52話 ハーピーですわ
◆
迷宮へ入ることは、難しくありませんでした。
シエラ迷宮はキーマと違って商用ではありませんが、遺跡という扱いです。
なので夕方の五時までに入れば、地下一階までは自由に行けるのです。
ただしシエラ迷宮はケーニヒス連邦の直轄地。
いくら聖王国の王族と云えども、五時以降の出入りには許可が必要でした。
とはいえ重罪人が逃げ込んだと大勢にバレれば、聖王国の威信に関わります。
なので極秘裏にイグニシアだけが午後五時以降、迷宮内で活動する許可を得ていた、とのこと。
この事実を知る者は連邦王国内でも、ごく一部の人間に限られていました。
連邦としても犯罪者の隠れ蓑に迷宮を使われたとあっては、無様な話です。
しかし残念ながら連邦王国には、固有の戦力がありません。
だから事件を穏便に解決する為にも、イグニシアという戦力は不可欠でした。
もちろん戦力と云う意味において連邦学院の生徒である私達は、うってつけの存在です。
イグニシアが一人でシュテッペンの討伐に時間が掛かるのなら、この程度の増援はやむを得ないと連邦側も判断するでしょう。
ま、全ては事後承諾になりますけれど……。
私達は今、薄暗い迷宮の中を、魔法の光を頼りに進んでいます。
ここも四大迷宮の一つに数えられているそうで、一時は大勢の冒険者が訪れていました。
しかし今の迷宮は休眠期に入っているそうで、魔物が減っているとのこと。それに伴って、宝箱の数も減少しているそうです。
ただ、そうは言っても下層へ行けば強力な魔物も出るそうで、油断は出来ません。
何より最下層には、Lv70を超えた魔物もゴロゴロいるとか。危ないですね。
「シュテッペンは、Lv70を超える魔物とも戦えるのですか?」
「あの男は賢者だからな。Lvは50そこそこだったけど、姿も足音も消せる。その気になりゃ、白竜の下まで魔物を避けて行けるだろ」
「それは、すごいですわね」
私の疑問に答えるイグニシアは、どこか釈然としていません。眉を顰めています。
「でもよ……そんなことをする理由が分かんねぇし、そもそも変なんだよな」
アイロスが重い口を開きました。
「そうだな……如何なる賢者と云えども、色竜の守護する秘宝のことなど知らんはずだ」
「そうなのか? だったらやっぱり……」
下唇を噛むイグニシアの言葉を最後にして、パーティーに沈黙が訪れました。
何はともあれ、前回キーマの迷宮に一歩も足を踏み入れなかった私としては、今回が人生初迷宮です。
そして現在沈黙している今回のパーティーは……。
アタッカーにミズホ、盾にわんわんとイグニシア、召喚師としてクロエ、そして魔術師のアイロスと回復役の私ですね。
ツッコミどころの多いパーティーだとは思いますが、全体的なバランスは悪くありません。
いいですね、頑張りましょう。えいえいおー!
「お前、やる気はあるのか?」
ニンマリと笑う私の口元を見て、アイロスが言いました。
失礼ですね、やる気の塊であるこの私に向かって。
「当然です! たくさんの魔物を倒して経験値をゲットし、レベルアップしてやりますわ! それに宝箱を開けまくって、新たな装備を手に入れるのです!」
「迷宮は休眠期だ、魔物は多くない。何より目的はシュテッペンを見つけ、倒し、破竜の剣を奪回することだ。忘れるな」
「忘れてませんわ! 何日も籠る訳じゃないのですから、サクっとやりましょう!」
頷く私の隣で、クロエが拳を握りしめていました。
「ねえ、みんな。もしも強い魔物に出会ったら、トドメを刺さないで頂戴。上手く手懐けることが出来れば、貴重な戦力になるから」
「ええ、もちろん皆でタコ殴りにしたあと、クロエに渡しますわ」
クロエは私やミズホのように高い能力は望めません。
そのことを自分が一番理解していたらしく、彼女は召喚師のスキルを手に入れると、それを伸ばす事に命を掛けました。今ではサイクロプスや大蛇、ハーピーや巨大亀などを呼べます。
中でも一番強いのはサイクロプスですが――流石に迷宮の中では呼べないでしょう。大き過ぎますので。
だからこそクロエはきっと、人間サイズで強い魔物を手に入れたいのでしょうね。
「それにしても、シュテッペンはどうやって迷宮に潜り込んだのでしょう?」
「簡単だ。警備兵を殺し、夜陰に乗じた」
イグニシアは芋虫、じゃなくて苦虫を三匹くらい纏めて噛み潰したような表情で、私に答えました。
