40話 未来の聖王様ですわ
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入学式から一週間が過ぎ、学院の生活にも大分馴れてきました。
私の学年は二百五十二名で、十のクラスに別れています。
このクラス分けは完全にランダムで、どのような身分の者も公平に分配されました。
もっとも、公平に分配され過ぎたせいで、妙な弊害も生まれています。
何故なら私のクラスには、私ともう一人、緋色の帽子を被る人物が在籍することになってしまったのですから。
まあ、どうせ二年になれば科目ごとに別れるのです。そうなれば彼女も王族の身。どうせ同じ「帝王学科」に在籍することになるでしょう。
遅かれ早かれ同じ教室で共に学ぶなら、さっさと仲良くなっておいて損はありません。
それに私の目的は、この世界でエロい目に遭わず、なるべく平和に過ごすこと。
ならばこの世界を統一する可能性がある本命――聖王国の王女イグニシア・シーラ・クレイトスは、私にとって女神にも等しい存在なのです。
だ・と・い・う・の・に!
「ごきげんよう、イグニシア」
私が満面に笑みを浮かべて、教室の最後尾、窓際の角に座るイグニシアへ声を掛けても、彼女は一切反応しやがりません。
彼女は一瞬だけガバリと起きて、虚ろな紫色の目を左右に動かし、バタリと机に突っ伏しました。美しい銀髪が、机の上で無惨に散らばっています。
イグニシアは将来、大剣を引っさげ列国を従え、「正義の刃、受けてみよ!」と言うはずの女。それがこの有様とは、一体どういうことでしょうか。
「起きなさい、イグニシア。もうすぐ先生が来ますわよっ!」
「うっせぇな、優等生……てめぇに指図される覚えはねぇんだよ……疲れてんだ、寝かせろ……」
「なっ、わたくしが優等生ですって!」
寝たまま、そう嘯くイグニシアは、緋色のベレー帽を枕にしています。
この場にはミズホもクロエもいませんし、他は平民や普通の貴族達。なので、私達の会話に入れる者はいませんでした。
「だってよう、聖女さまなんだろ? すげぇよな、くっく……おれとは大違いだぜ」
僅かに頭だけを上げて、イグニシアが言いました。
流石に、後に絶世の美女と呼ばれるだけあります。今だって超絶に美しい。
思わず私は、キュンキュンしてしまいました。
「せ、世間がいう程、わたくしは清い人間ではありません」
「じゃあ、なんでおれを起こそうとしてるんだ?」
「そ、それは、先生が来たとき、こんな恰好では……」
「ほら見ろ、聖なるおせっかいじゃねぇか」
「は?」
「だから、おせっかいだって言ってんだ。おれに構うな、優等生」
そう言うと、イグニシアはまた顔を伏せてしまいました。
仕方なく、私は彼女の前の席に座り、溜め息を吐きます。
先生が来て、出席を取り――というか、全寮制なので来ていない場合、部屋に先生が行って強制連行となるのですが――授業がつつがなく始まります。
午前の授業が終わり、昼休みになってようやくイグニシアが起き出しました。
食堂は平民棟にありますので、共に行こうと彼女に声を掛けます。
お近づきになって彼女にラファエルを押し付けることが出来れば、私のミッションはコンプリートですからね。
「イグニシア、食堂まで一緒に行きません?」
「いい、一人で行く」
「そうは言っても、同じ場所にいくのですから」
「おまえ、お母さんかよ!」
「お、お、お母さん……」
絶句してしまいました。
その後、暫く呆然としていたのですが、ミズホとクロエが迎えに来てくれたので、食堂へ向かうことにしました。
「……イグニシアに、お母さんと言われてしまいましたわ」
食堂へと向かう道すがら、そうぼやく私にクロエが言いました。
「ちょっかいを出さなきゃいいじゃない」
「だって、後ろの席に座っていますのよ?」
「後ろなんだから、気にしなきゃいいのに」
「気になりますもの」
「はぁ……どうしてそんなにイグニシアさまと仲良くなりたいの?」
「だって、美人ですわ。それも、超・絶!」
「ああ、いつもの変態か」
クロエは私から遠ざかり、白い目で見ています。
「お姉ちゃんが変態でも、わたしは大好きだよ!」
ミズホの言葉が辺りに響き、恥が上塗りされました。
「おい、クロエにミズホ、よく聞きなさいっ! わたくしは美しいモノが大好なだけです! だから美しいイグニシアは、大、大、大好きなのですわっ!」
ホントこいつら、公爵令嬢を何だと思っているのでしょうか。
まあ、彼女が世界を統一する可能性がある大本命だなんて、今は説明する訳にもいきませんしね……。
「うわぁ……自分で変態宣言してる。ティファ、ひくわ〜」
そのとき、さらに私から遠ざかったクロエが、大柄な女性の肩にぶつかりました。
