44話 見つめていますわ
◆
行き交う馬車を羨ましそうに眺めつつ、暫く歩いてようやく目的のお店に辿り着きました。
そういえばシエラに引っ越して以来、街へ出るのは初めてです。
もともとヒキコモリ体質という理由もありますが、これでも私は上級貴族。必要なモノはミズホやクロエが買って来てくれますので、寮の外に出る必要がありません。
だけど、こうして街を歩くというのも楽しいものです。
これからはもう少し、外を出歩いても良いかもしれませんね。
到着したお店はオープンテラスで、清潔感があります。
白いレンガの外壁で、入り口の横に“爽やかな光”と書かれた看板が出ていました。
店内は奥行きがあって、中々の広さです。
給仕に案内されて席につくと、絵の書かれたメニューを手渡され「ごゆっくり」と言われました。
日本と違うところは、水が無料で提供されないことくらいでしょうか。
でも、よく考えたら日本の飲食店において、水が無料で出てくることの方がおかしいのです。だってタダじゃないんですよ?
なので、このお店は中々のサービスだと思います。
それに働いている給仕の制服も可愛らしいメイド服や執事服なので、見ているだけで楽しくなりますからね。
「ご注文はお決まりですか?」
女性の給仕が席にやって来てました。
私が早々にメニューを手放し、腕組みをしていたからでしょう。
ふふん、良い目をした給仕ですね。
「チョコレートケーキをホールで、飲み物は紅茶をお願いしますわ。あ、お砂糖は不要です」
「ホール……」
ラファエルが正面で目を丸くしています。
一方、給仕の女性はニヤリと笑いました。まるで「やるな、おぬし」と言う剣客のようです。
「ラファエルは何を食べますの?」
「え? ティファニーさまは一人で食べるんですか?」
「当然ですわ」
給仕がラファエルを見下ろしています。その目は、「無粋なことを」と言っているようでした。
「じゃあ、僕は飲み物だけでいいかな……紅茶をお願いします」
「お砂糖は、お付けしますか?」
「いや、いいです」
頬をヒクヒクと動かしながら、ラファエルも注文をしました。
給仕はサラサラとメモを取り、厨房へと下がっていきます。
私は少し、周囲を観察してみました。
私達と同じく、制服のままお茶を飲む姿が散見されます。
どうやら、我が校の生徒が他にもいるようですね。
おや?
私が目を離した隙に、ラファエルが懐から財布を取り出しました。
明らかに金額が心配なのでしょう、こっそりと中身を確認しています。
でも可哀想なので、気付かないフリをしてあげましょう。
私って、優しいですね。
「さて、本の感想を聞きたいとのことですが……」
唐突に私から声を掛けられ、ラファエルが慌てました。
お陰で財布から銅貨が落ち、床でチャリンと音が鳴っています。
いい加減気付かないフリをするのも辛いので、私は溜め息と共に言いました。
「ああ、もう。足りなければ、わたくしも出します。だいたいあなたはド平民ですし、このお店に来ること自体、無理があるのでしょう?」
「そ、そんなことは……時間がある時には臨時の仕事もしていますし、本当に大丈夫です」
私は頷き、頬杖を付いてラファエルをマジマジと見ました。
なんというか、童顔です。
「本の感想ですが……非の打ち所の無い理論展開です、その点は感心しました。――不思議なのは、妙に中途半端なところで終っていることですね。あれは本当に、七章で終わりなのですか?」
さらに、じーっとラファエルを見つめます。
「いえ……終わりません」
「じゃあ、続きはどうなっていますの? 手書きでしたから、まだ写している途中とか?」
「そうじゃありません」
さらにさらに、じーっとラファエルを見つめます。
「あの、やめて下さい。顔に穴が開きそうです」
「やめません。どちらかというと、わたくしの方が、お前に穴を開けられそうで恐いのです」
「僕がティファニーさまに穴を? え……?」
俯き、頬を赤く染めるラファエルは、十五歳という年齢よりも幼く見えました。
これがあと三年でセフィロニア以上のイケメンになるとは、疑わしくなってしまいます。
ていうか赤くなったって、変な想像をしたんじゃないでしょうね、このエロガキは。
あ、でも先に穴とか言ったのは、私の方でした。
……ちょっと妙な雰囲気なので、話を元に戻しましょうか。
「もしかしてこの本は、あなたが書いたものですか?」
「……そうです」
なるほど……いくら幼く見えても、最強軍師となるのは間違いない。
