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55話 ミリア・ランドルフ 2

 ◆

 

 シエラ迷宮の地下三十六階層は、地獄だ。

 地獄というのは、単に魔物が強いからだけじゃない。

 漂う空気は全て毒を含み、流れる地下水も全てが毒。

 魔物だって毒性のヤツ等ばかりだから、攻撃を一度でも受ければ命を落としかねない。

 だが、そんな中を踏破出来たのは、コイツが居たからだ。


 元聖王国宰相、シュテッペン・カラコロム。

 

 頭でっかちの文官だとばかり思っていたが、全然違った。

 魔法スキルは大魔導を持ち、格闘スキルも最高だ。

 何よりコイツはエルフで、精霊の扱いに長けている。

 ジークハルトとも顔なじみだったのは驚いたが、五百歳を超えているならそれも納得だった。


 どうやってあの方が、この男を味方に引き入れたのかは知らない。

 けれど、この男は本当に強かった。

 だからこそ今、私は白竜セレナイトを目の前にしている。


 今回も私に与えられた任務は、白竜セレナイト配下である黄竜イエローの捕獲だった。

 もちろん黄竜イエローは、地下十五階層で捕獲済みだ。

 けれど、あの方の望みを知っている私としては、それで終りたくない。

 あの方が望んでいるのは、色竜が守護する秘宝だ。

 黒竜モリオンと戦った時は傷つけるだけで終ったけれど、今回は違う。

 だってシュテッペンが居て、破竜の剣があるんだ。

 負ける訳が無い。あの方の一番は私だって、はやく証明しなきゃ。

 だから私は黄竜イエローを捕獲した直後、さらに下層を目指そうと言った。


「ジークとシュテッペンがいれば、白竜セレナイトにも勝てるわ。行きましょう」

「駄目だ、ミリア。作戦は終了した、帰ろう」


 けれど私の計画を聞いたニックは、いつも通り優等生じみた発言をする。

 頭にきた。

 本当にコイツは、いつもいつも私の邪魔をする。


「バカな事を言わないで! ここで白竜セレナイトを倒せば、あの方もお喜びになるわっ!」

「その前に、軍隊が出て来たらどうする? 昨日ここに現れたのは、聖王国のイグニシア・シーラ・クレイトスだ。連邦政府に軍がなくても、彼女が国軍を動かす可能性はある」

「弱気なことを! あの女だってジークの剣技に驚いて、さっさと引き上げたじゃないのッ!」

「違う、彼女は剣技に驚いたんじゃない。シュテッペンが僕等と一緒にいた事に驚いたんだ」

「そんなの、どうだっていい! とにかく白竜セレナイトを倒しに行くわよっ!」


 この間、ただ話を聞いていたシュテッペンは、静かにこう言った。


「私の魔法なら、敵に気付かれずに白竜セレナイトの下まで行けるだろう。それに万が一となれば、転移で逃げてもいい。倒せるかどうかはともかく、偉大なる秘宝の守護者とやらには、私も一度会ってみたいと思うのだが……」


 こうして私達は無傷で進み、地下三十六階層最深部、白竜セレナイトの住処へと到達した。

 あれほど反対していたニックは今、私の隣で弓を構えている。

 正面に巨大な白い竜がいて、私達を威嚇するように見下ろしているからだ。


「無謀だよ、大き過ぎる……」


 ニックの怯えた口調が、癇に障る。


「黙りなさい、ニック」

 

