49話 イベント強奪ですわ
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先日ケーキを一緒に食べて以来、妙にヒルデガルドが馴れ馴れしくなりました。
朝、教室に行くと「ティファやん、あはは」
廊下ですれ違えば「ティファやん、あはは」
トイレで会えば「ティファやん、あはは」
お昼休みになると「ティファやん、あはは」
帰る時間になると「ティファやん、あはは」
とまあ、だいたいこの通りです。
多分、アーリアを生徒会長にしない同盟の締結を求めてのことでしょう。
あの日「考えておきます」と言って以来、答えを伝えていませんからね。
「なんなんだ、あれは?」
珍しく三限目に起きたイグニシアが、休憩時間に文句を言っています。
彼女は起きている時に限り、休憩時間を私と一緒に過ごすようになりました。
これは入学以来、基本的に寝ていたせいで、私以外の友達が出来なかったことに起因します。
もっともイグニシアの場合、その特性から友人を作ろうと思えばいくらでも作れるのでしょうけれど。
「先日ケーキを食べに行ったお店で会いまして……三組の学級委員長で、ヒルデガルド・アイゼルという人ですわ」
「ああ、あれが……国じゃ神童とか言われてるんだろ?」
「まあ、言う程ではありませんね。武力はあなたに及ばず、魔力はわたくしに及びません」
「言い方だろ。魔力はおれに勝ち、武力においてはティファニー・クラインに勝る。十分、凄いんじゃねぇか?」
「どこが凄いんですか、どこが!」
「ま、いいや。で、お前は、そんなヤツにティファやん呼ばわり、と。ぷっ」
口元に手を当て、イグニシアが笑っています。
「ティ・ファ・やん……ぷぷっ」
「ふんっ!」
「怒るなよ」
せっかく後ろを向いて話を聞いてやったのに、こんなイジリ方をするなら、もう無視です。
「おーい、ティファー。悪かったよー」
ふん、背中をツンツンしたって無駄です。私は怒りました。
「悪かったってー」
本当に反省したのか、イグニシアが前に回り込んできました。
学校にいる時にしては、珍しくアクティブですね。
そう思って見上げると、顔に白い湿布を貼っています。
「あら、イグニシア。その顔はどうしたのですか?」
「ん? ああ、転んだ」
おかしな話です。
武力100を超える猛者が、転んだくらいで頬に怪我をするものですか。
それに彼女は大国の姫君、私と同じく上級貴族が暮らす寮に入っているのです。
そこには専門の医師団がいて、魔法による治療を受ければすぐにも傷は治るでしょう。
それなのに平民がやりそうな薬草の湿布を貼っているなんて、奇妙この上ありません。
「ちょっと、見せて頂けますか?」
「ダメだ」
「ダメじゃありません。その程度の傷なら、わたくしの魔法で治せますわ」
「いいって」
「よくありません、見せなさい」
頑に傷を隠すイグニシアに、私は業を煮やしました。
「えいっ」
「わっ」
立ち上がってイグニシアの胸を触り、モミモミします。
とても柔らかく、ジューシーな肉感ですね。
あ、いえ、本当にジューシーな訳ではありません。
私、別にイグニシアの胸を食べてはいませんので。
「やめろ、お前っ!」
イグニシアが怒って私の手を払おうとしたところで――「えいっ!」
彼女の顔に貼ってあった湿布を剥がしました。
すると、そこから現れたのは、刀傷にも似た一本の切り傷です。
すぐにイグニシアは頬を抑え、髪で顔を隠そうとしました。
「動物にでも引っ掻かれたのですか?」
自分で言って、「バカな」と思いました。
イグニシアの武力は、100を超えている。
だから彼女に傷を付けられる者は、限られています。
「だから転んだ、そう言ってるだろ」
「見せなさい、とにかく治します。せっかくの美人が、これじゃ台無しですわ」
「お、お前――前も言ってたけど、おれのことを綺麗とか美人とか……何なんだよ」