「でもどうして、それがシュテッペンの仕業だと分かったのですか?」
「あいつがおれに、手紙を寄越したんだ。自分が破竜の剣を奪った――シエラ迷宮に居るから殺して欲しい――ってよ。正直、意味が分からねぇ。けどよ、剣が無くなったのは事実だから、行くしかねぇだろ。そしたらアイツ、訳の分からねぇ連中と一緒にいやがって、おれを襲ってきやがったんだ。目付きも尋常じゃなかったぜ……」
イグニシアは頬を指でなぞり「油断してな、ほら、お前に治してもらった傷」と言いました。
「それは、大事に至らなくて良かったですわ。でも、何ですの、訳の分からない連中というのは?」
「やたらと強ぇ首無し騎士を連れてやがる、ピンク色の髪の女だ。あと、アイロス、てめぇくらい顔の整った男もいたな」
ピンク色の髪の女なら、私にも心当たりがありますね。
以前、キーマで会ったあの女です。首無し騎士も連れていました。
「その女、ついでに炎竜も連れていませんでしたか?」
「あ? そりゃ見てねぇな」
ふむ……別人という可能性もありますか。
などと考えていたら、アイロスが静かに言いました。
「ミリア・ランドルフとニック・マーティンだ。どういうつもりか知らんが、この二人は今、迷宮から下位の竜を奪って回っている。キーマの炎竜も然りだ。
もっとも――それだけなら我も動きはしなかった。三月ほど前のことだ。ヤマシロの迷宮において闇竜が奪われた際、黒竜が手傷を負わされている。由々しき問題だ……奴等の力が、色竜に迫りつつあるのだからな」
「……アイロス、あなたには竜のお友達でもいるのかしら? 別に竜が奪われようが殺されようが、わたくし達に関係なんて無いと思うのですけれど」
私に追従するように、ミズホも頷いています。
「そうだよ。だいたい竜なんて、村や街を平気で襲って、人やエルフを食べるもの。むしろ沢山殺した方が良いと思う」
瞳に力を込めて言うミズホは、きっと父親が大好きなのでしょう。
グレイ・バーグマンはドラゴンスレイヤーですからね。
「モノを知らんというのは、幸せなことだ……」
「だったら、教えてくれてもいいでしょう? 理由を知れば、わたくしの義侠心に火が付いて、やる気が何倍にも跳ね上がるかもしれませんのよ」
「……賢し気なことを言うな、ティファニー。駒の分際で」
私を駒だなんて、イラっとしますね。
「ふんっ、あなたこそ、わたくしの力を借りなければ、この世界に顕現することも出来ないのでしょう?」
「そうだな」
「だったら、あまり偉そうにしないで頂けます?」
「ふむ……それ以上つまらん事を言うなら、反逆と看做すぞ」
「げっ……ごめんなさい」
「分かればいい」
私を黙らせた筈のアイロスですが、その横顔は何故か寂しそうに見えました。
それにしても、この大悪魔が、こうも竜や秘宝を守ろうとするのです。
本当に、この世界を根底から覆すような秘密があるのかもしれません。
非常に気になります。
しかし、この分では教えてくれないのでしょうね。
それなりに長い道のりを歩き階段を下りると、ようやく地下三階層に到達しました。
ここまで来ると、流石に疲れてきます。
迷宮といっても、かなり広いドンキ〇ーテくらいだと思っていました。
舐めていて、すみません。
まさかこれ、徹夜になるんじゃないでしょうね。心配になってきました。
「ちょっと、イグニシア。いつまで探すのですか? 手掛かりくらいはあるのでしょうね?」
「ああ、今はルイードがヤツの匂いを追ってくれている。見つからなければ、日の出には帰るさ。いつものことだ」
私は軽く絶望し、休憩を提案しようとしました。
「だったら、この辺で少し……」
その時――先頭にいたわんわんが、右手を横に伸ばしてパーティーを止めました。
そして地面に膝を付き、鼻をクンクンと動かして左右を見回します。
「この先に何かある」
「何かって何ですの、わんわん!」
「ええと……食べ物の匂い……それから……燃料かな。つまり……人が居た形跡ですね」
イグニシアとミズホが剣を抜き、周囲を警戒します。
クロエはハーピーを召喚して、前方を確認するよう命令を下しました。
ハーピーは笑顔で頷き、狭い迷宮内を凄まじい早さで前進して行きます。
その姿を見て、わんわんは鼻血を出していました。
「胸が、胸が……先端にイチゴ……見ちゃった……」
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