私が何も答えないでいると白竜は翼を広げ、大きく口を開いた。
「もう一度言う。立ち去れ」
凄まじい威圧感に、背筋が凍えた。
腹の底まで響く様な、圧迫感のある声だ。
けれどシュテッペンは臆することなく、白竜を見上げている。
「待たれよ、竜の王。聞きたいことがある」
「……ふむ、エルフの賢者か。面白い、言ってみよ」
僅かに首を傾げ、白竜が笑った様に見えた。
「では、しかと答えて頂こう、竜の王よ」
「我に答えられる問いであればな……」
「では、問おう。お主等の守護する扉の先には、一体何がある?」
「……神の座」
「ならば、神とは?」
「……エルフよ、お前は分別のある聖王国の宰相であろう。何の故あって、このような暴挙に加担するのか?」
「全ては真実を知らんが為。暴挙と云うなら、この世界そのものが暴挙ではないのか?」
「ほう……何故、そのように思うか?」
「我らは等しく――神ならざる者の手によって作られた存在だと、ある方に聞いた」
「それを鵜呑みにしたと? つまらぬ賢者も居たものだ……下らぬ、もう消えよ」
「図星を指されて憤慨したか、竜の王よ。まあよい、元より王国を裏切った身、命など惜しまぬわ」
そのとき、突如として風が吹いた。
私は乱れる髪を押さえ、風が吹く方を見た。上だ。
無数の黄竜が頭上から現れた。どの口からも、チロチロと炎が覗いている。
その数は、二〇を超えていた。
それがどうした、と思う。
そもそも竜が人より上位にあったのは、ずっと昔のこと。
今では竜種なんて、人に狩られるだけの存在だ。
「あたし達に消えて欲しかったら、秘宝とやらを渡しなさい、白竜ッ!」
私は斬鉄の鞭を構え、白竜を睨んだ。
瞬間、頭上から無数の炎が迫る。
黄竜達が一斉に炎を吐いていた。
「召喚――火炎魔人」
シュテッペンが奇妙に捻れた杖を翳すと、私の上で炎が広がった。
それは人のようでもあり煙のようでもある、不思議な炎だ。
そして、それは全ての竜が放った炎を吸収し、自らの身体を巨大化させている。
凄まじい熱波が全身を包む。
いくら炎の魔人が竜のブレスをせき止めているといっても、魔人そのものが炎なのだ。
私は慌てて魔法を唱え、自分の周りを氷で覆った。
けれどあっさりと氷は溶かされ、再び熱波が私にまとわり付いてくる。
服が焦げ、髪も焼けていた。
ふと、氷の魔法を連発した不愉快な金髪女を思い出す。
(ティファニー・クライン……アイツだったら、こんなの平気なのかしら?)
憎らしいアイツの高笑いが脳裏に浮かび、私は慌てて叫んだ。
「くそっ! くそっ! くそっ!」
私には、私の戦い方がある。なにもアイツの真似をする必要なんてない!
「ジークッ!」
私は背後に控えていた首無し騎士を呼び、「行けっ!」と命じた。
漆黒の馬を駆り、白竜の巨体に剣を携えて迫る首無し騎士。
しかし白竜はすぐに反応し、飛び上がって青白い炎を浴びせる。
首無し騎士は剣で炎を斬り裂き、馬は大地を蹴って空を駆けた。
首無し騎士であるジークハルトが持つ剣は、破竜の剣だ。いくら白竜といえども、刃が突き立てられれば無事では済まない。
今、剣の先端が白竜の首に届くかと思われた――その瞬間。
“バキッ”と凄まじい音が響いた。
ジークハルトは大地に叩き付けられ、鎧が拉げている。
白竜の尾が、ジークハルトの背中を打ち付けたのだ。
咆哮を上げて、白竜がジークハルトに鉤爪を向けた。
必殺の追撃がジークハルトに迫った所で、ニックの放った矢が白竜の目を射抜く。
しかし瞬間的に閉じた白竜の瞼が、ニックの矢を無力化していた。
その間に何とか体勢を立て直したジークハルトは、白竜の攻撃をかわしている。
「無理だよ、ミリア。戦力が違いすぎる」
「何よ、何よ、何よ! 前は黒竜とだって戦ったじゃないっ! 破竜の剣がなくても、傷を付けられたじゃないっ! それなのに、なんでよっ!」
「黒竜は、代替わりを果たしたばかりだった。この白竜と比べたら、雲泥の差がある」
「それって、あたしがコイツに勝てないってこと?」
「勝てるなら、僕だって反対しなかったよ」
私は白竜に負けるらしい。
「あんたねぇ! そんな大事なこと、もっと早くに言いなさいよッ!」
悔しさから、私はニックの青いマントを力任せに引っ張り、破って捨てた。
その間も彼は白竜に矢を射続け、ジークハルトの援護をしている。
「ごめんね、ミリア。お詫びに僕が白竜を引き付けるから、隙を見て転移を……」
「何バカなこと言ってんのよっ、馬鹿ニック! あんた、あたしより弱いんだから、白竜なんて引き付けられる訳ないじゃないっ! 退くわよ、シュテッペン!」
見れば、シュテッペンの火炎魔人も黄竜達の鉤爪で散々にやられていた。
元が実態の無い精霊でも、竜の鉤爪には関係ないらしい。
そう言えば竜種の攻撃は、死霊等にも有効だと聞いた事がある。
「聞いてるの、シュテッペン! 退くの! あんたの帰還魔法じゃないと、ベースキャンプに戻れないのよっ! このグズッ! あんたがいたって白竜に勝てないんじゃ、何の意味もないわっ! ジークもよ、戻って! 破竜の剣を寄越しなさいっ!」
シュテッペンは頷き火炎魔人をしまって、帰還魔法の詠唱を始めた。
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