「あ、すみません」
クロエは軽く頭を下げ、バツが悪そうに笑みを浮かべています。
「まて、平民。ん? お前、兎人じゃないか?」
大柄な女性の方はクロエの方を向き直り、それだけじゃなく、彼女の襟首を掴みました。
彼女はジャケットがカーキ色なので、二年生ですね。帽子の色は赤だから、貴族ですか。
「平民で兎人だけど、そういうあなたは何様かしら?」
一方クロエは相手の手を払い、睨みつけています。
平民だからといって、ここでは貴族とも対等――少なくとも建前上はそうですからね。
「おいおい、兎人がアタシに楯突くだと? 冗談も大概にしろよ」
「べつに楯突いている訳じゃないわ。謝ったじゃない」
「平民の、しかも兎人風情が、すみません――だけで済む訳無いだろう?」
好戦的な目を向ける長身の女は、ベレー帽の横にネコミミを覗かせていました。
髪は金と黒が混ざった不思議な色ですが、それよりも特徴的なのはギザギザで太い眉毛です。
それらの特徴と一致する人物は、後のヴァルキリアの上将、アーリア・アーキテクト・ゴールドタイガーしかいません。
あれとケンカはヤバいです。
三国志で言うなら、アレは呂布です。
今では武力99になったミズホでも、分が悪い。だってあの脳筋は、武力100を超えていますからね。
「あら先輩、わたくしの下僕が、何か?」
腕を組み、クロエとの間に割って入ります。
万が一ケンカになれば、クロエといえども殺されるかも知れません。
ですが、私なら――蘇生の魔法がありますからね。一度くらいならやられても大丈夫。
それに私がやられれば、流石に先生が出て来るでしょう。
先生だって彼女に勝てないでしょうが、取り押さえる事くらいはしてもらえます。
それを期待して……。
というか、いくら野蛮人でも、いきなり上級貴族である私と揉めるでしょうか?
「ん? ああ、お前は噂の聖女か……兎人なんかを囲ってるなんざ、本当に聖女だな。じゃ、てめぇの責任だ。死んで詫びろ」
揉める気満々ですね。
「いきなり死ねだなんて、その不細工な顔と同様に野蛮ですこと。息も獣臭いですわね、これ以上は話すに耐えませんわ。あっちへお行きなさい、家畜先輩」
「て、てめぇ……本当に許さねぇ……!」
「ティファ、煽ってどうするのよっ!」
ん? クロエが私の肩を掴み、引っ張ります。
そのとき、唸りを生じるアーリアの拳が、私の顔に迫ってきました。
あ、駄目、顔だけは駄目! 私の美しい顔がぁぁ!
そう思った瞬間です。
「パンッ!」と乾いた音が聞こえ、目の前が暗くなりました。
恐る恐る目を開くと、イグニシアが私の前に立ち、アーリアの拳を掌で受けていたのです。
ああ、コイツは正義バカでした。そして同時に、関羽でもあるのです。
こんな状況であれば、持ち前の義侠心から助けに来ざるをえないのでしょう。
やはり私にとってコイツは、女神な天使ちゃんですね。
「……なあ、優等生。助けてやっからさ、メシ食う金、貸してくんねぇ?」
「あら?」
あら、あら?
どうやらイグニシアは正義を何処かに落っことしたようで、助けるフリしてカツアゲに来たようです。困りました。
「お姉ちゃんを殴ろうとしたね……オマエ、ぶっ殺すよ」
ミズホが肩をグルグルと回し、手の指をパキポキとならしています。
完全に怒ったのか、アーリアを睨みつけるミズホは、まるで闘神のよう。
クロエも重心を落とし、ミズホの援護をする構えですね。
まあ、この状況ならアーリアにも負けないでしょう。
「やっておしまいなさい、下僕達」
私の言葉に首を捻ったのはただ一人、イグニシアだけです。
「おい、優等生。下僕って、おれもか?」
「あなたがわたくしのお金で昼食を食べようというのなら、それは下僕契約と看做しますわ」
「ちょ……いや……それは言葉のあやで……」
何かイグニシアがモゴモゴ言った所で、呂布――じゃなくてアーリアが動き出しました。
「てめぇら四人なら、アタシに勝てると思ってるのか? 目出たい頭だなぁ、オイ」
「心配ご無用ですわ、家畜先輩! 戦うのは、この三人! わたくし、肉体労働は苦手ですの!」
アーリアに人差し指を突き出し宣告をする私に対し、イグニシアがブツブツと言っています。
「おい、優等生、そんだけ煽って、自分は戦わねぇのかよ……」
「イグニシア、心配しなくても後でメロンパンを買ってあげますわッ!」
「お、おう……」
ふふふ……イグニシア、お前の好物がメロンパンだということは、既にバレています。
ほら、嬉しそうな顔をして、やる気が出てきたようですね。
ティファニー「ほうら、メロンパンですわ、イグニシア」
イグニシア「おう、悪ぃな」
ティファニー「……え、はむはむ食べてる……可愛い……」