どれだけエロいリビドーに溢れていても、彼は十五歳にして理想の君主について論じています。
今のところそれは七章で止まっていますが、一章から述べられていることは大人顔負けでした。
支配権力を定義することから始まり、その獲得方法を論じる。そこには現在の支配権力が絶対ではなく、奪取可能であると書かれていました。
「つまりあなたは、現在のケーニヒスのあり方に、懐疑的であると考えて宜しいのですわね?」
今度は、ラファエルが私をじーっと見てきます。
悔しいので見返すと、優しさと力強さを備えた深い藍色の瞳に、私の美しいけど悪そうな顔が映っていました。
金髪縦ロールって、どうなんですか、コレ。
「そもそも現状では、いくら会議を重ねたところでケーニヒス王が選出されることは、ありません。けれどだからといって、民は困らない。何故なら誰が支配者であろうと、彼等には関係が無いんです」
私は窓の外を歩く人々を見つめました。
この街は、実に多彩な人々が歩いています。
それは獣人であったりエルフであったりドワーフであったりと、まさに種族の坩堝と云えるでしょう。
「それは上級貴族のわたくしに、面と向かって言う事かしら?」
「ティファニーさまが上級貴族になられたのは、たかだか三年前のことです。それ以前は平民――それも最下級だったはずです」
ラファエルも私の視線を追って、通りを歩く人々を眺めています。
「……感想の続きですが――あの本、結局は机上の空論の域を出ないと思いますわ」
「なぜ、そう思われるのですか?」
「方法論だけで誰でも君主になれるのなら、世界には君主がもっと増えるでしょう。だけど現実には、そうならないと思いますもの――だって、この世界に本当の君主は八人。多くもならず、少なくもなりませんわ」
日本に数多あるビジネス書も同じです。
言うは易く行うは難い。
それが出来たらみんな成功する、あるいは、分かっちゃいるけど出来ません――といったところですね。
私はテーブルを指先で軽く叩き、「コツコツ」と小さな音を立てました。
ちょっと言い過ぎたかなと思ったので、フォローの言葉を考えます。
でも、どうせ毒舌スキルが発動して、彼の心を抉ってしまうのでしょうけれど。
そう思っていたら、ラファエルは意外にも笑っていました。
「皮肉なもので、同じ方法論で行動した場合、より強い者しか生き残りません」
「あら? それは少し暴論ですわ。だって君主論に則った君主なら、きっと社会をより良くしますわよ? それを争って淘汰させるなんて、勿体ないと思うのだけれど」
「争って淘汰することにも、意味はあるのですよ。それに、そもそも君主制を悪と考える政体もありますからね。敵には事欠きません」
「それなら君主論なんて、どうして書きましたの?」
「……ケーニヒス統一という目的の為であれば、理想的な君主の存在が不可欠――ということです」
「だったら、あなたが君主を洗脳でもして、理想的な人に仕立て上げれば良いでしょう? 軍師なのだし」
ケーニヒス統一なんて、嫌なワードが出てきました。
結局ここは、ゲームの世界。
だからこそ、その目的に全てのキャラが向かって行くのでしょう。
またラファエルが、私のことをじっと見ています。
「僕が作り上げるまでもなく、理想的な君主は実在しますよ」
あ、やっぱりコイツ、主人公です。
つまり実在する理想的な君主に、コイツは仕えるのでしょう。
だとすると、イグニシアでしょうか? 確認するしかありませんね。
「それは面白いですわね。すると、その人物は既存の支配権力を歯牙にも掛けない精神的な強さを持ち、平民に権利を自覚させ、強大な敵にも怯まず向かって行く勇気まで併せ持っていると? 実在するなら、ぜひ会ってみたいですわね! 一体誰かしら? あ、ケーキが来ましたわ!」
ようやく、ケーキと飲み物が運ばれてきました。
少しの間、会話を止めてケーキを頬張ります。
そんな私を、またもラファエルが見つめていました。
「その方は今、目の前のホールケーキ制圧に全力を発揮していますよ」
「……?」
「あなたの行動を元にして書いた本でしたが、あまり気に入って頂けなかったようで……」
「ふぁ!? ……モガモガモガッ!」
「ケーキ、ちゃんと飲み込んでから喋って下さいね、ティファニーさま」
七章から先が無い理由、分かりましたよ……。
ティファニー(ジーッ)見つめている。
ラファエル(ジーッ)見つめている。
給仕の女(ケーキを持って行くタイミング、いつなのよ! 私は空気が読める女なのよ!)
ティファニー・ラファエル((注文したやつ、まだかな……))