 ここは地下とは思えない程、広い。

 天井は上が見えないほど高く、左右の切り立った壁は断崖を思わせる。

 そんな壁にはキラキラと輝く水晶があって、辺りを眩しいくらいに照らしていた。


 白竜セレナイト――水晶よりもキラキラと輝く、白い鱗を持っている――が大きく長い首をもたげて私に言う。


「娘――ここはお前のような者の来るべき場所ではない。立ち去れ」


 黒一色の巨大なビー玉みたいな竜の瞳に、私の姿が映っている。

 目だけで、私の身長くらいはあるかもしれない。

 だけど何を考えているのか、まるで分からない瞳だ。

 私が何も答えないでいると白竜は翼を広げ、大きく口を開いた。


「もう一度言う。立ち去れ」


 凄まじい威圧感に、背筋が凍えた。

 腹の底まで響く様な、圧迫感のある声だ。

 けれどシュテッペンは臆することなく、白竜セレナイトを見上げている。


「待たれよ、竜の王。聞きたいことがある」

「……ふむ、エルフの賢者か。面白い、言ってみよ」


 僅かに首を傾げ、白竜セレナイトが笑った様に見えた。


「では、しかと答えて頂こう、竜の王よ」

「我に答えられる問いであればな……」

「では、問おう。お主等の守護する扉の先には、一体何がある?」

「……神の座」

「ならば、神とは?」

「……エルフよ、お前は分別のある聖王国の宰相であろう。何の故あって、このような暴挙に加担するのか?」

「全ては真実を知らんが為。暴挙と云うなら、この世界そのものが暴挙ではないのか?」

「ほう……何故、そのように思うか?」

「我らは等しく――神ならざる者の手によって作られた存在だと、ある方に聞いた」

「それを鵜呑みにしたと? つまらぬ賢者も居たものだ……下らぬ、もう消えよ」

「図星を指されて憤慨したか、竜の王よ。まあよい、元より王国を裏切った身、命など惜しまぬわ」


 そのとき、突如として風が吹いた。

 私は乱れる髪を押さえ、風が吹く方を見た。上だ。

 無数の黄竜イエローが頭上から現れた。どの口からも、チロチロと炎が覗いている。

 その数は、二〇を超えていた。


 それがどうした、と思う。

 そもそも竜が人より上位にあったのは、ずっと昔のこと。

 今では竜種なんて、人に狩られるだけの存在だ。


「あたし達に消えて欲しかったら、秘宝とやらを渡しなさい、白竜セレナイトッ!」


 私は斬鉄の鞭を構え、白竜セレナイトを睨んだ。

 瞬間、頭上から無数の炎が迫る。

 黄竜イエロー達が一斉に炎を吐いていた。


「召喚――火炎魔人イフリート


 シュテッペンが奇妙に捻れた杖を翳すと、私の上で炎が広がった。

 それは人のようでもあり煙のようでもある、不思議な炎だ。

 そして、それは全ての竜が放った炎を吸収し、自らの身体を巨大化させている。


 凄まじい熱波が全身を包む。

 いくら炎の魔人が竜のブレスをせき止めているといっても、魔人そのものが炎なのだ。

 私は慌てて魔法を唱え、自分の周りを氷で覆った。

 けれどあっさりと氷は溶かされ、再び熱波が私にまとわり付いてくる。

 服が焦げ、髪も焼けていた。

 ふと、氷の魔法を連発した不愉快な金髪女を思い出す。

 

(ティファニー・クライン……アイツだったら、こんなの平気なのかしら?)


 憎らしいアイツの高笑いが脳裏に浮かび、私は慌てて叫んだ。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 私には、私の戦い方がある。なにもアイツの真似をする必要なんてない!


「ジークッ!」


 私は背後に控えていた首無し騎士(テュラハン)を呼び、「行けっ!」と命じた。

 漆黒の馬を駆り、白竜セレナイトの巨体に剣を携えて迫る首無し騎士(テュラハン)

 しかし白竜セレナイトはすぐに反応し、飛び上がって青白い炎を浴びせる。

 首無し騎士(テュラハン)は剣で炎を斬り裂き、馬は大地を蹴って空を駆けた。


 首無し騎士(テュラハン)であるジークハルトが持つ剣は、破竜の剣だ。いくら白竜セレナイトといえども、刃が突き立てられれば無事では済まない。

 今、剣の先端が白竜セレナイトの首に届くかと思われた――その瞬間。

 

 “バキッ”と凄まじい音が響いた。


 ジークハルトは大地に叩き付けられ、鎧が拉げている。

 白竜セレナイトの尾が、ジークハルトの背中を打ち付けたのだ。

 咆哮を上げて、白竜セレナイトがジークハルトに鉤爪を向けた。

 必殺の追撃がジークハルトに迫った所で、ニックの放った矢が白竜の目を射抜く。

 しかし瞬間的に閉じた白竜セレナイトの瞼が、ニックの矢を無力化していた。

 その間に何とか体勢を立て直したジークハルトは、白竜セレナイトの攻撃をかわしている。


「無理だよ、ミリア。戦力が違いすぎる」

「何よ、何よ、何よ! 前は黒竜モリオンとだって戦ったじゃないっ! 破竜の剣がなくても、傷を付けられたじゃないっ! それなのに、なんでよっ!」

黒竜モリオンは、代替わりを果たしたばかりだった。この白竜セレナイトと比べたら、雲泥の差がある」

「それって、あたしがコイツに勝てないってこと?」

「勝てるなら、僕だって反対しなかったよ」


 私は白竜セレナイトに負けるらしい。


「あんたねぇ! そんな大事なこと、もっと早くに言いなさいよッ!」


 悔しさから、私はニックの青いマントを力任せに引っ張り、破って捨てた。

 その間も彼は白竜セレナイトに矢を射続け、ジークハルトの援護をしている。


「ごめんね、ミリア。お詫びに僕が白竜セレナイトを引き付けるから、隙を見て転移を……」

「何バカなこと言ってんのよっ、馬鹿ニック! あんた、あたしより弱いんだから、白竜セレナイトなんて引き付けられる訳ないじゃないっ! 退くわよ、シュテッペン!」


 見れば、シュテッペンの火炎魔人イフリートも黄竜達の鉤爪で散々にやられていた。

 元が実態の無い精霊でも、竜の鉤爪には関係ないらしい。

 そう言えば竜種の攻撃は、死霊レイス等にも有効だと聞いた事がある。


「聞いてるの、シュテッペン! 退くの! あんたの帰還魔法じゃないと、ベースキャンプに戻れないのよっ! このグズッ! あんたがいたって白竜セレナイトに勝てないんじゃ、何の意味もないわっ! ジークもよ、戻って! 破竜の剣を寄越しなさいっ!」


 シュテッペンは頷き火炎魔人イフリートをしまって、帰還魔法の詠唱を始めた。

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