41話 イベントを奪ってしまいましたわ
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やれやれ、アーリア・アーキテクト・ゴールドタイガーと揉めるなんて想定外です。
いや、彼女の大きな胸ならいくらでも揉みたいところですが……。
と、冗談を考えている場合じゃありません。切迫した状況は、更なる悪化が必至です。
ミズホが鋭い足払いを放ち、アーリアがグラリと揺れました。
追い打ちを掛けるように、背後に回ったクロエの回し蹴りが、彼女の側頭部を捉えます。
けれどアーリアは、両足で大地をしっかり踏みしめて倒れません。
そこにイグニシアの強烈な拳が、彼女の腹部へめり込みました。
さすがにアーリアも身体をくの字に折りまげ、苦し気な声を上げます。
「ぐはっ!」
まあ、優勢です。
ですが相手は、あのアーリア・アーキテクト・ゴールドタイガー。
効いているとは思わない方が良いでしょうね。
実際、アーリアはベレー帽を脱ぎ捨てると、不敵な笑みを浮かべました。
「アタシに一撃入れられるヤツが、こんなにいたか……活きがいいな、一年どもは」
はい、ノーダメージですね。
口元に滲んだ血を親指で払うと、何事も無かったかの様に涼しい顔をしています。
ですが、こちらの攻撃が先に入ったのは事実。
衆目にも、私達の優勢を印象付けることが出来たでしょう。
だから私は、ここで高らかに宣言します。
「これは懲罰ですわ、家畜先輩! さ、行きますわよ、お前達ッ!」
右手を前に出し、さっと力強く水平に流す――そんなポーズを決めて、私は言いました。
ここは一つ、勝ち逃げと行きましょう。さっさと勝利宣言を出して、撤収です。
こんな化け物と闘い続けたら、本当に死人が出てしまいますからね。
けれど、くるりと背を向け去ろうとする私に、無粋な声を掛けてくる者がいました。
「待て、お前等。アーリアさまに手出しをして、無事に帰れると思うなよ」
あまり見たくはありませんでしたが、青髪で精悍な顔立ちの少年が、五人ほど引き連れて私達の前に立ちふさがりました。頭に犬耳を乗せているところを見ると、彼は犬コロのようですね。
確かアーリアの配下に、ナントカ・カントカ・ブルーウルフというのが居た気がします。武力、統率ともに90を超えた、中々の武将ですね。
ソイツだとしたら少々厄介ですが、現在の彼が、どれ程の力を持っているのかは未知数です。
そういえば、うちのわんわんはどこでしょうか。
彼もペットとして入学させたのですから、こんな時こそ助けに来るべきです。
「悪いな、優等生。ここは抑えてやるから、お前等、先生でも呼んで来いよ」
イグニシアが額の汗を拭いながら、振り返って言いました。
「抑えるって、あなた、一人でこの場をどうにかするつもりですか?」
「それが一番いいだろ、相手を見ろ。アーリアだぞ」
「分かっています、が……そもそも、これはわたくし達の問題ですわ。だいたい、ちょっと人数が増えたからって、このわたくしが負けるとでも?」
「負けるとは言わねぇが……怪我人を増やしたくねぇ。敵も味方もな」
「ふん、だったらわたくしも、未来の聖王様が怪我をするところなんて、見たくありませんわ」
「お前、聖王って……おれがなる訳ないだろ……王位を継ぐのは弟のランバルトだ」
「あら? 弟は疫病で亡くなったはずでは?」
「あ? 疫病? 何のことだ?」
「ん? あ、ああ……疫病はまだ……い、いいえ、なんでもありませんわ。わたくしの勘違いです」
おっと、危ないですね。
たしか設定では弟が疫病に掛かって死に、泣く泣く彼女が聖王位に就くのですが、時期的にまだ、弟は死んでいませんでした。
「ごちゃごちゃと五月蝿いな、お前等。何の相談か知らないが、アタシがこの場から誰か一人でも、逃がしてやると思っているのか?」
あら、アーリアが腕を組んでご立腹です。
「五月蝿いのは、あなたの方ですわ、家畜先輩。魔法を使えばあなたごとき、余裕で吹き飛ばせるのですけれど……流石に殺したら停学かな――なんて悩んでいるところですのよ」
そう言って鼻で笑った瞬間、アーリアが突風の様に迫ってきました。
あ、殺られる。
そう思ったのは本日、二度目ですね。
けれど、アーリアの拳が私に届くことはありませんでした。
今度はミズホが両手で受け止め、私を庇ってくれています。
「お姉ちゃんっ!」
でも背の低いミズホですから、ちょっと無理が生じて吹き飛んでしまいました。
「へえ、あの小さいの、アタシの拳を受け止めたよ。はは、ふはははっ!」
大きく口を開けて笑うアーリアを睨み、私は印を結びます。
「あなた、やってくれましたわね……わたくしの可愛い下僕に傷をつけたのですから、本当に殺しますわよ――飛翔」
もう、こうなったら許しません。
空に浮かび、地上を見下ろしながら雷でも落としてやりましょうか。どうせアーリアに、空を飛ぶスキルなんてありませんからね。