「何を言っているのです。あなたは綺麗で美人なだけじゃなく、とっても可愛いのですわ」
「お、おまっ……そういうことを人前でっ」
白い頬を少し桃色に染めて、イグニシアがそっぽを向きました。
ああ、ホント、可愛いですね。
私はイグニシアの頬に手をかざし、呪文を唱えて傷を癒します。
ポウッと青白い光が手の平から生まれ、見る間にイグニシアの傷が塞がりました。
「あ、ありがとう……」
頬を自分で摩り、傷がないことを確認してイグニシアがぎこちなく笑います。
「今回だけは、転んだということで納得します」
「……ああ、すまねぇ。言えば多分、お前に迷惑が掛かるから」
「わたくしに迷惑が掛かるようなことは、さっさと辞めてしまいなさい」
そう言って、ふと思い出しました。
これもラファエルのイベントだった! と。
確かイグニシアは、夜な夜なシエラの迷宮へ行っているのです。
理由は聖王国の罪を犯した賢者が迷宮へ逃げ込んだから、だったはず。
ただ、これが思いのほか強敵で、頬に傷を負うのです。
本来ならこれに気付いたラファエルが傷を治し、ともに迷宮へ向かうのですが……。
だから彼女は毎日、学校で寝ていたのですよ。
迂闊でした、こんな大事なことを忘れていたなんて。
「ああ、なるべく早く辞めるようにする」
奥歯をギリッと噛んだイグニシアは、何かの決意をしたのでしょう。
ここまで来れば、私も決意をします。
ラファエルのイベント、私がやったろーじゃないですか!
「じゃあ、今夜――わたくしも一緒に行きますわ。シエラの迷宮へ」
「なっ!? 知ってたのか……」
大きく目を見開いて驚き、イグニシアはすぐに周りを見回します。
聞かれたらマズい、ということでしょう。
「じゃ、約束ですわ。学校が終ったら、あなたの部屋へ行きますわね」
そうやってイグニシアに耳打ちをして、私は再び席に戻ります。
そんな訳で、大きな声で話を変えることにしました。
「おほん! それはさておき、ところでイグニシア。今日は生徒会の日ですが、覚えていますか?」
「――ん、あ、ああ、そうだったか?」
どうやら忘れていたようですね。
話題に出して良かったです。このまま忘れていたら、イグニシアはさっさと帰っていたでしょう。
そして今日も一人で迷宮へ行き……と考えると、私は中々に良い選択をした気がしますね。
「ええ、そうです。三組のヒルデガルドが頻繁に来る理由も、そこにあるのです」
「……どういうことだ?」
「じつは次期生徒会長についてですが、このままだとアーリア・アーキテクト・ゴールドタイガーになるというのです」
「へぇ」
「しかし会長を選ぶのは投票で、投票するのはわたくし達。だから神国リンデンのサラステラ・フレ・リンデンに投票して欲しいという話ですわ」
「別に、おれはアーリアでも構わねぇけどな……」
あら、意外ですね。
先日アーリアと思いっきり戦ったのは、イグニシアだというのに。
それとも逆に、戦ったからこそアーリアと理解しあったとか?
バカ同士なら有り得ることですが……。
「……正直なところ、わたくしとしては、どちらの方にもご遠慮頂きたいのです」
「ふうん。だったらよ、おれはお前に投票すればいいか?」
「は? あなた、バカなのですか?」
「あ? バカって言うなよ? だいたいさ、一年だからって生徒会長になれねぇ訳じゃねぇんだろ?」
「まあ、なれない訳ではありませんが……」
おバカというのは、恐ろしいものです。
確かにイグニシアの言うことも一理ありますが――しかし一年生が生徒会長になるには、二年生もこちらに票を入れる必要がある訳で、だからこそ不可能に近いのです。
これを説明するのに、この休憩時間だけでは足りず、結局お昼休みを全て使ってしまうのでした。
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