そう思っていたら、わんわんの声が聞こえました。
「ティファニーさま、いけませんっ! パンツが丸見えですっ!」
「えええええいっ! 今更やって来て、そんなことをっ! 目を塞ぎなさい、この駄犬がっ!」
慌ててスカートを押さえ、隅に移動しました。
でも、上空を見上げる生徒は増える一方で、これ以上飛んでいるのは確かに危険です。
私は涙を堪え、再び地上に降りました。
くぅぅ……これだからエロゲの世界は嫌なのです。
まさかこれもエロイベントだったとは……。
ですが、イベントはまだ終らないようです。
起き上がったミズホがアーリアの子分達をなぎ倒すと、クロエも負けじと敵を投げ飛ばしていました。
新たに加わったわんわんは、いつの間にか仲間を増やしたようで、大勢でアーリアの一味を囲んでいます。
もちろん、アーリア側も負けてはいません。
赤いベレーの貴族達が、「アーリアさまを守れ」を合い言葉に、続々と参戦しています。
そのうち乱闘は、平民対貴族の様相を呈してきました。
幸いだったのは、イグニシアがアーリアを一人で抑え込んでくれたことでしょう。
ただ、お陰で乱闘はまったくの互角です。
こうなれば、私も肉弾戦に参加するしかないでしょう。
私だって武力は上がっています。
相手がアーリアでなければ、そうそう遅れはとりません。
制服の袖を捲り上げ、「おりゃー!」と言ってみます。
と、そこに知った声が響きました。
「そこまでだ、君達。それ以上やると言うのなら、処分の対象になるぞ」
太陽の光を受けて、炎の様に見える赤毛――そして深い知性を宿した紺碧の瞳。
長身の彼はアーリアよりも更に背が高く、皆を見下ろす様に言いました。
私は、そんな彼を見上げ、眉を吊り上げます。
「セフィロニア兄さま! 気付くのが遅いですわっ!」
「そう言わないで。これでも急いで来たんだよ、ティファ。それに、私が気付いた訳じゃない……彼がね……」
私の頬に手を触れ微笑するセフィロニアの姿は、きっと絵画のように美しいのでしょう。
しかし私は心の中で思います――このクサレ策士、遅いんじゃボケカスがッ! と。
そのクサレ策士の後ろで、バツが悪そうに黒髪を掻く少年がいました。
「その……ケンカしているようだったから、生徒会室へ相談に行ったんだ。迷惑だったかな?」
「あ……いや……その……助かりましたわ」
「それなら良かった。前に僕を助けてくれたお礼もしたかったし、これで貸し借りなし……かな」
少年は、ラファエル・リットでした。
彼は頷き、笑っています。
一方アーリアは、生徒会副会長であるセフィロニアの登場に目を丸くしていました。
その後、暫く文句を言いまくり、次にシュンとして、最終段階である今は頬を赤くしています。
「副会長の従兄弟なら、そう言えば手出しなんてしなかったさ。すまなかった……」
「いいよ、アーリア。今回の件は、ティファにも良い薬さ」
「そ、そうか? それなら……なあ、副会長。お詫びと言っちゃなんだが、今度、ランチでも一緒にどうだ?」
「いいね、ごちそうするよ」
「ほ、本当か! 約束だぞ!」
「ああ、約束だ」
「た、楽しみにしているからなっ!」
去り際、そう言ったアーリアの顔は、完全に恋する乙女でしたね。
ふうむ……やはりセフィロニアはダークホース。
八君主の一人であるアーリアに好かれているとは、侮れません。
ですがまあ、ヤバい男が別の女とくっつけば、私の身は安全。
ここはアーリアに、むしろ感謝しないといけないでしょう。
いや、違いますね。
考えてみればセフィロニアはアーリアとメティルのルートで、ラファエルのライバルになる男だったはず。
だとすると、この関係は当然と言えば当然ですね。
ならばセフィロニアは私にとって、元から安全だったということ。
ふふふ、良い風が吹いてきましたよ。ならば気兼ねなく利用してやるとしますか。
そう思っていた私に、冷や水のような声が掛けられました。
「ところで……ティファニーさま、お怪我はありませんか?」
ラファエル・リットが心配そうに、私を見つめています。
なんだかこのセリフ、聞いた事がありますね。
そうです。この時点で、ようやく私は気付きました。
これ、ラファエルがイグニシアを助けるイベントだよ! と。
本来ならここで言うラファエルの台詞は、
「ところで……イグニシアさま、お怪我はありませんか?」
だったのです。
何という事でしょう!
しかも悪い事に、本来ここでラファエルと恋に落ちるべきイグニシアはといえば、この有様。
「なあ、優等生。メロンパン三個な、三個! そんくらいの働きはしたと思うぜ! あとさ、ミルクもいいか? 付けて食べると最高なんだよ! ああ、早く逢いたいぜ、メロンパンッ!」
美しい顔を傷だらけにして、彼女はメロンパンと恋に落ちてしまった様なのです。
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